中野一族/茜堂

もう一つの中野駅関係の切符類=茜堂

もう一つの中野駅の顔、中野駅はJR東日本の管轄駅で有って、東京地下鉄(東京メトロ)東西線の、共同使用駅でも有り、
更に、補足すれば、JR貨物の駅ともなっていますが、こちらは勿論、駅に停車する事は有りません。
   
東京地下鉄(東京メトロ)は、1番から8番迄有るプラットホームの内、3、4、5番ホームを使用しています。
その内訳は、3番ホームは、東西線の始発着として使用され、また、東西線からの直通や、中央線(各駅停車)等が、使用しています。
4番ホームは、東西線専用の始発着に使われ、5番ホームは、三鷹方面からの直通や、中央線、総武線での各駅停車で、使用されています。
   
以下、他社鉄道線への乗入れ切符類を始め、地方に散開する中野駅の切符類も、紹介しています。

茜堂-中野駅発着乗車券
茜堂-乗車券(中野〜地下鉄全線各駅) 茜堂-乗車券(銀座線各駅〜中野)

昭和26年5月11日、矢印式連絡片道乗車券、中野駅〜地下鐵線各驛、3等、20円、国鉄中野驛発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和29年6月13日、矢印式片道乗車券、三越前駅-銀座線〜中野駅-国鉄、帝都高速度交通営団三越前駅発行、営団、社地紋。

ダブルパンチの右側が、国鉄中野駅の入鋏で、左側が、帝都高速度交通営団の入鋏です。
右側の券の地紋は、国鉄地紋風(動輪が車輪に、JNRがJPRに、てつどう文字は、こくてつ文字に夫々良く似ています)に、なっています。

   
この国鉄に良く似た地紋は、山口証券印刷株式会社が、昭和26年頃に私鉄用として、当時の国鉄了承の基に、作成されたもので、
国鉄地紋の基本パターンを残し「こくてつ」を「てつどう」に、「JNR」を「PJR=Private Japan Railwayの略」に、
それぞれ置換えて、新地紋の名称で、各地の私鉄切符に、幅広く使用されています。
   

昭和41年3月16日、営団地下鉄東西線が、国鉄中野駅乗り入れを開始します。
帝都高速度交通営団(略称=営団地下鉄)は、平成16年4月1日に民営化され、東京地下鉄(愛称=東京メトロ)となりました。


茜堂-中野駅経由連絡乗車券
茜堂-乗車券(浦安〜中野〜荻窪) 茜堂-乗車券(三越前〜中野〜荻窪)
茜堂-乗車券(東陽町〜中野〜荻窪)
茜堂-乗車券(九段下〜中野〜荻窪) 茜堂-乗車券(西船橋〜中野〜三鷹)

昭和42年9月14日、連絡乗車券、地下鉄〜国鉄、中野接続、直通乗入区間、東陽町駅〜中野駅接続〜荻窪駅、営団、社地紋。
昭和44年3月29日、連絡乗車券、地下鉄〜国鉄、中野接続、直通乗入区間、浦安駅〜中野駅接続〜荻窪駅、営団、社地紋。
昭和46年9月11日、連絡乗車券、地下鉄〜国鉄、中野接続、直通乗入区間、三越前駅〜中野駅接続〜荻窪駅、営団、社地紋。
昭和46年9月11日、連絡乗車券、地下鉄〜国鉄、中野接続、直通乗入区間、九段下駅〜中野駅接続〜荻窪駅、営団、社地紋。
昭和48年12月4日、連絡乗車券、地下鉄〜国鉄、中野接続、直通乗入区間、西船橋駅〜中野駅接続〜三鷹駅、営団、社地紋。

地下鉄東西線側から、中野駅経由で国鉄駅への直通による、地下鉄発行の連絡乗車券です。
   


茜堂-乗車券(西船橋〜中野〜国鉄210円) 茜堂-乗車券(西船橋〜中野〜国鉄290円)

昭和55年12月17日、金額式連絡乗車券、地下鉄〜国鉄、中野接続、国鉄線430円区間、西船橋駅〜中野駅接続210円、営団、社地紋。
昭和56年8月20日、金額式連絡乗車券、地下鉄〜国鉄、中野接続、国鉄線290円区間、西船橋駅〜中野駅接続290円、小児、営団、社地紋。

