心の故郷京都の入場券と乗車券/茜堂
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京都駅の国鉄とJRと近鉄の入場券=茜堂

京都は茜堂が社会人となっての初赴任地で、京都市電や京福嵐山線や北野線、叡山線に鞍馬線、京阪京津線などを堪能していました。
京福は、当時は可愛いポールを立てて、寺院前や緑の山中を軽快に走っていました。
京阪京津線では、一部京都側に併用軌道が有り、二両編成の電車が路面電車さながら、自動車と共に走っていました。

   

梅小路機関区に、全国の形式代表のSL達が、国鉄制作のPR映画撮影の為に集結し、
その後、選抜SL達が梅小路機関車館に戻り、在籍する様になったのも、京都にいた頃の、五年間の出来事です。
社会人になってからも、出張や有給休暇を使っての早がけで、SLの撮影等に励んでいた頃が、つい最近の事の様に、懐かしく感じます。
   
京都駅は、明治10年2月6日に開業して、昭和60年4月1日には、切符類の軟券化が成されています。

茜堂-京都駅の入場券
茜堂-京都駅貳銭赤線入場券
茜堂-京都駅五銭赤線入場券

大正3年9月14日、(下り)京都驛入場券、貳銭券、循環符号04、2番窓口、鉄道院。
大正13年11月4日、(上り)京都驛入場券、五銭券、循環符号09
、2番窓口、鉄道院。

一般的に、無日付券での発行は、大正9年2月1日からの、左書き改定券が、出だした後(詳細年月日不明)と、言われていますが、
真中の左書き改定入場券には、以前の右書き入場券に有る、上り下りのホーム指定が、まだ残されていますので、
改定初期の券だと、判断出来ますが、4年9ヶ月が経過しても、ダッチングマシンでの、ダッチングが施されています。
   

茜堂-京都駅五銭赤線入場券 茜堂-京都駅五銭赤線入場券
茜堂-京都駅五銭赤線入場券
茜堂-京都駅五銭赤線入場券
茜堂-京都駅五銭赤線入場券(券売機)

無日付時代券(開始時期不明)、大正末期(以下同様)、京都驛入場券、五銭券、循環符号09、2番窓口、鉄道院。
京都驛入場券、五銭券、循環符号02、2番窓口、鉄道院。京都驛入場券、五銭券、循環符号07、2番窓口、鉄道院。
京都驛入場券、五銭券、循環符号10、2番窓口、鉄道院。京都驛入場券、五銭券、自動券売機券、4号機、鉄道院。

こちらの入場券には、それぞれ、ダッチング(日付)が有りませんが、廃札では有りません。
大正9年2月1日からの、左書き改訂券が出だした後に、無日付券となり、日付を付けない状態で、発券される様になりました。
   

茜堂-京都駅拾銭赤線入場券

無日付時代券(昭和5年1日開始)、京都驛入場券、拾銭券、循環符号03、2番窓口、鉄道省。

昭和5年4月1日、県庁所在地、で年間入場人員10万人以上の1等駅の、京都を含む27駅の料金が、10銭に値上げされ、
表示が「拾銭」となり、これを10銭1期券と致します。10銭2期券では、表示が「十銭」に変わります。
以前より、10銭で有った、東京駅、上野駅、大坂駅を含めると、全国30駅が10銭になりました。
   

茜堂-京都駅10銭赤線入場憩券

昭和8年12月22日、京都驛入場券、10銭券、4番窓口、鉄道省。

昭和5年4月1日からの、拾銭1期券の後に発行された、10(算用数字)銭3期券(詳細年月日不明)より、日付が復活しています。
算用数字表記の赤線10銭3期券から「客車内に入らぬ様にして下さい」の文言が、裏面より表に表記されています。
昭和17年4月1日、全駅が10銭となり、注意書が「客車内に立入る事はできません」と、表現がきつく変更されました。
   

茜堂-京都駅10円赤線入場券(4期) 茜堂-京都駅10円赤線入場券(4期裏)
茜堂-京都駅10円赤線入場券(4期)
茜堂-京都駅10円赤線入場券(5期) 茜堂-京都駅10円赤線入場券(5期)
茜堂-京都駅10円赤線入場券(5期裏)

昭和39年3月12日、京都駅入場券、10円券、国鉄、大阪印刷場4期券。
昭和40年10月1日、京都駅入場券、10円券、国鉄、大阪印刷場4期券。
昭和40年12月11日、京都駅入場券、10円券、国鉄、大阪印刷場5期券。
昭和41年1月1日(赤線入場券最後の年のお正月)、京都駅入場券、10円券(自動券売機券)、国鉄、大阪印刷場5期券。

大阪印刷場4期券の裏面には、発行駅名が表示されて、5期券の裏面には、発行駅名が表示されていません。
大阪印刷場の、4期券と5期券の様式では、表面を見る限り、同様式ですが、裏面に発行駅の記入の有無によって、別様式と判断します。
但し、大きな駅では、駅名の前後に窓口表示と、循環符号が付きますので、表面だけでも、4期券と5期券の様式の区別が可能です。
   
