やまぐち号C57 1号機-山口線/茜堂

【阿東路の旅やまぐち号撮影記=茜堂】


山口線は、C57 1号機が入線した後、複数回縦断した事も有り、津和野にも団体旅行で宿泊をした事が有るが、
今迄、一度もカメラを向けた事が無く、旅行中に偶々、津和野で一度遭遇したが、
別段、ダイヤも調べていなかったので、カメラを置いての散策で、橋の上から眺めるだけだった。

その当時は、厚化粧を施した復活蒸機には、何の興味も無く、
デフの金モールは輝き、前端梁にも白線を施し、ましてや無粋な集煙装置付き。撮影の対象外と位置付けていた。
今、思えば、少し贅沢な考えではあるが、当時は全く食指が動かなかったのは、紛う事無き事実である。

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今回は、偶々見掛けた山からの俯瞰写真が気に入り、撮影に出掛ける事となった。
その写真が、二反田の俯瞰である。煙と何とかは高い所が好きで、山登りは嫌いな方じゃないので、
初やまぐち号のショットは、二反田の俯瞰と決定した。

博多駅から、N700系8Aレのぞみ8号Z09編成で新山口駅に着く、時間的には、筑前大分駅〜博多駅間と、ほぼ同じタイム。
レンタカーに乗り込んで、早速、仁保駅に向かった。先ずは肩ならしに、隧道越えの、キハ187系3001Dレ特急スーパーおき狙い。
そしていよいよ、待望の二反田へ向かう、ここは、車が無いと可成り大変です。



茜堂-キハ40二反田

仁保駅〜篠目駅、二反田中俯瞰、キハ40(たらこ色)、8561D列車。
平成26年10月18〜19日、茜堂撮影記。



茜堂-C571二反田

仁保駅〜篠目駅、二反田中俯瞰、C57 1号機、9521列車。
カマは、連続勾配の25‰を登る。

二反田の中俯瞰、カマの側面に、太陽が当たるので晴れた日は、カマの正面が潰れてしまう。
寒い日のやや曇り空がベスト、空気も澄んで、シャープに切取れるし、煙も白煙が混ざり、カマの正面も潰れない。
次回の課題としておこう。嬉しい事に、機関士さん達のご好意で、集煙装置が外されている。

この地点は、静寂が支配し、人恋しくなる絶景地、
珠に聞こえて来る小鳥のさえずり、松ボックリの落ちる音を楽しみ乍ら、小一時間のカマ待ちをする。

撤収後、津和野へ、途中、昼飯を地福辺りの、お洒落な店でブレイク。
柔らかくて美味な、地元の阿東和牛を堪能。




茜堂-C571津和野

津和野駅〜船平山駅、旧道(野坂峠)俯瞰、C57 1号機、9522列車。

次の画像の俯瞰場所(旧道)から、望遠で撮影をした物で、有名撮影地の一つである、本門前踏切の手前辺りです。
この地点の遥か上方には、太皷谷稲成神社の真っ赤な大鳥居が、緑の中に映えています。


茜堂-C571津和野

津和野駅〜船平山駅、津和野市内が見渡せる旧道(野坂峠)俯瞰、C57 1号機、9522列車。

右側の山の中腹には、左側の山の中腹にある、日本五大稲荷の一つ、太皷谷稲成神社の赤い大鳥居が見えています。
因に、ここ太皷谷稲成神社は、唯一「稲荷」では無く「稲成」と表記されています。

このポイントは、風が左から吹くので、煙がカマに被る場合が多い様です。
旧道は、国道9号(山陰道)と、県道13号を結ぶ、山越えの道路で、
県道226号が整備される迄は、重要な連絡道だったらしい。曲がりくねって狭く、鬱蒼としている。

暗くなったら、一人では絶対に通りたくは無い、道で有る。
県道から入るのが、宜しいかと思います。



茜堂-キハ40津和野

津和野駅〜船平山駅、旧道(野坂峠)俯瞰、石州瓦とキハ40(たらこ色)、8562D列車。

時系列的には、C57 1号機の旧道俯瞰撮影の、前になるのだが、二反田中俯瞰の構図と重なる為、
順列を入れ替えています。レイアウトバランスを、優先させて頂きました。
この撮影地も車が無いと、可成り厳しいポイントで有る。

