京都市電の切符-続編/茜堂

大正時代の京都市電乗継券=茜堂

茜堂-初期の乗継券 通常の鉄道路線では、改札口でプラットホーム内外が、隔離されていますので、乗車券のままで乗換が可能ですが、
路面電車の様なラッチの無い駅では、そうは行きませんので、別路線への乗換時には、
乗車券を回収の上、代わりに乗務員から、日時と乗換駅が入鋏で分かる、以下の乗継券が手渡されます。
   
乗継券には、発行年月日が予め印刷されていて、乗換で下車した駅と目的駅、発行時間帯に、乗務員からパンチが入ります。
これは、途中下車として停留所から離れたり等の、不正使用防止の為の措置となります。
時間管理は30分単位ですが、有る程度の抑止効果は有った様です。

茜堂-京都市電乗継券
初期の券には、乗換回数の表示部に、
斜めの断線が付いていません。

大正8年5月27日、乗継券(裏面無地)右角上下の丸印は乗継ぎの都度、切離されます。

茜堂-京都市電乗継券
この頃の券には、乗換回数の表示部に、
斜めの断線が付いています。

大正10年1月7日、乗継券(裏面無地)

茜堂-京都市電乗継券
日付けが、大きく解りやすくなり
それに伴い券のサイズが、
上記の券から、若干大きくなっています。

大正14年5月10日、乗継券(裏面無地)
この券では行先表示の内、右端の、寺町今出川が丸太町河原町へ、出町が今出川河原町へと、それぞれ変更されています。

これは、大正13年4月9日に寺町線(寺町今出川〜出町)が、休止された後、
同年10月1日に、河原町線(河原町今出川〜河原町丸太町)が開業し、
今出川線(寺町今出川〜河原町今出川)の延伸開業と共に、寺町線(寺町丸太町〜河原町今出川)が、廃止されたからです。
   

券面サイズは、4.5×10.5センチ前後の、右書表示の軟券。



大正から昭和初期の京都市電地図式乗継券=茜堂

茜堂-初期の地図式乗継券 年代的には、上記の乗継券に次ぐ物ですが、様式が大きく変わっています。
券面には、乗換駅の位置関係を分かりやすくする為に、路線配置図として、地図式の乗継券になっています。
尚、この地図式乗継券は、京都市電の廃止最終日迄、様式的に受け継がれて行きます。

茜堂-京都市電乗継券(地図式)
上記の券と比べると、
地図の関係から
かなり大きくなっています。

大正14年8月12日、地図式乗継券(裏面無地)

茜堂-京都市電乗継券(地図式)

大正15年7月8日、河原町線、河原町四條〜河原町丸太町間延伸開業(開業初日券)、地図式乗継券(裏面無地)
上記
の券から、木屋町二條〜寺町二條〜寺町丸太町間と、烏丸下立賣〜堀川下立賣間の路線が、廃止されています。

茜堂-京都市電乗継券(地図式)

大正15年12月12日、地図式乗継券(裏面無地)
上記の券と比べて見ると、東山二條〜木屋町二條〜四條小橋の路線が、廃止されています。

茜堂-京都市電乗継券(地図式)

昭和3年11月15日、地図式乗継券(裏面広告、清酒月桂冠)。
上記の券と比べて見ると、京都駅前が、烏丸塩小路に改称され、新しい京都駅前は。京都駅近くまで延伸されています。

更に、東福寺と百万遍まで各々延伸され、
七條千本、西ノ京(円町)、塩小路新町〜七條新町間が延伸と、西ノ京(円町)〜西大路四條が、新設されています。
また、内浜〜四條小橋間が廃止となり、内浜〜河原町四條間に、経路変更されています。
   

上記の区間表示は、当時の駅名表示(条-條、売-賣)を、そのまま採択しています。
券面サイズは、5.5×13センチ前後の、右書表示の軟券で、切符サイズは年代と共に大きくなっています。



京都市電の広告付き地図式乗継券=茜堂

茜堂-第1回神戸みなとの祭広告券 面積の広い乗継券の裏面を使い、様々な告知や広告を掲載しています。
以前から行われており、自社の告知や、一般広告等では、貴重な副収入となっています。

茜堂-京都市電乗継券(裏面広告)
裏面には茜堂の故郷、神戸市の公共広告。

昭和8年11月7日(火曜)8日(水曜)の貴重な、第一回神戸みなとの祭の広告。
因に、二回目は11月7〜9日になります。

当時の切符では、他府県の物も含め、
別途収入が見込める、裏面広告付き切符が、
主流となっていた様です



神戸みなとの祭関連の記念乗車券を、別途収録しています。
神戸市発行の 茜堂-神戸市電初の記念乗車券 を、ご覧下さいませ。
茜堂-京都市電乗継券(地図式)

