中野一家/茜堂

中野駅発行の地図式片道乗車券=茜堂

地図式片道乗車券、この小さな券面に踊る線画と文字との、絶妙なるレイアウト、更にその秀逸なデザイン性、
活版印刷で有りながらも、卓越した緻密性と、その印刷技術の集積等、どれをとっても、正に、珠玉の芸術品で有る。
当頁では、創始の時代券から、戦前、戦中、戦後と近代券迄を、時系列で掲載して居ります。
   

中野駅南口駅舎、平成24年10月25日撮影。
茜堂-中野駅舎
茜堂筆者と同名の中野、地図式券では発駅表示が、まるで我家の門扉横に有る、大理石の表札の様です。
地図式の乗車券は、日本独自(市電乗継券では地図式が多く、西ドイツのハンブルグ市電でも、採用された事が有りました)の様式で、
昭和10年6月15日から、 最初の硬券地図式乗車券 が、新宿駅で6台の自動券販機を使って、発行されました。
   

電車特定運賃5銭、10銭区間用特殊乗車券を臨時設定し、新宿駅で、乗車券自動発売機に限って発売する。=東達乙第2062号

茜堂-戦前の地図式乗車券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭)

昭和12年4月21日、昭和13年2月2日、昭和14年10月19日、昭和15年5月3日、
地図式片道乗車券、3等、中野駅〜5銭区間、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

戦前間際の、地図式乗車券は、開始以来一環して、A型券で発行されていました。
この頃の、発売駅の範囲は、電環内及び、東京市内電車区内に、限定されていました。
また、市川、川崎、吉祥と市外に拡大されたのは、昭和17〜18年の頃で、同時に戦時体制として、地紋が外されています。
   

地図版制作では、当時はPCやロットリング等は無かったので、大きな原稿に烏口で地図線等を手書きして、縮小製版をしたのであろう。
駅毎に料金毎に、その数は膨大で、大変な版下作業であった事だと思います。

茜堂-形状変更券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等5銭)

昭和16年1月26日、3月7日、4月8日、昭和17年1月26日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜5銭区間、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

昭和16年、形状が従来のA型券からB型券へと変わる頃、着駅区間外の細線から、中間駅の丸表示が省略されました。
   

該当券では、乗車区間として、山手線内には立入らないが、東京鉄道管理局の指導に因って、電環図表示がされています。
昭和44年3月1日に、分割された東京北鉄道管理局、東京南鉄道管理局、東京西鉄道管理局、所謂、東京3局にも引継がれています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10銭)

昭和16年11月23日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10銭区間、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

戦時間際には、節約体制から、従来のA型券は徐々に姿を消し、B型券へと移行していきます。

茜堂-戦中の地図式乗車券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10銭) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10銭) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10銭)

昭和17年6月20日、10月30日、昭和18年2月6日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10銭区間、中野驛発行、鉄道省、JJR赤地紋。

戦時体制下により、昭和18年頃から、徐々に地紋券から、簡易券とする無地紋券へと、移行していきます。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10銭)

昭和18年12月12日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10銭区間、中野驛発行、鉄道省、無地紋。

戦時体制下により、印刷コストや資源節約の為、低額の地図式乗車券の券面には、地紋印刷が施されていません。

茜堂-戦時中の乗車日指定特殊乗車券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10銭) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10銭)裏

昭和19年3月6日、地図式片道乗車券(表、裏)、3等、中野駅〜10銭区間、中野驛発行、鉄道省、無地紋。

裏面に、乗車日指定特殊乗車券、中野よりの記載が有ります。戦時体制下の不要不急乗車の、規制の一環です。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等15銭)

昭和17年2月8日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜15銭区間、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

戦時体制下により、節約の観点から、完全にB型券へと、移行していきます。
着駅名の恵比寿駅が、何故か平仮名表記の旧字体で、秋葉原駅の「葉」も、平仮名表記になっています。戦時中のB型地図式乗車券です。
低額券ですが、券面には地紋が施されています。恐らく在庫調整の地紋印刷台紙を、流用したものと思われます。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等15銭)