東京メトロの中野駅(JR)には、駅番号T01が付けられ、東西線の起点駅となります。
地下鉄の駅番号は、平成16年4月1日、駅位置関係を誰にでも分り易くすると言う、目的で設けられました。
東西線中野駅(起点)の場合、東西線=T、西側=01で、T01になります。
   

因に当券の発駅である、東西線西船橋駅の場合では、中野駅より23番目の駅となりますので、駅番号はT23となります。
駅番号(駅ナンバリング)の規則性は、各鉄道会社によって異なり、東京メトロでは起点に関係なく、概ね西と南から01で始まっています。
   

茜堂-乗車券(武蔵小金井〜中野〜神楽坂) 茜堂-乗車券(荻窪〜中野〜地下鉄100円) 茜堂-乗車券(吉祥寺〜中野〜地下鉄50円)

昭和48年9月8日、矢印式連絡乗車券、国鉄〜地下鉄、中野接続、武蔵小金井駅〜中野駅経由〜神楽坂駅、110円、国鉄、JNR赤地紋。
昭和49年2月20日、地図式連絡乗車券、国鉄〜地下鉄、中野接続、荻窪駅〜中野駅経由〜100円区間、国鉄、JNR赤地紋。
昭和47年8月1日、地図式連絡乗車券、国鉄〜地下鉄、中野接続、吉祥寺駅〜中野駅経由〜100円区間、小児50円表示、国鉄、JNR赤地紋。

国鉄から、営団地下鉄への連絡券は、通常では矢印式ですが、昭和45年12月15日から、中野経由東西線の50円区間のみが、
地図式になり、昭和47年8月1日の、営団地下鉄の運賃改定(最低区間30円から40円に値上げ)時迄、続きました。
   

茜堂-乗車券(吉祥寺〜中野〜幕張)

昭和55年9月22日、三社連絡乗車券、国鉄〜地下鉄〜国鉄、中野接続、吉祥寺駅〜中野駅経由〜幕張駅、220円、国鉄、JNR赤地紋。
   

茜堂-乗車券(吉祥寺〜中野〜地下鉄高田馬場) 茜堂-乗車券(荻窪〜中野〜地下鉄高田馬場)
茜堂-乗車券(荻窪〜中野〜地下鉄高田馬場)

昭和58年3月29日、割引連絡乗車券、国鉄〜地下鉄、中野接続、吉祥寺駅〜中野駅経由〜地下鉄高田馬場駅、220円、国鉄、JNR赤地紋。
昭和58年9月7日、割引連絡乗車券、国鉄〜地下鉄、中野接続、荻窪駅〜中野駅経由〜地下鉄高田馬場駅、110円、小児、国鉄、JNR赤地紋。
平成2年2月11日、割引連絡乗車券、国鉄〜地下鉄、中野接続、荻窪駅〜中野駅経由〜地下鉄高田馬場駅、120円、小児、JR東、JR東赤地紋。
   

茜堂-乗車券(吉祥寺〜中野〜営団80円)
茜堂-乗車券(吉祥寺〜中野〜営団70円) 茜堂-乗車券(荻窪〜中野〜営団120円)

昭和51年9月3日、金額式連絡乗車券、国鉄〜営団、中野接続、吉祥寺駅-130円〜営団線-80円区間、国鉄、JNR赤地紋。
昭和52年1月17日、金額式連絡乗車券、国鉄〜営団、中野接続、吉祥寺駅-80円〜営団線-70円区間、小児、国鉄、JNR赤地紋。
平成2年2月22日、金額式連絡乗車券、国鉄〜営団、中野接続、荻窪駅-30円〜営団線-120円区間、小児、JR東、JR東赤地紋。

金額式の連絡乗車券、それぞれ吉祥寺駅〜中野駅間は、小児60円と80円、営団線は、中野駅からの大人運賃80円区間と70円区間。
右のJR券は、荻窪駅〜中野駅間は130円、営団線は、中野駅からの大人運賃120円区間。
それぞれ券面裏表には、発行駅名が印刷されていません。



中野駅から地下鉄東西線全通迄の優待往復乗車券=茜堂

東西線は、東京都中野区の中野駅と、千葉県船橋市の西船橋駅を結ぶ、東京地下鉄(東京メトロ)が、運営する鉄道路線で、
鉄道要覧における名称は、5号線東西線で、 路線名の由来は、東京を東西に横断する意味から、
車体及び路線図や、乗り換え案内で使用される、ラインカラーは「スカイブルー(水色)」で、路線記号はTが、付けれています。
   
