硬券切符の歴史と資料/茜堂
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明治の創世期からJR迄の硬券切符の歩み=茜堂
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茜堂-鉄道創成期は明治から
国内では一般的に切符は、板紙(厚紙)の硬券と、薄紙の軟券とに分けられていますが、
時代の流れから、紙切符は徐々に衰退し、プラ製の
ICカード乗車券へと、移行する事となります
当頁では、切符の創始とする硬券類を、主として、乗車券や種別券等を、同じ時系列で掲載しています。
   
明治時代の鉄道創世期から、JRまでの官営鉄道発行の、硬券切符の歴史と様式を、年代順にまとめて記述していて、
特記の無い物は、一般的な乗車券の事を、指し示しています。
皆様方の、硬券切符類の整理の、参考にでもなりましたら幸いです。

茜堂-明治時代の硬券
■明治5年5月頃
最初の切符は、英国人のエドモンソン氏が、考案したサイズ、エドモンソン型の、A型券で登場します。
旅客等級は、第一等、第二等、第三等にて表記されます。
当初、切符裏面には「英語、独語、仏語」の、三ヶ国語の表示が、付けられました。


■明治9年12月1日=施行(太政官布告)
鉄道差配役カーギルの意見で、裏面の独語と仏語が、払拭され「日本語、英語」の、二ヶ国語表記になります。


■明治21年11月20日=施行(11月22日=後日公布)
発着駅名は「漢字表示」から「ひらがな表示」の「よりまで」表示に変更されます。
当時は、変態仮名でしたが、後の明治30年、文部省の平仮名書体制定に伴い、それに順次従順する様になりました。
旅客等級を、第一等、第二等、第三等から、上等、中等、下等に変更されます。
   

茜堂-裏面日英語表示券
茜堂-明治初期下等赤券

明治29年1月28日、乗車券、まゐはら(米原)-ひこね(彦根)、下等、金四銭、裏面注意書書き、
鐵道規則堅可相守者也、逓信省鉄道局。

赤染めの薄い和紙(麻紙)による、ボール紙への両面貼り合わせ切符、下等赤色の表面と裏面(英文字併記)。
特徴的な書体のダッチングは、当時の、挟み押し式の日付印字機による物です。初期の日付印は、漢数字縦書打ちでした。



■明治23年9月6日=施行(9月6日=勅令第198、199号)
内閣鉄道局を、内務省鉄道庁と改称し、内務大臣管轄となります。


■明治26年11月10日=施行(11月10日=勅令第149、151号)
逓信省鉄道庁を、逓信省鉄道局へと改称します。


■明治30年8月18日=施行(8月18日=勅令第268号)
逓信省の外局として逓信省鉄道作業局を設置し、逓信省鉄道局は他の私鉄を管轄します。


■明治30年11月1日=施行
旅客等級を、上等、中等、下等から、一等、二等、三等に変更されます。有効区間の「まで」を廃止します。
乗車券面の着色は変わりなく、一等が白色、二等が青色、三等が赤色の、貼り合わせ券で推移します。
裏面には、漢文表記と、
英文字の併記が、成されています。
   

茜堂-裏面英語表示券
茜堂-明治初期赤券

明治33年11月22日、おほさか(大坂)-かんざき(神崎=昭和24年1月1日-尼崎に改称)、三等、七銭、逓信省鉄道作業局。

赤染めの薄い和紙(麻紙)による、ボール紙への両面貼り合わせ切符、大坂は大阪の意、三等赤色の表面と裏面(英文字)。
当券は等級の説明用で、上画像の基本様式が、明治30年11月30日迄となり、以降は下画像の様式が基本となります。


■明治30年11月頃
切符裏面には、日本語表記が外され「英語」の、一ヶ国語の表示が付きます。


■明治30年11月5日=施行(10月1日=鉄運乙第1340号)
主要10駅(新橋駅、品川駅、横浜駅、名古屋駅、京都駅、大阪駅、三ノ宮駅、神戸駅、金沢駅、横須賀駅)にて、
入場切符(後の入場券)が、二銭にて販売されます。最初の入場券は縦型の、A型弐銭縦型券となります。
明治35年6月5日、新橋駅の入場券のみ、入場者抑制の為に五銭に値上げし、明治45年4月には、全1等駅が五銭となります。


■明治30年12月1日=施行
表面の発駅はひらがな、着駅をルビ付き漢字とし、発着区間と等級を英文表記、左右に券番を配しています。
裏面の発駅はひらがな、着駅を漢字とし、等級、運賃、小児断線と日付が入ります。
裏面には、漢文表記が消え、
英文字の併記が、成されています。
   

茜堂-断線異様式券
茜堂-明治券三等

漢字日付、明治不明年9月4日、乗車券、うらわ(浦和)-上野、三等、拾六銭、日本鉄道(参考掲載)。

赤染めの薄い和紙(麻紙)による、ボール紙への両面貼り合わせ切符。
漢字日付が押印され、一見表面の様に見えるのが、実は裏面で、左上から右下へ引かれた、断線の位置も特異です。
日本鉄道は、東日本一帯の日本初の私鉄で、明治39年11月1日に、官営(国有)化されています。

断線の中心を、縦に切ると2割引断線、X状に対角に切ると3割引断線、線の通り切ると5割引断線となります。
右側では無く、左に配し切取り難い、この特異な断線様式は、継承される事無く終了しています。



■明治35年4月頃(4月15日=制定)
乗車券の表面に、鉄道作業局五文字波状網目模様(一等黄、二等青、三等赤)の、地紋が付きます。
表面ひらがな右書き表示。裏面には、英語表記が付きます。
小児断線の位置が、左側に、
表面と裏面との位相が、逆転。
   

茜堂-鉄道作業局網目券
茜堂-鉄道作業局五文字波状網目模様青券

明治35年8月2日、乗車券、志んばし(新橋)-なごや(名古屋)、二等、金五圓拾参銭、鉄道作業局

鉄道作業局五文字波状網目模様の二等券の、明治35年発行の、乗車券(新橋〜名古屋)の表面と、裏面(薄い青染め和紙)。
初めて券面表に、紙幣や証券等の有価証券に使われる、重厚な波状網目模様の地紋が、施される様になりました。
表面のマット調の重厚な、鉄道作業局波状網目模様が、明治の風格を表しています。


真中に
ボール紙を、裏面は従来通り、薄い染付和紙を貼り、表面には、艶消しインクで印刷された、上質紙を貼っています。
地紋の印刷手法は、凸版印刷で、印刷後に貼合(てんごう)し、A型サイズに小裁ちされています。


■明治38年7月1日=施行(6月12日=逓信省鉄運乙第718号)
名称が、入場切符から入場券へと変わり、形態が縦型から、現行の横型に変わり、A型の横型券となります。
また、明治40年頃には、入場券表面の、注意書きの末尾に、御渡相成度候と「候」の文字が、付く様になります。
最初の地紋券は、
組織名入り、波状網目模様から。
   

茜堂-候表示券
茜堂-明治金2銭赤線入場券

明治42年7月3日、赤線入場券、名古屋驛、金貳銭、裏面注意書(英文字)、内閣鉄道院。

薄い和紙(麻紙)による、ボール紙への両面貼り合わせ切符、赤線は染付けの為、経年劣化によリ滲みが発生。
赤線横一条の、名古屋驛弐銭の候入りの券、この時期独特の「候」の文字が付く入場券。



■明治39年4月16日=施行(4月2日=逓信省告示第142号)
二地帯制(距離式)の、急行券が、登場します。新橋〜神戸間の運転中の急行列車に、急行料金として適用されます。
五百拾哩未満白斜1条、五百拾哩以上白斜2条となります。
   


初期の注意書には、
文言末尾に、候が付いていました。
茜堂-明治赤ベタ白斜2条流用券

大正2年1月8日、往復乗車券(赤地白斜2条、三等急行流用券)、上野-田畑・巣鴨、三等、金八銭、内閣鉄道院。

二地帯制時代の、百五拾哩以上の、三等急行券流用の大正2年発行の、往復乗車券(上野〜田端、巣鴨)の、表面と裏面。
一枚の板紙による、マット調の色合いが、とても鮮やかです。



■明治39年10月1日=施行(9月28日=逓信省告示第432号、陸軍省告示第19号)
公務軍人、軍属、警察官の乗車に就いて、官用割引制を制定。小児半額輸送の断線と交わる様に、官割断線が入ります。


■明治40年4月1日=施行(3月12日=勅令第26号)
逓信省帝国鉄道庁発足、券の表面に、帝国鉄道庁五文字波状網目模様(一等黄、二等青、三等赤)の、地紋が付きます。


■明治41年12月5日=制定(12月5日=勅令第296号、内閣告示第5号)
鉄道院が発足し、券の表面に、鉄道院三文字波状網目模様(一等黄、二等青、三等赤)の、地紋が付きます。
   

茜堂-鉄道院網目券
茜堂-鉄道院三文字波状網目模様青券

大正3年5月9日、乗車券(鉄道院三文字波状網目模様流用券)、たほさか(大坂)-かんざき(神崎)、二等、金十貳銭、鉄道省。

鉄道院三文字波状網目模様の二等券流用の、大正3年発行の、乗車券(大坂=大阪〜神崎=尼崎)の表面と、裏面(薄い青染め和紙)。
表面のマット調の重厚な、鉄道院波状網目模様が、明治の風格を表しています。



■明治43年4月1日=施行(3月24日=法律第5号)
乗車運賃に、通行税が課税される様になります。
それ以前には、明治38年1月1日から、日露戦争の費用調達を目的とする、非常特別税が課税されていました。
   


鉄道院網目地紋を、
流用した、平仮名の公官断線券。
茜堂-明治2等青券

明治44年9月1日、乗車券、きやうと(京都)-たほさか(大坂)、二等、金六拾八銭、通行税参銭、京都驛発行、内閣鉄道院。

薄い青染め和紙(麻紙)による、ボール紙への両面貼り合わせ切符、大坂は大阪の意、二等青色の、表面と裏面(英文字)。


■明治45年4月1日=施行(3月30日=鉄道院総裁達第282号)
鉄道院、券面に「てつだうゐんGIR」の地紋が付きます。切符は貼り合わせ券から、専用紙券に変更されます。
年間入場者10万人以上の一等駅の入場券も、五銭に値上げされ、A型五銭横型券となります。
補充片道乗車券は、運賃区分により使用券を区別し、不正使用防止で、等級種別と運賃相当の数字を地紋に配合し、四隅に表示。
   

茜堂-補充乗車券
茜堂-明治補充乗車券

明治45年7月11日、大阪-宮床(昭和18年7月1日-糸田駅に改称)、補充乗車券、二等、大阪驛発行、内閣鉄道院、GIR青地紋。

発券時には、官小以外の乙片(裏面券番)は、垂直に切離されます。因って完璧なA型券は、廃札券となります。


■明治45年6月15日=施行(6月8日=鉄道院総裁達第572号)
特別急行列車新設により、特別急行列車券、座席番号付特別急行列車券、寝台使用特別急行列車券が、登場します。
特別急行列車券は、二地帯制に、普通急行列車券は、二地帯制から均一制に、変更されます。
特別急行列車券の一等に黄色が、登場します。
   


発券時には、
官小以外は、乙片の垂直切り。
青堂-明治青ベタ白斜1条券

大正2年3月13日、普通急行列車券(東北線用)、青地白斜1条、二等、金壱圓、仙臺(仙台)驛発行、内閣鉄道院。

均一料金時代の、仙臺驛(仙台駅)発行の、東北線用の、普通急行列車券(右書表示)二等の表面、青色がとても鮮やかです。
裏面には、英語一ヶ国語の表示が入ります。




戦争の勝利が影響した大正期硬券切符の歩み=茜堂

茜堂-X断線は大正の象徴
大正年間では、日露戦争の大勝利の影響等もあり、軍や官吏の力が大きくなり、官職割引き制度が定着します。
日本文字の横書きが、右書きから左書きへと転換され、切符表記も左書きへと転換されます。