赤線入場券は、この5期券を以て、昭和41年3月4日を最終日として、廃止されます。
   

茜堂-京都駅20円入場券
茜堂-京都駅20円入場券

昭和42年1月10日、20円券(新幹線東乗換口)、昭和43年9月15日、20円券、京都駅入場券、国鉄、大阪印刷場1期券。

尚、当駅では末期頃迄、20円1期券が使用されていますので、20円2期券は、発行されずに終了した物と思われます。
   


茜堂-京都駅30円入場券
茜堂-京都駅10円小児入場券

昭和49年10月1日、京都駅入場券、30円券(新幹線東乗換口)、国鉄、大阪印刷場2期券。
昭和49年10月1日、京都駅入場券、小児10円券(新幹線東乗換口)、小影、国鉄、大阪印刷場小児10円券。

左の券の裏面には、旅客車内に立入る事は出来ません。の表記が記され、右の小児券には、表面に記されています。
   

茜堂-京都駅60円入場券

昭和52年8月6日、京都駅入場券、60円券(新幹線東乗換口)、国鉄、大阪印刷場1期券。

上段の入場券共々、新幹線東乗換口改札場、ラッチ内発行の入場券で、丸換と丸東の符合がその証しです。
   

茜堂-京都駅120円入場券

平成1年8月14日、京都駅入場券、120円券、JR東海。

新幹線口の入場券は、JR西日本扱いではなく、JR東海が管轄しています。
因みに、JR東海の東海道新幹線に於ける、管轄区間は、東京駅〜新大阪駅となっています。
新幹線口の入場券のみ、JR西日本では無く、JR東海の管轄なので、当然の事乍ら、名古屋乗車券管理センター(旧名古屋印刷場)券です。
   

茜堂-京都駅120円入場券(1.11.11) 茜堂-京都駅120円入場券(2.2.2) 茜堂-京都駅120円入場券(3.3.3)
茜堂-京都駅120円入場券(5.6.7)
茜堂-京都駅120円入場券(3.4.5) 茜堂-京都駅120円入場券(6.6.6)

平成1年11月11日、平成2年2月2日、平成3年3月3日、京都駅入場券、120円券、JR西日本。
平成3年4月5日、平成5年6月7日、平成6年6月6日、京都駅入場券、120円券、JR西日本。

前の4枚の切符のダッチングは、印字機による物ですが、それぞれ日付け並びの記念入場券として、専用の台紙(タトウ)が付属しています。
後ろの2枚の切符は、次の切符と同じ日付け一体印刷です。勿論、こちらも専用の台紙が付属しています。
   
紙質は従来のマニラボールの板紙から、純白のカード紙に変わりました。
尚、JR西日本では平成5年1月31日を最後に、常備の活版印刷による硬券入場券は、廃止されています。
   

茜堂-京都駅120円入場券(7.7.7)

平成7年7月7日、京都駅入場券、120円大人専用券(日付ゾロ目の記念券)、JR西日本。

平成に入り、年号が一桁である事も幸いし、やたらと日付語呂合わせ的な、硬券入場券が、台紙(タトウ)付きで各駅で発売されますが、
そんな中、777は縁起が良いとの事で、切符ファン以外の人達にも、人気を博しました

紙質は、従来の板紙では無く、カード紙が使用され、印刷方式も、通常の活版では無く、オフセット(平版)印刷になっています。
   

茜堂-京都駅120円入場券(時間制限)

平成6年7月25日、新幹線京都駅入場券(JR海マーク欠落券)、120円大人専用券、時刻制限入場券(発売時刻未記入)、JR東海。

券面には、海マークが付いていませんが、JR東海の券です。
入場券には、不正使用防止の為に、JR東海では平成6年4月1日から、2時間の時間制限が、設けられていますので、
自動改札機券でしたら、超過した場合、確実に改札の扉は閉まり出場出来なくなり、追加料金として、同額が必要となります。
   
後は、有人窓口の駅員さんの温情にすがるか、差額を支払うかです。
実際の所は、不正使用の抑止であって、硬券の場合、発売時間をわざわざ、発売窓口で記入する例は余り無く、
概ね、未記入での発券が多いので、硬券の場合では、出場時は暗黙の自己申告が、現状の様です。

茜堂-近鉄の入場券
茜堂-近鉄京都駅10円赤線入場券 茜堂-近鉄京都駅20円赤線入場券

昭和40年7月26日、京都駅入場券、10円券。昭和42年4月2日、京都駅入場券、20円券、近畿日本鉄道。
   

茜堂-近鉄京都駅40円入場券
茜堂-近鉄京都駅20円入場券 茜堂-近鉄京都駅30円入場券
茜堂-近鉄京都駅60円入場券 茜堂-近鉄京都駅70円入場券 茜堂-近鉄京都駅100円入場券