昭和39年10月27日に、5号線を東西線と呼称する事が、決定しました。
東西線が、中野駅に直接繋がったのは、高田馬場駅〜九段下駅間が開通した、二年後の昭和41年3月16日の事となります。
中野駅を起点とする、東西線の全通迄の道程を紹介します。

茜堂-高田馬場〜九段下間開通
茜堂-記念優待券(高田馬場〜九段下)

昭和39年12月23日〜翌年1月1日、開通記念往復優待乗車券-裏面無地、営団地下鉄東西線、高田馬場駅〜九段下駅、営団。

昭和39年12月23日に、高田馬場〜九段下間(4.8km)が開業し、5000系で、営業運転が開始されました。
当初は、中野駅から新宿駅を乗継ぎ、東西線高田馬場駅へと乗継ぎます。

茜堂-中野〜高田馬場と九段下〜竹橋間開通
茜堂-記念優待券(中野〜竹橋)

昭和41年3月16日〜3月25日、開通記念往復優待乗車券-裏面無地、営団地下鉄東西線、中野駅〜竹橋駅、営団。

昭和41年3月16日から、中野〜高田馬場間(3.9km)と、九段下〜竹橋間(1.0km)が、同時開業します。
また、
昭和41年4月28日から、国鉄中央本線荻窪駅迄の、直通運転(当初は営団からの片乗り入れ)が、始まります。

茜堂-竹橋〜大手町間開通
茜堂-記念優待券(竹橋〜大手町)

昭和41年10月1日〜10月10日、開通記念往復優待乗車券-裏面無地、営団地下鉄東西線、竹橋駅〜大手町駅、営団。

昭和41年10月1日には、竹橋〜大手町間(1.0km)が開業し、国鉄301系が、投入された事により、相互直通運転が開始されました。

茜堂-大手町〜東陽町間開通
茜堂-記念優待券(大手町〜東陽町)

昭和42年9月14日〜9月23日、開通記念往復優待乗車券-裏面無地、営団地下鉄東西線、大手町駅〜東陽町駅、営団。

昭和42年9月14日には、更に西に延伸し、大手町〜東陽町間(5.1km)が、開業しました。

茜堂-東陽町〜西船橋間開通で全通
茜堂-記念優待券(中野〜西船橋)

昭和44年3月29日〜4月7日、全通記念往復優待乗車券-裏面無地、営団地下鉄東西線、中野駅〜西船橋駅、営団。

昭和44年3月29日に、東陽町〜西船橋間(15.0km)の開業で、全線が開通し、営団地下鉄西船橋駅(現、駅番号T23)が、開業します。
全線開業と共に、同日から、快速電車による運転が、開始されました。
昭和44年4月8日、営団側は中央線乗入れを、荻窪駅から三鷹駅まで延長し、総武線津田沼駅間を、直通運転します。

   
尚、上記の記念乗車券は、往復優待乗車券ですが、これとは別に、同じ図柄の各駅発行の金額式記念乗車券も、発行されています。
一般的に優待乗車券は、主に株主や関係者、或は福祉目的や、沿線任意の住民等に配布される、無料乗車券を指しています。
   

帝都高速度交通営団が、東京地下鉄株式会社となったのは、平成16年4月1日の事なので、
国鉄と東京都が共同出資していた、特殊法人と言う位置付けで有った事から、当時の営団関係者に、配られた物だと推測されます。



中野駅からの回数乗車券=茜堂

中野駅からの、交通営団の11枚綴り、2箇月間有効の補充回数乗車券です。
   

茜堂-回数券(中野〜霞ケ関)
補充回数乗車券、中野駅〜地下鉄丸ノ内線霞ケ関駅、大手町経由、
ミシン線入り、裏面無地、11枚綴り、700円、軟券、中野駅発行、交通営団、緑地紋。
昭和48年12月5日発行、発行日から2箇月間有効。
券番00196。

相互式となっていますの、左右どちらの駅からでも、乗車可能な券。




現在の、金額式回数乗車券と比べると、
発券時の押印には、かなりの労力を要していた様です。

当回数乗車券が、
中野駅の発行で、繋がっている状況から見て、
同時に11名の乗客に因って、中野駅から霞ケ関駅迄乗車の為に、使用した物と思われます。




少し長い回数乗車券の画像ですが、下迄スクロールしてご覧下さいませ。











券面の表示駅を整理すると、発行駅の中野駅は、東西線の駅で駅番号は、T01。
経由の大手町駅は、丸ノ内線(M18)、東西線(T09)、千代田線(C11)、半蔵門線(Z08)の駅。
霞ケ関駅は、丸ノ内線(M15)、日比谷線(H06)、千代田線(C08)の駅。