昭和8年10月31日、臨時系統、四条大宮〜円町間の地図式乗券。昭和8年8月5日に大石橋〜九条車庫前が開業。

切符の路線図は、左側が北となっていますので、京都以外の方々には、少し位置関係が難しいかと思います。
乗車は、10時30分頃だと思いますが、午前午後にパンチが入っていませんので、不明です。
   

この券をよく見ると、広告面では右書表記ですが、表面では左書表示となっています。
券面サイズは、5.4×13センチの軟券。




戦時体制の京都市電地図式乗継券=茜堂

茜堂-スパイ対策券 この乗継券の乗継表では、系統の番号が、平仮名になっています。
これは戦時体制下での機密処置で、開戦6年前の昭和10年3月26日から、昭和20年3月25日迄続けられました。
期間中には、幾度となく改正がなされ、まるで平仮名の乱数表の様です。

外国人が多数訪れる京都ならではの、交通機関の情報を、撹乱する為の機能を持つ、対諜報処置券。

茜堂-京都市電乗継券(地図式)

昭和15年1月3日、戦時体制用情報防衛の乗継券、裏面には皇紀2600年の祝広告。
乗換回数断線内の数字表記が、従来と変わっています。従来の断線内は、乗換2回目と3回目の表示が有りましたが、
こちらの、断線内は乗換別途1回(2回目)と、別途2回(3回目)の表記になっています。

皇紀とは、神武天皇即位を、紀元(紀元節は毎年2月11日)とし、西暦では、紀元前660年となります。
因みに、皇紀2600年に登用の、ゼロ戦の零式艦上戦闘機は、軍用命名規則により、皇紀年号の下桁を冠しています。
   

裏面の広告は醤油ですが、内容は八咫烏が弓の上に、止まっている図柄が有り、興亜奉公促進が揚げられています。
券面サイズは、5.4×12.9センチの軟券。




京都市バスの乗継差額券と普通乗車券=茜堂

茜堂-市バス乗継券 京都市バスのみの乗継差額券と、普通乗車券を紹介します。共に、京都市電への乗継ぎは出来ません。

茜堂-京都市バス乗継券

京都市バス乗継差額券(本乗車券ハ電車ニ乗継出来マセヌ)、昭和14〜17年頃、金四銭、裏面無地、右書表示。

バス路線20系統の、千本十条〜吉祥院天満宮が、描かれていますので、昭和14年以降の券で、
七条通りでは七条烏丸より先の、西側路線がまだ無い事から、昭和17年以前の券だと思われます。
   
切符サイズは、5×11.5センチの透かし付きの軟券。

茜堂-京都市バス乗継券

京都市バス普通乗車券、昭和7年頃、金拾銭、裏面無地、右書表示、のりかえに入鋏有り、左上1番の断線切離。

バス路線1系統の、祇園石段下が、描かれていますので、昭和7年以降の券で、
同じく1系統は、第二中学校前迄でしか描かれていませんので、昭和7年頃の券だと思われます。
   
切符サイズは、4.8×11.1センチの透かし付きの軟券。


京都市バス普通乗車券、昭和8〜13年頃、金拾銭、裏面無地、右書表示、のりかえに入鋏有り。

バス路線8系統の、千本十条が、描かれていますので、昭和8年以降の券で、
バス路線18系統の、西大路松尾が描かれていませんので、昭和13年以前の券だと思われます。
   
切符サイズは、4.8×11.3センチの透かし付きの軟券、上下共に本乗車券ハ電車ニ乗継出来マセヌの注意書き有り。

上記のそれぞれ記載の、系統番号はその時代での番号です。
よって、年代が変わる事により、同路線でも系統番号が前後して、異なっている路線も、発生しております。



京都市トロリーバスと市電の乗継乗車券=茜堂

茜堂-乗継乗車券 京都市トロリーバス(無軌条電車)と、京都市電の珍しい乗継乗車券を紹介します。
無軌条電車とは、線路を持たない電車で、姿形はバスですが屋根のポールから、架線を使い電気で動く車両の事です。

茜堂-トロリーバス乗継乗車券
京都市電気局(現、京都市交通局)の、
無軌条電車(トロリーバス)が、開業したのは、

昭和7年4月1日で、四条大宮〜西大路間で営業距離は、僅か1.6Kmでした。

最終的には、西大路〜松尾橋まで延伸されましたが、
昭和44年10月1日に、全線廃止されました。


無軌条電車・電車乗継乗車券、金5円、年代月不明14日。
淡黄地肌に淡青線描きの白縁括りで、菊の花葉と鳥の飛翔柄の、簡易透かし風の地紋が、施されています。

京都市交通局となったのが、昭和22年12月17日で、梅津より延伸されたのが、昭和37年5月1日である事から、
昭和22年12月17日〜昭和37年4月30日の間の、券と思われます。
   
