月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-D511号機

2016/11/1掲載、D51 1号機、12系客車、雨に煙る-9226列車、関西本線、月ヶ瀬〜島ヶ原。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2016年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

D51 1号機は、昭和11年3月22日、川崎車両兵庫工場にて新製され、稲沢区で長らく活躍をします。
その後、大垣区、上諏訪区時代に、重油併燃装置を装備し、テンダーには1500L重油タンクを、装着しています。
金沢区、盛岡区、青森区等、奥中山での貨物三重蓮で、脚光を浴びる等の、活躍をしていました。

晩年は、山陰本線の浜田区に身を寄せ、後藤工場にて、特徴的で有った重油併燃装置一式を、撤去しています。
浜田区を離れる際には、企画列車での、前代未聞の四重連として、先頭に立ち山陰本線を走りました。
梅小路区に転属後は、二年間に渡り、奈良線、関西本線、草津線、東海道本線等で、臨客を牽引しています。

関西本線では、昭和48年10月1日、湊町駅(現、JR難波駅)〜奈良駅間が電化され、奈良駅〜亀山駅間のSLが、全廃されました。
それに伴い、竜華機関区に訪れる、奈良区のD51も皆無となり、両区からSLの煙が、完全に消えてしまいましたが、
企画列車として、10月には、梅小路区のD51 1号機が、伊賀路の旅号(HM付き)と、ミステリー号等(9226、9227列車)で入線します。

更に、翌11月には、伊賀路の旅号(HM無し、旧客、9226、9227列車)で、夫々、奈良機関区に入場しています。
客車は当時、下駄に洋服と言われた12系の場合と、下駄には和服の、旧客スハ43系が使われていました。

現役当時の、D51 1号機は、ドッピュンドッピュンと、喘いでいる様な、独特な排気音を奏で、
今ならNGな表現でしょうが、ファンの間では喘息持ちだと、揶揄されていました。

D51 1号機は、関西本線でのSL牽引機として、動態保存機で存続する予定でしたが、都市近郊区間で発生した事故を憂慮し、
惜しまれ乍、昭和60年5月30日、梅小路区にて廃車され、静態保存機として保管されています。




■追加画像=2016/12/1■
旧客スハ43系茶色を従え、茶畑を抜ける、
半流(ナメクジ)D51 1号機のサイドビュー
を、ご覧下さい。


茜堂-D511号機

最上段の画像は、昭和48年10月21日の、D51 1号機牽引のミステリー号(9226列車)です。
一般乗客には、概ね好評を博した、お洒落な12系客車が使用されています。

追加の画像は、昭和48年11月3日の、関西本線、笠置〜大河原間を走る、伊賀路の旅号(HM無し、9226列車)です。
こちらの客車では、当時、SL牽引には不評な12系客車の代わりに、旧客スハ43系が使われています。
所謂、下駄に洋服では無く、下駄に和服姿で登場。

頭部に、HMを装着していたりもしていましたが、正規のヘッドマーク受けを、装備していなかった、D51 1号機では、
HMを不安定な針金で、左右から固定した為、ズレたり傾いたりしていました。
普段なら、HMを掲げたSLは概ね好評でしたが、こればかりはカメラマン達から、不評を買っていました。





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