月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-C571

2015/1/1掲載、C57 1号機、御召し仕様の正月飾り、梅小路蒸気機関車館。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2015年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

山口線で活躍する動態保存機、C57 1号機は、機番が示す様に、C57のトップナンバーですが、
実は、2号機の方が先に完成配備されています。後に完成した、製造番号1769の当機が、発注順に従って、1号機となりました。
昭和12年3月22日に、川崎車両で落成した後、同年4月4日に水戸機関区に配備され、宇都宮、新津を経て、動態保存機として梅小路へ転属します。

昭和47年5月20日に、新津〜村上間を、5月20日には、戻りの村上〜新津間を全国植樹会での、行幸お召し列車牽引を担当しました。
同年8月27日に、新津区での最終仕業を終了し、総武本線成田100年記念の臨時列車牽引の為、同年9月25日に、佐倉区に貸し出されました。

事故歴では、昭和20年に、宇都宮機関区で空襲に遭遇し、機銃掃射を受け損傷しています。また、昭和36年2月9日に、羽越本線村上〜間島にて、
急行日本海を牽引中に、土砂崩れに遭遇し、脱線事故を起こして大破しています。車体は、2ヶ月以上にも渡り、事故現場に放置され、
4月27日に撤去作業が始まり、長野工場に搬入され、半年近く掛け、9月末にようやく修復が完了しています。

この機関車には、或る、都市伝説が密かに語り継がれています。実は事故後の僚機で有る同区内の、C57 2号機との摺り替え疑惑が存在します。
僚機2号機は、何故か、昭和41年と言う異例の早さで、用途廃止されていて、その廃車の詳細が、良く分からないのも事実です。
最初に登場した先輩の2号機は、二番目に登場した1号機に、プレート交換と言う形で、取って換わったのかも知れません。

或は、部品取りと言う形で、2号機と1号機を、合体させたのかも知れません。やはり、現場はトップナンバーを守る為に動いたので有ろうか、
早々に、2号機を廃車にする意味が、良く分からない所に、何とも言えない謎が残ります。

因に、C57 1号機は、本来は、C55 63号機として誕生する予定でしたが、急遽設計変更され、今日に至っています。
特徴的な、キャブ屋根の延長は雪害対策で、新津区にて改造を受けています。また、ランボードの白線は、新津区の伝統に因る物です。





当ページの掲載写真は、茜堂による原盤ネガや原盤ポジからの画像、
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