中野一家/茜堂
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中野駅発行の一般式片道乗車券=茜堂
茜堂-切符家系中野駅地図編茜堂-切符家系中野駅茜堂-切符家系中野駅軟券編茜堂-鐵路趣味
中野駅前編に引続き、中野駅続編を増設頁として、硬券、軟券、記念切符、駅スタンぷや駅舎等を、綴っています。
発駅からの有効区間を、短文で表示する券式の一般式は、鉄道開業当初から今日に至る、乗車券の中核をなす様式です。
鉄道開業当初の乗車券類は、この一般式の常備片道乗車券だけが、存在していました。

茜堂-より間表示乗車券
茜堂-乗車券(中野〜四谷.市ケ谷)
茜堂-乗車券(中野〜新宿.代々木)
茜堂-乗車券(中野〜東京.有楽町)

昭和2年4月7日、一般式式片道乗車券(より間)、中野〜四ツ谷、市ケ谷、三等、12銭、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和2年6月11日、一般式式片道乗車券(より間)、中野〜新宿、代々木、三等、8銭、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和3年4月1日、一般式式片道乗車券(より間)、中野〜東京、有楽町、三等、18銭、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

明治44年11月1日から「より表示」に再び戻り、大正10年1月11日からは、再び「よりゆき表示」に戻りました。
券面の「より間表示」は、着駅が2駅以上の場合の措置で「ゆき」表示が「間」表示となっています。


茜堂-よりゆき式乗車券
茜堂-乗車券(中野〜大久保) 茜堂-乗車券(中野〜池袋) 茜堂-乗車券(中野〜田園調布)

昭和2年1月2日、一般式式片道乗車券(よりゆき)、中野〜大久保、三等、5銭、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和3年11月5日、一般式式片道乗車券(よりゆき)、中野〜池袋、三等、13銭、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和4年2月15日、一般式式片道乗車券(よりゆき)、中野〜田園調布、三等、29銭、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
   

茜堂-乗車券(中野〜二宮)

昭和21年6月23日、一般式式片道乗車券(よりゆき)、中野〜二宮(大森経由、復路券)、2圓70銭、中野驛発行、国鉄、JNR赤地紋。

戦時体制下により、乗車券の面積縮小と、券面の簡素化を図る為、昭和20年4月1日から、3等表示が廃止されています。

茜堂-からゆき式乗車券
茜堂-乗車券(中野〜小諸) 茜堂-乗車券(中野〜大原)
茜堂-乗車券(中野〜上総湊)
茜堂-乗車券(中野〜岩井) 茜堂-乗車券(中野〜上総湊)

昭和50年6月29日、一般式式片道乗車券(からゆき)、中野〜御代田・小諸・田中(熊谷経由)、870円、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。
   

茜堂-乗車券(中野〜南三原) 茜堂-乗車券(中野〜安房天津) 茜堂-乗車券(中野〜安房天津)
茜堂-乗車券(中野〜和田浦) 茜堂-乗車券(中野〜南三原)

昭和55年11月8日、一般式式片道乗車券(からゆき)、中野〜館山・南三原(木更津経由)、1700円、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

上のブロックは、発行駅名が裏面に表示され、下のブロックは、発行駅名が表面に、移動表示されています。
地紋を除く表裏組版2面(裏面=連番印刷、駅名印刷)から、表裏組版1面(裏面=連番印刷)に、印刷コストが落とされています。

   


茜堂-からゆき式連絡乗車券
茜堂-連絡乗車券(中野〜伊豆急下田)

昭和56年3月29日、一般式式片道乗車券(からゆき)、中野〜伊豆急下田(小田原、伊東経由)、2510円、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

国鉄中野駅からの、伊東駅経由、相互直通運転での、伊豆急行への連絡乗車券です。
因に、特急踊り子(185系電車)や、スーパービュー踊り子(251系電車)の、両社を結ぶ連絡列車名は、
川端康成の小説「伊豆の踊子」に因んで、一般公募に依って決定しました。その際、漢字二文字では硬いので「り」が付けられました。

   

鉄道開業当初の、乗車券では「ヨリ迄表示」で、明治21年11月20日から「よりまで表示」となり、
明治30年9月1日から「より表示」に変更され、明治42年12月16日からは「よりゆき表示」に、変更されます。
そして、明治44年11月1日には、再び「より表示」に戻ります。
   