昭和43年1月2日、京都駅入場券、20円券、近畿日本鉄道。昭和46年6月11日、京都駅入場券、30円券、近畿日本鉄道。
昭和50年2月28日、京都駅入場券、40円券、近畿日本鉄道。昭和53年4月20日、京都駅入場券、60円券、近畿日本鉄道。
昭和54年10月23日、京都駅入場券、70円券、近畿日本鉄道。平成3年1月1日、京都駅入場券、100円券、近畿日本鉄道。
   

茜堂-近鉄京都駅120円入場券 茜堂-近鉄京都駅150円入場券(時間制限)

平成5年6月13日、京都駅入場券、120円券、近畿日本鉄道。
平成13年9月7日、京都駅入場券、150円券、入場時間制限入場券(発売時刻未記入)、近畿日本鉄道。

京都駅には、JR西日本の他に、新幹線のJR東海、近畿日本鉄道と、地下鉄の京都市交通局の、4社が乗入れています。
京都駅を、起点とする近鉄奈良線は、丁度、新幹線の真下に位置し、2階部分に、改札口とホームを有しています。
自動改札機券でしたら、時間超過した場合、確実に改札の扉は閉まり出場出来なくなり、追加料金として、同額が必要となります。
こちらの場合も後は、有人窓口の駅員さんの温情にすがるか、差額を支払うかです。
   

茜堂-近鉄京都駅150円ご当地入場券(表)
茜堂-近鉄京都駅150円ご当地入場券(裏)

平成28年9月7日、京都駅入場券(ご当地入場券)、150円券、入場時間制限入場券(発売時刻未記入)、近畿日本鉄道。

京平成28年5月28日、京都駅入場券、150円、京都駅8k方、近鉄。
旅の記念品とする、各駅ゆかりの名所や、動物等のイラストをあしらった、専用台紙(タトー)付き、大人150円、小児80円券。
平成27年9月1日から、10駅で発売され、平成28年4月1日に、第2弾として更に10駅が増えています。

大阪難波駅、大阪上本町駅、鶴橋駅、大和八木駅、東花園駅、生駒駅、近鉄奈良駅、京都駅、大久保駅、大阪阿部野橋駅、
古市駅、飛鳥駅、吉野駅、近鉄名古屋駅、湯の山温泉駅、榊原温泉口駅、宇治山田駅、鳥羽駅、鵜方駅、賢島駅の20駅で発行。
尚、鳥羽駅のみ、大人140円、小児70円券となっています。



京都の乗車券に急行券、特急券=茜堂

京都の国鉄や近鉄関連の乗車券や、特急券に急行券等を紹介致します。

茜堂-京都駅の乗車券
茜堂-乗車券(近江八幡より) 茜堂-乗車券(鶴橋行き) 茜堂-近鉄金額式乗車券(160円)

昭和17年1月4日、近江八幡〜京都、一般式片道乗車券(よりゆき)、3等、60銭、近江八幡驛発行、鉄道省、GJR赤地紋、戦時中。
昭和50年3月30日、京都〜鶴橋、天王寺(からゆき)、天満経由、140円、小影入り、京都駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和51年1月15日、京都〜160円区間、金額式片道乗車券、80円、小影入り、京都駅発行、近鉄、社地紋。

中の券は「鶴橋・天王寺ゆき」では無く「鶴橋・天王寺間ゆき」と「間」の文字が挿入されています。
   

茜堂-乗車券(三ノ宮より)
茜堂-乗車券(東京行き)英文字併記 茜堂-乗車券(札幌市内ゆき)

昭和13年4月20日、京都〜東京、(よりゆき)、英文字併記、東海道線経由、2等、11圓28銭(税90銭)、京都驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
昭和17年5月13日、三ノ宮〜京都、(よりゆき)、3等、1圓55銭、三ノ宮驛発行、鉄道省、GJR赤地紋、戦時中。
昭和50年12月20日、京都市内〜札幌市内、(からゆき)、東海、東北、函本経由、6010円、京都駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

右の券は、D51 603号機が、綺麗な姿で登場したと聞き、最後の雪の蒸機を拝もうと、東京経由で出掛けた時の記念の券です。
あれから四半世紀以上も経ち、もう逢え無いと思っていた蒸気達が、今や復活して活躍しているなんて、想像すら出来ませんでした。
最終日は、拝まずに帰京致しています。尚、ダッチングがズレて、昭和60年の様に見えますが、昭和50年の日付です。

茜堂-奈良電の乗車券
茜堂-奈良電気鉄道乗車券(新田辺ゆき)

昭和12年1月2日、京都〜新田辺、42銭、乙片綴り穴用黒点付き、京都駅(奈良電気鉄道)発行、奈良電気鉄道、社地紋。

奈良電気鉄道(奈良電)は、昭和38年10月1日に、近畿日本鉄道に合併され、現在の、近鉄京都線となりました。

茜堂-京都駅の急行券特急券
茜堂-赤斜線1特別条急行列車券(400粁)

昭和6年11月26日、特別急行列車券、京都〜400粁迄、三等、1圓30銭、京都驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