途中下車は、前途無効。





霞が関駅は、地下3階からなり、地下1階に千代田線ホームが、
地下2階に丸ノ内線ホームが、地下3階に日比谷線ホームが、設置されています。

駅名表示は「霞ケ関」ですが、正式地名では「霞が関」となってます。

現在の東京メトロの回数券は、自動改札用の切離し1枚切符の、集合体となっています。
回数券の種類は、使い方に応じて、普通回数乗車券、時差回数乗車券、土・休日割引回数乗車券の3タイプが、用意されています。
   

回数券は、乗車駅自由の金額式で、運賃は普通券の10倍、普通回数券の場合は1枚が別途付帯され、11枚の金額式回数券になります。
普通回数券には、乗車日の制限が有りませんが、時差回数乗車券、土・休日割引回数乗車券には、制限が付いています。
   
乗車日の制限が付いている回数券には、別途付帯の切符が多く付くサービスが有り、
時差回数乗車券では、都合12枚、土・休日割引回数乗車券では、都合14枚の回数券が、10枚分の料金で販売されています。
小児料金は、普通回数券のみに設定されています。それぞれ有効期間は、発売日から3ヶ月。



中野駅からの地紋断裁ミス印刷券=茜堂

中野駅発行の金額式乗車券、地紋の下側が欠落されている、台紙断裁ミスのエラー切符です。
   

茜堂-金額式(中野40円)エラー券

昭和44年3月24日、金額式乗車券(地紋エラー券)、中野駅〜40円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、中野駅発行、社地紋。

乗車券の地紋の下部には、有るべき筈の地紋が欠落し、無地の地肌が出ていますが、特殊地紋券の類いでは有りません。
本来ならば、地紋台紙の化粧断ちの祭に、破棄される部分なのですが、何らかの理由に因り、活版刷りに廻った地紋ミスの券です。
   
考えられる要因としては、地紋を台紙に印刷する時に、印刷版のズレによりそのまま印刷され、検品をすり抜けて、
そのまま、まとめてB券サイズに断裁され、活版による文字印刷に掛けられた物か、
或は、許容範囲との判断によって、そのまま断裁され、活版印刷に廻った物なのかも知れません。
   

茜堂-金額式(中野30円) 茜堂-金額式(中野30円)
茜堂-金額式(中野40円)
茜堂-金額式(中野50円)

昭和41年3月16日、金額式乗車券、中野駅〜30円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、中野駅発行、社地紋。
昭和44年7月9日、金額式乗車券、中野駅〜40円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、中野駅発行、社地紋。
昭和43年2月3日、金額式乗車券、中野駅〜50円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、中野駅発行、社地紋。

地下鉄線30円区間券は、同日発行券ですが、裏面での券番が、0273と0069と、200番以上の差異が有りますが、
裏面の中野駅発行表示の、前に付けられている、丸Aと無しとの、発行窓口違いの様です。



中野駅からの区間変更券=茜堂

区間変更券とは、乗車券の区間を乗越したり経由を変更したりする時に、場内にて発行される切符です。
   

茜堂-区間変更券(中野160円)
茜堂-区間変更券(中野70円) 茜堂-区間変更券(中野150円)

昭和47年9月2日、区間変更券、中野駅〜70円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、大手町駅発、無地紋。
平成2年4月2日、区間変更券、中野駅〜150円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、九段下駅発行、無地紋。
平成2年11月10日、区間変更券、中野駅〜160円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、九段下駅発行、無地紋。

帝都高速度交通営団大手町駅(現、東京地下鉄大手町駅、丸ノ内線=M-18、東西線=T-09、千代田線=C-11、半蔵門線=Z-08)。
帝都高速度交通営団九段下駅(現、東京地下鉄九段下駅、東西線=T-07、半蔵門線=Z-06)、都営地下鉄(新宿線=S-05)。
   
当切符では、中野駅より、別途地下鉄線の70円区間駅と、160円区間駅まで、変更されています。
帝都高速度交通営団時代の券ですが、左側の券では、地下鉄線の表示ですが、右側の券では、営団線に表示が変更されています。
   