昭和18年12月12日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜15銭区間、中野驛発行、鉄道省、無地紋。

運賃改定後の乗車券で、上の券と比べると、乗車距離が短くなっています。
戦時体制下により、節約の観点から、無地紋券として発行されています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20銭)

昭和19年1月1日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜20銭区間、中野驛発行、鉄道省、無地紋。

戦時中のB型地図式乗車券で、鉄道省のGJR地紋が無い、戦時体制下に因る、無地紋の券です。

茜堂-特別運賃共券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20銭) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20銭)

昭和19年11月8日、昭和20年3月24日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜20銭区間(特別運賃共)、中野驛発行、鉄道省、無地紋。
   

茜堂-地図式乗車券(中野〜3等25銭)

昭和19年12月3日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜25銭区間(特別運賃共)、中野驛発行、鉄道省、無地紋。
   

茜堂-地図式乗車券(中野〜3等30銭)

昭和19年8月13日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜30銭区間(特別運賃共)、中野驛発行、鉄道省、無地紋。

戦時中のB型地図式乗車券で、鉄道省のGJR地紋が無い、戦時体制下に因る、無地紋の券です。
昭和19年4月1日〜翌年3月31日の間、戦時特別運賃加算により「特別運賃共」の表示が、付いています。
以前の券と比べ、乗車距離が、可成り短くなっています。

茜堂-戦後の地図式乗車券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)

昭和28年5月4日、7月14日、7月22日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和28年頃になると、A型券が復活しますが、翌年の制度改正に伴って、一年足らずで、再びA型券は姿を消す事となります。
下車前途無効が表に入り、発駅の表示が縦書き文字から、横書き文字へと変更されました。
   

その前のB型券では、発駅表記が縦文字になりましたが、当復活A型券となって、発駅表記が横文字に戻り、
以降、B型券に推移した後も、縦文字になる事は有りません。

茜堂-路線図欠落エラー券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)

昭和28年10月28日、12月21日、地図式片道乗車券(路線欠落エラー券)、3等、中野駅〜10円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和29年4月5日、4月17日、地図式片道乗車券(
路線欠落エラー券)、3等、中野駅〜10円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和29年5月1日、地図式片道乗車券(
路線欠落エラー券)、3等、中野駅〜10円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

上段の券とは、料金、乗車区間は全く同じ物ですが、地図の図案が大きく異なっています。
また、本来ならば表記される筈の、御茶ノ水駅〜神田駅間の、中央本線(分岐細線)が欠落している、珍しいエラー券です。

茜堂-路線図欠落修正券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)

昭和29年2月28日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

次回請求券にて、従来券での欠損部分の中央線、御茶ノ水駅〜神田駅間を表示する細線が、活版上にて補足修正されています。
中央線、御茶ノ水駅〜神田駅間の細線は、同一版での活版印刷で有る事は、マイクロルーペ(25X)にて確認済み。
   

他の窓口では、線路欠落エラー券を使い切る中、新たな図式券(B型券)へと推移して行きますが、
制度上、昭和29年4月1日には、B型券に移行するので、この路線図欠落修正券は、短期間での使用券となっています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円)

昭和28年11月22日、昭和28年11月26日、昭和29年1月1日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜2円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

戦後に復活した、A型券ですが、昭和29年4月1日(昭和29年3月26日=国有鉄道公示第70号)に、地図式をB型券とすると制定し、
それを境に、A型券を使い切ると、地図式券は順次、B型券へと移行して行きます。

茜堂-形状変更券
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)

昭和29年7月10日、昭和30年4月27日、5月24日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10円区間(初乗)、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和30年12月13日、昭和31年5月14日、5月23日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10円区間(初乗)、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和31年11月11日、昭和32年2月10日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10円区間(初乗)、中野駅発行、国鉄、JNR地紋。

昭和29年4月1日、A型券からB型券へと、形状が制度上変更され、裏面注意が表に入り、途中下車前途無効が、裏面に戻ります。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円)

昭和31年5月30日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜20円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和29年4月1日、A型券からB型券へ制度上変更され、裏面注意が表に入り、途中下車前途無効が、裏面に戻ります。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等10円)