茜堂-大正時代の硬券
■大正初期
入場券の注意書き「御渡相成度(おわたしあいなりたく)候」から「候(そうろう)」の文字が、無くなります。
   

茜堂-金弐銭入場券

大正4年2月12日、赤線入場券、高松驛、金貳銭、裏面英文注意書、内閣鉄道院。

当券は、
鉄道入場券図鑑=16頁に、掲載されています。
右書き弐銭入場券、裏面には英文字一ヶ国語の表示が入ります。また、大正期に入り、官公断線はすっかり定着しています。
施行は、明治39年10月1日、その線形から、エックス断線とも呼ばれています。
   


茜堂-ひらがな右書乗車券

大正5年2月1日、乗車券、くろいそ(黒磯)-しらかわ(白河)、三等、金貳拾九銭(税共)、裏面英文注意書、内閣鉄道院。
大正6年2月6日、乗車券、わしづ(鷲津)-なごや(名古屋)、三等、金九拾銭、通行税貳銭、裏面英文注意書、内閣鉄道院。


大正5年発行の、三等乗車券(ひらがな右書き表示、鉄道院GIR地紋)、官職割引と小人割引の乙片断線が、交差表示されます。
裏面には、英文字一ヶ国語の表示が入ります。



■大正4年3月1日=施行(1月8日=鉄道院総裁達第121号)
特別急行列車券、普通急行列車券の名称が、それぞれ特別急行券、普通急行券に変更されます。
また、列車種別の前に等級が配置され、表中央に大きく「特急」「急」を赤ベタ文字として、それぞれ横列に配置します。
   


茜堂-急影急行券

大正7年3月8日、参等普通急行券(東北線用)、急赤ベタ文字、料金五拾圓、平驛発行、内閣鉄道院、GIR赤地紋。

急の赤ベタ文字の付く、参等普通急行券、裏面英文字表記、東北線用、平驛発行、鉄道院GIR赤地紋。
また、
寝台券は、縦A型券様式で硬券化されます。初期の券は、表面中央に、寝臺の縦赤ベタ文字が、付けらています。
   

茜堂-縦型寝台券
茜堂-寝台影寝台券
縦A型の硬券切符は、非常に珍しく、
過去には、明治30年11月5日から、明治35年頃迄の5年間、
僅か10駅でのみ発行された、弐銭縦型入場切符(入場券)に、見るのみで、
特異な様式となっています。

この縦型様式は、寝台券のみで 、昭和33年9月末迄続きます。
寝台の硬券が、
縦A型券様式で、登場します。

大正4年3月5日、貳等寝台券、寝台ベタ文字、料金貳圓五拾圓、大坂(大阪)驛発行、内閣鉄道院、GIR赤地紋。

寝臺の赤ベタ文字の付く、二等寝台一人床、大坂(阪)駅発4列車、使用者名記名式。


■大正4年9月16日=施行(9月11日=鉄道院総裁達第993号)
外税での通行税表示が、運賃と合算され税共表示となる。自至駅名は「ひらがな表示」から「漢字表示」に、変更されます。
但し、読みにくい漢字駅名は、ひらがな表示でも構わないとする、特例が付きます。
   


茜堂-漢字右書乗車券

大正7年2月23日、乗車券、京都-稲荷、三等、金四銭(税共)、裏面英文注意書、京都驛発行、内閣鉄道院、GIR赤地紋。
大正5年12月13日、乗車券、新橋-品川、三等、金五銭(税共)、裏面英文注意書、品川驛発行、内閣鉄道院、GIR赤地紋。


左側の、三等乗車券(京都〜稲荷、漢字右書き表示、官公断線、鉄道院GIR赤地紋)、裏面には英文字一ヶ国語の表示あり。
右側の、大正5年発行の、乗車券は、使用頻度の高い区間で、専用の官用切符所有の為、官公断線が付けられていません。

また、大きく表示されていた着駅表記が、その後、小さく表示されます。次ぎの券は、再度復活した税別表示の乗車券です。
   


茜堂-漢字右書乗車券

大正8年5月26日、乗車券、京都-住吉、二等、金壱圓四拾六銭、通行税金参銭、裏面英文注意書、内閣鉄道院、GIR青地紋。

二等乗車券(京都〜住吉、漢字右書き表示、官公断線、鉄道院GIR青地紋)、裏面には、英文字一ヶ国語の表示あり。


■大正7年8月1日=施行(7月27日=鉄道院総裁達第897号)
運賃と合算され、税共表示とされていたが、再度、通行税別記に変更されます。
東京、上野、大阪の三駅の入場券が、十銭に、その他の駅の入場券が、五銭に値上げされます。


■大正9年2月1日=施行(1月8日=鉄道院総裁達第1号)
全ての切符の書式が「右書表示」から「左書表示」に、変更されます。(ダッチングも同様)
特別急行券、普通急行券が三地帯制となり、名称が特別急行列車券、普通急行列車券に、再度変更されます。
特別急行列車券には「特急」の赤輪郭(影文字)が、普通急行列車券には「急」の赤輪郭(影文字)が、付く様になります。
   


茜堂-急袋影急行券

大正10年8月30日、普通急行列車券、急影、二百五十哩迄、三等、料金六十五銭、京都驛発行、鉄道省、過度期GIR赤地紋。

急の影付き、普通急行列車券、裏面には乗車駅表示。大正11年3月21日には、赤斜線引きに変更されます。
   

茜堂-初日券
茜堂-漢字左書乗車券
大正9年2月1日、
左書表示改訂券、初日券。

大正9年2月1日(改訂初日券)、乗車券、福島-須賀川、三等、金九拾銭、通行税金壱銭、内閣鉄道院、GIR赤地紋。
大正9年10月24日、乗車券、萬世橋-沼津、三等、金五貳圓参銭(税共)、鉄道省、過度期GIR赤地紋。


大正9年2月1日発行の、左書表示の初日券、ダッチングは、まだ規定どおりでは無く、旧タイプの印字機を、流用しています。
裏面には二等以上に、英文字一ヶ国語の表示があり、三等には英文字一ヶ国語の表示が、無くなります。

右の券の発行駅、萬世橋駅は、昭和18年11月1日に、廃止(正式には営業休止)されました。

また、この頃には、入場券に日付を入れない、無日付券となります。無日付の目的と、実施年月日は不明。
   

茜堂-無日付入場券
茜堂-五銭入場券

無日付時代、赤線入場券、札幌驛、料金五銭、内閣鉄道院〜鉄道省。

左書表示になった頃より、入場券のみ無日付券となります。裏面には三項目の注意書きが、表記されます。


■大正9年5月15日=施行
鉄道院を廃止し鉄道省を設置、券面に「てつだうしゃうGIR(過度期GIR表示)」の地紋が付きます。
東京、名古屋、神戸、門司、仙台、札幌の六箇所に鉄道管理局を設置します。


■大正10年1月11日=施行(前年12月1日=鉄道省達第727号)
官公断線の表示が「官」の文字から「公」の文字に、変更されます。
乗車券
表面の地紋色は、一等「淡黄色」に、二等「淡青色」で、三等「淡赤色」となります。

また、乗車券のヨリ表示が、よりゆき表示に変更され、発駅は明朝体に、着駅はゴシック体活字に、変更されます。
普通急行列車券の、表面中央の影は「急」の、赤輪郭(袋文字=影文字)から「急」の、赤ベタ文字に戻されます。
   


目的不明の、無日付時代券、
入場券から日付印が、無くなります。
茜堂-公断線券

大正11年9月13日、乗車券、大阪-蘆屋(芦屋)、三等、参拾銭、通行税壱銭、鉄道省、過度期GIR赤地紋。
大正11年4月15日、乗車券、三ノ宮-大阪、三等、五拾銭、通行税壱銭、鉄道省、過度期GIR赤地紋。


大正11年発行の、三等乗車券(大阪〜芦屋、三ノ宮〜大阪、官公断線、鉄道省GIR地紋)、三等裏面は券番のみの表示となります。


■大正11年3月21日=施行(2月18日=鉄道省達第87号)
特別急行列車券の、表面左上に「特」の輪郭文字(袋文字=影文字)が、表示されます。
尚、輪郭文字には、赤刷、黒刷が、それぞれ存在しますが、その差異は不明。
   


茜堂-徳袋赤斜1条哩券

大正14年1月11日、大正13年5月19日、特別急行列車券、特黒影、鉄道省、GJR赤地紋。

特のスミ袋文字(影文字)付き、哩表示(漢数字)の特別急行列車券、特影の大小に付いては規程無し。
特別急行列車券と、普通急行列車券に、地帯別に応じ「赤線斜」が入ります。
501哩以上(赤斜三条)、500哩迄(赤斜二条)、250哩迄(赤斜一条)の三地帯制。哩表示の為、哩(マイル)券とも言います。
   

茜堂-赤斜線引券
茜堂-赤斜3条、2条、1条哩券

昭和4年12月18日、普通急行列車券、501哩以上、青森、二等、2圓50銭、青森驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
大正14年10月22日、普通急行列車券、五百哩迄、米沢驛、二等、二圓、鉄道省、GJR青地紋。
大正15年6月22日、普通急行列車券、(上り)二百五十哩迄、京都驛、三等、六十五銭、京都驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。


昭和4年発行の、哩表示(算用数字)。大正14年発行の、哩表示(漢数字)。大正15年発行の、哩表示(漢数字)の普通急行列車券、


■大正後期
鉄道省、券面は「てつだうしゃうGIR」地紋から「てつだうしゃうGJR」の、正式地紋に変更されます。


■大正14年2月20日=施行
書式が、等級を除き「漢数字」から「算用表示」に変更されます。


■大正15年4月1日=施行(3月31日=鉄道省達第247号、法律第21号)
特別急行列車券の「特」の黒文字のみが、券面左上に大きく表示され、種別名の下に、太いアンダーラインが施されます。
   

三地帯制の、
哩表示、地帯別赤斜線が登場。
茜堂-特太字特急列車券赤斜3条、2条、1条

昭和5年3月28日、特別急行列車券、501哩以上、下関驛、三等、2圓50銭、下関驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和3年8月1日、特別急行列車券、500哩迄、横濱驛、三等、2圓、横濱驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和6年11月11日、特別急行列車券、400粁迄、名古屋驛、二等、2圓60銭、名古屋驛発行、鉄道省、GJR青地紋。


昭和5年、昭和3年発行の、哩表示(算用数字)。昭和6年発行の、粁表示(算用数字)。共に、特文字大表示の特別急行列車券。
大正13年2月20日から始まった、寝台券2片連綴式から、従来の1片式に変更されます。
   

茜堂-名士列車
茜堂-名士列車寝台券
下り17列車、上り18列車は、
東京〜神戸間を結ぶ、夜行急行ですが、
華族や政財界の要人等、多くの知名士が、利用した為に、
当時は、特急富士と並び「名士列車」と、呼ばれていました

急行列車で有り乍ら、
編成は当時の特急を凌ぐ、優等編成の寝台急行でした。
多くの知名士が、利用した、
17-18列車は、名士列車と呼ばれた。

昭和4年1月10日、寝臺(寝台)券、東京駅発、品川驛乗車、並形上段、二等、3圓、東京驛発行、GJR青地紋、鉄道省。
昭和4年10月18日、寝臺(寝台)券、神戸驛発、大阪驛乗車、下段、二等、4圓50銭、神戸驛発行、GJR青地紋、鉄道省。


昭和4年発行の、東京発下り17列車(名士列車)、並形上段二等寝台券。神戸発上り18列車(名士列車)、下段二等寝台券。


■大正15年頃
官公断線の廃止により、右側の二つの断線から「公」の文字と、官公用の断線が削除されます。実施年月日は不明。


■大正15年4月1日=施行(3月31日=鉄道省達第247号)
乙片(小児断線右側)に、集束用の綴り穴基準の黒点が付きます。
   

茜堂-綴り穴黒点券

大正15年10月24日、乗車券、神戸-大阪、三等、53銭、神戸驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和2年1月2日、乗車券、中野-大久保、三等、5銭、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

大正は15年12月24日迄、翌25日からは昭和元年となる、元号変更期発行の、乗車券等、乙片の綴り穴用の黒点が印刷される。
後に、穴開け処理がなされた、切符へと推移します。




激動の昭和期JRまでの硬券切符の歩み=茜堂

茜堂-激動の時代昭和の切符
昭和元年から、昭和64年の間には、我国最後の大戦を迎えます。
戦中戦後の物資が困窮する中の、幾多の制度変革や切符様式の簡略化等から、当時の英知と苦労を、伺い知る事ができます。