C57 1号機を撮影後、直ぐさま国道9号(山陰道)へ脱出し、長門峡まで追い掛ける。
勿論、制限スピード内で、何とか間に合う。


茜堂-C571渡川

渡川駅〜長門峡駅、大逆S字カーブ、築地橋梁、C57 1号機、9522列車。

左側に柿の木が見える。
この柿の木と橋梁との撮影も、結構趣きが有って、郷愁を誘う。



茜堂-C571渡川

渡川駅〜長門峡駅、大逆S字カーブ、築地橋梁、C57 1号機、9522列車。


茜堂-C571渡川

渡川駅〜長門峡駅、大逆S字カーブ、国道9号(山陰道)築地橋俯瞰、C57 1号機、9522列車。

このポイントは、渡川駅を挟んで大きく、逆S字カーブを切っていて、
国道9号(山陰道)築地橋の、上から狙ったが、足場が狭くて、三脚は不向きです。
正面の山の間から右へ顔を出すので、望遠を使って楽しめます。ここは大急ぎで撤収し、長門峡駅に向かいます。



茜堂-C571長門峡

長門峡駅、発車直後(道の駅長門峡向かい)、岩倉踏切、C57 1号機、9522列車。

初日の撮影は、長門峡の発車にて打ち止めです。
ここから津和野まで引き返します。本日は津和野の宿にて、体を休めます。
夕食は、白桃酒のアペリティフを頂き、雰囲気の良い和食。箸休めはビールに始まって、焼酎、日本酒と盃が弾む。

夜、帳場の方に、カラオケの有るスナックを教えて頂き、浴衣でそぞろ歩く、酒で火照った五体に当たる風が殊の外、心地良い。
スナックでウィスキーの水割りを、5〜6杯流し込み、マイクを握った。気が付けば、時計の針が1時を越えている。
明日も撮影が有るので、早々に撤収。2時過ぎ迄、旅館の湯に浸かり、就寝。

本日2日目の19日-日曜日、概ね5時間の睡眠で、朝食を頂き、10時頃迄湯に浸かる。
宿を出て、暫し津和野駅界隈を散策。


茜堂-津和野駅

朝の津和野駅。


茜堂-D51 194号機

津和野駅横の静態保存機、D51 194号機。


茜堂-D51 194号機

津和野駅横の静態保存機、D51 194号機、キャブ内、機関助士側。

そう言えば、やまぐち号のC57 1号機、C56 160号機と同じ、梅小路所属のD51 200号機が、将来、入線するそうです。
本線仕業用に改造し、3年後には山口線のやまぐち号と、北陸線の北びわこ号も、D51に変わるそうで、
そうなると、C57かC56は本線仕業から、事実上撤退する事となるので有ろう。

そんな心配を他所に、D51入線時には、華やかにC56、C57、D51の三重連の運行でも、願いたい。
津和野駅前から、11時過ぎに出発し、長門峡の鉄橋へ向かう。



茜堂-C571長門峡

長門峡駅〜渡川駅、長門峡橋梁、阿武川、C57 1号機、9521列車。

山口線で、ご存じ一番露出度の高い撮影地です。道の駅長門峡が近くに有るのと、日曜日でも有りギャラリーが鈴なりでした。
長門峡駅を出て直ぐの地点ですので、2.5‰の下り乍ら、比較的、煙りを炊いてくれます。


茜堂-C571長門峡

長門峡駅〜渡川駅、C57 1号機、9521列車。
長門峡の鉄橋を越えた所で、後追いを納めて、イソイソと撤収し、車でカマを追う。



茜堂-C571鍋倉

地福駅〜鍋倉駅、C57 1号機、9521列車。

三谷駅〜名草駅間で、既にカマには追付き、地福駅越えまで、先回りをして待つ事とした。
暫く待つと、地福駅を発車する、汽笛が遠くに響いた。

長門峡駅〜船平山駅間は、なだらかな連続勾配だが、見ての通り平坦地然としているので、
煙は駅の発車以外は、望めない。速度は50Km/h前後と行った所か。
非常にゆっくり感じられる。横アングルで切取っても、全編成はお釣りが来る位、余裕で撮影が可能です。


茜堂-C571鍋倉

鍋倉駅〜徳佐駅、C57 1号機、9521列車。

鍋倉駅の発車狙いを、と思ったが、ギャラリーが異常に多かったので、スルー。
少し先の地点で、サイド狙いに変更をしたが、煙が手前に流れ、太陽が真上で有った為、カマに影が被り、
ピーカンが災いして、カマはご覧の通り、闇の中。

今回、唯一の、側面接近ショットだったんだが、煙幕にはお手上げです。



茜堂-C571津和野

船平山駅〜津和野駅、旧道俯瞰、C57 1号機、9521列車。
後追いを見送って、駅に遊びに行きます。


茜堂-C571津和野

津和野駅構内、転車台、C57 1号機。
津和野駅から移動したカマは、転車し、下の画像の炭水補給駐留所へと、移動します。


茜堂-C571津和野

津和野駅構内、排煙ダクトと排煙装置(左側)、炭水補給駐留所、C57 1号機。

煙突の上の大きなダクトで、SLからの排煙を吸い込んで、左の大きな排煙装置に送り込んで、シンダの処理をします。
外部に煤煙を拡散させない為の物で、津和野の自然環境を守る、アイディア装置です。
転車と排煙装置を見た後、少し遅い昼食に、ウナギを奮発し精を付ける。



