故郷神戸沿線の乗車券/茜堂

故郷神戸沿線の戦後の乗車券類=茜堂

戦後の混乱期を経て、乗車券類は大きく変化して行きます。
明治以来の等級制が廃止される等、初めて運輸の完全な、民主的平等制が実現される事となりました。
   
昭和28年12月31日を最後に、小額通貨の整理、及び支払金の端数計算に関する法律により、1円未満の通貨の通用は、廃止されました。
入場券では、昭和22年6月30日を最後に、また、乗車券では、昭和26年10月31日を最後として、
それぞれ券面の料金表示から、銭の単位が姿を消しました。
   
それでは、戦後復興の兆しが見え始めた頃の、矢印式片道乗車券からご覧下さい。

茜堂-片矢式乗車券
茜堂-片矢式(大阪〜芦屋)
茜堂-片矢式(三ノ宮〜芦屋) 茜堂-片矢式(元町〜芦屋)
茜堂-片矢式(住吉〜三ノ宮) 茜堂-片矢式(大阪〜芦屋) 茜堂-片矢式(三ノ宮〜神戸)
茜堂-片矢式(西ノ宮〜大阪) 茜堂-片矢式(西ノ宮〜大阪)裏 茜堂-片矢式(六甲道〜芦屋)

昭和26年9月2日、片矢式乗車券、大阪〜蘆屋(芦屋)、3等、30円、大阪駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

矢印式の乗車券は昭和3年9月1日に、東京近郊の省線電車特定運賃区間で、初めて使用開始されました。
関西では、昭和8年3月1日に、城東線の電車化に伴い、A券で現れますが、戦時中にB券化され、戦後以降も、B券のままで使われました。
   
下段左の券の裏面には、刻印が「丸」と、ピンホールの「テ」でパンチされています。
これは、手荷物持ち込みの際に押される物で、以前は「丸」に「手」の押印でしたが、
昭和28年7月1日から、東京鉄道管理局内でパンチ式を採用し、その後、大阪鉄道管理局等、全国へと普及して行きます。

茜堂-両矢式乗車券
茜堂-両矢式(三ノ宮〜元町〜神戸) 茜堂-両矢式(垂水〜明石〜大久保) 茜堂-両矢式(灘〜三ノ宮〜神戸)
茜堂-両矢式(灘〜三ノ宮〜神戸)
茜堂-両矢式(神戸〜明石〜加古川)
茜堂-両矢式(兵庫〜明石〜東加古川)
茜堂-両矢式(芦屋〜兵庫〜舞子) 茜堂-両矢券(六甲道〜三ノ宮〜兵庫)
茜堂-両矢式(六甲道〜三ノ宮〜兵庫)
茜堂-両矢式(摂津本山〜六甲道〜三ノ宮)
茜堂-両矢式(住吉〜灘〜神戸) 茜堂-両矢式(尼崎〜元町〜明石)
茜堂-両矢式(西ノ宮〜三ノ宮〜垂水)

昭和38年12月1日、両矢式乗車券、元町〜三ノ宮/神戸、10円、2等、元町駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

上り方面用切符と、下り方面用切符等、別方向への乗車券を一枚の切符にまとめ、片道乗車券として発売出来る、便利な乗車券です。
乗車方向は、乗客が決められますので、単純に紙とインク代を除き、印刷のランニングコストが半分に押さえられます。
   

茜堂-両矢式(摂津本山〜六甲道〜三ノ宮) 茜堂-両矢式(摂津本山〜灘〜兵庫) 茜堂-両矢式(六甲道〜三ノ宮〜兵庫)
茜堂-両矢式(神戸〜明石〜加古川) 茜堂-両矢式(芦屋〜六甲道〜神戸) 茜堂-両矢式(神戸〜須磨〜舞子)

昭和42年11月24日、両矢式乗車券、六甲道〜摂津本山/三ノ宮、20円、2等、六甲道駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和42年頃から、2等の地紋が淡青色から淡赤色に、順次変更されます。
   