茜堂-昭和時代の硬券
■昭和3年5月1日=施行(4月13日=鉄道省告示第69号)
航路を間に挟んで、国鉄の鉄道路線を利用する場合のみ、前後の鉄道路線の営業キロは、通算する事とし、
そこに航路運賃を加算する、通過連絡運輸に準じた、取扱いとなります。
   

茜堂=連帯運輸乗車券

昭和11年4月19日、連帯運輸乗車券、門司-神戸、507.6粁、3等、5圓70銭、門司驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

関門隧道の無い時代、関門海峡間の連絡は鉄道連絡船として、門司港駅〜下関駅間の、関門連絡船が担っていました。
門司駅〜下関駅間を潜る 関門隧道 は、昭和17年7月1日(下り線)、昭和19年8月8日(上り線)に、開通します。


■昭和3年9月1日=施行(8月11日=鉄道省達第657号)
東京近郊の省線電車特定運賃区間では、B型の両方向使用可能な乗車券とする、矢印式の乗車券が初めて使用開始されました。
電車区間内は、原則として往復乗車券を、設備しない様になりました。
   

茜堂-矢印式券
茜堂-矢印式券

昭和4年10月10日、矢印式片道乗車券(発駅枠囲み片矢印)、中野-品川、三等、18銭、中野驛発行、鉄道省、GJR地紋。

同一方向のみでは無く、両方向にも共通させ、そのまま往復乗車券の代わりとしても、使用されていました。


■昭和5年4月1日=施行(1月4日=鉄道省達第1074号)
特別急行列車券、普通急行列車券が「哩表示」から「粁表示」に、変更されます。
それに伴い、801粁以上(赤斜三条)、800粁迄(赤斜二条)、400粁迄(赤斜一条)の三地帯制が、制定されます。
主要都市の一等駅の内、27駅の入場券が10銭に値上げされます。
よりゆき表示に代わる、
便利な矢印図式の、乗車券が登場。
   

茜堂-赤斜線引券
茜堂-赤斜3条、2条、1条券

昭和16年2月11日、普通急行券、501粁以上、東京、3等、1圓35銭、税共、東京驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和10年11月25日、普通急行券、800粁迄、下関、3等、1圓00銭、下関驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和9年11月28日、普通急行券、400粁迄、長崎、2等、1圓30銭、長崎驛発行、鉄道省、GJR青地紋。


昭和16年発行の、801粁以上。昭和10年発行の、800粁迄。昭和9年発行の、400粁迄の粁表示の3等普通急行券。


■昭和7年8月1日=施行(6月6日=鉄道省告示第179号、達第389号)
等級数字が「漢数字」から「算用数字」に変更されます。
特別急行列車券、普通急行列車券の名称が、特別急行券、普通急行券に再度変更され、
特別急行券には、頭の「特」の文字のみが、大きく表示され、発行時にトレインマークが、青インクで押印されます。
三地帯制の、
粁表示、地帯別赤斜線が登場。
   

茜堂-初日券
茜堂-特急マーク付き赤斜線券
昭和7年8月1日、
トレインマーク押印、初日券。

昭和7年8月1日(列車印初日券)、特別急行列車券、400粁迄、国府津、二等、2圓50銭、国府津驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
昭和10年2月17日、特別急行券、400粁迄、名古屋、2等、2圓50銭、名古屋驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
昭和15年12月18日、特別急行券、800粁迄、大阪、3等、2圓20銭、税共、大阪驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。


昭和7年8月1日発行の、特急券のトレインマーク押印の初日券で、改正前の特別急行列車券の、流用券です。
昭和10年発行の、特急つばめ2等と、15年発行の、特急かもめ3等の、トレインマーク押印の、特別急行券


昭和15年4月1日(2月21日=告54告示)に、通行税課税により、右側の券の様に「税共」表示と、なっています。
昭和17年1月1日に、トレインマークの押印は、廃止されます。大正15年4月1から「特」の黒字が、大きく表示されています

また、東京近郊の省線電車特定運賃区間で、相互式の乗車券が始めて使用開始されました。

一部の乗車券の1〜2等の表面に、必要に応じて発駅と着駅名の、英文字(ローマ字)併記が施されます。
   

茜堂-英字併記券
茜堂-英字併記券

昭和9年2月2日、乗車券、大阪-神戸、33.1粁、2等、1圓08銭、大阪驛発行、GJR青地紋、鉄道省。

一般式片道乗車券、発駅と着駅の両駅名が、マクロンが付いている、駅名標ヘボン式で併記されています。
必要に応じて、英文字(ローマ字)併記とされていますが、その判断基準は、明確では有りません。
また、初期の頃には発駅と着駅、後に、着駅のみの英文字(ローマ字)併記となり、マクロンが無かったり有ったりします。
発駅と、着駅の表示に、
英文字の併記券が、登場します。
   

茜堂-相互式券
茜堂-相互式券

昭和8年2月23日、相互式片道乗車券、中野-品川、3等、18銭(車内検礼、角し刻印)、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

発駅からの有効区間を、矢印で表示する券式の一種ですが、矢印式同様、どちらを発駅としても、有効な切符となりますので、
発券駅からの、往復用の代用切符として、2枚発行する場合等にも使用されます。

また、全ての一等駅の入場券が、開始日不明ですが8月中に、10銭に値上げされます。
   

矢印式の発展形、
両矢図の、相互式の乗車券が登場。
茜堂-10銭入場券

昭和11年4月24日、赤線入場券、博多驛、料金10銭、鉄道省。

入場券に日付が、全国的に復活したのは、昭和7〜8年頃の、10銭入場券の登場時からの事となります。
また、異級乗車券(一等異級連絡乗車券として、明治42年12月28日に登場)は、従来の異の押印から、
小児断線の券面右上に、角線内異の表示が付いた、常備式の片道乗車券を設定します。戦後に、異の影文字が制定されます。
   

茜堂-異刷り券
茜堂-異級乗車券

昭和20年5月3日、異級乗車券、若松-博多、2等、3圓30銭、特別運賃税共、若松驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
昭和41年8月21日、異級相互式乗車券(異影入り)、神田-大船、1等、330円(税1割共)、神田発行、国鉄、JNR緑地紋。


昭和20年発行の、異級乗車券。戦後に始まった異の影文字の、昭和41年発行の、異級乗車券。
異の影文字のB型乗車券は、異影のA型乗車券と比べると、地域的に発行頻度が少なく、非常に希少な券となっています。

   


■昭和10年6月15日=施行(東京鉄道局達乙2062号)
世界初の硬券地図式乗車券が、電車特定運賃5銭、10銭区間用特殊乗車券の2種類として、
新宿駅の、6台の乗車券自動発売機に限定して、試用され、翌年11月21日施行で、東鉄局で本採用されました。
意級の押印から、
角内異の印刷が、開始されます。
   

茜堂-地図式券
茜堂-地図式乗車券

昭和10年6月20日、地図式乗車券、新宿、3等5銭、3等10銭、自動券販機券、無地紋、鉄道省。

地図式の乗車券は、日本独自の様式で、市電乗継券では地図式が多く、西ドイツのハンブルグ市電でも、採用されていました。
A型券に匹敵する程の、広域な区間地図が、B型券にびっしりと、バランス良く納められています。
裏面には、循環符号の(い)と、自動券売機の3号機と、4号機発売の丸枠マークと、発行駅名が夫々記されています。



■昭和17年1月1日=施行(前年11月29日=鉄道省告示第245号)
入場券は、徐々にB型券に移行されます。特別急行券、普通急行券の、地帯別赤線斜引き最終期の券が登場し、
料金区分が変更され、401粁以上(赤斜二条)、400粁迄(赤斜一条)の、二地帯制となります。
   

日本独自の様式、
見易い地図式の、乗車券が登場。
茜堂-二地帯制赤斜線券

昭和17年6月7日、普通急行券、401粁以上、下関より乗車、2等、4圓80銭(税共)、下関驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
昭和17年6月8日、普通急行券、400粁迄、岡崎より乗車、3等、料金1圓65銭(税共)、岡崎驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。


昭和17年6月7日と、翌8日(戦時中)発行の、普通急行券、地帯別最後の赤線斜引様式の、2等401粁以上と3等401粁迄の券。
   


茜堂-太平洋戦争開戦(昭和16年12月8日)


■昭和17年4月1日=施行(2月23日=鉄道省令第3号)
入場券は最低運賃と同額となり、全駅10銭に値上げされます。
横浜〜桜木町相互の普通、及び定期旅客について、国鉄、東京急行電鉄東横線間に於いて、運賃プール制とし、
共通乗車とする選択乗車制を、国鉄、関西急行鉄道間と同時に、昭和37年11月19日まで実施します。
   

茜堂-戦中の切符類
茜堂-共通乗車券

昭和37年9月16日、共通乗車券、桜木町-横浜、10円、2等、桜木町駅発行、全赤刷、赤地紋、国鉄。

昭和37年11月20日廃止間際の、共通乗車券。全赤刷りは、共通乗車券を表す物では無く、区間最低運賃区間で有る事を表し、
初乗り券の、改札口での便を図る為の、制度(昭和36年8月17日〜昭和41年3月4日)に、因るものです。



■昭和18年3月20日=施行
東京〜沼津間の各駅発の、下り全急行列車のみを、列車指定急行とし、列車指定の急行券が発売されます。
   

茜堂-列車指定急行券
茜堂-列車指定急行券2枚

昭和18年3月31日、115列車普通急行券、401粁以上、東京驛発21時40分、2等、4圓80銭、税共、東京驛発行、鉄道省。
昭和18年6月8日、115列車普通急行券(常備券)、401粁以上、東京驛発21時40分、2等、4圓80銭、税共、
東京驛発行、鉄道省、GJR青地紋。


昭和18年発行の、115列車、下り普通急行券(右券=完全常備券)、2等、401粁以上(赤斜2条)、東京驛発行。
東京発大阪行、急行115列車は、同年10月1日の決戦ダイヤと言われた、貨物増旅客減の時刻改正にて、廃止されました。



■昭和18年7月1日=施行(5月29日=鉄道省告示第131号、達第355、356号)
戦時体制によリ、不要不急の旅行が制限され、特別急行を第1種急行、普通急行を第2種急行と改め、列車指定制とします。
また、特別急行、普通急行の近距離乗車制限の為、401粁以上の料金均一制となります。

この頃には、用紙節約の為、乗車券、特別急行券、普通急行券等も徐々に、B型券に移行されます。
長らく続いて来た、赤斜線引きも、戦時節約の為、廃止されます。
   

東京〜沼津間の各駅発、
下り全急行に、列車指定を制定。
茜堂-列車指定急行B券

昭和18年8月8日、112列車急行券、大阪驛発、3等、2圓20銭、税共、大阪驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和18年11月3日、1列車急行券、赤斜1条、東京驛発、3等、3圓30銭、税共、東京驛発行、運輸通信省鉄道総局。
昭和19年10月26日、8列車急行券、三ノ宮驛発、2等、6圓、特別運賃税共、三ノ宮驛発行、運輸通信省鉄道総局、GJR青地紋。


制定直後の、B型券での列車急行券(112列車急行券、常備券)、112列車は、大阪〜東京の、2等寝台車付きの急行列車。
右の券は、昭和18年の、1列車急行券、3等、赤斜線は流用券では無く、且つて無かったB型券に因る、専用の赤斜線券。

従来の、A型券の斜角27度に対して、B型券では、対角線の関係で、斜角が23度となっています。
右は、昭和19年の、8列車急行券、2等、特別運賃税共、三ノ宮驛発行。
   

茜堂-列車指定證
茜堂-列車指定證

年月不明、4の日列車指定證、第147列車、東京驛発、大阪行、東京驛発行、運輸通信省鉄道総局、裏面GJR赤地紋赤横3条。

日付指定の列車指定證、急行第147列車、東京駅発22時10分、大阪行、4の日。裏面、GJR赤地紋券流用、赤横3条引き。
当時の、乗車日指定乗車券等に、施されていた赤横3条ですが、当券は裏面への流用券だと思われます。


列車指定制での、日付末尾のみが指定された、東京発大阪行き第147列車の乗車券、急行券に代用される、列車指定證。
戦局の悪化に伴い、特定の列車ごとに列車指定證を発行し、乗客の統制を図っています。
月日指定では無く、
日付末尾指定となっています。
   