特別急行列車券の名称は、理由は不明ですが、急行列車券共々、幾度も変更が繰り返されています。
名称の変更は、最初に制定された「特別急行列車券」から、大正4年3月1日に、一旦「特別急行券」へと改称されます。
その後、大正9年2月1日には、再び「特別急行列車券」と「急行列車券」に、戻されています。
   

茜堂-赤斜線2条急行券(500哩) 茜堂-赤斜線2条急行券(500粁)

昭和4年11月4日、普通急行列車券、京都〜500哩(804.672Km)迄、三等、1圓、京都驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和10年8月1日、普通急行券、京都〜800粁迄、3等、1圓、京都驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

距離表示には、それぞれ「哩(マイル)表示」と「粁(キロメートル)表示」が、使われていますが、
大正12年7月頃から、特急、急行券では哩表示が使われ、501哩以上(三条)、500哩迄(二条)、250哩迄(一条)の、三地帯制となり、
昭和5年4月1日には、粁表示に変わり、801粁以上(三条)、800粁迄(二条)、400粁迄(一条)の、三地帯制となります。
   
当券の500哩(マイル)は、804.672Kmですから、800粁は、近似値乍ら、4.672Km短くなっています。
   

茜堂-赤縦線2条急行券(1等)

昭和36年7月20日、普通急行券、京都駅〜301Km以上、1等、720円、税2割共、京都駅発行、国鉄、JNR緑地紋。
   

茜堂-条急行券(1000Km)
茜堂-条急行券(100Km) 茜堂-条急行券(200Km)
茜堂-条急行券(201Km以上)

昭和41年3月26日、急行券、京都駅〜1000Km、2等、400円、京都駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和46年5月1日、急行券、京都駅〜100Km、100円、京都駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和48年12月11日、急行券、京都駅〜200Km、200円、大阪駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和50年10月16日、急行券、京都駅〜201Km以上、400円、京都駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

どちらも完全常備の急行券ですが、左側の券の発行駅は、乗車駅と同じ京都駅ですが、右側の券のみ、発行駅は大阪駅となっています。
   

茜堂-新幹線自由席特急券 茜堂-新幹線遅れ承知特急券

昭和50年11月12日、新幹線自由席特急券、京都〜岡山、1000円、京都駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和46年5月1日、新幹線遅れ承知特急券、京都〜浜松、京都駅発行、1250円(割引)、国鉄、JNR赤地紋。

どちらも、完全常備の新幹線特急券です。右側の券は、既に遅れが発生し、以降も、遅延の修復不可能な列車に対して、
乗客了承の上に発行された、遅延に対する、払い戻し不能の特約付きの、新幹線特急券です。

茜堂-近鉄の特急券
茜堂-近鉄特急券(赤横1条) 茜堂-近鉄特急券(黒横2条)

昭和44年12月29日、京都〜奈良、特別急行券、100円、京都駅発行、近鉄、社地紋。
昭和45年12(2が欠落)月19日、京都〜鳥羽、特別急行券、350円、京都駅前交通公社発行、近鉄、社地紋。

右側の年代を良く見ると、45年と、46年の表記が有る。
ダッチング(昭和45年1月19日)が、正しければ、乗車年月日は、翌年の昭和46年1月5日と、一年程の間隔が開いています。
恐らく発行日は、昭和45年12月19日だと思われる。何らかの理由で12月の2が欠落し、1月の表記になったのではと推測されます。


近鉄(近畿日本鉄道)京都線は、京都駅〜大和西大寺駅、奈良線近鉄奈良駅を結び、その横を、JR奈良線の京都駅〜奈良駅が、並走しています。
競合路線となりますが、元々、近鉄の方が優勢で、近鉄特急や急行に対し、JRでは快速で対抗していますが、
やはり利便性や運行本数、そして乗客数から見ても、圧倒的に近鉄に軍配が上がっています。
   
近鉄線の利便性の一つに、京都市営地下鉄烏丸線からの、相互直通乗り入れが上げられます。
地下鉄烏丸線からは竹田駅を介し、近鉄京都線経由で、近鉄奈良線の近鉄奈良駅間を、運行しています。



連合軍切符など変り物の切符類=茜堂

京都駅や近隣駅発行の珍しい切符や、使用頻度の低い切符、バス関係や定期入場券等を、収録しています。
日本が先の戦争に破れ、米軍を主体とした連合軍が、進駐軍として日本にいた時代を、
切符は歴史の一コマとして、如実に語り掛けてくれます。

茜堂-連合軍専用の急行券
茜堂-連合軍専用の急行券(赤斜2条)

昭和27年6月24日、京都〜600Km、1002列車(連合軍専用列車)、京都駅発行、国鉄、JNR青地紋。

一般の2等普通急行券に「1002」と「26.JUN.1952」の押印が有る。連合軍専用列車廃止間近の、上り1002列車券。
列車番号1002の押印部に、京都の押印(訂正印)が有る所を見ると、別の急行に振替えられている様です。
   
1002列車(愛称=Dixie Limited=南部特急の意)は、進駐軍の乗車を目的とした、3番目の特殊列車(連合軍専用列車)として、
昭和21年3月31日〜昭和29年9月30日迄、1001・1002列車として、東京〜博多間で運用されました。
   
