思い出の鉄道写真/茜堂
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【鉄道写真との付合い履歴=茜堂】
茜堂-日本の蒸機・夏編茜堂-京都市電茜堂-海外の鉄道茜堂-鐵路趣味茜堂-鐵路趣味茜堂-月刊鉄道写真茜堂-最後の8620茜堂-終焉の蒸機茜堂-日本の蒸機・冬編

汽車から蒸気機関車へ、そして終盤はSLに。
茜堂の汽車と鉄道写真との付合い履歴を、以下にご紹介致します。
鉄道写真の詳細は、それぞれのページ(京都市電、
日本の蒸機、USAの蒸機、インドの蒸機、台湾の蒸機、香港の鉄道)にてご覧下さい。
各ページでは、写真のデータ化が整い次第に、順次更新掲載をさせて頂きます。


【幼稚園時代=茜堂】
幼い頃からやはり鉄道小僧だったらしくて、家では紙さえ有ればクレヨン片手に、汽車の絵ばかりを描いていたそうで、
年長の頃に描いた、汽車に牽かれる客車編成の巻き紙の絵が、園で話題になったとの事。
玩具は勿論、ブリキの機関車、絵本は鉄道物ばかり。




【小学生時代=茜堂】


茜堂-出水C60102
あこがれの汽車の写真、ハーフでカシャリ
私が10歳の頃の夏休み一人旅の写真
実に山しか有りません
今では、すぐ横を九州新幹線が走っています
茜堂-出水C60102
後のグレー塗装機。 茜堂-出水D5144
出水所属の美しいカマでした。
6年後の、昭和43年7月18日に廃車。
茜堂-入場券(出水30円)

上写真C60 102号機、鹿児島本線、出水(昭和38年撮影)
下写真D51 44号機、鹿児島本線、出水(昭和37年撮影)

入場券
出水駅の30円の入場券、門司印刷場3期券、平成16年3月13日に、肥薩おれんじ鉄道に改組されました。
撮影日と入場券の日付には、関連性がありません。

祖父母の住む鹿児島県甑島へ、
神戸から、家族より一足お先にカメラと時刻表を持ち一人旅。

三ノ宮駅から寝台列車に乗り込み串木野駅へ、
串木野の叔父さんの出迎えで、串木野一泊。翌朝、串木野港から甑島列島の鹿島まで、長丁場の船旅です。

親父とのドライブ中に、復活試運転上りのC53 45号機と、大石川で出会ったのも小学生の頃。
その美しさは子供心にも、特別な汽車だと言う事が分かりました。




【中学生時代=茜堂】


東京へ行く車内より、長工デフ装着のピカピカの機関車をゲット。ここら辺りまで可愛くハーフでカシャリンコしていました。

茜堂-米原D50131
長野工場式改造デフ装着、
青ナンバー機。
茜堂-入場券(米原30円)二重線
新幹線連絡窓口にて発行、
駅名下の二重線は、当窓口のみの特殊券。

上写真D50 131号機、東海道本線、米原(昭和41年撮影)
入場券
米原駅の30円の二重アンダーライン入場券、名古屋印刷場8期券、ラッチ内の新幹線連絡窓口発行。
撮影日と入場券の日付には、関連性がありません。



【高校生時代=茜堂】


高校に入って35を揃え、親父の6×6を拝借したのは良かったのですが、二年間は部活が忙しくて、レンズばかりを磨いていました。
部活は、美術部で野外や部室で、真面目に油をやっていました。
部員達と、神戸の北野町辺りの洋館等を、描いていましたが、家で描くのは、もっぱら汽車の有る風景でした。

茜堂-芦屋モハ51形
クモハ51形、
セミクロスシート、20m3扉車、
芦屋駅。
茜堂-入場券(芦屋30円)

上写真クモハ51形、東海道本線、芦屋駅(昭和43年撮影)
入場券
芦屋駅の30円の入場券(甲南山手駅開業迄の最寄駅)、大阪印刷場2期券。
撮影日と入場券の日付には、関連性がありません。

この頃の茜堂は、受験戦争の息抜きで、阪神や国道線、国鉄や阪急等を近場でパチリ。

因みに、当時の北野町界隈は、観光客はおろか人通りも少なく、木々が生い茂り、とても静かな所でした。
現在は残念ながら、お店や観光客など人通りが多すぎて、雑然としている様です。