茜堂-乗車指定證
茜堂-乗車指定證

年不明、12月31日乗車指定證、赤斜2条、19時以降の普通列車、東京、上野、新宿驛発、運輸通信省鉄道総局、GJR赤地紋。

日付指定の列車指定證、東京驛、上野驛、新宿驛発からの指定、赤斜2条引き。
乗車指定制での、年末移動用の12月31日乗車、19時以降の普通列車の乗車券に代用される、乗車指定證。
乗車券の販売制限に伴い、特定の列車ごとに乗車指定證を発行し、乗客の統制を図っています。


■昭和18年11月1日=施行(11月1日=勅令第829号)
鉄道省から、運輸通信省鉄道総局に変わりますが、地紋は引続き「てつだうしゃうGJR」を使用します。


■昭和19年4月1日=施行(3月25日=運輸通信省告示第96号)
戦時特別運賃加算により「特別運賃、税共」の表示が付きます。
   

普通列車専用の、
月日付指定の、乗車指定證。
茜堂-戦時特別運賃加算

昭和19年4月24日、相互式乗車券、國道-飯田橋、3等、特別運賃、税共60銭、飯田橋驛発行、運輸通信省鉄道総局。

制定直後の、乗車券ですが、混乱期の為か、地紋が天地逆のエラー券となっています。
戦争も更に激化し佳境を迎え、厳しい戦いの中、以降は戦時節約の為、無地紋券へと移行していきます。



■昭和19年8月4日=施行(昭和19年6月30日=閣議決定)
本土空襲に因る、都市部防空体勢強化の為と、将来の戦力を温存すべく、学童疎開と名して児童を地方へと非難させた。
疎開とは、軍事用語で分散させて、戦う事を意味しています。
   

茜堂-疎開乗車票
茜堂-疎開乗車票

昭和20年5月2日、疎開乗車票、大崎駅発行、東京鐵道局、運輸省鉄道総局、裏面GJR青地紋流用券。

十七都市からの、疎開奨励措置に因って発行された、国民学校初等科3年以上の学生対応の、疎開乗車票。
裏面は、列車指定の小児急行券の、流用だと思われます。第1弾として東京から、20万規模の疎開が開始された。


■昭和19年10月頃
戦時混乱により、無地紋券が発行されるなか、広島局が考案した、簡易地紋「工」の地紋券が、発行されます。
戦局が悪化する中、
学童疎開輸送の為の、無料乗車券。
   

茜堂-工地紋券
茜堂-工地紋券

昭和20年8月18日、乗車券、大田口-高知、1圓70銭、大田口驛発行、運輸省鉄道総局、工赤地紋。

長距離用乗車券の工地紋、短距離用は、工の字が4倍に拡大された、地紋が用いられています。
後に、近隣の管理局でも使用されましたが、昭和22年4月30日を最後に廃止されます。


■昭和20年4月1日=施行(3月6日=運輸通信省告示第50号、達第140号、運輸省公報通報)
乗車券の面積縮小と、券面の簡素化に伴い、特別運賃共の表示と、3等表示及び、小児表示が、廃止されます。
以下、罹災者乗車整理票等の、施行詳細は不明です。
   

広島局が考案した、
簡易地紋の、長距離用工地紋券。
茜堂-簡素化券、罹災者乗車整理票

昭和23年12月18日、乗車券、網干〜天王寺、90圓、網干驛発行、運輸省鉄道総局、GJR赤地紋。
年月日不明、罹災者乗車整理票、赤斜1条、GJR赤地紋。
昭和20年5月31日、罹災者乗車整理票、赤斜1条、阿佐ヶ谷驛、東京鐵道局、運輸省鉄道総局、GJR赤地紋。


特別運賃共や、3等表示が省略された、戦争末期の簡素な乗車券。
右側は、戦争末期による本土空襲時の、罹災者乗車整理票、B型券専用の赤斜線(A型券の赤斜線より角度が穏やか)。
過去に於いては、大正12年9月1日の関東大震災に因る、罹災者に対して、真赤な軟券の黒字印刷券が発行されています。



■昭和20年5月19日=施行(5月19日=勅令第303号)
運輸通信省から、運輸省に分離独立しますが、地紋は引続き「てつだうしゃうGJR」を使用します。
   


茜堂-太平洋戦争終戦(昭和20年8月15日)


■昭和20年10月17日=施行(9月22日=内部通達)
第3鉄道輸送司令部MRS(Military Railway Service)は、進駐軍制服軍人の、全ての鉄道利用を、無賃とする旨の指示を発令。
この制度は、昭和27年4月28日講和条約発効迄、続きました。
   
 

茜堂-戦後の切符類
茜堂-進駐軍専用車乗車券
茜堂-進駐軍切符
進駐軍関係者の。
非公務中の、乗車専用切符。

昭和25年5月17日、進駐軍専用車乗車券、品川-目黒、¥10、品川驛発行、国鉄。

進駐軍専用車乗車券(昭和22年10月1日〜昭和27年3月31日)、よりゆき式(From To)、英文字併記、(進)表記、無地紋券。
進駐軍関係者の、非公務の場合に発行された、日本側の連合軍専用車乗車券。
因に、公務の場合は無賃で、軍発行の乗車券A様式、B様式の大型軟券が、使用されました。

裏面の「Allied coach only」は、当券で乗車出来るのは「連合軍専用車のみ」との、注意書です。
上段の、OP124は「operation 124」で「運行124」の意味か、それで有るならば、124列車(上り=外回り)と解釈出来る。
補足、他の地域の同様券にも、定形文として記載されていますので、単純に第124指示と、これを判断させて頂きます。



■昭和20年12月15日=施行
終戦で、個人別の切符販売時の統制が、不可能となり、先着順に一定枚数の乗車券を、発売する方法を取っていましたが、
それに伴い、ダフ屋の横行等を招く等、様々な混乱が起こり、乗車券発売票を発行する事になります。
乗車券発売票を、所持する者1人に、1枚の乗車券類を発行する事とします。
   

茜堂-乗車券発売票
茜堂-乗車券発売票

限定日指定、乗車券發賣票、1の日、東海道線、飯田橋驛発行、運輸省鉄道総局、裏面GJR赤地紋。

乗車券発売票、東海道線、1の日。裏面、GJR赤地紋券流用、3項目の注意書。


■昭和21年10月15日=施行(9月14日=運輸省告示第237号)
戦後復興の旗手として、全線均一の準急行券が登場します。
   


■昭和22年7月7日=施行(6月30日=物価庁運輸省告示第20号)
料金均一制から「三地帯別」制へ変換され、列車指定急行券の「地帯別(距離別)」が、
印刷度数を、一回分節約すると言う観点から、赤線の代用として、名称下の黒線引きで登場します。(一期B券)
1201km以上(黒線横三条)、1200km迄(黒線横二条)、600km迄(黒線横一条)となります。
ダフ屋対策の為の、
一人一枚限りの、転売防止対策票。
   

茜堂-黒横線引券
茜堂-黒線2条券

昭和23年10月10日、6列車急行券、1200粁迄、広島驛発14時43分、2等、380圓、廣島驛発行、運輸省鉄道総局。

昭和23年発行の、6列車急行券、2等、1200粁迄(黒線横二条、一期B券)。

昭和23年6月30日から、準急券(一期B券)が、翌年5月1日から、特急券(一期A券)が、同様に変換され、三地帯制となります。
1201km以上(黒線横三条)、1200km迄(黒線横二条)、600km迄(黒線横一条)となります。

また、昭和24年9月15日には、列車指定急行券から、普通急行券へと名称変更され、
更に昭和25年4月1日から、四地帯制(二期A券)となります。
1201km以上(黒線横四条)、1200km迄(黒線横三条)、600km迄(黒線横二条)、300km迄(黒線横一条)となります。
   


三地帯制の、
地帯別黒横線の、数引き券が登場。
茜堂-黒線2条券、黒線1条券

昭和26年4月6日、普通急行券、600キロまで(大阪駅から乗車)、3等、200円、大阪駅発行、国鉄、GJR赤地紋。
昭和26年2月20日、特別急行券、600粁迄、大阪發12時30分、第4列車、3等、400円、大阪駅発行、国鉄。


普通急行券、3等600キロまで(黒線横二条、二期A券)、特別急行券(第4列車)、3等600粁迄(黒線横一条、一期A券)。


■昭和22年7月10日=施行(7月3日=運輸省達第351号)
昭和21年6月3日通達で、国鉄、社線3等、厚生省を支払い責任者として、引揚者後払制度が制定されます。
当初は、陸群省、海軍省が行い、上陸地〜目的駅迄は無賃扱いで、様式は不定。
昭和22年7月10日施行で、運輸省による、上陸地〜目的駅迄は無賃扱いの、引揚乗車証の様式が制定されました。
   

茜堂-引揚乗車票
茜堂-引揚乗車票

昭和21年5月23日、引揚乗車券、博多港-旭川、博多港驛発行、門司鐵道局、運輸省鉄道総局、GJR赤地紋。

博多港駅〜旭川駅迄の、引揚(者)乗車票。博多港駅は、昭和17年7月1日に開業した時の、博多臨港線の貨物終着駅で、
その後、延伸しましたが、平成10年4月1日に部分廃止によって、博多港駅は廃止されました。
尚、引揚者乗車票は、海外からの引揚者が引き続く限り、期限は設けられず、随時発行される事となります。



■昭和23年6月30日=施行(6月29日=物価庁運輸省告示第8号)
準急行券が地帯制となり、券名称の下部線に本数別表示となります。(詳細は上部参照、本数は厳密な統制ならず)
   


引揚者後払制度による、
目的地迄、乗車保障の乗車票。
茜堂-準急黒線1条券

昭和23年10月22日、準急行券、600粁迄、3等、65圓、運輸省鉄道総局、GJR赤地紋。
昭和24年1月16日、準急行券、600粁迄、岐阜より乗車、3等、25圓、岐阜驛発行、国鉄、GJR赤地紋。


昭和23〜24年の、準急行券。左の券では、準の文字が、別字体で大きく処理されています。小児断線の綴り穴が有りません。
右の券は、等級が省略されています。共に600粁迄(黒線横一条)ですが、エラー券か、料金が半額以下になっています。
   

茜堂-簡易省略券
茜堂-準急黒線無券

昭和24年9月25日、準急行券(アンダーライン欠如)、150粁迄、福知山より乗車、50圓、福知山驛発行、国鉄、GJR赤地紋。

昭和24年発行の、準急行券。まだまだ統制がなされず、この券では等級が省略され、アンダーラインも付けられていません。


■昭和24年5月1日=施行(4月30日=物価庁運輸省告示第1、2号)
乗車整理券の先駆けとなる、発駅着席券が登場します。
運賃表示は、銭までの表示を全廃し、全てが円表示となっています。
尚、通貨の補助単位で有る、銭の流通は、政府の通達に因って、昭和29年1月1日に廃止されました。
種別下アンダーラインと、
等級表示が、省略されています。
   

茜堂-発駅着席券
茜堂-発駅着席券

昭和25年9月27日、15列車發驛著席券、東京驛発20時30分、3等、50円、東京驛発行、国鉄、GJR赤地紋。

年末年始やお盆等の混雑期に、始発駅での、乗客の着席を確保する為に発行された、昭和25年の乗車整理用の発駅着席券。
発駅着席券は、昭和40年10月1日に、旅規に正式制定されます。


■昭和24年6月1日=施行(前年12月20日=法律第256号、国有鉄道法)
日本国有鉄道が発足しますが、まだ地紋の設定は無く、地紋は引続き「てつだうしゃうGJR」を使用します。


■昭和25年2月4日=施行(2月4日=国有鉄道公示第20号)
身体障害者福祉法に伴い導入された、身体障害者割引切符で、100Km以上50%の端数切捨ての、割引運賃が適用されます。
乗車整理券の元となる、
列車指定がされた、発駅着席券。
   

茜堂-身影券
茜堂-身影券
身影入りの常備券は、
札幌印刷場のみ発行の、印刷券。

昭和60年12月1日、乗車券(身体障害者割引)、深川・白石-札幌・手稲、850円、深川駅発行、国鉄。

戦争で負傷した方の救済を目的とした、身体障害者福祉法は、法律第283号として、昭和24年12月26日に制定されています。
身体障害割引乗車券、身影入は札幌印刷場のみの印刷券。また、裏面数字は、個人を特定する物では有りません。