大正10年1月11日からは、再び「よりゆき表示」に戻りますが、従来の右書きから、今日の左書き表示へと、大きく変わります。
しばらく「よりゆき表示」の時代が続き、現在の「からゆき表示」となったのは、
補充式乗車券が、昭和24年9月6日から発行され、常備乗車券は、昭和25年6月1日から発行されています。



中野駅発行の補充式片道乗車券=茜堂

補充式とは、着駅や経由等を、手書き(ゴム印等)する切符で、通用日数欄や料金も、空欄になっていて、
随時、それに見合った内容を、書き込める様になっている、万能乗車券の一つです。
   


茜堂-補充式片道乗車券(表) 茜堂-補充式片道乗車券(裏)

昭和38年3月25日、補充片道乗車券、中野〜用瀬(東海・丹波口・鳥取経由)、2等、870円(学割)、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

補充片道乗車券には、図の様に、準常備片道乗車券と良く似た、着駅までの金額によって、切取られる金額別断線付きと、
着駅までの、距離に応じて切取られる、粁程別断線付き等が有ります。
   
裏面には重厚な、ピンホールの刻印「テ」が押されています。
当券には、刻印が「丸」とピンホールの「テ」で、パンチされていて、重厚な趣きを醸し出しています。
   
これは、手荷物持ち込みの際に、押される物で、以前は「丸」に「手」の押印でしたが、
昭和28年7月1日から、東京鉄道管理局内でパンチ式を採用し、その後、全国へ普及されて行きます。下車印は鳥取駅。



地下鉄東西線通過連絡運輸適用の乗車券=茜堂

国鉄線側から、中野駅と西船橋駅を結ぶ、地下鉄東西経由で国鉄駅への直通による、国鉄発行の連絡運輸乗車券です。
表面には、「中野・西船橋間のご乗車は地下鉄東西線に限ります。」の注意書きが、記されています。
   


茜堂-地下鉄東西線連絡運輸乗車券(表) 茜堂-地下鉄東西線連絡運輸乗車券(裏)

昭和44年7月19日、通過連絡運輸乗車券、船橋駅〜(地下鉄東西線経由)〜西荻窪駅、小児60円、国鉄、JNR赤地紋。

地下鉄東西線通過連絡運輸乗車券の場合は、千葉駅〜船橋駅と、中野駅〜三鷹駅の、相互移動の場合しか適用されません。
但し、通過連絡運輸乗車券は、乗り越しが認められ、東京近郊区間で有れば適用されます。
活版での印刷度数、地紋を除き「赤、スミ」の二色刷では無く、不合理ですが「赤(小)、スミ、赤(線)」の三色刷となっています。



中野駅発行の英文字表記の異級乗車券=茜堂

乗車区間の一部に、等級が異なる場合に発行される、異級乗車券、上位の等級様式で発行されています。
表面には「異」の影文字が、乙片と共に記され、裏面には「中野-東京間2等」の、但し書きが記されています。
尚、当券では着駅のみに、英文字(ローマ字)併記されていますが、異級とは関係無く、1〜2等券での、当時の制度に因る物です。
   

茜堂-異級乗車券(中野〜伊東)

昭和39年1月26日、異級片道乗車券(からゆき)、中野〜伊東(大森経由)、650円、1等(中野〜東京間2等)、中野駅発行、国鉄、JNR緑地紋。

運賃計算の基礎となる対キロ賃率は、旅客営業規則第77条で、2等は3等の2倍、1等は2等の2倍と、定められていました。
当時は、等級制を採用していた為、旅客営業規則第22条では、一部区間で異なった、等級の車両に乗車する場合の、異級乗車が定められ、
運賃計算方法は、旅客営業規則第88条に規定され、全区間の下等級の運賃に、上等級に乗車する区間の、運賃差額を加算します。

   

尚、一等区間が別れて複数有る場合は、その前後の距離を通算する事となります。
また、急行料金も、旅客営業規則第127条で、同様の取扱をする事が定められていました。
これらの異級券は、昭和44年5月10日に、等級制度が廃止されモノクラス制となる迄、存続していました。
   