茜堂-C571津和野

津和野駅〜船平山駅、C57 1号機、9522列車。

本門前踏切手前から、望遠で撮影。ここら辺りから、厳しい上り勾配が始まります。
船平山駅まで、16.7‰の厳しい連続勾配を、登って行きます。


茜堂-C571津和野

津和野駅〜船平山駅、C57 1号機、9522列車。
上の写真の続きです。
さて、津和野を撤収し、山を越えて国道9号(山陰道)に向かい、カマを追っ掛けます。

途中、何処とは言いませんが、光電管に因る、取締が有るので防御出来ませんので、皆さん安全運転に徹しましょう。
特に、上りの追っ掛け時、追い越し可能な直線での、速度超過は慎みましょう。サイン会場の有る秘密の場所へと、誘導されてしまいます。
そうなると、その日は二度と、C57 1号機には追いつきませんし、高い出費と運転免許証が汚れてしまいます。

カマは、平坦線でも制限速度50Km/h、相手は蛇行し、駅手前では絶気し速度を落とし、駅停車。発車時は超微速前進。
車は、ショートカットの自動車線、信号も少ないし、制限速度標識が無ければ、60Km/h迄大丈夫。焦らなくても十分間に合います。
注意一秒、順法速度運転、前方良し、後部オーライで、無理無く楽しく安全に追っ掛けましょう。

旅先で、事故ってもツマラナイですから。



茜堂-C571渡川

渡川駅〜長門峡駅、大S字カーブ、C57 1号機、9522列車。

前日と同じ、国道9号(山陰道)の、築地橋からの俯瞰です。山裾はすっかり日が陰っています。
本日も早々に撤収し、昨日同様、長門峡駅の発車後を狙います。



茜堂-C571長門峡

長門峡駅、発車直後(道の駅長門峡向かい)、岩倉踏切、C57 1号機、9522列車。

本日の撮影は、長門峡の出発にて打ち止めです。
これより、全ての機材を撤収して帰路につき、新山口駅までの退屈なドライブが始まります。
途中、山口駅に寄道し、C57 1号機の出発シーンを、車の中から見送ります。

新山口駅に近付き、レンタカーを返すべく、南側に線路を横切ろうとすると、遮断機が降り足止めを喰らった、暫くするとDD51が入って来た。
やまぐち号の客車を連ねている、踏切内で立ち止まり、バックして戻って行った。
入換え作業のオプションも見学出来たと、一人ほくそ笑む。

車を返却し、新幹線の旅人となって、山口を後にした。
福岡迄は半時間、短い旅である。


茜堂-筑前大分駅POS券

平成26年10月19日、乗車券(復)、新山口〜筑前大分、(新山口、新幹線、博多、篠栗線経由)、JR九州、筑前大分駅POS発行。

今回の旅の記念品、駅スタンプを掲載しておきます。


茜堂-駅スタンプ津和野駅
茜堂-駅スタンプ津和野駅

山口線SLスタンプラリー印(切符対比原寸)、津和野駅。

平成26年10月19日、押印、わたしの旅スタンプ印(切符対比80%縮小)、広島支社印(水色丸形)、津和野駅。

左の印は、掘割を鯉が泳ぐ城下町の駅、山口線、津和野駅。
平成19年10月14日から行われた「TRAIN+」企画で、他の支社印に先駆けて、設置されたもので、終了後の現在でも残されています。

駅スタンプは、大切に駅務室内に置かれていますので、駅員さんに頼んで、貸し出して頂きます。
尚、駅スタンプは他のページ同様、80%の縮小としています。

右の印は、平成26年8月23日〜11月30日の、山口線SL運行対策協議会が行った、スタンプラリーの印です。
駅舎出入口の、向かって左側の壁の前に置かれています。
以下は、懐かしの切符と駅スタンプです。


茜堂-やまぐち号指定席券

昭和56年9月20日、やまぐち号指定席券、津和野〜小郡、500円、津和野駅発行、国鉄。

完全常備のD型硬券、裏面は券番のみの無地。
当硬券は、やまぐち号がデビューした、2年後に発行された物です。


茜堂=津和野駅入場券30円

昭和51年7月28日、普通入場券、津和野、30円、津和野駅発行、広島印刷場30円4期券、国鉄。

昭和51年11月6日からの、60円への料金改定間際の、広島印刷場30円最終様式券です。
この広島印刷場30円4期券では、一部の駅で「旅」の活字が抜けた「客車内」の表示券も存在します。
また、同時期の小郡駅入場券の様に、小児断線の綴り穴の無い券も存在します。

