月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-9600重連

2017/5/1掲載、49654号機+59681号機、構内機回し、後藤寺線、後藤寺駅。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2017年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

49654号機+59681号機との重連、前機は、木曽福島庫で10年程活躍し、以降は九州管内に配備され、
南延岡区、鹿児島区、後藤寺区、若松区等を経て、昭和49年12月24日に、後藤寺区にて廃車されています。
後藤寺機関区の無煙化で、最後まで残った、9600の一つです。

後部機は、直江津区、長野区等で都合20年程活躍し、以降は九州管内に配備され、
鳥栖区、早岐区、佐賀区等を経て、昭和49年10月28日に、後藤寺区にて廃車されています。
両機とも、テンダー側のナンバープレートは、飾り文字の型式入大型プレートが、装着されています。

後藤寺線の船尾駅から引き出した、石灰石満載のホキ8000(日鉄鉱業所有=船尾駅常備)を連ねて、行橋駅迄運びます。
船尾駅は、後藤寺駅の隣駅で、積出駅として多くの9600が駅構内で、働いていました。
船尾駅構内は、周辺のセメント工場や、貨車から舞散る石灰石で、白くなり白い駅として有名でした。

後藤寺機関区の隣接駅、後藤寺駅は、日田彦山線の駅で、後藤寺線の起点でも有り、糸田線の終点でも有ります。
現在の糸田線は、平成元年10月1日に、三セク化され、平成筑豊鉄道(愛称=ヘイチク)に、転換されました。

後藤寺駅は、昭和57年11月3日に、現在の田川後藤寺駅に、改称されました。
単式ホーム1面1線が2つ有り、島式ホーム1面2線と、1番線北側に切欠きホーム1線の、計3面5線を有する地上駅。

平成筑豊鉄道との共用駅で、2番ホームを使用し、改札口はJR職員のみで行っています。
平成筑豊鉄道では、駅名にネーミングライツにより、MrMax(ミスターマックス)の愛称が、付けられています。





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