月刊写真/茜堂

【思い出の今月の鉄道写真=茜堂】


思い出の今月の鉄道写真一枚は、リバイバル画像として、掲載しています。
茜堂の鐵路趣味の、今月の鉄道写真一枚のバックヤードを、ご要望にお応えし、別頁で復活動態保存をさせて頂きました。

大きな掲載画像は、1点のみ。
昨今、復活動態保存機のSL達が、各地で活躍をする中、静態保存に転ずるカマ達も有り、不安定な要素の中、
当頁では容量の続く限り、存続して行く所存です。宜しくお付き合いの程、お願い申し上げます。

尚、今回、画像に対してのコメントを、
下段に於いて付記して居りますので、併せてお楽しみ下さいませ。


茜堂-日田彦山線D51182

2014/4/1掲載、D51 182号機、5781列車、日田彦山線、城野
石田。





【思い出の今月の鉄道写真に寄せて=茜堂】



■2014年度掲載■
茜堂思い出の今月の鉄道写真に寄せて。

D51 182号機は、昭和14年1月29日に日立製作所笠戸工場で新製され、吹田、以降は鳥栖、諫早、門司に配備され、
生涯の殆どを、九州内で活躍をしていました。昭和47年9月10日に、門司区にて廃車されています。
廃車後の車両は残念乍ら、静態保存される事も無く、足跡も残されず解体されています。

撮影地の日田彦山線は、北九州市小倉南区の城野駅から、大分県日田市の夜明駅に至る鉄道路線で、
平尾台、香春等から産出する石灰石や、添田地区の石炭を運ぶ為に敷設され、筑豊東部の田川市を経て、日田市と北九州市を直結しています。

城野〜香春間は、小倉鉄道が大正4年4月1日に開業した区間で、小倉鉄道は、東小倉〜上香春(香春)〜大任〜上添田(添田)間も開業していましたが、
この路線は、昭和18年5月1日に、戦時買収に因り国有化され、添田線(初代)となっています。

田川伊田〜田川後藤寺〜西添田間は、豊州鉄道および同社を合併した九州鉄道が、明治36年までに開業させています。
昭和18年5月1日の国有化後は、田川線の一部となり、西添田〜夜明間は、昭和12年から昭和31年にかけて、延伸開業した区間です。
西添田側は田川線の延伸、日田側からは彦山線として開業し、全通後は東小倉〜大任〜夜明間が日田線となりました。

昭和31年11月には、起点側(城野付近)で、線路の付け替えが行なわれています。
小倉鉄道が敷設した線路は、日豊本線の城野〜曽根間を乗り越し、東小倉へ直行する形でしたが、石田?城野間に短絡線を敷設し、
日田線列車は、城野から日豊本線に乗り入れ、小倉に向かうようになり、同時に東小倉〜石田間は貨物線となり、昭和37年に廃止されました。

昭和32年10月1日には、香春〜伊田(田川伊田)間の支線が開業し、現在のルートが完成し、昭和35年に田川線の伊田〜後藤寺〜添田間を編入し、
同時に香春〜大任〜添田間を添田線(2代目)として分離し、城野、東小倉〜伊田〜夜明間が日田彦山線となりました。





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