故郷神戸沿線の切符と路面電車/茜堂

懐かしの阪国電車と切符類=茜堂

阪神国道線は、昭和2年7月1日、野田阪神電車前〜神戸東口間で運行が、開始されました。
国道2号(旧)に有る同路線は、阪急神戸本線、国鉄東海道本線と阪神本線との間に併行し、四路線が並ぶ様になります。
何故、阪神にとって、この国道線が別途必要で有ったのか、ここで少し触れておきます。

   
当時国鉄は中距離客を担い、後に開業した阪急神戸本線が、阪神との競合路線となった事から、更なる競合路線となる同国道線を、
経営戦略上、同じ近距離を担う他社に渡せなかったと言う、当時の時代背景が有りました。

   
国道線開業に名乗りを上げたのが、阪神電気鉄道(阪神)の他に、阪神自動車軌道、摂津電気軌道で、計三社。
阪神電気鉄道(阪神)は、阪神自動車軌道と共同出資し、阪神国道電軌を設立した事により、摂津電気軌道が撤退し、開業を迎えます。
その後同社は経営難から、翌年4月1日に阪神本社に経営統合されました。

茜堂-阪神国道線の切符類
阪国電車の愛称で親しまれた、阪神国道線の開業時の試乗券や、乗車券に通学定期券、惜別のさよなら招待乗車券等を、紹介します。
昭和49年3月17日の、国道線区間(上甲子園〜西灘)廃止記念招待券を以て、故里沿線での幕を閉じます。

   


茜堂-阪神国道線試乗券 茜堂-阪神国道線試乗券(裏)

昭和2年7月1日の開業日から、一カ月間有効の、全線(野田阪神電車前〜神戸東口間)一往復の試乗券、裏面には乗車の際の注意書。
サイズはA券より一回り大きく、6.2×3.6センチ、やや硬い軟券、右側の往券部にミシン目付き。

阪神71形、そのモダンな風貌から「金魚鉢」の愛称が付く。
このスタイルは後の、91形や201形にも、引き継がれました。
製造台数は汽車製(71〜75号)、川崎製(76〜80号)の計10両、
写真の80号は、ラストナンバー。
   
茜堂-阪神国道線定期券 茜堂-阪神国道線定期券
茜堂-阪神71形金魚鉢
揺られる事11駅間の乗車、乗降車時が冒険な、定期券。

森市場前電停(下り西灘行き)、停止線は敷石の上にマークされています。停留所も安全地帯は無く、ご覧のとおりのペインティング。
以前は、プラットホームが有ったとの事ですが、戦時対策で緊急滑走路用に撤去され、戦後も、そのまま使用されていた様です。

昭和43年7月、車の少ない早朝に撮影。幹線道路ですから交通量は多く、降車時には車掌が左手を出し、道行く車を止めていました。
背景の電信柱は、通称ハエタタキ、都会でも昔は有ったのです。上記の通学定期券は、キロ帯準常備式です。

   
筆者の学生時代には、バス通学を推奨されてましたが、私は頑に、安全地帯の無い、阪神電車の国道線を使っていました。
電車が見えると、歩道から車をかき分け走って行き乗ると言う、今から考えると、乗客にとっては、非常に危険きわまりない乗物でした。

茜堂-阪神国道線回数券
阪神国道線一区間回数券。
神戸(神戸東口駅=東神戸駅)〜大阪(西野田駅=野田駅)。
右書表示で、過渡期を含め、昭和2年7月1日の開業時の翌年より、
10年以内の物と推測される。
茜堂-阪神国道線手売り軟券

阪神国道線1区間(10銭)、右書表示(戦前)、手売り軟券、裏面無地、下り、上甲子園入鋏。
阪神国道線2区間(20銭)、右書表示(戦前)、手売り軟券、裏面無地、下り、西宮入鋏、裏面に昭和9年10月31日有効印。
阪神国道線1区間回数券、左書表示(戦後)、軟券、裏面無地、下り、尼崎入鋏。

