月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-現役時代C62 3号機

2014/7/1掲載、C62 3号機、137列車、函館本線、蘭島〜塩谷。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2014年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

C62最後の現役機、C62 3号機は、D52 458号機を元に、昭和23年6月18日に、日立製作所笠戸工場にて誕生し、
同年6月26日に、糸崎機関区に配属され、昭和25年8月17日に、梅小路に転属しています。
昭和31年8月31日に、鷹取工場で、北海道向けに軸重軽減し、ボーラー交換を済ませ、同年9月26日に、小樽築港機関区に移籍します。

晩年の小樽築港機関区では、4両のC62(2、3、15、16号機)が残り、急行ニセコを往復仕業3両体制で、担当していました。
1両が、小樽〜函館の急行ニセコ1号の、本務機の担当となり、もう1両が、函館〜小樽の急行ニセコ3号の、本務機を担当します。
更に1両が、小樽〜長万部往復の山線で、前補機を受け持っていました。最晩年は人気の2号機が、前補機仕業に付く事が、ほぼ定番化されていました。

C62重連で函館本線の山線を、担当していた急行ニセコは、昭和46年9月16日に、全行程がDL化されてしまいます。
急行ニセコの担当を外れた、C62は2号機、3号機を残し、廃車(11月24日)となり、2号機は函館本線の山線で、普通列車136、135列車を担当します。
昭和47年3月のダイヤ改正で、スジはそのまま乍ら、列車番号は、132、137列車へと変更されました。

夕方、急行宗谷の到着を待っていたC62は、小樽駅を出発し、長万部で一泊した後、早朝の出発で、午前中に小樽に戻っていました。
ちょうど、急行ニセコ時代とは、逆の運用で、編成は短く客車4両で、上り列車のみ、機関車の後ろに荷物車が増結され、5両で運行されていました。

その後、2号機は、国鉄100周年記念映画撮影の為、梅小路機関区に回送され、後、梅小路蒸気機関車館開館に伴って、梅小路区に転属し、
普通列車136、135列車は、3号機が引継ぎ、後、昭和51年3月に用途廃止され、手宮の鉄道記念館に静態保存されました。
その後、3号機は苗穂工場にて復元され、車籍を復活。昭和63年4月29日、快速C62ニセコ号として、小樽〜倶知安(ニセコ延長)間で蘇ります。

平成7年11月3日を、最後に運転を休止し、平成8年3月19日には、再度除籍されています。




■追加画像=2017/5/1■
現役時代の小樽行き137列車、C62 3号機をご覧下さい。


茜堂-現役時代C62 3号機

函館本線、蘭島〜塩谷を行く、C62 3号機、137列車。

機関士側には、眼下に積丹半島が、後少しで広大な海が、束の間、顔を覗かせます。
上り132列車には、C62 3号機の後ろに、荷物車(マニ60)が、1両付きます。

マニ60を従えた、C62 3号機は、現役時代の証しでも有りました。
復活機の様でも有りますが、スノープローが付いて居ませんので、復活機では無い事は、明々白々。
煙が入って来るので、窓から手や顔を出す乗客は、皆無です。





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