茜堂-両矢式(大久保〜西明石〜明石) 茜堂-両矢式(兵庫〜三ノ宮〜六甲道)
茜堂-両矢式(神戸〜灘〜住吉)
茜堂-両矢式(西明石〜垂水〜新長田)
茜堂-両矢式(朝霧〜須磨〜三ノ宮) 茜堂-両矢式(舞子〜塩屋〜須磨)

昭和43年4月27日、両矢式乗車券、西明石〜大久保/明石、20円、2等、西明石駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

上中段のブロックと下段のブロックの、両矢印表示方法が異なっていますが、お分かりですか。
下段は地図式と同様に右側を上り方面、左側を下り方面とし、駅名や行き先を配列していますが、上中段の切符は左右が逆になっています。
他の地域の切符を検証しましたが、左右の配列に別段、規則性は無い様です。



故郷神戸沿線の金額式乗車券=茜堂

着駅を、そこ迄の運賃のみで示す乗車券は、印刷が容易な上、口座数を大幅に減らせる為、
戦時の略式券として、昭和19年6月1日に、東京付近国電特定区間の軟券で、金額式乗車券として誕生しました。

茜堂-暫定金額式乗車券
茜堂-暫定金額式(大阪〜20円) 茜堂-暫定金額式(三ノ宮〜20円) 茜堂-暫定金額式(鴬谷〜50円)
茜堂-暫定金額式(西ノ宮〜80円)

昭和41年3月31日、暫定金額式乗車券、大阪〜20円区間、2等、大阪駅発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和44年9月8日、暫定金額式乗車券、西ノ宮〜20円区間、西ノ宮駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

運賃の改訂時に、正規の乗車券が間に合わない場合に、暫定的な措置として、金額式の乗車券が発行されました。
上段の券は、等級制時代の物でそれぞれ、2等の表示が付けられています。

茜堂-金額式乗車券
茜堂-金額式(住吉〜120円) 茜堂-金額式(摂津本山〜120円) 茜堂-金額式(新神戸〜200円)
茜堂-金額式(鷹取〜30円)

昭和50年7月21日、金額式乗車券、住吉〜120円区間内、大人専用券、住吉駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和45年10月1日からは、正規の様式となり、印刷も含めその合理性の為、他の様式を駆逐する様になりました。
上記の乗車券は、大人専用券で、小児断線が設けられておりません。
   

茜堂-金額式(姫路〜250円区間)小影

昭和58年1月4日、金額式乗車券、姫路〜250円区間内、小児専用券、小影、姫路駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

上記の乗車券は、小児専用券で、小影が付いています。

茜堂-金額式連絡乗車券
茜堂-金額式連絡乗車券(鶴橋〜130円区間)裏
茜堂-金額式連絡(鶴橋〜130円区間)小影

昭和59年1月25日、金額式連絡乗車券、桜宮〜140円、鶴橋〜近鉄線130円区間、小児専用券、小影、桜宮駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

国鉄線の乗車が、桜宮駅〜鶴橋駅で、鶴橋駅からは近鉄線への、他社連絡の乗車券です。裏面の券番は、0001番となっています。
因に、券番にチェックが入っているのは、前日の最終に行った、常備券類の売上集計にて、乗車券簿に引継残存初番号を記載した後、
確認の為に、前日残りの券番に、チェックを入れています。つまり、日付当日の、朝一番の券番で有る事を、表しています。

茜堂-金額式小児断線付乗車券
茜堂-金額式(灘〜50円)
茜堂-金額式(兵庫〜310円) 茜堂-金額式(摂津本山〜130円)
茜堂-金額式(鶴橋〜140円)
茜堂-金額式券(和田岬〜140円)

昭和51年9月13日、金額式乗車券、灘〜50円区間内、灘駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

こちらの様式は、小児断線が設けられている、大人用小児用途の供用券です。因って、小影の有る小児専用券は、発行されていません。
   

茜堂-金額式(西脇〜200円)

平成1年8月10日、金額式乗車券、西脇〜200円区間内、西脇駅発行、JR西日本、JR西赤地紋。

西脇駅は、平成2年4月1日に鍛冶屋線の廃線に伴い、廃止されました。
   
金額式乗車券は、鉄道側には、合理性と言うメリットが有りますが、乗客側から見れば、着駅名が表示されていない為、
旅行者や駅名に不案内な方には、非常に不便な切符となっています。
また、切符愛好家や切符収集家の間でも、残念乍ら、余り魅力の有るという切符では無い様です。