昭昭和32年10月10日、昭和33年4月28日、昭和33年7月6日、昭和33年8月5日(ヨ=翌収扱い)、昭和33年12月27日、
昭和34年3月31日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜10円区間(初乗り)、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

上々段ブロックの、3等10円券と乗車区間が異なるのは、昭和32年4月1日に、乗車運賃が、13%値上がりをしている為です。
日付横のヨは、翌収扱いを表します。詳細は、 茜堂-謎の記号と不思議な落書き を、ご覧下さいませ。
昭和33年10月1日から、料金の後に等級表示となりますが、以降の券は、前期券を流用しています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円)
茜堂-地図式乗車券(中野〜3等20円)

昭和32年12月14日、昭和33年3月7日、昭和34年1月8日、昭和34年2月11日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜20円区間、
中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

上々段ブロックの、3等20円券と乗車区間が異なるのは、昭和32年4月1日に乗車運賃が、13%値上がりをしている為です。

茜堂-地図式乗車券(中野〜3等30円)

昭和33年7月20日、地図式片道乗車券、3等、中野駅〜30円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

初めて電環の上部に、中野駅が表示されています。

茜堂-円後等級表示券
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円3等)

昭和35年3月12日、地図式片道乗車券、中野駅〜10円区間(初乗り)、3等、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和33年10月1日(昭和33年9月24日=国有鉄道公示第325号)の改正で、従来の料金の前の等級表示から、料金の後に等級表示となり、
また、当券では表に記載されていた「(裏面注意)
」の文言が無くなり、丁付印刷の為、断裁ズレ対策で、片側券番となっています。
右側の券は、二等級制時代に発行された券で、前三等級制時代の券を流用しています。
   

東京印刷場では、膨大な数の単純な片道乗車券が、必要な国電区間を抱える為、従来の断裁後の小面印刷方式では、納期的に間に合わず、
昭和37年3月1日、当時の寺野段勝一郎部長が、丁付印刷をヒントに、一度に1万枚以上をする場合に、板紙を全紙のまま、
両面印刷機にて、表と裏(券番)を、同時に刷り込んだ後に、断裁をし仕上げると言う、集中印刷方式を採択します。
   

尚、集中印刷方式の場合には、断裁ズレ対策で、券番は左片側(やや内寄り)だけに、処理していますので、
小児断線が有る、一般式片道乗車券には、小児券対応の場合、券番が切離される事となりますので、原則使用出来ません。
その為、裏面の片側券番切符は、地図式券以外は、大人専用切符に限定されています。

茜堂-二等級制時代連
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等)

昭和36年2月8日(日付位置逆)、地図式片道乗車券、中野駅〜10円区間(初乗り)、2等、中野駅発行、券番1234、国鉄、JNR青地紋。

何らかの作戦券かも知れませんが、ダッチングが、逆の位置に、印字されています。
   
昭和35年7月1日(昭和35年6月23日=国有鉄道公示第294号)の改正にて、従来からの等級制度が変わり、
三等級制(1等、2等、3等)から、二等級制(旧2等=1等、旧3等=2等)となり、券面から3等の表示が無くなります。


茜堂-未訂正流用l券
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円3等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円3等)

昭和35年7月5日、9月21日(流用券)、地図式片道乗車券、中野駅〜10円区間(初乗り)、3等(未訂正)、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

二等級制になって暫くの発行券で、3等車両は存在せず、乗車距離は上段券と同様、残部となった未訂正での前期券を流用。

茜堂-希少な青地紋黒刷の一本線図券
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等)

昭和36年8月6日、地図式片道乗車券、中野駅〜10円区間(初乗り)、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和36年4月6日から、運賃が改正され、特例として10円券のみ、地図上の丸い電環図は消え、単純な図示券となりました。
その後、昭和36年8月17日〜昭和41年3月4日の間、初乗り券は、改札での便を図る為、赤地紋の両面赤活字に変更されています。
   

この青地紋黒刷券は、運賃改正後の、昭和36年4月6日〜8月16日迄の、僅か4ヶ月余りしか使用されなかった、
青地紋の両面黒活字という、かなり希少な地図券となっています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜10円2等)

