月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-保津峡DD51 49号機

2016/5/1掲載、DD51 49号機、米子区所属、820列車、山陰本線旧線、保津峡駅。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2016年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

米子局所属のDD51 49号機牽引の、820列車は、米子駅4時40分始発の、京都駅15時7分着で、全長324.6Kmを走り、
発着駅を含め73駅の中、餘部駅、高津駅、吉富駅、並河駅の4駅のみ通過の、ロンングラン列車です。

DD51 49号機は、基本番台(1〜53号機)の試作型及び、初期の量産型で客貨両用の、ディーゼル機関車の仲間で、
客車暖房用の、蒸気発生装置(SG)を搭載していますが、重連総括制御装置は搭載せず、非重連形と呼ばれています。
昭和41年1月19日、川崎車両で製造後、盛岡区に配置、JRに継承されず、昭和62年2月2月6日に、米子区で廃車されました。

DD51形ディーゼル機関車は、幹線からSLを廃する、無煙化を推進する為、昭和37年〜昭和53年迄の間に、649両が製造されました。
幹線用として先行導入の、非力なDF50形に代わる、本格的な幹線用主力機として、設計開発された機関車で、
速度面では、旅客列車用C61型を、牽引力では、貨物列車用D51型を、それぞれ上回る性能を保持し設計されています。

保津峡駅に、待機中の対向の気動車キハ58は、臨時の季節列車9345D列車の、快速丹波路2号。
キハ58は、国鉄が、昭和36年に開発した、急行形気動車(DC=ディーゼル動車)で、幹線、ローカル線を問わず活躍しました。

保津峡駅は、昭和4年8月17日、松尾山信号場を開設の後、昭和11年4月15日に、駅に格上げし、保津峡駅として開業。
駅へは、画像中央に写る、保津川に架かる吊橋の鵜飼橋が、一般客が出入りする、唯一の手段となっています。
また、平成元年3月5日、嵯峨駅〜馬堀駅間が、複線の新線切替えに伴なって、同駅は現在の場所に移転しています。

旧線の保津峡駅は、嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線の、トロッコ保津峡駅として、再開業しています。
尚、風光明媚な所に位置する、同駅は、第2回近畿の駅百選選定駅となっています。




■追加画像=2016/6/1■
長距離普通列車、出雲市駅行き下り839列車が、スタンバイをしています。


茜堂-西大路DD51 49号機

京都駅9時7分始発の、米子局所属のDD51 49号機牽引の、839
列車は、出雲市駅22時2分終着の、長距離普通列車です。

乗務員が出発前の、機関車の点検を行っています。
背景に写っているのは、京都市南区の、日本新薬本社敷地内に有った、京都工場で、平成13年に閉鎖されました。
工場の大きな時計は、8時35分を指しています。これから京都駅迄、推進運転です。

839列車は、昭和49年8月から、昭和55年3月迄活躍し、それから同じ筋の837列車となり、
京都駅9時7分始発〜出雲市駅21時54分終着で、8分の時短となっています。

昭和43年10月の白紙ダイヤ改正時には、837列車として、京都駅9時2分始発〜浜田駅0時18分終着で、
実に、12時間16分もの、長旅でした。

以前は、京都駅9時38分始発〜門司駅5時11分終着の、普通829列車で、
山陰本線を端から端迄を走破し、関門海峡を潜り九州へ、実に、19時間33分の長旅です。
米子辺りで、カマ替えをしたのでしょう。





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