阪神電車国道線の、壱區間(金拾銭)と、貳區間(金貳拾銭)の乗車券。裏面に通用9.10.31期限の丸印が、押印されています。
右側の券は、壱區間の回数券です。左二枚の乗車券は右書きですが、当回数券は左書きとなっていますので、
恐らく、戦後直ぐの券かと思われます。背景は1区間10銭券20枚の、画像濃度を押さえたイメージです。
   

茜堂-阪神国道線手売り軟券25円
茜堂-阪神国道線手売り軟券100円
茜堂-阪神国道線手売り軟券30円

阪神国道線1区間(20円)、手売り軟券、裏面無地、上り、野田行き。
阪神本線5区間・国道線1・2区間(100円)、手売り軟券、裏面無地、上り、梅田行き。
阪神本線・国道線特区(30円)、手売り軟券、裏面無地、連絡乗車専用券、梅田〜元町。
   

茜堂-阪神国道線手売り軟券35円
茜堂-阪神国道線手売り軟券90円

阪神本線・国道線2区間(35円)、手売り軟券、裏面無地、上り、梅田行き。
阪神本線・国道線7区間(90円)、手売り軟券、裏面無地、上り、梅田行き。
   

茜堂-阪神国道線手売り軟券20円
茜堂-阪神国道線手売り軟券10円

阪神本線・国道線特区、小児券(10円)、手売り軟券、裏面無地、上り、梅田行き。
阪神本線・国道線特区(20円)、手売り軟券、裏面無地、上り、梅田行き。

切符サイズは、全て微妙に寸法が異なっています。発行年月日の詳細は不明ですが、昭和40年代の中期頃の乗車券です。
   

茜堂-阪神国道線手売り軟100円
昭和46年7月25日、阪神本線5区間・国道線1・2区間(100円)、手売り軟券、裏面無地、
浜甲子園〜国道線1・2区間行き、浜甲子園駅発行。

阪神電車国道線と、阪神電車本線との共通切符も、含まれています。
最下段の乗車券は、甲子園線の始発駅浜甲子園発行の切符です。甲子園線は、集客路線でも有り乍ら、国道線の廃止に伴い、
浜田車庫へのアクセス路線が、絶たれる事となり、沿線住民の存続要望も上がったが、国道線と共に同日、廃止されました。

茜堂-国道線(上甲子園〜西灘)廃止
国道線の一部区間(甲子園〜西灘)が、惜しまれつつも、昭和49年3月16日に最終日を迎え、昭和49年3月17日に部分廃止されました。
以下の切符は、廃止記念の招待乗車券と、一般の乗車券です。

   


茜堂-国道線(上甲子園〜西灘)廃止招待券
茜堂-国道線(上甲子園〜西灘)廃止招待券(裏)

阪神国道線、昭和49年3月16日、廃止最終日(上甲子園〜西灘)記念招待券、国道線5区間60円の手売乗車軟券に、招待のゴム印を押印。

国道線5区間60円の綴り券、表に招待の押印。全区間の表示切符ですが、廃止区間は、裏面に押印記載あり。
裏面には阪神電鉄のマークと、49.3.17上甲子園〜西灘営業廃止、の押印。

上の乗車券は、招待券として最終日に乗客に配られ物で、当然の事乍ら、券面どうりの、通用発行当日限りの乗車券となりますが、
下の販売乗車券は、券面では、通用発行当日限り、との表記が有りますが、裏面のスタンプには、廃止最終日迄の有効期限になっています。

   

茜堂-国道線(上甲子園〜西灘)廃止招待券
茜堂-国道線(上甲子園〜西灘)廃止招待券
茜堂-国道線(上甲子園〜西灘)招待印

阪神国道線、昭和49年3月16日、廃止最終日(上甲子園〜西灘)記念記念乗車券、国道線1.2区間30円、手売乗車軟券。
阪神国道線、昭和49年3月16日、廃止最終日(上甲子園〜西灘)記念記念乗車券、国道線1.2区間小児用15円、手売乗車軟券。