昭和27年3月31日以降は、連合軍によるROT(鉄道司令部)が、廃止され、Dixie Limited(南部特急)の愛称は特殊列車に改称されます。
販売制限は有りましたが、日本人にも開放されるようになりました。
昭和29年10月1日からは、日本人が乗車する、東京〜佐世保間の普通急行列車「西海」となります。
   

茜堂-連合軍専用の急行券(赤斜2条)

昭和29年5月2日、京都〜600Km、1006列車(連合軍専用列車)、京都駅発行、国鉄、JNR青地紋。

一般の2等普通急行券に「1006」と「2.MAY.1954」の押印が有る。連合軍専用列車廃止間近の、上り1006列車券。
1006列車(愛称=Allied Limited=連合軍特急の意)は、進駐軍の乗車を目的とした、最初の特殊列車(連合軍専用列車)として、
昭和21年1月31日〜昭和29年9月30日迄、1005・1006列車として、東京〜門司間で運用されました。
   
昭和27年3月31日以降、連合軍によるROT(鉄道司令部)が廃止され、Allied Limited(連合軍特急)の愛称は特殊列車に改称されます。
販売制限は有りましたが、日本人にも開放されるようになりました。
昭和29年10月1日からは、日本人が乗車する、東京〜博多間の普通急行列車「早鞆(はやとも)」となります。

茜堂-特殊な切符
茜堂-乗車券(地紋上下異種)

大正3年4月26日、乗車券、京都〜櫻島.湊町間各驛、三等、金四十五銭、通行税壹銭、京都驛発行、右書表示、鉄道院、GIR濃淡赤地紋。

通常地紋の上半分が、濃色の地紋付きとなる、常備往復券を流用している、一般式片道乗車券
常備往復券には、この様な上半分濃色の様式が、制定(明治43年5月10日、達390公示、同日施行)されました。
   

茜堂-季節割引特殊乗車券.京都 茜堂-季節割引特殊乗車券.京都

季節割引特殊乗車券、4月4日迄、京都〜大津、三等、18銭、京都驛発行、表裏共紺文字印刷、鉄道院、GIR赤地紋。
季節割引特殊乗車券、4月16日迄、京都〜大阪、三等、68銭、京都驛発行、表裏共紺文字印刷、鉄道院、GIR赤地紋。

尚、発行時のダッチングは、全ての同券において施されて居りません。
昭和5〜6年頃の旅客層を狙った、季節割引券を多く発行していますが、中でも大阪地区では、珍しい様式券が発行されました。
   
三等の赤地紋券の中央に線を引き、括弧の数字を配しています。数字は(1)、(2)、(3)、(4)の4種類からなり、
表示(1)は、4月4日迄、年度によっては6日迄有効の通用券、表示(2)は、4月8日迄、年度によっては13日迄有効の通用券、
表示(3)は、4月16日迄有効の通用券、表示(4)は、4月22日迄有効の通用券で、当券は、4月16日迄有効の通用券となっています。
   

茜堂-京都駅.定期入場券

昭和29年5月16日〜6月15日、大判化前の定期入場券、京都驛、300圓、京都驛発行、裏面無地、国鉄、無地紋。

昭和33年10月1日から、定期入場券は大判化されました。規定では、表面に赤地紋が施される事となっていますが、
当券には、その痕跡は全く見当たりません。また、裏面は無地となっています。使用人氏名記載部分は、画像処理を施しています。
因に、一般の定期乗車券では、乗車しないで同駅での入出場は出来ません、別途、入場券が必要となっています。
   

茜堂-急行券(黒横2条)

昭和26年11月23日、普通急行券(戦後第一次券)、京都駅〜600キロ迄、3等、250円、西大路駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

列車急行指定券が廃止となって、急行券では、昭和24年9月12日より、地帯別(距離別)が復活します。
当切符では、料金部分の印刷が欠落
し、ゴム印が押印されています。
   
昭和26年11月1日の運賃改定に於ける、国会審議の遅れから、一部の券には、料金が印刷出来ず空白の侭、印刷が施され、
後日、運賃を手書きや、押印に依って処理をした券が、関西地区に多く発行されています。(情報提供=東京都 田中氏)
当券は、料金改定から23日めの発行券で、活版での運賃印刷が、間に合わなかった急行券となります。

   
距離表示黒二条アンダー線入り、普通急行券表示のアンダーラインは、赤線の代用です。
距離数に応じて、本数が変わります。詳しくは別途、 茜堂-黒横線引券  を、ご覧下さい。
終戦後に、赤線刷りをやめる事で、印刷度数を少しでも減らそうと、考案された資源節約型となる、地帯別の様式です。
   

茜堂-新幹線振替票 茜堂-新幹線振替票(裏)

昭和62年4月1日〜昭和63年3月31日、新幹線振替票、京都駅改札口発行、国鉄。(硬券の歴史頁にも掲載)