■昭和25年4月1日=施行(3月31日=国有鉄道公示第60号)
準急行券がA型券となり、四地帯制となります。(二期A券)
601km以上(黒線横四条)、600km迄(黒線横三条)、300km迄(黒線横二条)、150km迄(黒線横一条)となります。
   

茜堂-準急黒線1条券

昭和25年6月5日、準急行券、300粁迄(名古屋、乗車)、60圓、名古屋驛発行、国鉄、GJR赤地紋。

準急行券(等級省略)、A型券で有るべきですが、B型券で発行されています。
下の券が、本来のA型券での、準急行券。
   

茜堂-黒線四条券
茜堂-黒線4条券、黒線3条券

昭和25年8月17日、準急行券、601粁以上(中津、乗車)、3等、150円、中津駅発行、国鉄。
昭和25年8月17日、準急行券、601粁以上(中津、乗車)、3等、150円、中津駅発行、国鉄。
昭和26年8月6日、準急行券、600キロまで(仙臺、乗車)、3等、100円、仙臺駅発行、国鉄。


準急行券、3等601粁以上(黒線横四条、二期A券)、準急行券、3等600キロまで(黒線横三条、二期A券)。
また、
乗車券の一部に、3等表示を復活させます。


■昭和25年6月頃
日本国有鉄道、一部の券面に「こくてつJNR」の地紋が付きます。
   

種別下アンダーラインに、
最高本数で、4条が施されます。
茜堂-国鉄地紋券

昭和25年9月15日、普通急行券、300キロまで(豊橋驛乗車)、3等、120圓、豊橋驛発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和25年発行の、普通急行券、画面では分かり辛いですが、券面には、国鉄赤地紋が施されています。


■昭和25年8月21日=施行
自衛隊後払制度が、始まります。(警察予備隊=保安隊=自衛隊)
警察予備隊発足に伴い、管区警察学校から予備隊宿舎への移動に、3割引きの団体乗車券を発行したのが、始まりとなります。
   

茜堂-衛影券
茜堂-自衛隊用後払急行券
衛影入りの常備券は、
札幌印刷場のみ発行の、印刷券。

昭和49年4月15日、急行券、札幌-201Km以上、300円、札幌駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和49年11月13日、急行券、帯広-201Km以上、400円、札幌駅発行、国鉄、JNR赤地紋。


昭和49年発行の、自衛隊用後払の急行券、札幌〜201Km以上、300円、帯広〜201Km以上、400円。
裏面には、後払の表記が印刷されています。表面の衛の略字影常備は珍しく、配備は札幌局でも、一部の駅のみでした。



■昭和25年10月1日=施行(9月29日=国有鉄道公示第231号)
特別急行列車券以外の列車に連結される、特別2等客車に、客車指定券(後の特別2等車券)を制定します。
   

茜堂-発駅着席券
茜堂-客車指定券

昭和25年12月26日、客車指定券、徳山駅乗車、第34列車、100円、交通公社徳山発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和25年発行の、客車指定券、第34列車。ダッチングの下の赤線は、翌収扱いの印。
詳細は
 茜堂-謎の記号と不思議な落書き を、参照願います。


■昭和26年4月1日=施行
日本国有鉄道、入場券を除く、全ての券面に「こくてつJNR」の地紋が付きます。
全ての乗車券に、3等表示が、6年振りに復活します。
   


特別2等客車に、後の特ロ券となる、
客車指定券が、制定されます。
茜堂-国鉄地紋券

昭和26年8月25日、準急行券、300キロまで(名古屋驛乗車)、3等、大人60円、名古屋驛発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和26年8月25日、準急行券、300キロまで(名古屋驛乗車)、3等、小児30圓、名古屋驛発行、国鉄、JNR赤地紋。


昭和26年発行の、準急行券の大人と小児券、券面にはくっきりと、鮮やかな国鉄赤地紋が施されています。
大人専用券の料金では、現代漢字の「円」が用いられていますが、小児券では、旧漢字の「圓」のままとなっています。

この券より後2ヶ月と少しで、地帯別から列車種別になり、複数本の黒横線表示が廃止されます。
制度的に国鉄地紋の地帯別の準急行券は、1年5ヶ月程の発行となっています。



■昭和26年11月1日=施行
地帯別黒線引きの、特別急行券、普通急行券、準急行券が、それぞれ廃止されます。
客車指定券が廃止され、グリーン券の先駆けとなる、特別2等車券(特ロ券)が、登場します。
   

茜堂-特ロ券
茜堂-特別2等車券
客車指定券廃止後、
特別2等車券が、登場しました。

昭和27年8月2日、特別2等車券、600キロまで、東京-名古屋、2等、300円、交通公社新橋有楽町発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和27年発行の、特別2等車券、略して、特ロ券(トクロケン)とも言われています。
当券は中期様式で、運賃前に等級表示が付き、裏面に英文字の表記が、昭和27年3月15日から入る様になります。

進駐軍の提言で設けた、リクライニングシートの2等車に、従来の2等車との設備格差から、
別料金(後のグリーン料金)が、設定されます。改訂後間もなく、普通急行列車の2等車は、全座席指定制となった為、
2等の座席指定券が必要となり、特別2等車券の必要が無くなり、廃止されました。

また、
特別急行券、普通急行券の赤線斜引きが、8年4ヶ月振りに復活し「地帯別(距離別)」から「列車種別」に変換されます。
特別急行券(赤斜三条)、普通急行券(赤斜二条)、準急行券(赤斜一条)となります。
   

茜堂-赤斜線引券
茜堂-赤斜3条、2条、1条券

昭和33年11月10日、特別急行券、3等、800キロまで、大阪-東京、800円、大阪駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和29年10月19日、普通急行券、2等、300キロまで、函館駅乗車、480円、有楽町駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和29年10月20日、準急行券、3等、150キロまで、旭川駅乗車、60円、稚内駅発行、国鉄、JNR赤地紋。


昭和33年(縦引時代券の物で斜引台紙使用の流用券)発行の、特別急行券。昭和29年の、普通急行券。昭和29年の、準急行券。
昭和27年3月15日から、特別急行1〜2等車券、普通急行1〜2等車券、特別2等車券の裏面に、英文が表示されます。

広浜線(広島〜浜田間)で、昭和23年6月10日=施行(同日=国有鉄道公示第8号)に、丸自に動車急行券が制定。
昭和26年11月1日=施行(10月31日=国有鉄道公示第244号)からは、丸自に自動車急行券に改称
地帯別赤斜線から、
列車種別赤斜線に、変換されます。
   

茜堂-初日券
茜堂-自動車急行券
国鉄バス北四国急行線、
昭和40年3月18日、初日券。

昭和40年3月18日(初日券)、自動車急行券、国鉄バス北四国急行線、松山駅〜高松駅、80円、国鉄。

国有鉄道公示第127号に因る、開業の初日券。因に路線廃止は、国有鉄道公示第47号に因り、昭和54年7月22日。
松山自動車営業部、上り4便、松山駅11時発〜高松着15時10分、松山発2番目の高松行き。



■昭和27年4月1日=施行(3月29日=国有鉄道総裁達第171号)
昭和27年4月1日、進駐軍のRTO(進駐軍鉄道事務所=Railway Transportation Office)が、廃止になり、
進駐軍用切符も廃止されます。その為、外人は日本人と同様車両に、乗車する事となります。
   

茜堂-英字併記券
茜堂-相互式乗車券(中野〜東京)

昭和32年3月9日、相互式片道乗車券(太矢)、中野駅〜東京駅、2等、40円、中野駅発行、国鉄、JNR地紋。

一部の乗車券の1〜2等の表面に、必要に応じて発駅と着駅名の、英文字(ローマ字)併記が施されています。


■昭和30年7月1日=施行(6月21日=国有鉄道公示第204号)
1等寝台券を廃止し、2等寝台券が列車寝台券に、名称変更されます。
   

進駐軍用の乗車券が廃止。
外人も、日本人車両に乗る為の措置。
茜堂-列車寝台券
縦型寝台券、最後の様式となり、
昭和33年9月末を以て、
翌1日から、横型のA型券に変わります。

昭和35年4月7日、列車寝台券、C下段、きりしま、博多駅乗車、2等、1560円、税2割共、交通公社博多発行、国鉄。
昭和35年4月16日、列車寝台券、C上段、たかちほ、小倉駅乗車、2等、1200円、税2割共、博多駅発行、国鉄、JNR青地紋。


昭和35年発行の、列車寝台券、2等。博多駅乗車の上り急行きりしま、下段。小倉駅乗車の上り急行たかちほ、上段。


■昭和31年3月20日=施行(3月10日=国有鉄道公示第70号、71号)
3等列車寝台券を制定し、横A型券としました。2等列車寝台券は、従来通り縦A型券で推移します。
   

茜堂-横型寝台券
茜堂-3等横A券列車寝台券

昭和35年7月31日、列車寝台券、上段、ぎんが、神戸駅乗車、3等、720円、税2割共、神戸駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和35年発行の、列車寝台券、3等、神戸駅乗車の上り急行ぎんが、上段、完全常備券。(故郷の切符種別編頁にも掲載)
また、2等列車寝台券が、縦A型券から横A型券に変更されるのは、昭和33年10月1日から。(下段別記)

■昭和33年7月24日=施行(7月24日=国有鉄道公報第269号)
従来の縦型寝台券から、
横型寝台券が、3等券で登場。
座席指定制実施により、特急券や急行券と、寝台券や指定席券等が一体となった、一葉式券が制定されます。
   

茜堂-一葉化券
茜堂-特急寝台一葉式券

昭和42年1月31日、一葉化券(特別急行券、寝台券)、特急みずほ、寝台中段、広島駅乗車、2等、1700円、
交通公社廣島営業所発行、国鉄、JNR青地紋。


特別急行券と、寝台券が一葉化されたD型券。昭和42年の特急みずほ、特別急行券、寝台券。
昭和38年10月1日(9月28日=国有鉄道公示第480号)、特別急行券と寝台券、普通急行券と寝台券との一葉式A型券様式制定。
普通乗車券、準急行券、座席指定券の一葉化(軟券)が登場します。


■昭和33年8月1日=施行
普通急行列車、準急行列車、普通列車(一部)の2、3等に、座席指定制が始まり、座席指定券が発行されます。
料金券と料金券が、
一体化された、一葉式の券。
   

茜堂-座席指定券
茜堂-座席指定券

昭和37年10月22日、座席指定券、ろっこう、大阪-浜松、1等、200円、神戸駅発行、国鉄、JNR緑地紋。

昭和37年発行の、1等(旧2等)座席指定券(昭和35年7月1日以降の2等級制の物)、神戸駅発行、裏面に英文字表記が有ります。


■昭和33年10月1日=施行(9月24日=国有鉄道公示第325号、総裁達第465号)
特別急行券、普通急行券、準急行券の「赤線斜引き」から「赤線縦引き」に変更されます。
特別急行券(赤縦三条)、普通急行券(赤縦二条)、準急行券(赤縦一条)となります。
急行、準急、普通列車に、
座席指定制が、始まります。
   

茜堂-赤縦線引券
茜堂-赤縦3条、2条、1条券

和39年9月24日、特別急行券、あさかぜ、2等、門司-名古屋、800円、小倉駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和41年2月19日、一葉化券(普通急行券、座席指定券)、急行第1加賀、2等、300Kmまで、京都-金沢、300円、
交通公社京都大丸発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和39年4月16日、準急行券、2等、宇野駅乗車、100円、宇野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

   

列車種別赤斜線から、
列車種別赤縦線に、変換されます。
茜堂-赤縦2条D券

和41年2月14日、一葉化券(普通急行券、座席指定券)、第3佐渡、1等、越後川口-上野、640円、十日町駅発行、JNR黄地紋。

昭和39年発行の、特別急行券。昭和41年の普通急行券・座席指定券(一葉化券)。昭和39年の、準急行券(常備券)。
赤縦線が左側に印された、昭和41年の普通急行券・座席指定券(一葉化券)の、D型券です。
また、
2等列車寝台券が、縦A型券から横A型券に変更されます。
   