国道線1、2区間30円、小児15円の綴り券、表に招待の押印。全区間の表示切符ですが、廃止区間は、裏面に押印記載あり。
それぞれ裏面には、49.3.17上甲子園〜西灘営業廃止と、有効49.3.16限の押印。

これらの乗車券は、記念乗車券的な内容になっていて、裏面には、昭和49年3月17日迄の有効期限等が、押印されています。


茜堂-国道線部分廃止スタンプ
図柄の1号型は、国道線開業時に30両が、製造されています。

リベットが特徴的な、鋼製の低床ボギー車で、前面は標準的な3枚窓。
車体は茶色で、側面中央に、金属製の大きな社章が装着され、
楕円形のナンバープレートが、正面とドア付近に、装着されていました。

昭和49年3月17日(最終16日)の、国道線の区間営業廃止(上甲子園〜西灘)記念のスタンプ(切符対比80%縮小)、野田駅にて。

茜堂-国道線.北大阪線.甲子園線廃止
国道線の残り区間(野田〜甲子園)と、北大阪線、甲子園線が、昭和50年5月5日に最終日を迎え、昭和50年5月6日に廃止されました。
これに因り、阪神の路面電車は、沿線より姿を消す事となりました。
以下の切符は、乗車一回限りの、さよなら路面電車の廃止記念乗車証です。

   


茜堂-阪神1形
北大阪線は野田〜天神六丁目の間を、
4.3Kmで結ぶ併用線で、大正3年8月1日に開業。

茜堂管理人が大学生の頃、
バイト先の某大手印刷会社の前にて、撮影。

上海老名停留所付近、阪神1形(17号、田中車両製)、この区間は他の路線と異なり、道路中央に架線柱を持つセンターポール方式です。
17号は、昭和22年3月の浜田車庫での、僚機30号の車両火災(全焼、廃車)に因って、被害(半焼)を被り、
復旧化の際、窓より下側がノーリベットになり、ウィンドウヘッダーが縮小化された、特異な形を持つ変形機です。

   

茜堂-さよなら路面電車

阪神国道線、北大阪線、甲子園線、昭和50年5月5日最終日、さよなら路面電車廃止記念乗車証、電車1回限り有効、やや硬い軟券。

茜堂-国道線.北大阪線.甲子園線廃止スタンプ
茜堂-国道線.北大阪線.甲子園線廃止スタンプ
左側の図柄の205号は、
201形の5番目の車両で、
全ての201形は、廃止最終日迄、
現役使用されていました。

右側の図柄は、夙川を渡る201型。

阪神国道線、北大阪線、甲子園線、昭和50年5月6日廃止、さよなら路面電車廃止記念スタンプ、二種類(切符対比80%縮小)、野田駅にて。
阪神の路面電車(併用軌道線)は、神戸市電と接する東神戸(敏馬)まで、線路も繋がり伸びていましたが、
昭和44年には、第二阪神国道(国道43号線)工事に伴い、東神戸〜西灘間は廃止撤去されました。

   

その後、昭和49年3月17日(最終16日)の、国道線の区間廃止(上甲子園〜西灘)に続き、
昭和50年5月6日(最終5日)には、残る三路線、国道線、甲子園線、北大阪線が、それぞれ廃止され、敷石に響く音も消えてしまいます。
   
余談では有りますが、現在編成物が運行されている、専用軌道の武庫川線(全長1.7Km)にも、路面電車が使用されていました。
武庫川の西の土手を、降りた所に一本の線路が走り、とても風情のあるシチュエーションでした。
今では考えられませんが、武庫川は水泳客の定番の地で、夏には多くの出店や水泳客で、賑わっていました。



懐かしの神戸市電の切符類=茜堂

東洋一の神戸市電と言われた、神戸市交通局の路面電車は、低床車両や鋼鉄車体を採用する等、先進的な技術を導入し、
女子車掌の採用や、安全面では、救助網にフェンダーストライカーを採用し、障害物を救い上げる機能を有し、
車体カラーも暗色系の多い中、緑とクリームの、モダンなカラーリングを施し、みどりの市電として、親しまれていました。
   