JR分社後、新幹線に於いて、経営エリアが相違する場合に、自社の営業利用乗客で有るという事を、各社が主張する為に用いられた券。
本票については、JR西日本発行の在来線乗車券を用いて、JR東海の新幹線に乗車する場合、
そのままでは、JR東海側の利益につながらない為、改札口にて当新幹線振替票を発行し、出札後互いに精算をします。
   
只、本票を新幹線改札口で、手渡すタイミングがつかめない事や、乗客が出札口で手渡さない事もあり、
本来の目的が達成されず、JR発足後一年足らずで廃止され、廃止以降は、特急券の販売実績にて、運賃を配分する様になりました。
   

茜堂-復路専用乗車券(京都〜山梨)

昭和54年8月4日、復路専用乗車券、京都〜山科、240円、京都駅改札口発行、国鉄、JNR青地紋。

京都駅を通過する乗車券を保有の上、京都駅より目的駅への路線より離れて、別の路線駅への行き来が、発生した場合等に発行されます。
裏面には「往路分の120円もいただいています。」の表記が、記されています。
   

茜堂-湖西特殊往復乗車券

昭和51年10月29日、湖西特殊往復乗車券、京都〜和邇(わに)、西大津、山科経由、280円、京都駅発行、国鉄、JNR濃淡青地紋。

湖西特殊往復券は、企画券の一種ですが、やはり往復券で有る以上、一般的に双方の経由表示は、同じで有るべきなのですが、
往券側には、西大津(平成20年3月15日、大津京駅に改称)経由となっていて、復券側には、山科経由となっています。
   
西大津駅(湖西線)は、分岐駅である山科駅の隣駅となります。双方の表示は、分岐駅である、山科経由で良い筈なのですが、
敢えて、西大津経由にする深い訳でも、有るのでしょうか、
もし、琵琶湖一周防止策ならば、復券も西大津駅にしなければ、辻褄が合わない様な気がします。
   

茜堂-国鉄バス乗車券(栂ノ尾ゆき)

昭和52年8月6日、京都(自動車経由)〜山城高雄・栂ノ尾、200円、国鉄バス、京都駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和12年3月5日開業、京鶴(けいかく)線、京都駅-四条大宮-千本丸太町-円町-等持院道-御室仁和寺-山城高雄-栂ノ尾-北山-周山駅、
平成7年4月3日より、高雄・京北線に改称されました。
   

茜堂-乗車券(東福寺から)

昭和37年6月29日、東福寺(社線)〜京都、2等、10円、東福寺駅(京阪委託)発行、国鉄、JNR赤地紋。

昭和32年12月27日、国鉄奈良線、東福寺駅開業。国鉄の東福寺駅は、京阪の東福寺駅に委託され、京阪の窓口発行で、
細かく言えば、京阪東福寺駅〜(国鉄東福寺駅乗換)〜国鉄京都駅の様な感じになります。

茜堂-職割切符
茜堂-近鉄職割切符緑斜2条(表) 茜堂-近鉄職割切符(裏)

平成7年11月2日、京都線、十條〜上鳥羽口(緑斜二条)、150円、復路券、近畿日本鉄道総務部発行、近鉄、社地紋。

裏面には、注意書きのスミ文字が、所狭しと表記され、自動改札機はとおれません、の赤文字表記の加刷あり。
駅発行ではなく、本社総務部発行の乗車券。

茜堂-不足運賃精算書
茜堂-不足運賃精算書

年月不明12日、不足運賃精算、60円、京都駅精算窓口発行、国鉄、無地紋、淡緑紙。

発駅や途中駅では「追徴」で、車内では「概算」となり、着駅では「清算」と呼び名が変わる。当券は、着駅での清算済みの証しです。
乗越し等の場合、着駅の精算窓口にて、元券を提出し差額運賃を清算し、本券を持って出場致します。

茜堂-団体旅客乗車票
茜堂-大阪万博専用団体旅客乗車票

大阪万博専用団体旅客乗車票、京都〜万国博東口(茨城経由)、片道券、日本交通公社福島営業所発行、国鉄、JNR赤地紋。

大阪万国博覧会(大阪万博、EXPO'70)は、昭和45年3月14日〜9月13日の183日間、大阪吹田市の千里丘陵にて開かれました。
日本で最初の国際博覧会と共に、国際博覧会史上アジアで、初めて開催された、国際博覧会でも有ります。

茜堂-旅行券
茜堂-旅行券(表) 茜堂-旅行券(裏)
茜堂-旅行券

昭和12年10月19日〜昭和13年10月18日迄有効、金壱圓也、京都驛発行。

通用1年間の、鉄道省旅行券の表紙、綴り裏表紙、中札には、本体の20銭の5枚綴りの、クーポン券構成。
使い勝手が良い為、戦後の国鉄旅行券に、引き継がれ、国鉄最終期のギフトカードや、オレンジカード等、時代に対応した技術と、
その形態を変え乍ら、現在のギフト対応等の旅行券に、反映されています。
   