茜堂-2等横A券列車寝台券

昭和37年9月25日、列車寝台券、下段、きりしま、2等、名古屋駅乗車、800円、名古屋駅発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和37年発行の、列車寝台券、2等、名古屋駅乗車、下り急行きりしま。


■昭和35年6月1日=施行(5月18日=国有鉄道公示第233号)
特別2等車券から、特別座席券が制定され、後にグリーン券に変わります。
東海道本線特急つばめ、はと、の電車化に伴い、それ以前の一等車並みの座席を用いた、クロ151形車両については、
パーラーカーと称され、翌月からの3等級制の廃止を考慮し、設備差に対して特別座席券が課せられました。
    

茜堂-特別座席券
茜堂-特別座席券

昭和38年9月3日、特別座席券、大阪-東京、第1つばめ、1等、1号車2番B席、日本交通公社新大阪ビル支店発行、JNR緑地紋。

旧2等だが、昭和35年7月1日から、旧2等を1等、旧3等を2等にする予定だった為、内部的には5月31日に旧1等を廃止し、
特別座席券には、1ヶ月間、等級を表示せずに発売されていました。その後、1等(旧2等)の表記がなされます。
また、昭和37年4月1日には、税が従来の2割から1割となったので、料金は1800円から、1650円となっています。


昭和39年10月1日、東海道新幹線開業に伴って、特別座席券は山陽本線に転じ、昭和44年4月末を以て廃止されました。


■昭和35年7月1日=施行(6月23日=国有鉄道公示第294号、総裁達第344号)
3等級制(1等、2等、3等)から、2等級制(1等=旧2等、2等=旧3等)へと、変更されます。
旧2等が新1等へ、旧3等が新2等へ、これにより3等が、廃止されます。


■昭和36年8月3日=施行
大阪鉄道管理局で、普通乗車券と準急行券を連綴とし、利便性を重視した、節約形のD型券が試用されます。
クロ151形車両の、
設備差に対し、設けられました。
   

茜堂-蓮綴式券
茜堂-蓮綴式乗車券準急券

昭和37年9月20日、連綴式券(乗車券、準急行券)、京都-名古屋、2等、410円、100円、京都駅発行、国鉄、JNR青地紋。

大阪鉄道管理局発行の、普通乗車券と、赤線縦1条引きの準急行券の連綴式券、完全常備D型券。
二枚の切符を繋げた形の両券は、それぞれ独立した機能を持っている為、ダッチング(日付印)が、両左右に打たれています。

その後、連綴式券は利便性が高い上、節約形も相まって、全国的に急行券や特別急行券にも、普及して行きます。
   

乗車券と料金券が、
一体化された、蓮綴式の券。
茜堂-蓮綴式乗車券急行券

昭和42年7月18日、連綴式券(乗車券、急行券)、秋田-青森、2等、680円、200Kmまで、200円、秋田駅発行、国鉄。

後の普通乗車券と、赤線縦2条の急行券の連綴式券、完全常備D型券。ダッチング(日付印)が、左右両側に打たれています。
   


茜堂-蓮綴式乗車券特急券・蓮綴式乗車券急行券

昭和41年2月17日、連綴式券(乗車券、特別急行券)、新津-東京都区内、2等、860円、第1とき、600円-上野、
新津駅発行、国鉄、JNR青地紋。
平成2年9月27日、連綴式券(急行券、乗車券)、牟岐-100Km、720円、牟岐-徳島、1260円、牟岐駅発行、JR四国。


後の普通乗車券と、赤線縦3条の特急券の連綴式券、完全常備D型券。JR化後の、急行券と普通乗車券の連綴式券、常備A型券。
右側の、四国様式では、国鉄時代から乗車券が、右側に配置されていました。

四国総局では、終点間際の車内で、料金券回収の習慣から模切りの関係上、乗車券を右手で渡す為に、逆になっています。
それぞれ、独立した切符として切離せる様に、中央にミシン目が入れられ、ダッチング(日付印)が、左右両側に打たれています。



■昭和36年10月1日=施行(9月16日=国有鉄道公示第431号、総裁達第511号)
2列車を1個の列車と擬制し、1枚の特急券に座席指定を施した、結合特急券が発行されます。
   

茜堂-結合特急券
茜堂-結合赤縦3条特別急行券

昭和39年1月13日、特別急行券(結合特急券)、おおぞら、はつかり、札幌-上野、2等、1100円、札幌駅発行、国鉄。

昭和39年発行の、結合特別急行券、特急おおぞら〜特急はつかり、完全常備D型券。


■昭和39年10月1日=施行(9月7日=国有鉄道公示第396号、達第451号)
新幹線開業に伴い、新幹線特急券、B、C文字入の、A型券が登場します。A文字入リも予定されていたが、制定されず。
   


本州と北海道を結合し、
青函外で連絡する、特殊な特急券。
茜堂-新幹線BC特急券

昭和39年10月31日、新幹線B特急券、ひかり15号、東京、1等、2860円(税1割共)、東京駅発行、国鉄、JNR緑地紋。
昭和40年4月26日、新幹線C特急券、こだま124号、新大阪-東京、2等、1100円、交通公社尼崎発行、国鉄、JNR青地紋。


東京〜大阪間、3時間運転の列車をA料金とし、4時間運転の列車がB料金、5時間運転の列車をC料金と設定し、
ひかり号はB料金となり、こだま号はC料金で、そのアルファベットを券面に表示しましたが、一年限りで廃止されました。

その結果、幻のA料金となり「新幹線A特急券」は、発売されていません。


■昭和40年6月1日=施行
東京駅の新幹線乗換出札口のみ、赤線横一条の10円入場券が、白券になり、赤字印刷の入場券が発売されます。
   

茜堂-初日券
茜堂-赤活字入場券

昭和40年6月1日、普通入場券(初日券)、東京駅、10円、新幹線中間改札清算窓口専用券、国鉄。

赤字印刷の初日入場券、国鉄史上初の、通常配備赤線無しの、赤刷入場券。
東京駅ラッチ内の、新幹線中間精算所のみで発売される、不正防止用の赤刷入場券です。
新幹線口からラッチ外に出る場合、赤刷入場券だけでは出場出来ず、ラッチ内での乗車券が必要となります。



■昭和40年10月1日=施行(9月24日=国有鉄道公示第538号、総裁達第467、473号)
特別急行券、普通急行券の名称が、それぞれ特急券、急行券に変更されます。
特急券(自由席特急券を除く)の赤線縦引きが、廃止されます。
   


昭和40年6月1日、
日本初の赤字入場券、初日券。
茜堂-まつかぜ特急券、急行券、発駅着席券

昭和40年10月22日、特急券、まつかぜ、大阪-石見太田.2等、600円、交通公社三ノ宮発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和41年3月8日、急行券、浜頓別-200Kmまで、2等、200円、浜頓別駅発行、国鉄、JNR青地紋。


赤縦3条が廃止された特急券。赤縦2条が生き残った急行券。また、発駅着席券が、旅規に正式に制定されます。
   

茜堂-発駅着席券
茜堂-発駅着席券

昭和41年8月18日、発駅着席券、第2しろやま、西鹿児島駅発18時48分、2等、50円、西鹿児島駅発行、国鉄。
昭和42年8月5日、発駅着席券(特急流用券)、第1ちどり、広島駅発12時45分、2等、50円、広島駅発行、国鉄。

旅規に正式制定された翌年夏の、第2しろやま、西鹿児島駅の発駅着席券。
昭和47年7月15日(7月1日=国有鉄道公示第120号)に、乗車整理券に名称変更されます。
また、
特急券の赤線縦引きが、廃止される中、特急券で唯一残る事となった、赤線縦引き自由席特急券。
   


昭和40年10月1日、
旅規に、正式制定されました。
茜堂-赤縦3条自由席特急券

昭和40年10月20日、自由席特急券、つばめ、広島-名古屋.2等、700円、広島駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和41年1月28日、自由席特急券、おおとり、北見-旭川、2等、300円、北見駅発行、国鉄、JNR青地紋。


広島〜名古屋間の、つばめ自由席特急券の常備券。北見〜深川間の、おおとり自由席特急券。
また、
新幹線こだま号は、従来の列車指定席をやめ、こだま号自由席指定券を、新たに制定します。


■昭和40年11月1日=施行(10月9日=国有鉄道公示第6411号、総裁達第533号)
東京以外の駅での、新幹線から、在来急行券の乗継割引制(半額)が、実施されます。
   


茜堂-乗継割引急行券(赤縦2条)

昭和40年12月1日、普通急行券(乗継)、(エラー券)、岡山駅、2等、100円、渋谷駅発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和40年12月1日、新幹線、岡山駅乗継。本券は断裁後に一枚づつ赤刷りされた、在庫調整の券。
赤縦二条引急行券は、昭和41年3月4日を最後に終了し、
急行乗継券の赤線引きは、僅か4ヶ月程で廃止されています。
制度上、急行券(乗継)であって、普通急行券(乗継)は、旧制度時代の普通急行の名称を、誤用しています。


■昭和40年12月28日=実施(12月8日=国有鉄道総裁達第617号)
全車座席指定の一部の特急で、自由席特急料金と同額の「立席承知特急券」が、発売されました。
   

茜堂-立席券
茜堂-立席特急券.立席急行券
昭和40年12月28日、
全車指定の特急に、立席を実施。

昭和45年5月9日、立席特急券、ひばり5号、福島〜上野、700円、福島駅発行、国鉄、JNR緑地紋。
昭和46年12月30日、立席急行券、きたぐに51号、大阪〜201Km以上、300円、大阪駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和43年10月1日、券名から「承知」が除かれました。
因みに「立席」は一般的に「たちせき」と呼称されていますが、正しくは「りっせき」となります。
右側の立席急行券は、全車座席指定の急行が、満席になった場合に、必要に応じて、通常の急行券と同額で発売された物です。


■昭和41年3月4日=最終
自由席特急券、急行券、準急券の赤線縦引きが、本日を最後に廃止。結合特急券も、本日を最後に廃止されます。
入場券から特例を除いて、赤線横一条引が、本日を最後に消え、10円入場券の最終日となります。
   
茜堂-最終日券 茜堂-赤線入場券最終日券

昭和41年3月4日、普通入場券、天理駅、10円、国鉄。普通入場券、原町駅、10円、国鉄。普通入場券、嵯峨駅、10円、国鉄。

最終日の、赤線引10円入場券、天理駅、原町駅、嵯峨駅。嵯峨駅は平成6年9月4日、嵯峨嵐山駅に改称されます。
中央の、原町駅(篠栗線、券番0081)は、珍しく、A型券で最終日を迎えています。


■昭和41年3月5日=施行(3月=法律第6号、国有鉄道公示第132号)
赤線横一条引の10円入場券が、4日限りで終了し、翌5日から、無地の20円入場券(白券)が、発行されます。
一部の駅では、残部の10円券に、料金変更印を施したり、無修正の10円券を、20円で販売されました。

また、初期の頃は、特例として、余剰赤線を使用した、流用券として 赤線20円入場券 が、一部の駅で流通しました。
更に、自由席特急券からも、赤縦線が消えました。
   


昭和41年3月4日、
赤線入場券の、様式廃止最終日券。
茜堂-赤縦線無券

昭和44年2月15日、自由席特急券、岡山-大阪・新大阪.名古屋、500円、岡山駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和41年11月28日、急行券、静岡-100Kmまで、2等、100円、静岡駅発行、国鉄、JNR青地紋。


最後迄残っていた、自由席特急券、急行券、準急行券の赤縦線が、昭和41年3月4日を最後に、廃止されました。
また、結合特急料金を廃止し、本州と北海道、四国間の特急、急行に乗継割引制(半額)が、実施されます。
   

茜堂-乗継ぎ割引券
茜堂-C券乗継ぎ割引券

昭和42年3月9日、急行券(乗継)、2等、一戸から200km(甲の1)、200円、函館から400km(甲の2)、150円、
一戸駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和41年8月29日、特急券(乗継)、2等、白鳥特急券(甲の1)、600円、おおぞら特急券(甲の2)、400円、酒田駅発行、国鉄。