【大学生時代=茜堂】


最初の夏休みは同期生と二人で、神戸から四国へ更に九州へと渡り、
宿は駅前野宿とユース、移動はフェリーと前後左右に荷物満載の自転車。気力と根性丸出しの撮影行でした。
帰りは山陽道も考えたのですが、流石に夏の課題もほったらかしでしたので、フェリーで帰還。

因みに、卒業旅行の時も、彼と二人で雪の北海道でした。


茜堂の弟も鉄ちゃんですが、北海道行と他を数回一緒しただけで、撮影時期も場所も全くの別行動です。
一度、夏に私は北海道へ、弟は紀勢と参宮へ。私は急に思い立ち九州へ向かうと、偶然、博多駅で弟と遭遇した事が有り、
流石にその時は驚きました。弟は山陰周りで、私は山陽周りでの博多行でした。

午後11時27分の、かいもんに乗ったが、久留米を過ぎる頃は、禁断の乗車率300%。
遅れは出るし暑いは苦しいわで、車内は大騒ぎ。田原坂で何故か長時間の臨時停車、なかなか動く気配が無い。

窓は全開だが、停車中なので風は来ない。もうたまらんと近くの窓から、線路へ降り出す人が続出。
我々も窓から棄権し、田原坂で足を伸ばして朝迄、熟睡。
その日は、二人して遅れて肥薩線へ入る。


学生時代の晩年は、モードラの横ニ連撮り等で、ほとんどフィルムの無駄使い、カラーが8割位でコダックと東洋現像所の善い鴨でした。

コダックの東洋現像所処理のカラーネガは、半世紀近く経過していますが、エマルジョン(膜面)の劣化も無く、
今でもプリント上、美しい色合いを再現してくれます。
然るに、近年の町ラボ処理の国産カラーネガは、褪色劣化が発生。半世紀も後発品なのに、品質や現像処理のスキルが劣る様です。

その後、徐々に金欠に陥り、モノクロで長尺買いに移行していきます。
それでも相変わらずの、モードラ三昧。
お陰でフィルム現像と、焼付けの腕だけは上達致しました。

茜堂自慢のモノクロ現像は、寝かせておいたミクロファインを、補充剤でこなして行きながらの、超スロー撹拌。
驚く程の粒状性を、導き出してくれました。

茜堂-塩狩C5530小沢79618
流線形C55の標準改造機。 茜堂-塩谷C623 前照灯が二個の山間仕様機。
2号機の梅小路移籍に伴い、
希にD51 600号機が、牽く事もあったが、
132、137列車牽引に、専属復帰、
本線C62現役最終機。
茜堂-入場券(塩狩、塩谷、小沢30円)

左上写真C55 30号機、宗谷本線、塩狩峠(昭和46年撮影)
キャブと客車の屋根が一体の様に見え、流線形時代の名残りがそのまま残っているのが、良く分かる好きなアングルです。
右上写真
79618二つ目、函館本線、羊蹄山、小沢(昭和46年撮影)
下写真
C62 3号機、函館本線、塩谷(昭和47年撮影)

入場券
塩狩駅、塩谷駅の30円の入場券、札幌印刷場4期券。小沢駅の30円の入場券、札幌印刷場5期券。
撮影日と入場券の日付には、関連性がありません。



【社会人時代=茜堂】


社会人になり少し成長したようで、この頃からモノクロが主体で35はサブに、6×7やら6×9のワンポイント撮影に、切り替わりました。
そして悲しいかな、いよいよSL終焉の時が近付いてきました。


その終焉まぢかな雪の夕張に、お召し機の様に磨き込まれた、漆黒の車体が登場。
ランボードには汚れのない白線、ロッドには赤差し、特別機であるかのような、大きな十字型の煙室戸ハンドル。
ピカピカに磨き込まれた、輝く四枚のナンバープレート。


哀愁と惜別の意を込めて、このような特別装飾となったのであろう。
昭和50年10月3日、苗穂工場でSL最後の中間検査A
を終えた、追分移籍後のD51 603号機の勇姿です。

大判カメラは一発必勝、煙りがフレームアウトする前に足でシュート。
横並びの35は、カラーとモノクロを電気レリーズでモードラ全開、録音は両耳に全神経を集中し、長丁場の手持ち両マイクで慎重にステレオ収録。
本機のハイライトは無事終了、その夜も宿の熱燗が待っていた。