昭和6年12月1日から発売され、淡褐色の表紙には、動輪マークの浮き出し(エンボス)が、施されています。
当1円券の場合の中身は、20銭の5枚綴りの回数券仕様となり、どの駅でもどの切符にも、換券可能となっています。
後に、戦時体制化にて、不要不急の旅行は制限され、鉄道省の券としては、昭和17年3月31日を最後に、廃止されました。
   
旅行券等の前払証票は、明治42年1月5日から始まった、乗車券引換証が有りますが、
こちらは、運賃の他に別途手数料5銭が掛かり、換券迄のプロセスが煩雑な為、贈答品としては余り歓迎されず、
上記の回数券と同じ、昭和17年3月31日を最後に、廃止されました。



各種乗車券、定期券、グリーン券=茜堂

京都駅発行の地図式乗車券、矢印式乗車券、金額式乗車券等、定期券、影入の切符や、グリーン券等を収録しています。
地図式では、等級時代の券とモノクラス時代の券を、矢印式では、両矢の券と片矢の券を、
金額式では、国鉄券、近鉄券、JR西日本券を紹介しています。

茜堂-地図式乗車券
茜堂-地図式、京都10円2等 茜堂-地図式、京都10円2等 茜堂-地図式、京都20円2等
茜堂-地図式、京都20円2等 茜堂-地図式、京都50円2等
茜堂-地図式、京都90円2等

昭和36年3月31日、昭和39年3月1日、地図式乗車券、京都〜10円区間、2等、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和40年10月10日、昭和43年7月27日、地図式乗車券、京都〜20円区間、2等、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和43年5月18日、地図式乗車券、京都〜50円区間、2等、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和41年5月22日、地図式乗車券、京都〜90円区間、2等、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。

20円2等券の同等同料金ですが、地図内容が異なっていますのは、後の運賃改定で、初乗り区間が短くなっているからです。
右上の券では、どうした事か、奈良線が欠落をしています。実は、稲荷駅迄は10円区間で、
その先の、桃山駅迄は30円区間となるからで、20円区間の該当駅が、無い為の措置となっています。
   

茜堂-地図式、京都190円 茜堂-地図式、京都190円 茜堂-地図式、京都210円

昭和45年12月5日、昭和46年7月24日、地図式乗車券、京都〜190円区間、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和45年4月6日、地図式乗車券、京都〜210円区間、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。

昭和44年5月10日に、等級制が廃止され、モノクラス制となり、券面から等級の文字が無くなりました。
その後、昭和51年11月5日を最後に、関西地域を管轄する大阪、天王寺局の地図式乗車券は、全て廃止されました。
当硬券では、運賃が変わる都度、図版が大きく変わる為、同じ活版印刷の他様式硬券と比べても、手間が非常に掛かっていました。

茜堂-からゆき式乗車券
茜堂-乗車券.京都〜大坂

昭和36年11月17日、矢印式乗車券(両矢式)、京都〜60円区間、山崎駅発行、国鉄、JNR地紋。

現在の「からゆき表示」となったのは、補充式乗車券が、昭和24年9月6日からで、常備乗車券は、昭和25年6月1日からとなります。

茜堂-片矢式乗車券
茜堂-矢印式(大阪〜京都) 茜堂-矢印式(京都〜向日町)
茜堂-矢印式(京都〜元町)
茜堂-矢印式(向日町〜京都)

昭和22年5月19日、矢印式片道乗車券、京都〜元町、6圓、等級発行駅省略券、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和25年10月12日、矢印式片道乗車券、大阪〜京都、55圓、等級発行駅省略券、大阪駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和32年6月23日、矢印式片道乗車券、京都〜向日町、3等、20円、向日町駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和33年8月7日、矢印式片道乗車券、向日町〜京都、3等、20円、向日町駅発行、国鉄、JNR地紋。

矢印式とは、発駅からの有効区間を、矢印で表示する券式で、矢印と言う、一目瞭然の記号が分かり易い、アイデア様式です。
世界には類の無い、我国唯一の、切符様式となっています。

茜堂-両矢式乗車券
茜堂-矢印式両矢(茨木〜山崎〜京都) 茜堂-矢印式両矢(二条・西大路〜京都〜稲荷)

昭和47年1月29日、矢印式乗車券(両矢式)、山崎〜茨木・京都、山崎駅発行、国鉄、JNR地紋。
昭和49年7月1日、矢印式乗車券(両矢式)、京都〜二条・西大路・稲荷、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。

矢印式には、片矢印と両矢印が存在し、両矢印式の乗車券では、一枚の切符で各方面への乗車券が賄えるので、
各種コストの面からしても、とても便利なアイデア乗車券となっています。

茜堂-暫定金額式乗車券
茜堂-暫定金額式30円 茜堂-暫定金額式30円券番0001

昭和41年3月5日、金額式乗車券(暫定)、京都〜30円区間、2等、京都駅発行、券番0001、国鉄、JNR地紋。

戦時の略式券として、昭和19年6月1日に、東京付近国電特定区間の軟券で、暫定的な金額式乗車券として、誕生しました。

茜堂-金額式乗車券
茜堂-金額式50円 茜堂-金額式310円 茜堂-金額式小児80円
茜堂-金額式小児60円
茜堂-金額式480円 茜堂-金額式510円

昭和51年1月3日、金額式乗車券、京都〜50円区間、京都駅発行、国鉄、JNR地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和45年10月1日からの、国鉄正規の様式として登場した、金額式片道乗車券です。
   