特筆すべきは、路面電車としては、日本初の転換クロスシートを採用した、ロマンスカー700形が上げられます。
それでは、大正6年8月1日から始まる、神戸市電の切符類を、以下に紹介致します。

茜堂-神戸市電の乗換券と乗継券
茜堂-神戸市電乗換券

大正9年5月6日、午後7時30分下車、乗換券、有馬道乗換、兵庫行き、右書き表記、神戸市電気局。
   

茜堂-神戸市電乗換券

大正13年6月12日、午後0時30分下車、乗換券、楠公前乗換、入江橋行き、神戸市電気局。
   

茜堂-神戸市電乗換券

年代不明(大正期と思われる)4月17日、午後9時下車、乗換券、右書き表記(バス路線無し)、神戸市電気局。

開業は、六大都市では最も遅く、大正6年8月1日に神戸電気鉄道を買収し、神戸市電気局として、市営軌道事業を開始します。
この時の、軌道延長は12.27Kmで、全盛期の半分以下から、スタートしています。
上段の切符は、神戸市電初期の券で駅名数から、当時の営業路線の少なさが読み取れます。
   

茜堂-神戸市電乗換券

昭和6年12月17日、乗換券、市バス併記券で赤線がバス路線です。市バス開業は昭和5年、神戸市電気局。

この乗換券の、時間表示部分は、時計盤表示となっていますが、
車掌が見辛く、パンチを入れ辛い為か、以降は今迄通りの時間表示に戻っています。
   

茜堂-神戸市電乗換券

昭和7年4月5日、乗換券、市バス併記券で赤線がバス路線です。神戸市電気局。

上の券と、この乗換券は神戸市バス(赤線の路線)との共用切符となります。
まだこの時期は、阪神国道線とは線路は繋がっておらず、春日野道電停が終点となっていました。
   

茜堂-神戸市電乗換券

昭和14年1月27日、乗換券、市バス併記券で、細線がバス路線です。神戸市電気局。

券面は、墨一色となり太線が電車路線で、細線がバス路線となります。
開戦を迎える為の、市の節約体制が伺い知れます。
   

茜堂-神戸市電乗換券
茜堂-神戸市電乗換券
茜堂-神戸市電乗換券
茜堂-神戸市電乗換券

年月不明、乗換券、8日と15日の券、神戸市電気局。

路線が、上筒井より原田まで延伸されていますので、昭和16年1月16日以降の券と言う事が解ります。
因みに、石屋川線の六甲口〜石屋川が、開業したのは、昭和28年10月1日で終点の石屋川には、石屋川車庫が設けられました。
   

茜堂-神戸市電乗継券
茜堂-神戸市電乗継券(裏)

年月不明(昭和17年5月19日以降)、電車乗継券、通用当日限り、表と裏、神戸市交通局。

晩年の神戸市交通局表記の、電車乗継券。また、券面表記が、乗換券から乗継券へと、変わっています。
因みに、昭和17年5月19日に、従来の神戸市電気局から、現在の神戸市交通局へと名称が変り、改組されています。

茜堂-神戸市電の交通調査票
交通調査票は、市電の輸送実態を明らかにする為の物で、どの駅区間を、何人乗車しているのかが分かる、様式となっています。
主な目的は、交通政策等を策定する為の、基礎資料を作成する事に有ります。
   

茜堂-神戸市電交通調査票

年月日不明、神戸市電気局の交通調査表。三宮にて乗車のパンチ痕有り。

乗車地の表記が、上筒井となっている事から見て、熊内1丁目〜上筒井間の、大正8年4月開業以降の物と判断できます。
また、それより延びる石屋川線が、表記されていないので、昭和16年10月1日以前の、発行と判断できます。
尚且つ、板宿線が無いので、昭和12年4月以前の、交通調査票だと言う事が、絞り込まれます。
   

茜堂-神戸市電交通調査表

年月日不明、神戸市電気局(市電、市バス)の交通調査表。
敏馬の表示から昭和8年9月21日以降の券。
画像は他の券より拡大率を押さえています。実券サイズ206×63ミリの大振りな軟券。