結合特急券の、発展的な廃止と言う形で、海路で繋がる乗継割引制度が、特急券、急行券に発展します。
左の券は、印字機が使われています。甲の1の、ダッチング
天地が、逆向きになっているのは、特性上、仕方が有りません。
打刻する為には、手に取って、切符の右角から挿入する為、 この様な、逆向け日付となってしまいます。



■昭和43年10月1日=施行(ヨンサントオ白紙ダイヤ改正)
長らく親しまれた、準急行券が廃止されます。


■昭和44年5月10日=施行(5月9日=法律第22号、国有鉄道公示第102号、旅自達第6号)
等級制が廃止され、モノクラス制となり特別車両券(グリーン券)が、登場します。
昭和41年3月5日、
結合特急券が廃止され、登場。
   

茜堂-初日券
茜堂-グリーン券
昭和44年5月10日、
特急急行用グリーン券、初日券。

昭和44年5月10日、特急・急行グリーン券(初日券)、京都市内-富山、1400円、京都駅発行、国鉄、JNR緑地紋。
昭和48年8月12日、普通列車グリーン券、東京電環-辻堂、200円、東京駅発行、国鉄、JNR緑地紋。
昭和49年3月31日、連絡船用グリーン券、1便、函館-青森(相互式)、400円、大雪丸発行、国鉄、JNR緑地紋。


昭和44年5月10日発行の、初日のグリーン券(特急、急行用)。昭和48年発行の、グリーン券(普通列車用)。
昭和49年発行の、グリーン券(連絡船用)。制度上、等級制が廃止されましたが、グリーン券は事実上の等級切符となりました。



■昭和44年11月15日=施行(8月3日=国有鉄道公示第243号)
入場料金に小児料金を設定し、大人半額最低10円とし、5円切捨てとする。券面に小児断線か、小の袋文字「小影」が付く。
   

茜堂-初日券
茜堂-小児入場券初日券

昭和44年11月15日(初日券)、普通入場券、新橋駅、小児専用10円券、東京印刷場小児1期券。

乗車券同様に、小児専用券には小影が表示され、また、大人小児共用券には、乙片用の小児断線が施されました。


■昭和45年3月10日=施行
昭和45年3月10日〜9月13日の間、大阪で開催された、日本万国博覧会対策用の、新幹線特急券として、
こだま号自由席特急券に、着札時の混雑に対応する、識別用の対策券が発行されます。
入場券にも、大人半額相当の、
小児料金が、制定される。
   

茜堂-万博用識別対策券
茜堂-こだま号自由席特急券

昭和45年5月29日、こだま号自由席特急券、新横浜-新大阪、1400円、新横浜駅発行、国鉄、JNR淡黄褐色地紋。
昭和45年4月1日、こだま号自由席特急券、名古屋-東京、1000円、名古屋駅発行、国鉄、JNR淡黄緑色地紋。


新横浜〜新大阪間の、太赤線横1条のこだま号自由席指定券。名古屋〜東京間の、細赤線横1条のこだま号自由席指定券。

新大阪着には淡黄褐色(赤)、京都着には淡紫青色(青)、東京着には淡黄緑色(緑)の地紋が、それぞれ施され、
名古屋〜静岡から東京、又は新大阪着は、線幅1ミリの赤横1条が、
東京、新大阪の発着には、線幅4ミリの赤横1条が施され、混雑の中での識別力を、高める工夫がされていました。



■昭和45年10月1日=施行(9月9日=国有鉄道公示第361号、旅自達第12号)
空席の多い特定区間に、乗車駅と有効区間を矢印で示す、自由席利用の特定特急券(割引)が、登場します。
昭和45年3月10日〜9月10日、
万国博覧会用の、着札明瞭化対策券。
   

茜堂-特定特急券
茜堂-特定特急券

昭和50年8月18日、特定特急券(割引)、おおよど号、熊本-人吉、500円、熊本駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

尚、後の昭和53年10月1日に、制定された「特定の特別急行料金」とは、全く別の物となります。
特定の特別急行料金とは、100Kmを、僅かに越える区間の特急料金を、格安に特定する制度となっていて、
特定特急券が、自由席を条件とした定額とは異なり、指定、立席、自由席、特定特急券の、全てに適用されます。

   


空席の多い、特定区間の、
自由席利用の、特定特急券。
茜堂-暫定金額式券

昭和41年4月2日、暫定金額式片道乗車券、彦根-30円、2等、彦根駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

また、運賃の改訂時に、正規の乗車券が間に合わない場合に、暫定的な措置として、発行されて来た上記、金額式の乗車券が、
昭和45年10月1日からは、正規の様式として登場します。
   

茜堂-金額式券
茜堂-金額式券

昭和47年12月29日、金額式片道乗車券、大口-100円、大口駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和53年8月28日、金額式片道乗車券、馬堀-80円、馬堀駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

戦時の略式券として、昭和19年6月1日、東京付近国電特定区間の軟券で、暫定的に登場した金額式乗車券が、
昭和45年10月1日からは、正規様式化。どの方向にも全てに適用される、便利な金額式の乗車券。
また、昭和49年10月1日(昭和49年9月26日=国有鉄道公示第167号)の改正で、大人・小児用が登場します。


■昭和47年頃=施行
東京等の首都圏からの、乗車券の上部右側に、括弧付きコード番号(設備番号)が、表示されます。
首都圏本部旅客営業取扱基準規程第89条(ローカル規程)に基づき、印刷場への乗車券類請求書の簡素化を、目的とするものです。
多くの駅所が共通券となる、東京山手線内発、東京都区内発、横浜市内発の一般式片道乗車券等に、表示されました。
且つての、暫定金額式券が、
晴れて、正規様式として登場。
   

茜堂-設備番号券
茜堂-設備番号券

昭和56年2月10日、乗車券、東京山手線内-熱海、東京駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和60年2月10日、区間変更券、東京山手線内-熱海、東京駅発行、国鉄、JNR青地紋。

従来、駅所から印刷場への乗車券請求時には、現物を添付するか、乗車券類請求書に、情報を記入をするかの二通り、
それらの情報を、予め番号で決めておけば、次回請求時はその番号のみで、簡素な請求が可能となります。
山手線内発=1〜79、都区内発=201〜871、横浜市内発=901〜1121等(一部枝番号有り)が、設定されました。


■昭和47年3月15日=施行(2月15日=国有鉄道公示第589号、旅自達第13号)
山陽新幹線岡山開業で、ひかりこだまの料金の均一化に因る、総合料金制度を導入しましたが、
東京〜名古屋間の近距離は、従来通りの料金差額を残します。新幹線自由席特急券の赤縦1条は、その証となっています。
   


関東の首都圏で、採用された、
請求簡素の、コード番号表示券。
茜堂-新幹線自由席特急券

昭和47年9月6日、新幹線自由席特急券、名古屋-東京、1000円、名古屋駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和47年発行の、名古屋〜東京間の、赤線縦1条の新幹線自由席指定券。

因に、この山陽新幹線岡山開業により、新大阪以西の早朝夜間以外は、原則として、東京からの列車の直通となり、
山陽新幹線駅と、東海道新幹線のこだま停車駅相互の、直接の連絡が無くなった為、新幹線列車相互の乗換の必要が発生し、
改札を出ない限り、列車相互の乗換を自由とし、2列車迄指定出来る、裏面使用の、一葉式特急券が制定されました。

また、これ迄「ひかり」の通称でした「超特急」の名称が、新幹線岡山開業時に、廃止されました。
昭和50年3月10日、山陽新幹線の博多駅開業に伴って、赤縦1条の料金差額券は、廃止されました。


■昭和47年11月8日=施行(昭和47年10月30日=国有鉄道公示第291号、旅自達第9号)
国鉄宇高航路に、ホーバークラフト便「かもめ(三井造船、MV-PP5型)のリース船」が就航します。
ホーバークラフト便は、急行扱いとなり、船急券として、ホーバー券が制定されます。
   

茜堂-ホーバー券
茜堂-宇高ホーナー券

昭和47年11月20日、宇高ホーバー券、宇野〜高松、500円、宇野屋駅発行、国鉄、JNR赤地紋(エラー)。
昭和51年2月8日、宇高ホーバー券、宇野〜高松、800円、宇野屋駅発行、国鉄、JNR緑地紋。

地紋は本来、緑地紋で有るところ、左の券は赤地紋台紙を誤使用した、エラー券となっています。


■昭和50年7月1日=施行
千葉鉄道管理局で始まった、初期の乗車券と自由席特急券との一葉式券、赤横1条が引かれています。
   


ホーバークラフト便は、
船急券として、設定されました。
茜堂-一葉式券(乗車券.自由席特急券)

昭和50年9月14日、乗車券、自由席特急券、安房鴨川〜東京山手線内、1270円、安房鴨川駅発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和47年9月1日施行(8月22日=日本国有鉄道公示第184号)で、東京電車環状線内を、東京山手線内に変更しています。


■昭和51年11月1日=施行
赤縦1条に変更された関東様式での普及型、乗車券と自由席特急券との、一葉式A型券、赤縦1条は、一様式券で有る証しです。
   


茜堂-一葉式券(乗車券.自由席特急券)

昭和52年7月9日、乗車券、自由席特急券、安房鴨川〜東京山手線内、2000円、安房鴨川駅発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和50年11月20日(昭和50年11月18日=国有鉄道公示第151号)の改正で、従来の矢印から、に変更されます。


■昭和62年4月1日=施行(前年12月4日=法律第87号、3月24日=国有鉄道公示第161号)
日本国有鉄道廃止。鉄道会社7社と、日本国有鉄道清算事業団が設置されます。
国鉄民営分割により、在来線経由乗車券で新幹線利用の場合に、新幹線改札口で、他社区分用の新幹線振替票を発行します。
   

茜堂-新幹線振替票
茜堂-新幹線振替票

昭和62年4月1日-昭和63年3月31日、新幹線振替票、京都驛発行、国鉄。

京都駅新幹線改札口発行券、機能的な問題により、昭和63年3月31日を最後に廃止されました。(京都の切符頁にも掲載)
また、他社線の利用区別で、新幹線経由表示にアンダーラインが印刷された、乗車券が発行されます。(月日不明)
   


新幹線改札口発行の、
他社区分用の、新幹線振替票。
茜堂-乗車券(新幹線経由アンダーライン)

昭和62年11月29日、乗車券、米原-大船(新幹線、小田原経由、黒下線)、6000円、米原駅発行、JR西日本、JR西青地紋。
昭和64年1月3日、乗車券、甘地-東京都区内(姫新、新幹線経由、赤下線)、9100円、甘地駅発行、JR西日本、JR西青地紋。
平成2年8月27日、乗車券、岐阜-東京都区内(名古屋、新幹線経由、黒下線)、6180円、岐阜駅発行、JR東海、JR海青地紋。


左側から、黒線アンダーラインの券。赤線アンダーラインの券。黒線アンダーラインで乙片に「◯幹」表示の券。

他社線を利用する場合の、新幹線経由と、他社線を利用しない場合の、在来線経由とでは、
その経由により、それぞれの会社に入る運賃収入が、異なって来る為、同じ区間でも、区別して切符を発行する必要が有り、
その際、他社との収入配分を明確化する券として、券面の新幹線経由に、アンダーラインが印刷されています。

赤線引きの券は、アンダーラインが無かった券に、赤ペンで手入れされた時の名残りか、赤線で印刷をされています。



終焉に近付く平成期硬券切符の歩み=茜堂

茜堂-終わる硬券平成の切符
鉄道切符の創成期から長きに渡り、切符の主役を務めて来た、硬券切符も徐々に姿を消して行きます。
特に、JR西日本やJR四国、JR九州では、常備の硬券入場券は早々に全廃されました。


茜堂-平成時代の硬券
■平成4年4月1日=施行
JR東日本では、入場券に2時間以内1回限りの、時刻制限が実施されました。
   

茜堂-入場券(ガーラ湯沢、新庄、十日町)

平成22年12月20日、普通入場券、ガーラ湯沢駅、140円。平成23年11月26日、普通入場券、新庄駅、140円、JR東日本。
平成24年11月10日、普通入場券、十日町駅、140円、JR東日本。


普通入場券、JR東日本オフセット外注券(JRマーク無)、入場時刻2時間制限券。
左から裏面記載で、ガーラ湯沢開業20周年記念入場券、SL湯けむり復興号運転記念、SL信濃川ロマン運行記念。