尚、上記中野駅の顔には別途、
東京地下鉄発着の、甲種車両輸送列車(列車や車両を貨物として、輸送する事)も使用し、
日本貨物鉄道(JR貨物)の駅でもあります。勿論、該当乗車券は存在しません。



中野駅記載の地下鉄定期券=茜堂

帝都高速度交通営団時代の定期券です。国鉄に良く似た、赤色の社地紋(新地紋)が、良く見て取れます。
該当定期券の場合、通勤と通学定期の差異は、右肩に有る小さな文字のみで、判別性に欠けているのが特徴となっています。
   
昭和40年代に入った頃からなのか、赤のマークが正面上部に、付けられる様になります。
因に「帝都」は、大日本帝国時代の首都、東京の事で「高速度」は、当時の市内交通の主役、路面電車と比べた速度を表しています。
   


茜堂-定期券(虎ノ門〜中野)
茜堂-定期券(中野〜飯田橋)

昭和36年5月7日〜8月6日、通勤定期券、地下鉄虎ノ門駅〜中野駅、中野駅発行、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、営団、社地紋。
昭和44年12月2日〜翌3月1日、通学定期券、中野駅〜地下鉄飯田橋駅、中野駅発行、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、営団、社地紋。

左側の通勤定期券は、金額帯の準常備式で、右側の通学定期券は、有効期間帯の準常備式となっています。
また、左側の通勤定期券には、期間前通用の押印が有りますので継続定期券で、前の定期券の有効期間前に更新されています。
それぞれ、使用人名記載部分は、画像処理を行っております。
   

茜堂-定期券(中野〜飯田橋)

平成10年12月7日〜平成11年1月6日、通勤定期券、営団中野駅〜地下鉄飯田橋駅、中野駅発行、営団、社地紋。

磁気定期券は、裏面に粉末状の磁性体を、バインダー(接着剤)で、塗布及び蒸着をした、記録媒体の一種で、
専用改札機を通過する際に、作用する磁化の変化に因り、情報を記録及び再生をする、磁気記録メディアから成り立っています。
   
原紙については、従来のドラム型のロール紙タイプでは無く、横85ミリ、縦57ミリにカットされた、樹脂型の用紙を採用しています。
また、乗車券原紙以上に、徹底した偽造防止策が施されています。擦れ等の券面劣化による、券面の印字が不鮮明な場合等は、
有効期限内で有れば、発行駅で無償交換も可能です。 使用人名記載部分は、画像処理を行っております。



中野駅からのバス定期乗車券=茜堂

中野駅からのバス定期乗車券を、紹介致します。
   

茜堂-定期券(中野〜江古田) 茜堂-定期券(中野〜富士高校)

昭和52年9月2日〜3ヶ月、通学定期券、中野駅〜富士高校、京王バス、
中野駅前案内所発行、裏面には、8項目の注意書き有り。

使用人名記載部分は、画像処理を行っております。

昭和34年9月分、学生定期乗車券、中野駅〜江古田駅、関東乗合自動車、丸山営業所発行、裏面には4項目の注意書き有り。

関東乗合自動車株式会社は、昭和6年に設立され、昭和20年に中野乗合自動車、進運乗合自動車、昭和自動車商会の3社を吸収合併。
当券の中野駅は、旧中野乗合自動車の路線と成ります。その後、関東乗合自動車は、昭和39年に関東バスに改称されました。
   
中野乗合自動車は、中野以西の早稲田通り周辺で、運行していた、京王電気軌道系の事業者で、
中野区史によれば、大正14年に開業した、個人経営の乗合自動車が、起源とされています。
昭和4年に、株式会社に改組され、当時の営業路線は中野駅 〜石神井駅、中野駅〜鷺ノ宮駅等となっていました。



日本各地の中野駅関係の切符類=茜堂

各地に存在する、中野駅アラカルト。
今は、既に廃止された中野駅や、現存する中野駅、新設された中野駅等の、切符類を紹介しています。
駅名呼称は、すべて中野(なかの)駅となっていますが、
信州中野駅のみは、中野単体では無いのですが、好みの駅として最下段にて収録しています。


茜堂-名古屋鉄道券
茜堂-乗車券(桜〜中野) 茜堂-乗車券(八百津〜中野) 茜堂-乗車券(兼山〜中野)

昭和62年1月31日、名古屋鉄道、桜駅〜(新安城経由)蒲郡駅・御嵩駅・中野駅、840円、桜駅発行、社地紋。
昭和62年12月29日、名古屋鉄道、八百津駅〜中野駅、110円、八百津発行、社地紋。
昭和63年2月29日、名古屋鉄道、兼山駅〜兼山口駅・中野駅、110円、兼山駅発行、社地紋。