昭和8年9月21日に、神戸市電東部国道線(脇浜三丁目〜敏馬)が開業し、阪神国道線と繋がります。
線路は繋がっていましたが、双方の定期乗り入れは無く、花電車などの祭事期に乗り入れが有ったくらいです。

終着駅の敏馬(みるめ)電停は、その後、脇浜二丁目電停と名称が変わり、更に脇浜町電停と変わります。

茜堂-神戸市電の乗車券
神戸市電の優待乗車券や、無料パス、普通乗車券、回数乗車券や割引乗車券等を紹介致します。

茜堂-神戸市電優待乗車券
戦前戦中にかけて、従軍赤十字関係者、従軍看護婦や、
日赤職員が使用した、優待乗車券。

発行当日一往復限りの、優待往復乗車券となります。

阪昭和3年4月12日発行、赤十字社員用、通用当日一往復限りの優待往復乗車券、裏面は無地で、注意書事項等は記されていません。
   

茜堂-神戸市電臨時乗車券 茜堂-神戸市電臨時乗車券(裏)

昭和11年10月25〜30日、臨時電車乗車券(全線無料パス券)、第298号、観艦式報道取材の為の、全国新聞記者専用無料パス券。

昭和11年10月29日に行われた、神戸沖の特別大演習観艦式では、御召艦比叡(19,500トン)、大演習観閲官天皇陛下のもと、
参加隻数100隻、総合570,133トン、航空機約100機を伴う、大演習が行われました。
   

茜堂-神戸市電特別割引乗車券 茜堂-神戸市電乗車券 茜堂-神戸市電乗車券

電車特別割引乗車券、金参銭、戦前、神戸市電気局。乗車券、金五銭、戦前、神戸市電気局。乗車券、金六銭、戦前、神戸市電気局。

右端の乗車券、金六銭は昭和8年頃の物で、丁度、みなとの祭が始まる頃となります。
   
均一制以前の1区は、第二条栄町三丁目停留所を、区域停留所として、ここより熊内終点、春日野道停留所、奥平野停留所、
西柳原停留所、又は兵庫駅停留所に至る間か、栄町三丁目停留所迄。栄町三丁目を通過するものは、総て2区扱いとなっていました。
参考迄に。大正7年4月1日改正時の一区券は金三銭、二区券は金六銭、回数券十七区券金五十銭、三十五区券金一圓でした。
   

茜堂-神戸市電回数乗車券(表紙) 茜堂-神戸市電回数乗車券(裏)
裏面注意書きについての、記載。

なるだけ早く、入鋏さして下さい。
降りる時に、入鋏しない切符を渡さぬ様に願ひます。

なるだけ早く、乗換券求めて下さい。
降りる時になって、乗換券求めぬ様に願ひます。

乗車券は、よく改めてお受取下さい。
間違があれば、直ぐに訂正せしめる様に願ひます。
茜堂-神戸市電回数乗車券

電車回数乗車券(表紙)、回数乗車券(切符本体)、十九回分、金九拾五銭、戦前、神戸市電気局。

右端の乗車券は、綴り帳から切り離された、金六銭均一区間の乗車一回分の回数乗車券です
回数乗車券は、割引乗車券の一種となり、当券の場合ですと回数乗車券1枚当り、5銭相当の乗車券となっています。
   

茜堂-神戸市電臨時割引乗車券
茜堂での検証として、
左の券については、臨時割引の、赤文字での加刷が有る所から見て、かなり大規模な行事の物で、
乗車券から電車乗車券へと、切符表記が変わっている所から、
金六銭券の、後期の物で有る事が分かります。
   
それらを考査すると、
昭和11年10月29日に行われた、神戸沖で行われた特別大演習観艦式、当時の物で、
一般向けに発行された、電車乗車券ではないかと思われます。

臨時割引電車乗車券、金六銭、戦前、神戸市電気局。

均一区間の金六銭乗車券に、臨時割引を赤刷にて加刷しています。
手持ちの記念乗車券での表記によると、切符本体に電車乗車券の表記が現れたのは、昭和8年11月7日からの切符となっています。
   

