月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-西鉄モ1形6番

2017/1/1掲載、モ1形6番、西鉄貝塚線、香椎花園前駅、西鉄。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2017年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

西鉄(西日本鉄道)貝塚線は、西鉄貝塚駅〜西鉄新宮駅間を結び、
平成19年4月1日に、西鉄新宮駅〜津屋崎駅間が、廃止されると同時に、宮地岳線から改称されました。

昭和29年3月5日、西鉄博多駅〜西鉄多々良(貝塚駅)駅間を、標準軌に改軌し、600Vに降圧します。
西鉄博多駅を新博多電停に(昭和38年=千鳥橋に改称)、箱崎宮前駅を箱崎浜電停に、西鉄多々良駅を競輪場前駅に改称。
これにより宮地岳線は、事実上福岡市内線に編入され、貝塚線と呼ばれます(正式=この後も宮地岳線の侭)。

香椎花園前駅は、昭和14年4月1日、香椎福日園前駅として開業、昭和17年4月1日、運動場前駅に改称。
更に、昭和32年5月13日に、現在の香椎花園前駅に改称されました。

西鉄モ1形6番は、宮地岳線(貝塚線)の前身、博多湾鉄道機線が導入した車両で、
電化に合わせて、日本車両製造で造られた、半鋼製電車で、当時の形式は「デハ6」でした。
前面貫通型の15m級3扉車体、日本車両製のD-16形台車を、履いています。

西鉄成立後の昭和20年に、形式が「デハ」から「モ」に改称されたが、末番号はその侭引き継がれます。
昭和30年代以降に、正面貫通扉が撤去され、側面の中間の扉も撤去され、2扉化されました。

昭和56年12月1日、西鉄モ1形6番は、5、8、9番と共に、多々良車両基地にて、廃止されました。
これを以て、西鉄から、旧博多湾鉄道汽船の車両形式が、消滅しています。
因みに、駅名となる西鉄香椎花園は、平成28年11月24日〜平成29年3月迄、リニューアルの為、休園中。




■追加画像=2017/2/1■
九大中門を発車した、西鉄路面電車の車内から、後ろを振り向くと、
西鉄500形508番が、九大中門へと進入。


茜堂=西鉄500形508番

九大中門を発車した貝塚へ向かう車内より、後続の西鉄500形508番(路面電車)を望む。

昭和29年3月5日、千鳥橋(旧=西鉄博多駅)〜競輪場前駅(貝塚駅)間に、福岡市内線(路面電車)が乗り入れます。
福岡市内線(路面電車)は、昭和54年2月11日の、循環線と、貝塚線の廃止により、全廃されます。
廃止当時の、貝塚線は中心部より、千鳥橋、馬出三丁目、浜松町、箱崎浜、網屋立筋、箱崎松原、九大中門、貝塚の9駅となっています。

廃止後、昭和61年11月12日、福岡市地下鉄2号線(箱崎線)が開業し、貝塚駅が連絡駅となっています。


茜堂-駅名標(名香野駅)

旧駅名標の名香野駅、広告は西日本相互銀行(西日本銀行を経て、現、西日本シティ銀行)。

貝塚駅と、香椎花園前駅の中間に位置する、名香野駅は、昭和26年6月15日に開業します。
背景に映るのは、高架前の鹿児島本線で、平成15年7月7日、JR九州が高架化され、JR千早駅が開業します。
奥に見える数多くの線路は、今は無き香椎機関区の、構内の線路群です。

名香野駅は、平成16年8月1日を最後に、西鉄の高架化に伴い廃止され、駅舎はJR千早駅側に移転し、同時に西鉄千早駅に改称されます。
当初の予定では、7月31日を最後に、8月1日の西鉄千早駅開業でしたが、台風の接近で延期されています。
駅舎は、西鉄、JR九州とは、ほぼ一体化され、連絡駅としての機能を、備えています。





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