発駅、桜駅は名古屋本線の駅で、着駅の蒲郡駅は蒲郡線の駅で、御嵩駅は広尾線の駅、その他の駅は、八百津線廃線で全廃されています。
   


茜堂-入場券(中野)

平成13年9月30日、名古屋鉄道、中野駅入場券(廃止最終日券)、160円、中野駅発行。

中野駅は昭和5年10月1日、東美鉄道開業時に同時開業し、開業時より無人駅で、廃止時点では駅舎は無く、1面1線の駅でした。
名鉄八百津線(名鉄唯一の非電化区間)、中野駅は平成13年10月1日、八百津線廃線により廃止となりました。
   


茜堂-記念乗車券(中野〜可児川)

平成13年7月1日〜9月30日、名古屋鉄道、八百津線おわかれ記念乗車券、中野駅〜加児川駅、小児券200円、中野駅発行。

八百津線おわかれ記念乗車券の表面の図柄は、五宝滝と蘇水峡が、裏面には、それぞれ図柄の解説が記されています。

茜堂-南海電気鉄道券
茜堂-定期券(天王寺〜中野)

昭和52年6月3日発行、継続通勤定期乗車券、南海電気鉄道、天王寺駅前〜(阿倍野経由)中野駅、7130円、天王寺案内所発行、社地紋。

中野駅は、大正3年4月26日、初代の阪堺電気軌道、平野支線(今池〜平野間)開業時に、同時開業しています。
翌年6月21日に合併し、南海電気鉄道平野線の中野駅となります。その後、昭和55年11月28日、平野線の廃線により、廃止となりました。
尚、
使用人名記載部分は、画像処理を行っております。

茜堂-わたらせ渓谷鐵道券
茜堂-乗車券(水沼〜中野)
茜堂-わ鉄入場券.中野駅

平成3年5月21日、わたらせ渓谷鐵道(旧.足尾線)、相互式乗車券、水沼駅〜中野駅、小人、110円、水沼駅発行、小影、社地紋。
平成21年3月29日、わたらせ渓谷鐵道(旧.足尾線)、入場券、中野駅、180円、中野駅発行。

わたらせ渓谷鐵道は、JR東日本足尾線を、第三セクター化した鉄道で、平成元年3月29日開業、中野駅は同日新設されています。
因に同線には、我が故郷神戸と同名の、神戸駅(JR時代の神土駅)が有りますが、読みは、ごうど駅となります。


茜堂-上田交通券
茜堂-乗車券(上田〜中野) 茜堂-乗車券(上田〜中野) 茜堂-乗車券(城下〜中野)

昭和33年7月12日、上田丸子電鉄、中野駅〜上田駅、3等、30円、中野駅発行、社地紋。
昭和46年4月2日、上田交通、上田駅〜中野駅、70円、上田駅発行、社地紋。
昭和47年3月26日、上田交通、城下駅〜中野駅、60円、城下駅発行、社地紋。

上田丸子電鉄は、昭和18年10月21日に、上田電鉄と丸子鉄道が、合併して設立されました。(左側の券)
その後、昭和44年5月31日に、上田交通に社名変更されました。(中、右側の券)

   

茜堂-電車乗車券

発行年月不明7日、上田交通、電車乗車券、中塩田駅〜中野駅、10円、緑地。

中野駅は大正10年6月17日、上田温泉電軌の川西線開業時に、同時開業しました。
平成17年10月3日に分社化された後、上田電鉄(別所線)の駅となり、パークアイランド駐車場設置駅となっています。
   

茜堂-乗車券(下之郷〜中野)

平成18年4月19日、上田電鉄(上田交通流用券)、下之郷〜中野、170円、下之郷駅発行、社地紋。

平成17年10月3日に、上田交通の子会社として設立された鉄道事業者で、上田交通の鉄道事業を継承して、営業しています。
尚、上田交通の前身企業にも、同名の上田電鉄が有りますので、当社は2代目と言う事となります。
当券は、上田交通時代の乗車券を、社名部分の訂正印の押印にて、流用しています。
   


茜堂-乗車券(下之郷〜中野) 茜堂-乗車券(下之郷〜中野)