茜堂-神戸市電回数乗車券(表紙) 茜堂-神戸市電回数乗車券(裏)
裏面注意書きについての、記載。

満五歳以上の御子達は有料でありますから、
必ず乗車券のお渡しを願ひます。

お乗りになるすぐに切符を切らせて下さい。
切符は御めいめいにお持ちを願ひます。

乗車券、乗換券はよく改めてお受取下さい。
間違があれば、直ぐに訂正せしめたるる様に願ひます。
茜堂-神戸市電回数乗車券

電車回数乗車券、五拾五回分、金参圓、戦前、神戸市電気局。

右端の乗車券は、綴り帳から切り離された、金六銭均一区間の乗車一回分の回数乗車券です
回数乗車券は、割引乗車券の一種となり、当券の場合ですと回数乗車券1枚当り、約5.5銭相当の乗車券となっています。
   

茜堂-神戸市電回数乗車券(表紙) 茜堂-神戸市電回数乗車券(裏)
裏面注意書きについての、記載。
満五歳以上の御子達は有料でありますから、
必ず乗車券のお渡しを願ひます。

お乗りになるすぐに切符を切らせて下さい。
切符は御めいめいにお持ちを願ひます。

乗車券、乗換券はよく改めてお受取下さい。
間違があれば、直ぐに訂正せしめたるる様に願ひます。
茜堂-神戸市電回数乗車券

電車回数乗車券、九回分、金五拾銭、戦前、神戸市電気局。

右端の乗車券は、綴り帳から切り離された、金六銭均一区間の乗車三回分の回数乗車券です
回数乗車券は、割引乗車券の一種となり、当券の場合ですと回数乗車券1枚当り、約5.5銭相当の乗車券となっています。
   

茜堂-神戸市電六圓券
戦後の電車乗車券。
右書き表記から、現在の左書き表記に、変更されています。

電車乗車券、通行税共六圓、戦中、神戸市交通局。

通行税が徴収され、且つ内税になっている、戦中の電車乗車券です。
   

茜堂-神戸市電往復乗車券

往復乗車券、25円、戦後、昭和28年度の改正料金、神戸市交通局。

昭和32年頃の25円往復乗車券、当時の片道乗車券は13円でしたので、往復では1円の割引が付けられていました。
又、バスの1区が15円でしたので、電車はかなり、リーズナブルな乗り物だった事が分かります。
   

茜堂-神戸市電回数券(紫) 茜堂-神戸市電回数券(青)

電車回数乗車券、戦後、裏面時紋付、摺色=紫色、紺色、神戸市交通局。

戦後の電車回数券ですが、戦後随分経ってからの回数乗車券で、恐らく、昭和37年の15円片道運賃時代、以降の券だと思われます。
券裏面には、表紙と共色の精密な、神戸市交通局の地紋が付けられています。



神戸市電お別れ記念切符=茜堂

大正6年8月1日から、市民に愛され続けた、神戸市電も車社会への進展と、神戸高速鉄道の開業により、利用客が減少して行き、
惜しまれつつも、昭和46年3月13日を最後に、神戸市電は全線廃止されます。
全盛期は、昭和28年10月1日の石屋川線、六甲口〜石屋川間の開通時期で、全路線距離は35.6Kmでした。

茜堂-神戸市電廃止切符
以下に、さよなら神戸市電の招待券や、記念乗車券を紹介致します。
   

茜堂-神戸市電廃止おなごリ券

昭和46年3月13日限り、無料電車乗車券、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

神戸市電廃止記念、おなごり乗車券。無料配布された招待乗車券で、特殊な紙(ミューズコットン紙)を、使用しています。
タイトルと市章付きフレームは銀刷り、図柄は、1150型の低床式四輪ボギー台車の1151号。
   