旅客営業規則第22条を詳細に読み解くと、旅客が、継続する旅行区間中の一部を、異なる等級に因り旅行する場合は、異級の乗車券を、
また、同一の急行列車で、異級乗車する場合は、異級の急行券を発売する旨等が、細かく規程されています。
但し、定期乗車券、回数乗車券の場合は、上級車船室の設備が有る区間と、他区間とに股がり旅行する時に限定されています。



中野駅発行の特殊往復乗車券と往復乗車券=茜堂

往復乗車とは、往路を逆方向に経由して、発駅に戻る事を言い、
往と復を合わせ、一回の往復乗車であり、それに対して単一の運賃が課せられます。
往復割引は、片道の営業キロによって、決められて居り、それぞれ復路の運賃に割引される事となります。

   

茜堂-明治神宮参拝往復券

昭和17年1月1日、明治神宮参拝往復乗車券、中野〜原宿・代々木〜中野、25銭、3等、中野驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

明治神宮の初詣の、混雑地向け、往復の第2種の臨時特殊往復乗車券で
、復路1割引運賃が適用されています。
   

茜堂-明治神宮特殊往復券

昭和39年11月3日、明治神宮特殊往復乗車券、中野〜原宿・代々木〜中野、40円、2等、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

明治神宮の明治節の、混雑地向け、往復の第2種の臨時特殊往復乗車券で、復路1割引運賃が適用されています。
   

茜堂-オリンピック特殊往復券 茜堂-オリンピック特殊往復券 茜堂-オリンピック特殊往復券

昭和39年10月10日(初日券)、オリンピック特殊往復乗車券、中野〜信濃町・千駄ヶ谷・代々木〜中野、40円、2等、中野駅発行、国鉄。
五輪影、JNR青地紋。以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

左側のオリンピック特殊往復乗車券は、発行の初日券で、右側のオリンピック特殊往復乗車券は、発行の最終日券です。
右の券は、中野駅発行の、ダブルパンチの完全乗車の切符です。右側の入鋏痕が、中野駅で、左側の入鋏痕が、千駄ヶ谷駅となります。
昭和39年10月10日〜24日、東京オリンピック開催を記念して、五輪影入りのオリンピック特殊往復乗車券が、発売されます。
   

茜堂-特殊往復割引乗車券 茜堂-特殊往復割引乗車券

昭和49年7月6日、発駅記入式特殊往復割引乗車券、中野〜大磯〜中野、600円、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和54年7月25日、特殊往復割引乗車券、中野〜(浜野経由)富浦・千倉〜中野、2700円、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

券面表記は、往復割引乗車券となっていますが、特殊往復乗車券です。
夏季混雑地向けの、往復の第2種の臨時特殊割引券で、復路1割引運賃が適用されています。
   

発駅からの矢印の向きですが、掲載券では、全て左側が発駅となっていますが、
当時の首都圏の、相互式乗車券の発駅表示に合わせていますので、時代に因り、発駅の位置が変わる事になります。

   
昭和29年4月1日〜「←(左向)」昭和35年7月1日〜3等級制から2等級制となり、以前の旧3等は、新2等に変更されます。
昭和35年12月1日〜「→(右向)」昭和42年7月20日〜「←(左向)」昭和44年5月10日〜「→(右向)」となります。
前期の在庫流用券等も有り、実際の発券日付は厳格では有りませんが。
   
昭和22年4月30日、特殊往復乗車券が制定され、
昭和34年6月15日から、季節割引制度により、三種類の臨時特殊割引乗車券が、発売されます。
   
第1種は、夏季海水浴、登山、キャンプ、冬期スキー、スケート客を対象とし、出札窓口混雑緩和、乗客獲得や輸送調整を目的とします。
第2種は、第1種の対象客以外の混雑地向け乗客を対象とし、出札窓口の混雑緩和や、乗客の獲得を目的とします。
第3種は、閑散期における観光客用とし、旅客誘致を目的とします。
   
昭和35年3月28日から、座席指定がセットされた、座席指定観光乗車券が、発売されます。
   
昭和42年6月20日から、第2種を、特殊往復乗車券とし、第2種以外を特殊観光乗車券とし、整理区分されます。
昭和45年10月1日から、特殊観光乗車券を、特別企画乗車券(企券)とし、復路の割引率が、1割引から2割引へと拡張されます。
   

茜堂-往復乗車券

昭和53年1月19日、往復乗車券、中野〜新宿〜中野(大人小児用券、三角部分が小児断線)、140円、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