切符サイズは、7.2×4.7センチの軟券。



戦前戦中の京都市電市バスの対応差額乗継券=茜堂

茜堂-戦前戦中の乗継券 京都市電から市バスへの乗継乗車が可能な、京都市電市バス対応差額乗継券を紹介します。
市バス料金に対応する、差額料金が発生します。

茜堂-バス対応差額乗継券

京都市電市バス対応差額乗継券(裏面無地)、右書表示
年代不明(天神前が記載されているので、昭和12〜16年の間と思われます)3月2日午後6時。

右上の破線は京阪線、師團(団)前は現在の藤森駅、この事からも終戦迄の券で有る事が、判明出来ます。
券面には、「差額料金にてバス乗車後は再び電車に乗れません」の、注意書きが明記されています。
   
券面サイズは、4.5×10.5センチの軟券。

茜堂-バス対応差額乗継券

年代不明、8月8日の京都市電市バス対応差額乗継券(裏面無地)、右書表示

券面には、「此の切符で市バスへ御乗車のときはバス料金との差額をお払い下さい」と、
その後に「御乗継は交差点又は分岐点に限ります」の、注意書きが明記されています。
   
券面サイズは、4.4×10.7センチの軟券。

茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券 茜堂-バス対応差額乗継券

上から右へ昭和15年7月4日、昭和15年7月19日、昭和15年7月23日、昭和15年9月9日、
昭和15年12月12日発行の、それぞれ京都市電市バス対応差額乗継券、右書表示。
下段右の券の裏面には、
大蔵省、支那事変の国債の公共広告が有ります
   

券面サイズは共に、4.5×11センチ前後(下の4枚は縮小画像です)の軟券。

茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券(裏面広告)
裏面に、公共広告が付いている、
乗継ぎ乗車券。
裏面に、公共広告有り。
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券

上から右へ昭和16年2月16日、京都市電市バス対応差額乗継券、右書表示
裏面には、市電
連絡切符販売開始の広告が有ります。市電からは十二銭の片道のみ、社線からは片道と往復の発売。

昭和16年2月23日、昭和16年12月20日、昭和16年12月24日、昭和16年12月27日発行券、右書表示。
最後の3枚は、太平洋戦争開戦直後の、
京都市電市バス対応差額乗継券です
   

券面サイズは共に、4.5×10.5センチ前後(下の4枚は縮小画像です)の軟券。

茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
かなり、サイズが小さくなりました。
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券

上から右へ昭和17年5月31日、昭和17年10月11日、戦時中の京都市電市バス対応差額乗継券(裏面無地)
上の5月の券は右書表示ですが、次の10月の券では、現在の左書表示に変わっています。
また、戦時物資の節約政策によって、券面サイズが小さくなり、紙厚も極端に薄くなっています。


昭和17年10月13日、昭和17年10月15日、昭和17年10月24日、昭和17年11月4日発行券。
   
券面サイズは、4.5×10.5センチ前後から、4×9.4センチ前後になっています(下の4枚は縮小画像です)。軟券。

茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券(裏面広告)
裏面に、公共広告有り。
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券 茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券

上から右へ昭和17年11月7日、戦時中の京都市電市バス対応差額乗継券(裏面無地)
裏面には、京都市電、市バスの交通調査の告知広告が、有ります。当日実施されたか、順延かは不明です。

昭和17年12月1日、昭和17年12月14日、昭和17年12月27日、昭和17年12月28日、昭和17年12月29日発行券。
   
券面サイズは、4×9.4センチ前後になっています(下の5枚は縮小画像です)。かなり薄い軟券。

茜堂-バス対応差額乗継券
茜堂-バス対応差額乗継券

上から、昭和18年4月9日。昭和18年6月21日(事故乗継券)、戦時中の京都市電市バス対応差額乗継券(裏面無地)

下の券では、券面サイズが微妙に小さく見えますが、実は上の券が通常より、少し大きくなっています
上の券の右下部には、断切り用の当り線が出ていますので、
断裁が雑になっている証拠で、時期的にはサイズに2〜3ミリの、誤差が発生している様です。
   