平成20年10月3日、平成23年7月4日、上田電鉄、下之郷〜中野、170円、下之郷駅発行、社地紋。

上田電鉄の鉄道路線は、上田駅〜別所温泉駅を結ぶ、別所線(旧、川西線)の、全15駅で構成され、
終点の別所温泉駅構内外れには「丸窓電車」で有名な、戸袋に丸窓の有るレトロな、モハ5250が、展示されています。

茜堂-別府鉄道券
茜堂-乗車券(別府港〜中野)

昭和20年8月25日、別府軽便鉄道、別府港駅〜中野駅(よりゆき)、3等、3銭、別府港驛発行、社地紋。

中野駅は、大正12年3月18日の、別府軽便鉄道土山線(別府港駅〜新土山駅=後に、国鉄山陽本線と同じ土山駅となる)開業後の、
昭和7年(月日不明)に開業します。 また、別府軽便鉄道は、昭和21年4月2日に、別府鉄道に改称されています。

茜堂-乗車券(土山〜中野)

昭和56年7月12日、別府鉄、土山駅〜中野駅(からゆき)、100円(運賃変更印=130円)、土山駅発行、社地紋。

大正12年3月18日の、別府鉄道土山線開業時に、国鉄山陽本線の土山駅に、乗り入れています。
運賃変更の押印で、旧料金100円から、新料金130円に変更されていますが、実料金の表示はなされていません。


茜堂-乗車券(別府港〜中野) 茜堂-乗車券(別府港〜中野)

昭和58年11月12日、別府鉄道、別府港駅〜中野駅(からゆき)、130円、別府港駅発行、社地紋。
昭和59年1月31日(
廃止最終日券)、別府鉄道、別府港駅〜中野駅(からゆき)、130円、別府港駅発行、社地紋。

昭和59年2月1日に、別府鉄道全線(野口線=大正10年9月3日開業、土山線=大正12年3月18日開業)の廃線に伴い、
土山線、中野駅(島式ホーム1面1線の地上駅、乗務員に下車申告で停車)は、廃止となりました。


茜堂-南部縦貫鉄道券
茜堂-往復乗車券(七戸〜中野)

昭和37年10月20日、南部縦貫鉄道開通記念乗車券(開業初日券)、七戸駅〜中野駅(からゆき)、25円、2等、社紋影、七戸駅発行、社地紋。

南部縦貫鉄道と言えば、開業時からのキハ101、102が有名ですが、バスの部品を流用して作られた、富士重工業製の気動車です。
可愛い風貌と製造内容から、レイルバスの愛称で、広く親しまれていました。
   


茜堂-乗車券(野辺地〜中野)
茜堂-乗車券(天間林〜中野) 茜堂-乗車券(天間林〜中野)

昭和50年2月22日昭和50年2月22日(年数5が欠落)、南部縦貫鉄道、天間林駅〜中野駅(からゆき)、10円、2等、天間林駅発行、社地紋。
昭和58年5月2日、南部縦貫鉄道、天間林駅〜中野駅(からゆき)、80円、天間林駅発行、社地紋。
平成52年1月29日、南部縦貫鉄道、野辺地駅〜中野駅(からゆき)、240円(運賃変更印)、野辺地駅発行、社地紋。

左の券では、どうした事か、ダッチングの年数の昭和50年が、昭和0年と打たれていて、頭の十桁の5が欠落をしています。
   


茜堂-乗車券(七戸〜中野) 茜堂-乗車券(七戸〜中野) 茜堂-乗車券(七戸〜中野)

昭和42年6月1日、南部縦貫鉄道、七戸駅〜中野駅(からゆき)、25円、2等、七戸駅発行、社地紋。
昭和59年9月19日、南部縦貫鉄道、七戸駅〜中野駅(からゆき)、190円、七戸駅発行、社地紋。
平成7年2月18日、南部縦貫鉄道、七戸駅〜中野駅(からゆき)、230円、社紋影、七戸駅発行、社地紋。

開業時と晩年期には、乗車券や入場券に迄、深紅の社紋が中央に配置されていました。
   


茜堂-車内乗車券

車内補充券、南部縦貫鉄道、野辺地駅〜中野駅、600円、社地紋、車内9月20日発行。

車内乗車券と記されている、切符を所持していない無札の乗客や、乗越しの乗客等に対して、車内で発行する車内補充券です。
   


茜堂-入場券(中野)