故郷神戸沿線の地図式乗車券=茜堂

地図式片道乗車券は、鉄道切符としては我が国独自の物で、乗客の下車駅を地図で示した物で、
複雑な路線でも、目的地迄の経路が一目で把握でき、その土地に不慣れな乗客にとっても、非常に分かりやすい乗車券です。
   
地図式片道乗車券は、昭和10年6月15日から、首都圏にてA券で発行されますが、
大阪、天王寺局では、戦前には地図式片道乗車券は存在せず、昭和30年4月1日に、初めて城東線からB型券で登場します。

茜堂-地図式乗車券
茜堂-地図式(兵庫〜10円)
茜堂-地図式(六甲道〜10円)
茜堂-地図式(元町〜10円)
茜堂-地図式(元町〜10円) 茜堂-地図式(元町〜10円)

昭和33年8月6日、地図式乗車券、兵庫〜太線区内(極太)、3等、10円、兵庫駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和36年1月14日、地図式乗車券、元町〜太線区内(極太)、2等、10円、兵庫駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

地紋色は、3等券はNR赤地紋で、2等券はNR青地紋となっています。
兵庫駅と元町駅の券面には、兵庫駅から分岐の、和田岬線(明治44年11月1日、旅客営業開始)の、10円区間を示す太線が欠落しています。
   
当時、和田岬線には途中駅に、鐘紡前駅(昭和37年3月1日、廃止)があった為、
余白の関係から、和田岬線を削除をし、別途専用の乗車券が有ったのでしょうか、Tの字形にレイアウトすれば、収まったと思うのだが、
この時代は、上り方面を右上がりに、下り方面を左下がりに表記されていて、その手法を優先したのか詳細は不明です。
   
また、下段左右の、元町駅の券面には(裏面注意)の、文言が有りません。
真中の、同時期発行の元町駅の券面には、記載されています。恐らくミス券では無く、統制が取れていなかった物だと思われます

   

茜堂-地図式(三ノ宮〜10円) 茜堂-地図式(三ノ宮〜10円)
茜堂-地図式(住吉〜10円)
茜堂-地図式(三ノ宮〜10円)
茜堂-地図式(灘〜10円)

昭和33年7月17日、地図式乗車券、住吉〜太線区内、3等、10円、住吉駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和36年1月25日、地図式乗車券、三ノ宮〜太線区内、2等、10円、三ノ宮駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

地紋色は、3等券はNR赤地紋で、2等券はNR青地紋となっています。
券面の情報量を増やす為に、極太線から太線に変更されています。この頃から、兵庫駅分岐の和田岬線が描かれています。
   
真中の、三ノ宮駅の券面には、兵庫駅分岐の和田岬線が、乗車区間では無いのですが、わざわざ細線で描かれています。
右側の、灘駅の券面には(裏面注意)の、文言が有りません。過度期券なのかも知れませんが、統制が取れていなかった物と思われます。
その後の、地図式券では、裏面に注意書が有るにも関わらず(裏面注意)の、文言はすっかり消え去られています。

尚、右下の券は、昭和35年7月1日の、3等級制から2等級制に変更された物で、旧3等が新2等になっています。

茜堂-旧3等時代
茜堂-地図式(鷹取〜10円) 茜堂-地図式(立花〜10円) 茜堂-地図式(新長田〜10円)
茜堂-地図式(兵庫〜10円)
茜堂-地図式(甲子園〜10円) 茜堂-地図式(西ノ宮〜10円)
茜堂-地図式(西ノ宮〜10円)

昭和34年3月3日、地図式乗車券、鷹取〜太線区内、10円、3等、鷹取駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和35年7月1日改正前の、3等乗車券です。改正後は3等表示は、制度上廃止されています。
従来の等級は、運賃表示の前に表していましたが、これより運賃表示の後ろに、付けられる様になりました。