一般的な往復乗車券で、片道の乗車距離が、規定のキロ数に満たない為、往復割引きは適用されません。以下同様。
   

茜堂-往復乗車券

昭和51年3月23日、往復乗車券、中野〜新宿〜中野(大人小児用券、台形部分が小児断線)、中野駅発行、国鉄、JNR青地紋。

往復乗車券の旅客側のメリットは、必要な切符を予め購入出来る事と、割引が有ると言う利点が上げられます。
鉄道側のメリットとしては、印刷コストの軽減、出札の手数の軽減、復路客の確保、運賃ほ脱の予防や、復路運賃を早く頂く事の利息等、
鉄道側には、諸々のメリットが発生します。そのメリットの一部還元が、割引に反映をしています。
   
昭和35年7月1日の2地帯制頃から、遠距離客の負担が増したので、片道1000キロを越える往復乗車券は、復路を1割引きとし、
昭和41年3月5日、第2地帯を400から500キロに改定した際、1001〜1200キロは1割5分引き、1201キロ以上を2割5分引きとした。
   
更に、昭和44年5月10日、前者を1021〜1220キロに、後者を1221キロ以上に改めています。
昭和55年4月20日からは、601〜1000キロは1割引きで、1001キロ以上は2割引きとなっています。
   
当時代の国鉄の、旅規26条2には「往復乗車とは、復路または復路とも片道券を発売できる区間を往復1回乗車船する事で、
往路と復路の区間または経路が異なる物を除く」と、定義されています。
また、最終の旅規94条では「鉄道、航路が片道601キロ以上の往復乗車船は復路について2割引する」と、記されています。



甲武鉄道時代の中野駅発行の乗車券=茜堂

中央本線の前身となる、甲武鉄道は、明治20年に設立され、明治22年4月11日に新宿〜立川が、開業。
明治22年8月11日には、八王子迄延伸。更に明治27年10月9日には、牛込へ延伸し、翌年4月3日には、飯田町迄延伸しています。
その10年後の、明治37年12月31日には、御茶ノ水まで延伸しています。
   
牛込駅と飯田町駅は、鉄道省時代の昭和3年11月15日に、合併し飯田橋駅に、改称されています。
   

茜堂-甲武鉄道時代の中野駅発行の乗車券(表) 茜堂-甲武鉄道時代の中野駅発行の乗車券(裏)

明治、九月八日(漢数字のダッチング)、乗車券、中野〜四ツ谷、三等、四銭、赤横3条、右書き表示、中野驛発行、甲武鉄道。

発行年月日は不明。開業時期から考えると、明治28年9月8日〜明治38年9月8日の間、となります。
裏面は、発駅が平仮名表記で、着駅が漢字表記で、英文字が併記されています。
   

甲武鉄道は、東京市内区間での旅客増加に伴い、明治28年12月30日に、新宿〜飯田町が、複線開業し、
明治37年8月21日には、飯田町〜中野間を、電化(電蒸区間)しています。
また、明治39年3月31日には、国策の鉄道国有法公布により、当時の鉄道作業局に編入され、官営鉄道へと変わりました。



中野駅発行の入場券と硬券最終日入場券=茜堂

中野駅の赤線入場券は、10円入場券を最後に、長い歴史の幕を閉じました。

茜堂-赤線入場券
茜堂-中野駅赤線5銭入場券

昭和9年10月8日、赤線入場券、中野駅、5銭、東京印刷場5銭1期券。

昭和5年4月1日、県庁所在地で年間入場者数が、10万人を越える1等駅が、10銭に値上げされますが、
中野駅では、昭和17年4月1日の全駅10銭値上げ迄、従来通りの5銭で推移します。

   


茜堂-中野駅赤線10円入場券 茜堂-中野駅赤線10円入場券

昭和31年11月13日、入場券、中野駅、10円、東京印刷場2期券。昭和39年2月29日、入場券、中野駅、10円、東京印刷場5期券。

右の券では、集中印刷方式に因って、裏面券番が左側の少し内側にしか、印字されていません。
通常、硬券の活字部分は、小断ちにしてから、一枚ずつ印刷をしますが、東京印刷場では、特に枚数の多い硬券に付いては、