■平成5年1月31日=最終
JR西日本では、常備の硬券入場券が、平成5年1月31日を最後に、廃止となりました。


■平成6年4月1日=施行
JR東海では、入場券に2時間以内1回限りの、時刻制限が実施されました。
   


茜堂-入場券(神領、春日井、鷲津)

平成6年9月3日、普通入場券、神領駅、140円、JR東海。平成6年9月3日、普通入場券、春日井駅、140円、JR東海。
平成8年1月2日、普通入場券、鷲津駅、140円、JR東海。


普通入場券、JR東海名古屋乗車券管理センター2期券(JRマーク無)、入場時刻2時間制限券(入場時間記載)。


■平成6年5月31日=最終
JR四国では、常備の硬券入場券が、平成6年5月31日を最後に、廃止となりました。


■平成7年6月30日=最終
JR九州では、常備の硬券入場券を含め、平成7年6月30日を最後に、全ての硬券切符が全廃となりました。
   

茜堂-最終日券
茜堂-入場券(天道、門松、直方)

平成7年6月30日、普通入場券、天道駅、140円、JR九州。平成7年6月30日、普通入場券、門松駅、140円、JR九州。
平成7年6月30日、普通入場券、直方駅、140円、JR九州。


普通入場券、JR九州門司乗車券管理センター2期券、硬券廃止最終日券。(篠栗線頁、筑豊本線頁にも掲載)


■平成13年11月18日=施行
JR東日本の、関東圏424駅で、日本初広範囲での、非接触型ICカード乗車券(Suica)の利用が、開始されます。
因みに、非接触型ICカードの日本最初は、スカイレールの定期券となっています。
日本の鉄道での、切符の歴史的な革命券で、従来の切符の概念が、大きく変貌して行きます。
平成7年6月30日、
JR九州硬券入場券、最終日券。
   

茜堂-限定初日券
茜堂-限定初日Suica
平成13年11月8日、
Suicaイオカード、限定初日券。

平成13年11月18日、第1回Suicaデビュー記念カード、JR東日本ICカード乗車券、利用開始記念カード(Suica)、クリーム地。

第1回のデビュー記念Suicaは、デポジット500円チャージ1500円の2000円、台紙付で10万枚の発行。

東日本旅客鉄道の、Suicaは、サイバネ規格、ソニーが開発した、FeliCaの技術を用いた、共通乗車カードの事で、
東日本旅客鉄道(JR東日本)の、登録商標となっています。平成16年3月22日には、電子マネー化も追加されています。

これを機に、各交通会社で、ICカード乗車券の導入が進み、また自動券売機の導入が、広範囲に及ぶと共に、
硬券切符を、印刷する部署も既に閉鎖され、残念乍ら、常備の硬券切符類は、それらに取って替わられる様になりました。
但、従来の活版刷りバラ板紙の硬券に変わり、記念切符としての、平版印刷等のカード紙の硬券は、まだ健在の様です。


■平成22年3月13日=施行(前年12月22日=JR東日本発表)
東日本旅客鉄道、東京モノレール、東京臨海高速鉄道、九州旅客鉄道、西日本鉄道、福岡市交通局の6社が、
それぞれ、Suica、SUGOCA、nimoca、はやかけんの相互利用サービスを、開始します。
   

茜堂-相互利用限定初日券
茜堂-相互利用限定初日Suica

平成22年3月13日、nimoca・Suica・はやかけん・SUGOCA、IC乗車券・電子マネー相互利用記念カード(Suica)、白地。

平成13年11月18日開始の、JR東日本Suicaに続き、平成20年5月16日には、西鉄のnimocaが導入され、
平成21年3月1日には、JR九州のSUGOKAが、同年3月7日には、福岡地下鉄の、はやかけんが導入されました。

相互利用サービス記念カードは、各社それぞれ台紙付で発行され、
記念Suicaは3万枚、記念SUGOCAは1万枚、記念nimocaが1万枚、記念はやかけんが6000枚の発行。
各社発行のデザインは、それぞれの楽器の担当が変わる、キャラクターデザインで、イメージ統合がなされています。
   
これらの、ICカード切符、見方に因れば、プラスチックと紙との違いこそ有れ、一種の硬券の様な物。
カード切符が台頭する中、昨今の蒸気機関車復活の様に、紙硬券が見直され、拘りの切符として、復活している所も有ります。
良い物は、いつしか復活する物だと思って止みません。



切符の花形硬券切符の大きさ四つの種類=茜堂
平成22年3月13日、
相互利用開始Suica、限定初日券。

茜堂-硬券切符の四形態
硬券の印刷は、一般的には活版印刷ですが、近年の記念硬券等では、平版(オフセット)印刷の券も、登場しています。
通常の硬券切符については、次の4つのサイズに分けら、A型券、B型券、C型券、D型券と呼ばれています。
各サイズ紹介の後には、切符の歴史を画像を配し、時系列で列記して居りますので、ご覧下さいませ。


A型券
A型券は、英国人のエドモンソン氏が、考案したサイズで、国際的にエドモンソン型として、広く使用されています。
切符の原点とされ、国内では、そのサイズを、3×5.7cmと規定しています。

   

茜堂-清里5銭入場券、特急つばめ印、赤十字券

昭和8年8月3日、入場券、清里驛、料金5銭、清里驛発行、鉄道省。
昭和12年5月12日、特別急行券、燕(11列車)、1等(スイテ)、800粁迄、料金6圓、東京驛発行、鉄道省。
昭和16年8月30日、特別割引乗車券、日本赤十字職員用(赤十字マーク影)、33銭、相模原駅発行、小田急電鉄。

昭和8年発行の、5銭の赤線入場券。昭和12年発行の、つばめ印が押印された、赤斜2条引特急展望車券。
昭和16年発行の、日本赤十字職員用の、特別割引乗車券。


B型券
B型券は、我国独自の物で、2.5×5.7cmに規定されました。
有楽町印刷場(後の東京印刷場)の、場長であった、武井伝次郎氏が用紙節約の為に、昭和3年頃に、考案されたものです。

切符用紙の2割節約を目指し、活版の不動文字に、入
鋏が大きく割り込まない程度に、切符の幅を縮め、
従来の原紙の108枚取り(9列12段)を、135枚取り(9列15段)へと改善。
戦前の統治の影響により、韓国(韓国では早々に消滅)や、中国にも伝わりました。
   

茜堂-矢印赤横1条、ソウル入場券、特急温泉影

昭和27年6月3日、矢印式乗車券、多摩湖-一橋大学、3等、10圓、多摩湖駅発行、西武鉄道。
西暦1985年1月5日、入場券(旧様式、裏面赤地紋)、ソウル駅、通用5列車12時13分、150ウォン、韓国鉄道庁。
昭和25年9月11日、特別急行券(温泉図入)、第6列車、箱根湯本駅発16時50分、料金50圓、箱根湯本駅発行、小田急電鉄。

昭和8年発行の、赤横一条引きの矢印式乗車券。1985年1月5日発行の、旧様式のソウル駅入場券。
昭和25年発行の、温泉マーク付の、小田急特別急行券。


C型券
C型券は、A券を二段に重ねた大きさで、硬券様式では最大、6×5.7cmの券。
主に、補充往復乗車券、準常備連続乗車券や、乗継割引券等に使用され、余り見掛ける事の無い、露出度の低い希少な券です。
   

茜堂-硬券最大切符
茜堂-C券特急券周遊券
定形の硬券切符では、
風格有る、大きな切符となります。

昭和38年3月20日、特別急行券、往復指定席券、第一開運号、京成成田-京成上野、140円、京成上野駅発行、京成電鉄。
昭和8年10月20日、箱根・十国峠・熱海回遊券、三社連絡乗車券、3圓10銭、小田急新宿駅発行、京成電鉄。

最初のC型券は、補充往復乗車券として、鉄道院時代の明治43年10月20日から、発行されています。
特急開運号は、京成電鉄で、昭和27年5月1日に、成田山への参拝客用として誕生し、昭和46年12月29日に廃止されました。
現在運行されている、スカイラーナーの前身となります。


D型券
D型券は、A券を横に延ばした、3×8.7cmの大きさ。
特急券や、急行券等の指定券、一葉化券、連綴式券、100km以上の往復券等、記念券や記念切符等にも、使用されています。
   

茜堂-新幹線赤縦1条D券

昭和47年8月14日、新幹線指定席特急券、こだま号、東京-名古屋、1100円、新橋駅発行、国鉄。

昭和47年発行の、国鉄新幹線、赤線縦一条引、こだま号指定席特急券(裏面に座席指定表示)。

以上の硬券類は、年月を重ねる上で、経費的な観点から、徐々に、軟券へと移行して行きます。
軟券では、自動券売機に因る、印刷券売機券や、窓口販売での端末券(マルス端末、POS端末)等が、主流となります。
また、プラスチックの電子カード切符(ICカード)等も台頭し、硬券を見る機会は、少なくなリました。

地方の私鉄等では、まだ硬券が、現役で使われている所も有る様ですが、
関西の私鉄では、国鉄時代と比べても、早々に、軟券化や、自動改札システムが先行し、硬券を見る事は難しくなっています。



規程上から見る硬券切符=茜堂

茜堂- 券規程
切符の創始で有る「硬券」を、英語に翻訳すると、硬い切符と言う事で「Hardness tickets」ですが、
古の国鉄では「Hardboard tickets」と呼んでいました。つまり「板紙切符」となります。
   
切符の基本サイズは、英国のエドモンソン社発祥の硬券切符、1-3/16(1と16分の1)×2-1/4(2と4分の1)インチで、
我国では、このエドモンソン社の切符サイズを守り、A型券として、後の券売機にも引継がれていますが、
規程上の切符サイズの表現は、それぞれ年代に応じて、微妙に変わっています。
   
大正10年の「旅客営業規則第189条」では、一寸×一寸九分で、昭和5年4月1日以降は、3.05×5.7cmと変わり、
昭和25年6月1日以降は、3.03×5.75cmで、昭和34年9月22日以降では、3×5.7cmとなっています。
また、同年の券種の順では、2.5×5.7cm、6×5.7cm、3×8.7cmの寸法で、それぞれ表示されています。
   
鉄道印刷場では、この基本サイズの切符を「A型」と呼び、旅規記載の順に「B型」「C型」「D型」と呼ばれていました。
明治以降の硬券では、旅客営業規則取扱基準規程179条で、紙質が板紙560g/m²と、規程されています。
国鉄末期には、本州製紙、大昭和製紙、三菱製紙への特注紙として、国鉄本社資材部が一括購入をしていました。
   
当時の私鉄では、印刷対応が出来ない場合等、国鉄の印刷場で、対応する事も有った様です。
尚、C型券は印刷リスクの関係上、国鉄末期では対応する印刷機が、僅か、東京印刷場に1台が残るのみでした。



駅での違法な切符収集は御法度です=茜堂

茜堂-要注意
委託駅や、無人駅等の改札口に置かれている、使用済み切符類が入っている箱、中を覗いてみると、何やら素敵な切符が、
でも、欲しいと思っても、決して手を入れぬ様に。持ち去った時点で、刑法235条の窃盗罪に問われます。
未遂であっても、刑法243条に因り、窃盗未遂罪として刑事罰の対象となります。
   
刑法235条には「他人の財物を窃取したる者は窃盗の罪と為し10年以上の懲役に処す」と、明記されています。
ここで言う財物の意義とは、その性質上窃取、占有移転という、事実的なる侵害の方法に、なじむ物で有る事を要し、
判例では、管理可能性説をとり、金銭的、経済的価値の有無を、問わないとなっています。
   
そして、財物に当たるとされた事例に「駅の集札箱に保管中の使用済み切符類の窃取」が、上げられています。
過去に於いては、シホ(車内補充券)等を、抜き取った人が、逮捕された事例もございますので、
駅施設内の、通路上やゴミ箱内であっても、無断で持ち去れば同罪です。
   
以上の点を十分に留意され、違法な収集方法だけは、行なわない様に、ご注意願います。




解説の誤記や解釈の違いにより、被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
また、記述内容についてのご意見やご指摘等がございましたら、宜しくご指導の程お願い申し上げます。
尚、文中にての表記タイトルの年月日は、施行日を表し、括弧内は制定日を表しています。
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