茜堂-金額式620円 茜堂-金額式120円 茜堂-金額式560円

昭和63年12月7日、金額式乗車券、京都〜620円区間、京都駅発行、JR西日本、JR西地紋。
平成1年1月11日、金額式乗車券、京都〜120円区間、京都駅発行、JR西日本、JR西地紋。
平成2年3月3日、金額式乗車券、京都〜560円区間、京都駅発行、JR西日本、JR西地紋。

国鉄から、JR西日本に変わっても、記号の□に西と西日本会社線の表示や、地紋以外の様式は継承され、全く変わっていません。

茜堂-近鉄の金額式乗車券
茜堂-近鉄金額式150円

昭和47年11月19日、金額式乗車券、京都〜150円区間、京都駅発行、近鉄、社地紋。

金額式の乗車券は、駅名が発駅しか記載されず、矢印で料金のみが、大きく表示されています。
後で、どの駅迄行けたのかが解らないので、あまり魅力を感じません。やはり乗車券には、2つ以上の駅名が券面に欲しい物です。
   
元々は、戦時中の紙資源対策や、運賃値上げ時の新料金乗車券が出揃う迄の、暫定的な繋ぎの乗車券として、使われていたのですが、
着駅の多くを印刷しないで済む、その便利な暫定的な金額式乗車券は、いつしかすっかり市民権を得て、随時発行される様になりました。

茜堂-京都の影入乗車券
茜堂-JRバス小影(福王子ゆき)

平成1年3月11日、京都〜福王子、小影、JR西日本バス(高雄・京北線)、京都駅発行、JR西日本、JR西赤地紋。

宇多野の御室、仁和寺近くの、福王子交差点に有るバス停、JRバスの他、京都市営バスでは8、10、特8系統が入っています。
   

茜堂-国鉄ハイウェイバス学影(京都〜東京) 茜堂-国鉄ハイウェイバス学影(京都〜東京)裏

昭和53年1月5日、京都〜東京、3760円、学影(裏面、身証第153号記載)、国鉄ハイウェイバス、京都駅発行、国鉄、JNR青地紋。

京都を夜に出発し、翌朝は東京と言う便利さから、学生の間では、当時人気のハイウェイバスでした。
特急券や急行券、寝台券も不要で、寝ている間に目的地に着ける。こんな便利で快適な空間は、当時の社会人にも重宝されていました。
   

茜堂-乗車券学影(東京都区内ゆき) 茜堂-乗車券学影(東京都区内ゆき)裏

昭和56年3月20日、京都市内〜東京都区内、4240円、学影(裏面、定期併用印)、京都駅発行、国鉄、JNR青地紋。

ご存知、学生達の必須アイテム学割切符です。
勿論、購入には「学校学生生徒旅客運賃割引証」つまり学割証明書と、その学校に所属する、学生証が必要です。
切符の中央に、誇らしげに、学の影文字が大きく効いています。

   

茜堂-定期券学生影(京都〜大阪)

昭和5年1月13日〜3箇月、京都〜大阪、24圓30銭、三等定期乗車券、学生影、京都驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。

常備の学生用三等定期乗車券、使用人名記載部分は、画像処理をしています。

茜堂-グりーン券
茜堂-グりーン券京都51Km以上

昭和49年11月9日、普通列車グリーン券、京都〜51Km以上、300円(税共)、京都駅発行、国鉄、JNR緑地紋。

京都時代の筆者は、週末の予定が無い時には、神戸の実家に戻っていましたので、その都度、国鉄線を利用していました。
月曜の出勤時には、快速が混むので、贅沢にもグリーン車を使い、そのおかげで、結構な枚数のグリーン硬券が、貯まってしまいました。
珠に、満席でグリーン切符に未使用の印を、車掌から頂いた時も有りましたが、こればかりは着駅で払い戻しです。
   
それが習慣になり、つい中近距離では、どこから乗っても、毎度、グリーン車に滑り込むという、悪い癖が付いてしまいました。
但、収集の目的が根底に有るので、それはそれで仕方が無かったと、納得する次第です。
   
良く考えれば、学生時代からグリーンを、使っていた事に気が付きました。青函連絡船です。
いつも乗船する時には、脇目も振らず普通グリーン席へまっしぐら、席を確保してから、急ぎ船内でグリーン券を購入します。
船名が印刷された、お目当ての硬券がゲット出来き、後は対岸まで、しっかりと睡眠を確保しておくだけです。
   
斯様に、茜堂では若かりし頃から、英知を絞り金を掛け、切符ゲットに邁進していたのです。




解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
掲載画像に就きましては、茜堂所蔵の絵葉書に、画像修正を施して居りますので、新たな著作権が成立して居ります。
無断複写や盗用等は、慎んで下さいます様お願い申し上げます。
   
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