やまぐち号が、C57 1号機による牽引で、運転開始をしたのが、昭和54年8月1日の事で、当時の客車はオリジナルの12系でした。
昭和55年から、C58 1号機が牽引機に加わりますが、昭和59年1月には、山口線から撤退をしています。
昭和62年6月28日に、C56 160号機が参入し、C57 1号機との重連でデビューを飾りました。


茜堂-駅スタンプ小郡駅
わたしの旅スタンプ印(切符対比80%縮小)、広島鉄道管理局印(赤色六角形)、小郡駅。

汽笛一声SLやまぐち号の旅、山陽本線、小郡駅。

今迄の国鉄キャンペーンの為の、スタンプ設置とは異なり、スタンプを押す事が主体の企画として、昭和55年から登場しました。
わたしの旅スタンプ赤色六角形は、レジャーやスポーツが特色の駅を表し、小郡駅では、レジャーの駅とされています。
図柄は、SLやまぐち号、集煙装置着きC57 1号機、一昔前の、やまぐち号は集煙装置着きが、一般的な姿でした。


茜堂-駅スタンプ小郡駅
茜堂-駅スタンプ津和野駅

平成5年1月3日、押印、駅スタンプ印(切符対比80%縮小)、小郡駅、津和野駅。

津和野駅のスタンプは、小郡駅と比べて、天地が少し小さくなっています。
他のページの、駅スタンプ画像との整合性の為、当頁でも80%の縮小画像としています。


茜堂-駅スタンプ小郡駅

昭和8年8月20日、押印、駅スタンプ印(切符対比80%縮小)、小郡駅。

春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色が楽しめる、大自然の宝庫、長門峡を左に配し、
右側には、特別天然記念物の、秋芳洞をあしらい、二大観光地をアピールするデザインとなっています。


茜堂=小郡駅入場券10円

昭和30年10月5日、普通入場券、小郡、10円、小郡駅発行、広島印刷場10円A型4期券、国鉄。

昭和30年頃の国鉄では、全国でSLが活躍していて、C57 1号機は新津機関区野所属で、急行「日本海」等を牽引していました。
小郡駅は、山陽新幹線のぞみの停車駅となった、平成15年10月1日に、新山口駅に改称されています。




SLやまぐち号撮影後記。

平成25年7月28日の豪雨災害で、地福駅〜津和野駅間(190Km)が被災し、同区間は、1年近くも不通となっていました。
平成26年8月23日に全面復旧し、待望の運転が再開されましたが、撮影ギャラリーにとっては、その爪痕は些か深刻である。
鍋倉駅近くの橋梁も新品となり、白井の里辺りも雰囲気が一変、川沿いの軌道は大きく現代工法化され、緑が無くなりバラストは真新しい。

気になる新旧の景観は、時が解決し馴染ませてくれるだろう。
因に、津和野町での24時間降雨量が、381mmに達し、日本観測史上1位の値を記録しています。
関係各者の尽力に因り、山口線は不死鳥の様に蘇り、C57 1号機のHMには、SL復活35周年の文字が、誇らしげに輝いています。

今回の撮影行では、二反田での俯瞰撮影と旧道俯瞰の為、山口線内での列車使用は諦め、残念乍ら車を使用。
いつもの、行き当たりバッタリの、無防備、無計画とはならなかったが、
実は、追っ掛け撮影は、予定には入っていなかった。

初日の旧道で出会った、地元の方が、追っ掛けは可能ですとの事だったので、急遽、トライした。
斯くして、スケジュールの変更と相成った、つまりリスケ(reschedule)と言う奴です。


機関車、客車、世代交代、平成29年9月2日。

平成29年6月4日、EF66 33号機(吹田総合車両所)の牽引で、旧客風新造車35系4000番台は、9463レ甲種輸送で、正午12:09に新山口駅到着。
やまぐち号用旧客風新型客車(オロテ35、スハ35、ナハ35、オハ35、スハテ35)を、新山口駅にてプレス公開。

D51 200号機は、平成29年6月13日の夜に、梅小路を出発し翌々日、配9461レで、EF65 1132号機(下関総合車両所)に牽引され、
正午12:54に新山口駅に到着し、下関総合車両所新山口支所に、搬入されました。
やまぐち号専用牽引機C57 1号機は、平成29年8月27日を最後に、通常運用から撤退します。




撮影地の名称は、必ずしも駅名を表すものでは有りません。
掲載写真は、茜堂による原盤ネガ及び、デジタル原版からの画像の為、無断複写は禁じております。

解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
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