昭和37年5月19日、昭和38年6月20日、昭和39年7月8日、昭和40年3月20日、4月28日=2枚、11月7日、昭和41年2月3日、2月7日、
地図式片道乗車券、中野駅〜10円区間(初乗り)、2等、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

東京鉄道管理局、千葉鉄道管理局管轄で、昭和36年8月17日から始まった、赤地紋、赤刷券。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)

昭和38年6月4日、昭和38年9月23日、昭和39年4月19日、地図式片道乗車券、中野駅〜20円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和40年10月6日、昭和41年2月3日、地図式片道乗車券、中野駅〜20円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
   

茜堂-地図式乗車券(中野〜30円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜30円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜30円2等)

昭和37年5月8日、昭和39年1月14日、昭和40年11月14日、地図式片道乗車券、中野駅〜30円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
   

茜堂-地図式乗車券(中野〜40円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等小)
茜堂-地図式乗車券(中野〜40円2等)

昭和39年10月19日、昭和40年10月9日、地図式片道乗車券、中野駅〜40円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和39年9月10日、地図式片道乗車券、中野駅〜20円区間(小影、小児専用券)、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

左の大人専用券と、右側の小児専用券は、地図柄が同形で同区間の乗車券です。

茜堂-運賃改定券
茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等) 茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜20円2等)

昭和41年10月24日、昭和42年8月17日、昭和43年10月13日(印刷ズレ)、昭和43年11月20日、昭和43年12月6日、昭和44年2月6日、
中野駅〜20円区間(初乗り)、2等、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和41年3月5日から、初乗りが10円券から20円券となり、地図式の10円券が消滅。また、発行駅名が表に入る様になります。
初乗り運賃券の為、赤地紋となっていますが、10円券の時の様な、赤活字は採用されませんでした。
従来の図柄と比べ、デザインがシンプルとなっていて、見易い反面、魅力的でも有った、重厚な趣きが払拭されています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜30円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜30円2等)
茜堂-地図式乗車券(中野〜30円2等)

昭和41年12月24日、12月30日、昭和42年7月18日、地図式片道乗車券、中野駅〜30円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
   

茜堂-地図式乗車券(中野〜40円2等)

昭和42年10月23日、地図式片道乗車券、中野駅〜40円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

東京メトロが乗り入れた、昭和41年3月16日以降暫くの券には、上パ(上側入鋏)が、可成りの確率で発生しています。
ラッチ内改札(中間改札)が無い、中野駅では、不正乗車作戦券として、時間帯別に入鋏位置を、変えていたのではと思われます。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜50円2等)

昭和42年9月5日、地図式片道乗車券、中野駅〜50円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和42年(月日不明)から、30Km未満の2等60円券迄が、赤地紋となります。
中野家系トップ頁に掲載の、矢印式の乗車券類も同様になります。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜60円2等)

昭和41年10月17日、地図式片道乗車券、中野駅〜60円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和42年(月日不明)から、30Km未満の2等60円券迄が、赤地紋となる以前の券。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜70円2等)

昭和43年4月1日、地図式片道乗車券、中野駅〜70円区間、2等、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和44年3月1日に、高度成長期の首都圏輸送量の急増を受け、従来の東京鉄道管理局は、管轄を3局に分割され、
東京北鉄道管理局、東京南鉄道管理局、東京西鉄道管理局となり、中野駅の管轄は、東京西鉄道管理局が担う様になりました。

茜堂-等級廃止券
茜堂-地図式乗車券(中野〜40円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜40円)

昭和45年3月19日、昭和46年1月22日、地図式片道乗車券、中野駅〜40円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和44年5月10日、明治以来続いて来た、等級制が廃止され、一等級制(モノクラス)となります。
運賃改正に伴い、最低運賃が5割値上がりし、20円から30円になりました。
また、通用当日限りの適応が、20Kmから30Km以下になった事により、従来2日有効の区間の、一部では、有効当日に減少しています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜60円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜60円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜60円)

昭和44年8月24日、昭和45年3月14日、昭和47年3月15日、地図式片道乗車券、中野駅〜60円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