茜堂-紅葉山D51603
国鉄最後のSL工場検修機。
国立科学博物館保存予定機でしたが、
追分機関区火災の為、焼失。
4×5フルサイズ。
茜堂-乗車券(夕張〜早来)

写真D51 603号機(追分所属、国鉄最後のSL工場検修車)、夕張線(現、石勝線)、紅葉山(現、新夕張)(昭和50年12月21日撮影)
乗車券
夕張駅の発行乗車券、国鉄本線SL全廃まで後3日。
撮影日当日の乗車券です。


昭和50年のクリスマスイブに
追分所属のD51 241号機が牽く、夕張までの9799列車、追分機関区SL1組第A17仕業の、折返し追分行きの6788列車が、
惜しまれつつも、国鉄最後のSL本線仕業となりました。永い間お疲れ様でした。

それに先立ち旅客運送は、昭和50年12月14日に室蘭〜岩見沢の、C57 135号機が牽く225列車が、最後の仕業となり、
翌年の昭和51年3月2日には、追分操車場で貨物の入替え業務を、39676が最後に行い、この日を以て事実上のSL終焉の日となりました。

残念な事に4月13日に、追分機関区扇形庫(ラウンドハウス)の大火により、
係留されていた保存予定の、SL達は全て消失致しました。



【隠居人時代=茜堂】


社会人とは一般的に言えば、労働者と言った意味合いが強いので、こちらでも、そのように扱っています。
そしてフリーランスとなった今、セミリタイヤ者として、ここに我が身を位置付けています。


一生涯、現役鉄ちゃんとして、鉄道の道、すなわち鉄道道に勤しみたいと、思う所存です。
とは言うものの、齢を重ねる内に、体力や気力の減退も有るだろうが、そこは、持ち前の運気を軸に、切り抜けて行く事だろう。
ともあれ、暇と時間と余裕は、幸か不幸か十二分に有る。


茜堂-筑前岩屋キハ147形
日田彦山線、
キハ147形(キハ47改)、952Dレ、
大行司〜筑前岩屋、
栗木野橋梁。
平成24年9月5日、撮影。

因に、この駅間には、3本の眼鏡橋が有り、
筑前岩屋駅側から、栗木野橋梁、
宝珠山橋梁、第二大行司橋梁となっています。
茜堂-入場券(大行司80円)

写真キハ147形(キハ47改)、日田彦山線、大行司〜筑前岩屋(平成24年撮影)
入場券
大行司駅の80円の入場券、門司印刷場新様式1期券。
撮影日と入場券の日付には、関連性がありません。

日田彦山線は、小石原を車で下り、大行司駅側から筑前岩屋駅へ向かい、三つ目の眼鏡橋。
雨に濡れた、稲穂が程良い色合いを、醸し出しています。

茜堂-筑前山手817系
篠栗線、
817系2000番台、4638Hレ、
篠栗〜筑前山手、
鳴渕橋梁。
平成24年5月27日、撮影。
写真817系(2000番台)、篠栗線、筑前山手(平成24年撮影)


上記撮影場所の鳴渕橋梁は、畦原橋梁なのではとの、ご指摘を頂きましたが、
二つが続き一体化された橋梁の為、鳴渕橋梁と、畦原橋梁を混同されがちですが、後者は筑前山手方に連なる、お遍路道用の橋梁です。
お遍路用の通路側に、畦原橋梁の銘板が大きく設置されていますので、そう思われるかと思いますが、
その銘版の篠栗方に、少し見え難くなっていますが、この鳴渕橋梁の銘板が設置されています。



篠栗線の撮影は平成24年の梅雨前、気になる正面杉山の伐採面は、
同年秋の撮影では、緑色に染まっていましたが、まだまだ自然な風景に成る迄には、時間が掛かりそうです。
撮影に行かれる際には、ご注意下さい。


以前は絶対に失敗は許さないと、気を張って撮影をしていましたが。やっと最近、撮影に余裕が出て来た様です。
目で楽しめたので、撮影に失敗したって、構わないとの余裕が出て来ました。
それは、手抜きなのかも知れませんが、今の内に言い訳を、構築しておかなければとの思いが、そう言わせてるのかも知れません。


取り敢えず、先は長いと思われるので、徐行運転でマイペース。ATSは解除しておこう。




当ページの掲載写真は、茜堂による原盤ネガや、原盤ポジからの画像の為、無断複写や転載は禁じております。
他ページの切抜き切符画像と比べ、拡大率は変わっていますし、一定では有りません。
上記記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
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