月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-モ5211形

2015/8/1掲載、近鉄5211系、モ5211形5212-5211、近鉄道明寺線、道明寺駅。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2015年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

名古屋線から返却された、モ5201形モ5203と、モ5206は制御車代用として、運用されていましたが、
モ6601形の予備部品を使って、再度電装され、制御電動車として、モ5211形モ5211と、モ5212となりました。
後に、客車の運用から外れ、本線や支線での、荷物電車として運用されました。

近鉄道明寺線は、3駅からなり、近鉄南大阪線の接続駅で有る、道明寺駅から一級河川の大和側を渡り、
JR西日本の関西本線(大和路線)との、接続駅で有る柏原駅を結ぶ、道明寺駅起点とする、2.2Kmの電化単線区間です。

道明寺駅では、2番ホームの大阪阿倍野橋方を切り欠き、1番線を使用しています。
柏原駅では、関西本線の2番ホームと接続し、奈良方を切り欠いたホーム形態となり、中間改札口は設置されていません。
歴史は古く、河南鉄道(現、近鉄)として、明治31年3月24日に開業していて、現在の近鉄の駅では、最古の歴史を誇っています。

また同日、明治31年3月24日、河陽鉄道が道明寺駅〜古市駅間を開業していますが、翌年の明治32年5月11日には、河南鉄道が路線を継承し、
河陽鉄道は、僅か1年と2箇月で解散しています。河南鉄道は、大正8年3月8日に、大阪鉄道に社名変更をし、
紆余曲折を経て、昭和19年6月1に、近畿日本鉄道(近鉄)に社名変更をしています。

背景に写る、サントリーの看板が有る建物ですが、サントリー道明寺工場で、主にブランデーを生産し、
道明寺のシンボルでしたが、平成16年10月31日を以て、操業を停止し、後に解体されました。
現在は、延びたヤードと、新設されたヤードに挿まれる形で、立派な屋根付きの、道明寺駅駐輪場となっています。

且つては、関西本線柏原駅では、D51とホームを挿み並ぶ事も有りました。




■追加画像=2015/9/1■
別途、荷物電車として運用中の、モ5211形モ5211-モ5212を掲載致します。


茜堂-モ5211形

道明寺駅、近鉄南大阪線との連絡線に停車する、荷物電車、モ5211形モ5211-モ5212。
昭和34年に南大阪線に戻った、モ5211形モ5211-モ5212は、晩年は荷物電車として活用されています。
因に、昭和47年には、僚機共々型式消滅しています。

上段の客車の写真と、こちらの荷物電車の写真は、共に柏原方へ向いていますが、編成の並びが逆となっています。
恐らく、何処かのデルタ線を、通過した為かと思われます。





当ページの掲載写真は、茜堂による原盤ネガや原盤ポジからの画像、
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