画面中の券は、活版の設定位置がズレているか、給紙の送りズレの為、印刷が少し上部へズレています。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜210円)

昭和46年5月9日、地図式片道乗車券、中野駅〜210円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

電環図のデザインは、上下右に延びる路線に因って、以下の様に、臨機応変に長体平体へと、作図対応が成されます。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜610円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜610円)

昭和54年2月17日、昭和54年4月30日、地図式片道乗車券、中野駅〜610円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和49年10月1日、40Km以下は、金額式となり、相互式、矢印式、地図式は、41〜50Km迄となります。
昭和51年11月6日、41〜50Kmの地図式の乗車券が無くなり、51Km以上の東京近郊区間内相互間のみが、地図式となります。
昭和53年7月8日、最低運賃が、80
円に改正されます。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜690円)

昭和56年12月2日、地図式片道乗車券、中野駅〜690円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和54年5月20日、最低運賃が100円に改正されます。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜700円)

昭和55年4月8日、地図式片道乗車券、中野駅〜610円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

以前の610円券と、同じ区間の乗車券です。運賃値上がり後の同区間の券となります。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜810円)

昭和56年8月4日、地図式片道乗車券、中野駅〜810円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
   

茜堂-地図式乗車券(中野〜860円)

昭和56年5月4日、地図式片道乗車券、中野駅〜860円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
   

茜堂-地図式乗車券(中野〜1080円) 茜堂-地図式乗車券(中野〜540円小)

昭和56年1月12日、地図式片道乗車券、中野駅〜1080円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和56年3月29日、地図式片道乗車券、中野駅〜540円区間(小影、小児専用券)、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

上券の、大人専用券と、小児専用券は、地図柄が同形で同区間の乗車券です。
昭和55年4月20日、最低運賃が改正されますが、旅客営業規則第156条第2号に因り、東京近郊区間は、100円に据え置かれます。
つまり、入場券も同様に、100円に据え置かれる事となります。
   

従来の50Kmまでの、通用発売当日限り、下車前途無効が、100Kmまでの適用となり、
従来の東京から、51Km以上の東京山手線内の適用範囲が、101Km以上に変更されました。
昭和56年4月20日、最低運賃が、120円に改正されます。
   
昭和57年4月20日、最低運賃が改正されますが、120円に据え置かれます。
昭和59年4月20日、最低運賃が、130円に改正されますが、
特定運賃区間の増大や、国電区間、山手線内の運賃据え置き等で、運賃計算が非常に煩雑となりました。

茜堂-往復乗車対応券
茜堂-地図式乗車券(中野〜590円)往券 茜堂-地図式乗車券(中野〜810円)往券

昭和55年4月5日、地図式片道乗車券、往復対応(往券)、中野駅〜590円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

中野駅を発駅とする、同券2部発行の往復乗車券対応の、地図式券の往券。
   


茜堂-地図式乗車券(中野〜700円)復券

昭和55年3月29日、地図式片道乗車券、往復対応(復券)、中野駅〜590円区間、中野駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

中野駅を発駅とする、同券2枚発行の往復乗車券対応の、地図式券の復券。姉ケ崎駅に乗車の印が、赤ペンで記されています。
往券には「往復」と「有効期間は片道の2倍です。」の文言が、ゴムスタンプにて、押印されています。
復券には、復路発駅にチェックが入れられ「かえり」と「2日間有効」の文言が、ゴムスタンプにて、押印されています。
   

往復乗車券の代用発売では、旅客営業取扱基準規程第192条第3項で、一般式常備片道乗車券、相互式常備片道乗車券、準常備片道乗車券、
特殊共通券、車内片道乗車券で、片道の営業キロが600キロ以内に限り、旅客営業規則第188条第1項第9号に、規定の表示を行えば、
番号(裏面券番)の連続する、2枚の乗車券を使用して、往復乗車券の代用として発行する事が出来る、と規定されています。




解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
また、小見出タイトルは、正式名称では無く、筆者の呼称で有る事をご了承願います。
   
茜堂-リンクバー
茜堂-切符家系中野駅続編茜堂-鐵路趣味