丁付印刷(集中印刷)をした後、一枚ずつ断裁(小断ち)しますので、稀に印字面がズレる場合が出て来ます。
   

通常、裏面の券番は、左右に印刷されますが、集中印刷方式では、断裁時に横にズレた場合、券番がニ枚の切符に股がる恐れが有り、
それを防止する為に、券番は一ヶ所で、安全な位置(左側の少し内側)に、印刷されています。
   

茜堂-中野駅赤線10円入場券 茜堂-中野駅赤線10円入場券 茜堂-中野駅赤線10円入場券

昭和31年11月13日、入場券、中野駅、10円、東京印刷場2期券。
昭和40年7月21日、昭和41年1月24日、入場券(赤線台紙調整券)、中野駅、10円、東京印刷場6期券。

上段の券とは、赤線の印刷方法が異なっています。上段の券は、赤線が左右途切れる事無く、印刷されています。
これは、丁付台紙によって、平版で刷られた後に、断裁(小断ち)された、通常の赤線入場券(集中印刷券除く)となりますが、
こちら
の券では、赤線の左右が途切れています。これは、断裁後の白券台紙に、活版でスミ印刷と同様に、赤刷りを施しています。
   

こうする事により、無駄な晩期の赤線切符台紙を、少なくすると言う、東京印刷場独特の節約体勢による物です。
これらの節約の甲斐も有り、東京印刷場管内では、赤線入場券の流用券は発行されず、昭和41年3月4日を、最後に白券となりました。

茜堂-他駅流用入場券
茜堂-中野駅20円入場券(他駅流用) 茜堂-中野駅20円入場券(他駅流用) 茜堂-中野駅20円入場券(他駅流用)

昭和41年4月28日、5月8日、5月9日、入場券(国分寺駅流用券)、中野駅、20円、東京印刷場1期券。

料金改定から、2ケ月足らずで、中野駅20円券が、ランニングロストしたのでしょうか、或は、新券が間に合わなかったのか。
右二枚の
日付けは、1日違いですが、昭和41年5月8日の券番は、2094で、翌日9日の券番は、0521と逆に若く、
その差は、8426番とロットが違う様で、数字が大きく掛け離れています。

茜堂-中野駅20円入場券

昭和43年8月24日、入場券、中野駅、20円、東京印刷場1期券。

普通入場券に小児料金が、設定されていない時代ですので、至ってシンプルです。
小児料金は、30円入場券となった約半年後の、昭和44年11月15日から、半額一円単位切り捨ての、10円券として、施行されます。
   

上の二枚の券共々、同じ駅員さんの発券でしょうか、日付が踊っていて、余り上手では有りません。
ダッチングマシンに通す時に、残念乍ら、切符の直角維持が出来ていない様です。

茜堂-大人専用入場券
茜堂-中野駅30円入場券

昭和51年1月6日、大人専用入場券、中野駅、30円、東京印刷場2期券。

昭和44年11月15日から、小児料金が設定され、入場券には3つの種類が誕生します。
当券の様な、大人専用券と、小の赤影が入った小児専用券に、両方に活用出来る小児断線が付いた、大人小児券用券の3種。


茜堂-大人小児兼用入場券
茜堂-中野駅30円入場券
茜堂-中野駅60円入場券.料金変更印80円

昭和51年7月25日、入場券、中野駅、30円、東京印刷場4期券。昭和53年12月2日、入場券、中野駅、80円、料金変更印、60円流用券。

東京印刷場の券にのみ、60円券迄は、乙片に発行駅名が印刷されておりません。
また、60円券迄、普通入場券の表示が、最上段に記されています。
   

茜堂-中野駅80円入場券 茜堂-中野駅100円入場券

昭和54年2月14日、入場券、中野駅、80円、東京印刷場1期券。昭和54年12月30日、入場券、中野駅、100円、東京印刷場1期券。

無記名は60円券迄続き、80円券からは、右側の入場券の様に、他の印刷場同様に、乙片に駅名が入る様になります。
様式的に、80円券から、駅名が大きく表示され、普通入場券の表示が、小さく変更される等、大幅な改変が成されています。

茜堂-硬券最終日券
茜堂-中野駅120円入場券(硬券最終日)