茜堂-新2等時代
茜堂-地図式乗車券(兵庫〜10円)
茜堂-地図式乗車券(尼崎〜10円) 茜堂-地図式乗車券(須磨〜30円)
茜堂-地図式乗車券(須磨〜30円)
茜堂-地図式乗車券(元町〜20円) 茜堂-地図式乗車券(芦屋〜40円)
茜堂-地図式乗車券(灘〜30円) 茜堂-地図式乗車券(塚本〜20円) 茜堂-地図式乗車券(尼崎〜90円)
茜堂-地図式乗車券(尼崎〜30円)

昭和36年3月4日、地図式乗車券、兵庫〜太線区内、10円、2等、兵庫駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。
   

茜堂-地図式乗車券(六甲道〜小影90円)

昭和42年7月28日、地図式乗車券、六甲道〜太線区内、小影、55円、2等、六甲道駅発行、国鉄、JNR青地紋。

昭和42年(月日不明)から、30Km未満の2等60円券迄が、赤地紋に変更されましたが、当券が改定前の券か、改定後の券かは不明ですが、
乗車区間が、30Km以上も有りますので、改定に関わらない青地紋券となります。
   

茜堂-地図式乗車券(大阪〜20円) 茜堂-地図式(摂津本山〜100円)
茜堂-地図式乗車券(兵庫〜20円)

昭和42年9月22日、地図式乗車券、兵庫〜太線区内、20円、2等、兵庫駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和35年7月1日の改正で、3等級制から2等級制に変換され、切符上から3等の文字が無くなります。
昭和41年3月5日から、初乗りが10円券から20円券となり、地図式の10円券が消滅します。
昭和42年(月日不明)から、30Km未満の2等60円券迄が、赤地紋券に変更されます。
   

茜堂-地図式乗車券(三ノ宮〜140円)
茜堂-地図式乗車券(灘〜120円) 茜堂-地図式(六甲道〜120円)
茜堂-地図式(芦屋〜160円)

昭和44年9月23日、地図式乗車券、灘〜太線区内、120円、灘駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和44年5月10日からは、等級制が廃止され、全ての切符表示から1等、2等の文字が無くなります。

茜堂-発駅子持枠表示券
茜堂-地図式(徳庵〜20円)
茜堂-地図式(甲子園口〜20円) 茜堂-地図式(摂津本山〜20円)

昭和34年6月24日、乗車券、徳庵(二重枠)〜太線区内、20円、3等、徳庵駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和36年3月14日、乗車券、摂津本山(二重枠)〜太線区内、20円、2等、摂津本山駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和33年10月1日から、運賃の後ろに等級表示が来る様に、変更されるが、
この頃に、大阪、天王寺局限定で、20円券(野田駅、天王寺駅を除く)で、発駅を二重枠(子持ち罫)で囲んだ、地図式乗車券が登場します。
初乗り運賃券では無く、20円券での不正防止作戦券なので有ろうか、その真意は残念乍ら不明です。



故郷神戸沿線の一般式乗車券とグリーン券=茜堂

鉄道開業当初の、一般式乗車券では「ヨリ迄表示」で、明治21年11月20日から「よりまで表示」となり、
明治30年9月1日から「より表示」に変更され、明治42年12月16日からは「よりゆき表示」に、変更されます。
そして、明治44年11月1日には、再び「より表示」に戻ります。
   
大正10年1月11日からは、再び「よりゆき表示」に戻りますが、従来の右書きから、今日の左書き表示へと、大きく変わります。
しばらく「よりゆき表示」の時代が続き、現在の「からゆき表示」となったのは、
補充式乗車券が、昭和24年9月6日から発行され、常備乗車券は、昭和25年6月1日から発行されています。

茜堂-からゆき式乗車券
茜堂-乗車券(神戸市内〜大分) 茜堂-乗車券(新見〜神戸市内) 茜堂-乗車券(芦屋〜石山)
茜堂-乗車券(京都〜和田山) 茜堂-乗車券(福知山〜神戸)
茜堂-乗車券(塩尻〜京都市内)