次に、さよなら神戸市電記念乗車券を紹介致します。8枚セットで価格は200円、専用のカバー(タトー)が付いていますが、
当コーナーでは、スペースの都合上、カバーの掲載は縮小サイズとさせて頂きます。
   

茜堂-神戸市電廃止記念乗車券
茜堂-神戸市電廃止記念乗車券(タトゥー)

昭和46年3月13日限り、さよなら神戸市電乗車券、挨拶文、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

さよなら神戸市電記念乗車券、電車乗車券(あいさつ文)、神戸市交通局。
セット内容の、全体的な説明が記されています。右側の画像は、専用カバーの縮小画像です。小さなシールがオマケで付いています。
   

茜堂-神戸市電廃止記念乗車券 茜堂-神戸市電廃止記念乗車券

昭和46年3月13日限り、さよなら神戸市電乗車券、片道乗車券と往復乗車券の図柄、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

さよなら神戸市電記念乗車券、電車乗車券(片道乗車券柄、往復乗車券柄)、神戸市交通局。
図柄は、市営当初の片道乗車券(壱区3、貳区5、参区7、四区9
)と、往復乗車券(壱区5、貳区9、参区13、四区17)。
   

茜堂-神戸市電廃止記念乗車券

昭和46年3月13日限り、さよなら神戸市電乗車券、乗換券図柄、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

さよなら神戸市電記念乗車券、電車乗車券(初期の乗換券柄)、神戸市交通局。
図柄は、大正七年当時(大正7年11月26日)の、初期の乗換券があしらわれています。文字が右書き表示となっています。
当頁の上段の、 茜堂-神戸市電の乗換券と乗継券 に、日付違いの同様式券を収録しています。
   

茜堂-神戸市電廃止記念乗車券

昭和46年3月13日限り、さよなら神戸市電乗車券、A車図、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

さよなら神戸市電記念乗車券、電車乗車券(路線図と市電柄)、神戸市交通局。
図柄の電車は、民営時代(神戸電気鉄道)の、ダブルルーフ(二重屋根)と、ポール(中央に設置)式の、A車(明治43年製造)、1号。
   

茜堂-神戸市電廃止記念乗車券

昭和46年3月13日限り、さよなら神戸市電乗車券、C車図柄、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

さよなら神戸市電記念乗車券、電車乗車券(路線図と市電柄)、神戸市交通局。
図柄の電車は、大正8年に登場した、日本初の低床式ボギー台車で、ポール式(前後に設置)の、C車(3扉式
)、91号。
ボギー台車とは、車体に対して水平方向に、回転する機能を持つ台車の事で、大きな車体がカーブを曲がる為の、車輪の装置です。
   

茜堂-神戸市電廃止記念乗車券

昭和46年3月13日限り、さよなら神戸市電乗車券、ロマンスカー図柄、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

さよなら神戸市電記念乗車券、電車乗車券(路線図と市電柄)、神戸市交通局。
図柄の電車は、昭和10年に登場した、緑のカラーリング、ロマンスカー(改造車両、転換クロスシート装備)、ポール式700型701号。
   

茜堂-神戸市電廃止記念乗車券

昭和46年3月13日限り、さよなら神戸市電乗車券、PCCカー図柄、乗車券部分ミシン線付き、裏面無地、神戸市交通局。

さよなら神戸市電記念乗車券、電車乗車券(路線図と市電柄)、神戸市交通局。
図柄の電車は、昭和30年に登場した、PCCカー、ビューゲル式、1150型、1153号。
   
PCCカーとは、アメリカのERPCC社によって、開発された路面電車で、第二次世界大戦後、世界の多くの路線に導入されました。
日本では、車両規格の違いや、法規上の問題から直接輸入が叶わず、PCCのライセンスを受諾し、国内で生産されています。
大きな特徴としては、運転方式が自動車の様な、足踏みベダルによって、加減速が行われる点が上げられます。
   
尚、それぞれの券面の背景に描かれている、路線図は、描かれている車両の、各時代設定に合わせている様です。
初期の頃の路線図と比べ、PCCカーの頃の路線図は、縦横無尽に網羅されている事が、見て取れます。




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