昭和58年8月24日、入場券、中野駅、120円、(硬券最終日券)。

中野駅の入場券では、上記の硬券入場券を最後に、昭和58年8月25日に、軟券化されました。
   

長らく、硬券の時代が続いてきましたが、窓口業務の簡略化や、経費節減等で、自動券販機が主流となり、それに伴い軟券が台頭し、
硬券切符は、全国的にも徐々に姿を消していきます。
その後、一旦は軟券化された入場券ですが、一部の駅ではJR化後に、JR様式券にて再販されています




中野駅発行の限定復活入場券=茜堂

中野駅の硬券での入場券は、昭和58年8月24日を、最後に軟券となりましたが、
日付並びの123の記念として、硬券で限定復活し、販売されています。

茜堂-中野駅限定復活入場券(大) 茜堂-中野駅限定復活入場券(小)

JR東日本発行123並び、限定国鉄様式復活硬券入場券(小児断線入り)、小児専用入場券、中野駅、(共に昭和58年8月25日軟券化)。
平成1年2月3日、中野駅入場券、120円(大人)、60円(小人)、(
記念復活硬券)。

限定復活入場券は、JR様式ではなく、国鉄様式を使用しています。
また、本来でしたら、大人券は140円券(小児券は70円)で、有るべきですが、
電車特定区間により、昭和57年4月20日〜平成9年3月31日の間は、120円に据え置かれています

   
平成1年2月3日の、日付123並びの記念入場券が、復活硬券として登場すると、
以降、日付の語呂合わせ的な硬券入場券が、事ある毎に、全国各地で記念入場券として、発行される様になります。
   
当初は、手作業に因るダッチングマシンでの、日付印字が主流でしたが、
その後、日付一体印刷で記念入場券とした、厚みのあるカード紙への、オフセット印刷(平版)で、カバー付の入場券が登場します。



中野駅開業100周年記念入場券=茜堂

中野駅開業100周年の、記念入場券が、D型券で発行されました。
開業100周年の文字が表では無く、裏面に入っている所が頂けませんが、図柄を優先させたかったのでしょう。

茜堂-中野駅開業100周年記念入場券(D券表) 茜堂-中野駅開業100周年記念入場券(D券裏)

平成1年4月8日、中野駅開業100周年記念入場券、120円、JR東日本。

中野駅開業100周年記念の、D型入場券、図柄は国電最古の車両、デ963形、可愛い手作りの台紙が、付属しています。
デ963は、現在のJR中央線の前進である、甲武鉄道が、明治37年8月21日に、飯田〜中野間を電化させた折、
初めての、郊外電車(全長9.5m、高さ4m、幅2.4m、2軸の小型木製電車)として、登場しました。
   

現在は、松本電鉄を経て、大宮の鉄道博物館に、展示保存されています。



中野駅入場券風レプリカ記念券=茜堂

こちらは、正式な入場券では無く、イベント用のレプリカの記念券です。
発行駅は、残念乍ら中野駅では無く、八王子支社(旧東京西鉄道管理局)でのイベントの為、三鷹駅での発行となっています。

茜堂-中野駅中央線120周年レプリカ入場券

平成21年4月11日、模擬券、中野駅入場券風、中央線120周年記念券、JR東日本八王子支社発行。

中央線開業120周年記念イベントの、ファイナル「パンチDEラリー」で、入手出来た入場券風の、記念レプリカ硬券です。
平成21年4月11日のダッチングは、中野駅開業から、120周年に当たり、券の入手場所は、中野駅では無く、三鷹駅のDila三鷹に設置され、
改札鋏は、デモンストレーション会場(11月29日、11時〜15時)の物となります。
   
平成21年11月28日〜12月27日の間に、中央線吉祥寺駅〜八王子駅の改札鋏で入鋏痕を集める、体験型ラリーが行われ、
指定の用紙に5、駅以上の入鋏痕を集めると、指定された駅のブースで、レプリカ券と、中央線201系のペーパークラフトが頂けました。
   
因みに、レプリカ券は、開業当時の6駅、新宿駅、中野駅、堺駅(現、堺武蔵駅)、国分駅、立川駅、八王子駅が用意され、
それぞれ、入手日と入手場所が、異なっていました。
また、新宿駅と中野駅は、八王子支社では無い事から、それぞれの駅での配布は無く、他駅にて配布されています。





切符家系のページ内容が、増えて参りましたので、別途続編として私鉄関係を増設しております。
解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に責務を負えない事をご了承願います。
   
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