昭和18年6月21日の券は、事故による、珍しい京都市電市バス乗継ぎ券。
券面サイズは、下の券で4×9.3センチ前後になっています。かなり薄い軟券。




戦後からの京都市電の乗継券=茜堂

茜堂-戦後の乗継券 戦後からの、京都市電の乗継乗車を紹介します。上の券類とは異なり、市バスへの乗継ぎは対応していません。
内容も、従来と違い駅名表示が大幅に割愛され、簡素にレイアウトされています。

茜堂-電車乗継券

京都市電専用乗継券(裏面無地)、昭和29年3月1日以前、詳細年月不明4日。

白川線(銀閣寺道〜天王町)が、まだ描かれていませんので、昭和29年3月1日以前の券。
狭軌の北野線(京都駅〜北野)が、描かれています。

   

券面サイズは、4.1×9センチの軟券。

茜堂-電車乗継券

京都市電トロリーバス乗継券、昭和36年8月1日以降、昭和44年9月30日以前の間、詳細年月不明29日。

狭軌の北野線(京都駅〜北野)が、描かれていませんので、廃線後の昭和36年8月1日以降の券。
昭和33年12月1日廃止の、梅津線が描かれていますが、
これは市電線では無く、トロリーバスの梅津線(西大路四条〜松尾橋、昭和44年10月1日廃止)で、
形態はバスですが電気で動く為、市電扱いのトロリーバス(無軌条電車)線を、表示している事が分かります。
   
券面サイズは、4.5×9.5センチの軟券。

茜堂-電車乗継券

京都市電専用乗継券(裏面無地)、昭和45年4月1日〜昭和47年1月22日の間、詳細年月不明30日。

伏見線(京都駅前〜中書島)、稲荷線(勧進橋〜稲荷)が、描かれていませんので、廃線後の昭和45年4月1日以降の券。
四条線(四条大宮〜祇園)、大宮線(四条大宮〜九条大宮)、千本線(四条大宮〜千本北大路)が、描かれていますので、
昭和47年1月22日以前の券。
   
券面サイズは、4.8×9.6センチの軟券。



終焉迄の京都市電の乗継券=茜堂

茜堂-終焉迄の移ろい 昭和53年8月31日から、廃止最終日の9月30日迄の、31枚の電車乗継券で綴る、カウントダウンをご覧下さい。
尚、掲載画像は、掲載スペースを鑑みて、それぞれ縮小率が異なっています。

茜堂-電車乗継券

京都市電専用乗継券(裏面無地)、昭和53年8月31日。

上の券と比べてみると、実に寂しげな路線図です。京都駅前からと外周のみが描かれている、最終期の電車乗継券。
券面サイズは、4.8×9.5センチの軟券。
   
以下、ラストランに向けて、続きの電車乗継券を紹介致します。

茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券

昭和53年9月1日〜24日までの電車乗継券、全線廃止最終日迄あと6日。以下に続く。
   

券面サイズは共に、4.8×9.5センチ前後になっています(掲載画像は縮小)。軟券。
尚、断裁がアバウトな為、それぞれの大きさには若干のバラツキが有ります。

簡素な模造紙に刷られた、電車乗継券ですが、京都ならではの侘び寂びを、感じさせてくれると共に、
赤刷りの日数字が、京の雅さを演出してくれています。

茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券 茜堂-電車乗継券
茜堂-電車乗継券

昭和53年9月25日〜29日までの電車乗継券、全線廃止最終日迄あと1日。以下に続く。
   

券面サイズは共に、4.8×9.5センチ前後になっています(画像は縮小)。軟券。
尚、断裁がアバウトな為、それぞれの大きさには若干のバラツキが有ります。

いよいよ明日が、最終日。

茜堂-最終日券
茜堂-電車乗継券
昭和53年9月30、
電車乗継券、廃止最終日券。

昭和53年9月30日、全線廃止最終日の電車乗継券。
券面サイズは、4.8×9.5センチの軟券
   
最後のおさらい、電車乗継券とは、随時発生する電車の運行調整等による、系統変更や折返しの場合や、
また、入庫や車両故障、車両事故等で、運転が打切りになった場合等に、乗務員から下車時の乗客に手渡される、
乗継き乗車の、運賃無料保証の切符となります。

最終日の昭和53年9月30日は、土曜日。車内は別れを惜しむ乗客で、朝から満員状態。
昭和53年9月30日を最後に、残っていた、河原町、七条、東山、北大路、西大路、九条線の6路線が廃止。
   

昭和53年10月1日、京都市電全線廃止となりました。




掲載写真は、茜堂による原盤ネガ及び現品からの画像の為、無断複写は禁じております。また切符縮尺は均一ではございません。
市電とは市営電車の略称ですが、市街電車或は市内電車の略称でも有り、私鉄も含まれています。

解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた、不利益につきましては、
茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   
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