昭和46年4月27日、普通乗車券、5月1日から通用の復路券、神戸市内〜別府.大分間、2390円、三ノ宮駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和後期になると、等級制が廃止(昭和44年5月10日)され、券面からは等級が消え、モノクラス制の乗車券となりました

途中下車印は切符順に、倉敷駅、芦屋駅、芦屋駅、南木曽駅となっています。

茜堂-普通列車グリーン券
茜堂-グリーン券(明石〜新大阪)
茜堂-グリーン券(元町〜100Km)
茜堂-グリーン券(姫路〜100Km)

昭和45年4月29日、普通列車グリーン券、明石〜新大阪、200円(税共)、明石駅発行、国鉄、JNR緑地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

昭和44年5月10日から等級制が廃止され、モノクラス制になりましたが、この日からグリーン券が登場します。
グリーン料金は、旧1等車の設備に対する設備料金との事ですが、やはり運賃の等級差であり、どこか矛盾した等級制廃止後の切符です。



印刷券売機の軟券入場券=茜堂

初期の頃は、日付や券番はドットインパクト式で、本体は、油性インクでスタンプする、スミインク式印刷で、
ゴム版等の活版で、プリントしていましたが、後に、キレート式(化学反応方式)に変わりました。

茜堂-キレート式印刷券
茜堂-三ノ宮駅30円入場券

昭和49年6月28日、キレート式印刷、券売機軟券入場券、30円、三ノ宮駅発行、国鉄。

従来の、スミインキ式印刷券は、券売直後ではスタンプでの乾きが悪い為、指や衣服等にインクが付着すると言う、問題が起こり、
ジアゾ式(湿式複写方式)印刷券に変わりますが、印刷コストが掛かる為に、早々に、キレート式(化学反応方式)印刷券に、移行しました。
詳しくは、 茜堂-神戸駅発行の印刷券売機の軟券入場券 を、ご覧下さい。



謎の記号と不思議な落書き=茜堂

発行日の後ろに、小さな印字の「ヨ」、或いは手書きの「ヨ」や、下に手書きの線が施されている物を、稀に見掛けますが、
これは「翌日扱いの乗車券類に対する日付の表示方」の規定に基づいて、付けられている物です。

茜堂-翌収扱いの切符
茜堂-乗車券(門司〜三ノ宮)
茜堂-地図式(甲子園〜10円3等) 茜堂-片矢式乗車券(六甲道〜芦屋)

昭和31年1月28日ヨ、乗車券、門司〜三ノ宮(下車印-神戸)、英文字併記、2等、2020円、門司駅発行、国鉄、JNR青地紋。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

出札窓口の売上計算を、諸般の事情により、最終列車を待たずして行うと、
以降の発券に付いては、当日日付でも、翌日の売上げ扱い(翌収扱い)となる為に、券回収後の審査用に「ヨ」が、付けられています。
   
また、昭和19年4月1日以降は、ダッチングの下に手書きのアンダーラインを、引く様になりました。
昭和25年1月24日からは「ヨ」が、加えられた日付印字機が登場しますが、
いずれも昭和40年9月30日を最後に、廃止されました。


当沿線では、昭和63年3月13日より、東海道本線大阪駅〜神戸駅間と、山陽本線神戸駅〜姫路駅間の計、大阪駅〜姫路間を、
通しでの利便性を考慮し別途、JR神戸線(ジェイアールこうべせん)と言う、愛称が付けられました。
頭の「JR」は、阪急電鉄にも神戸線が有り、混同を避ける為に付けられています。
神戸駅が持つ、東海道本線と山陽本線の二つの顔が、神戸線の顔に統合され、より親しみ易くなった様です。
   

この愛称は、国土交通省に認可申請を行い、認可された物ですが、あくまで東海道本線、山陽本線の一部区間での愛称で有って、
従来の東海道本線、山陽本線の名称に、取って変わる物では有りません。
   

正式名称を変えるには、東海道本線、山陽本線の該当区間を一旦廃止し、改めて、新線として別途認可申請が、必要となってきますので、
現状を考えれば、正式名称を変える事は不可能な事であり、愛称と言う形で存続しています。




当ページの掲載写真は、茜堂による、デジタル画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   
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