平成9年5月5日、南部縦貫鉄道、入場券(休止最終日券)、中野駅、130円、社紋影、中野駅発行。

中野駅は昭和37年10月20日、南部縦貫鉄道線開業時に同時開業。
南部縦貫鉄道線休止に伴い、平成9年5月5日を最後に休止され、5年後の平成14年8月1日に、鉄道線共々、正式廃止となりました。


茜堂-長野鉄道券
茜堂-入場券(信州中野)

昭和53年8月3日、長野電鉄、赤線入場券、信州中野駅、50円、信州中野駅発行。

信州
中野駅は、大正12年3月26日に開業、3面4線(相対式2面2線、島式1面2線)の橋上駅。
平成14年3月31日迄は、木島線の分岐駅でしたが、廃線の為、同線が使用していた1番線は立入り禁止で、不使用となっています。

尚、中野単体の切符では有りませんが、赤線横一条引きが秀逸なので、掲載しております。



中野駅行きの私鉄からの連絡乗車券=茜堂

私鉄からの、国鉄時代の中野駅迄の、準常備連絡片道乗車券と、
珍しい、運輸省時代の中野駅迄の、よりゆきの、一般式連絡片道乗車券を紹介します。
   


茜堂-淳常備券(流山〜中野)
茜堂-乗車券(池上〜中野)

平和24年4月29日、連絡乗車券(よりゆき、東急〜運輸省)、池上〜中野(大崎廣小路・目黒経由)、
3等、21圓、池上駅発行、東急、社地紋。緑

昭和51年6月6日、連絡乗車券(準常備、総武流山電〜国鉄)、流山〜中野(馬橋・三河島経由)、270円、流山駅発行、総武流山電、社地紋。

右側の券の、小児断線の乙片の綴り穴位置が、鉄道省の昭和初期に見られた、黒点で印刷されています。
池上駅は、東京急行電鉄池上線の駅で、大正11年10月6日に、池上電気鉄道の駅として、開業しています。
時期的には、中野駅が、国鉄となる一ヶ月程前の、運輸省時代のダッチングが、印されています。



中野付帯のちょっと素敵な富士見切符=茜堂

東京から富士山が拝めると言う、富士見町(ちょう)。一番有名なのは勿論、諏訪の富士見町(まち)ですが、
中野が付いている、丸ノ内線の中野富士見町(ちょう)駅を、紹介します。都内から富士が拝めると言う、素敵な地名です。
昔は、建物の林立も無く、結構色々な場所から富士山が望めた様で、富士見の地名が点在しています。
   

茜堂-地図式(中野富士見町)
茜堂-金額式(中野富士見町)

昭和38年2月16日、地図式片道乗車券、中野富士見駅、20円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、中野富士見駅発行、社地紋。
昭和45年10月20日、金額式乗車券、中野富士見駅〜40円、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、中野富士見駅発行、社地紋。

中野駅とは、直接関係は無いのですが、
中野に縁起が良い名称(新、坂上、富士見)が、三つも付いているので、収録しています。

   

茜堂-定期券(中野富士見町〜上野)

昭和47年9月4日〜10月3日、通勤定期券、中野富士見駅〜地下鉄上野駅、帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄)、営団、社地紋。

中野富士見駅発行の、赤坂見附駅乗換、1箇月補充式通勤定期乗車券。
中野富士見町駅は、丸の内線と銀座線を受け持つ、中野車両基地(中野検車区、中野工場)の最寄り駅です。
使用人名記載部分は、画像処理を行っております。




国外の中野駅=茜堂

中野駅については、樺太庁にも、且つて存在していました。
昭和3年9月3日、樺太庁鉄道豊真線の、鈴谷駅〜逢坂駅開通の開業に伴い、樺太庁真岡郡清水村に同時開業。
中野駅は、東海岸と西海岸の、ほぼ中央の標高の高い所に有り、豊原からの道路が合流する、やや開けた地点に位置します。
大戦中の昭和18年4月1日、国策による南樺太の内地化政策により、当時の鉄道省に編入されます。
   
先の敗戦により、ソ連軍に接収された後、昭和21年2月1日には、鉄道省より書類上廃止され、4月1日には、ソ連国鉄に編入され、
平成3年12月25日、ソ連の崩壊により、ロシヤ国鉄に引き継がれますが、
平成6年、中野駅が有った、豊真線の大部分(瀧ノ沢駅〜宝台駅)は、広軌化限界の為に惜しまれつつ、廃止されました。
   
豊真線の、中野駅のロシヤ国鉄名は、オジダーエヴォ駅と呼ばれていました。




解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   
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