日本の蒸気機関車-夏編/茜堂
茜堂-リンクバー

漆黒に息衝く黒鉄の蒸機達=茜堂
茜堂-山口線重連茜堂-山口線C57茜堂-鐵路趣味茜堂-鉄道写真
茜堂-漆黒の蒸気機機関車達 吸い込まれそうな漆黒の世界に、力強さを秘めた蒸気機関車達の躍動と鼓動が、一片の画像から聞こえて来るようです。
雨の日も晴れの日も風の日も、朝も夜も休む事も無く、力強く二条の鉄路を駆け抜けて来た、蒸気機関車達。
あの日の情景は、時を経た今でも変わる事無く、一枚の写真の中に刻み込まれています。
   

鈍色に輝く黒鉄の出立ち、鉄路に息衝く蒸気機関車達の姿を、茜堂の撮影画像でご覧下さい。
夏編は、その季節に関係無く、雪の情景以外のシーンを納めています。

   

尚、増設ページで、山口線C57 1号機の撮影旅行記を、画像と共にしたためて居ります。
上下に設置しています、リンクバーから、お立寄り下さいませ。

   


茜堂-D51804
D51804+D511023
D51231
122列車、小樽


D51 231号機は、長野工場にて製造され、吹田、盛岡、小樽築港を経て、昭和51年3月10日に、追分機関区にて廃車され、
本体は、静態保存機として、東京都の上野国立科学博物館(最寄駅、上野駅)に、保存されました。
当初の保存予定機は、D51 603号機でしたが、追分機関区の火災により消失した為の、代替機となりました。
   

茜堂-添乗撮影
茜堂-D511118
本線走行の、キャブ添乗。
熱と煙が漂う運転室、
心地良い振動、サウンドが充満。
D511118(添乗)
4283列車、白老〜社台


解放キャブで、足元の景色が流れ飛んで行くので、可成りスリリング。ご好意で機関助士席に座られて頂いた。
D51 1118号機は、戦時型のカマボコドームで、昭和19年8月24日に、日車名古屋工場にて製造され、関東で活躍します。
後に半世紀近くを北海道で過ごし、国鉄SL入換稼働最終の前日、昭和51年3月1日に、岩見沢第一機関区にて廃車されました。
   

茜堂-C6119
C6119
宮崎機関区


C61 19号機は、D51 1027号機のボイラを使い、昭和24年7月28日に、三菱重工業三原工場にて製造され、
同年7月に尾久機関区に配属、以降、東北を中心に稼働し、昭和48年1月18日に、宮崎機関区にて廃車。
本体は、静態保存機として、霧島市城山公園(最寄駅、国分駅)に、保存されました。

   


茜堂-68660
68660
826列車、折尾


68660は、大正12年に日本車両にて製造され、同年3月31日に、神戸局に配属、王寺機関区を経て、
昭和22年3月1日、吉松機関区に転属後、九州の地に留まり、昭和48年9月20日に、若松機関区にて廃車され、
煙室扉、第1動輪、汽笛は串木野駅前に、第2動輪は、大阪城公園内レストハウスつどい前に、それぞれ保存されました。
   

茜堂-68660
68660
826列車、折尾


折尾駅は、上を鹿児島本線が走り、下を筑豊本線が潜り抜けるという、我国でも珍しい駅構造となっています。
平成17年4月15日、折尾地区総合整備事業に伴い、折尾駅周辺高架事業の基本協定が締結され、
折尾駅は、駅舎が解体され、特徴的で有った立体交差も無くなって、近代的な駅として再生される事となりました。
   

茜堂-煙室戸変形機
茜堂-D51855
煙室面上縁と、
煙室扉上部の水平切取、
準戦時型の、前面未改造機。
D51855
煙室戸変型機
6215列車、登別


D51 855号機は、昭和18年9月4日に、鷹取工場にて製造され、東北地域に配属、平区、水戸区を経て渡道。
池田、新得、釧路、池田、長万部、岩見沢第一、小樽築港を経て、昭和51年3
月1日に、岩見沢第一機関区にて廃車され、
動輪は、北海道札幌市の苗穂駅前に、保存されました。

   


茜堂-D51756
D51756
1193列車、倶知安


D51 756号機は、昭和17年9月21日に、川崎車両兵庫工場で新造され、本州最北の青森区に配置、当地で長らく活躍をします。
その後、昭和41年に渡道し、小樽築港区と長万部区で、それぞれ活躍をしますが、北海道での期間は短く、
7年後の昭和48年11月30日には、最終活躍地であった、小樽築港機関区にて廃車されました。

   


茜堂-D52202
D52202、240列車
D52235(手前)、6277列車
大沼


手前のD52 235号機は、川崎重工兵庫で製造され、昭和48年5月23日に、五稜郭機関区にて、廃車されました。
このD52 235号機は、神奈川県相模原市の鹿沼公園内の、児童交通公園に静態保存されています。
只、当機は密閉キャブでは無く、D52 235号機は密閉キャブで有った事から、恐らく当機は、別のD52で有ろうと思われます。
   
当時の保存機では、稀に有った事で、手宮の小樽交通記念館に保存された、C55 30号機がファンの間では夙に有名で有る。
保存予定機を50号機だと思い込み、保存予定機で有ったC55 30号機を、苗穂にて解体処理してしまった。
慌てた関係者は、事も有ろうに解体を免れたC55 50号機に、30号機のナンバープレートをはめ込んで、偽装をした。

但し、めざとい鉄道ファン達を誤摩化せる筈も無く、こちらもキャブの形態で、稚拙な偽装を見抜かれてしまった。
ご存知の様に30号機は、流線型からの標準改造機で、キャブには当時の特徴が数多く残っていたので、一目瞭然でした。
交通記念館と言う立場から、数多くの指摘を受け、ナンバープレートは30号機から、50号機へと戻されています。
   
掲載写真のキャプションは、形式機番と列車番号と場所のみを、記入させて頂きました。



情景に佇む黒鉄の蒸機達=茜堂

茜堂-蒸気機関車達の情景
ふっと見ると、そこには飾り気の無い、真っ黒な蒸汽機関車が佇んでいました。
駅での日常的な風景の中に、その勇ましくみなぎる力を内に秘め、
静かに溶け込むさまは、蒸気機関車達が自然に活躍していた時代の、証しなのかも知れません。

   

日常に働く、何気ない蒸気機関車の姿を、収録しています。
コウサイカイ写真や、マルイ写真を含め、静と動の蒸機をご覧下さい。

   


茜堂-D52468
D52468
キハ35
梅小路蒸気機関車館


D52 468号機はラストナンバーで、昭和21年に、三菱重工三原工場にて製造され、沼津、姫路、五稜郭機関区を経て、
梅小路蒸気機関車館への移籍保存も決まり、昭和54年3月28日、梅小路機関区にて廃車。
過去にはボイラー破損事故や、昭和42年3月4日には、函館本線、野田生〜落部にて横転事故も起こしています。

   


茜堂-886723
88623
8152列車、越前大野


88623号機は、新津や長野区で長らく活躍し、晩年を福井区で過し、越美北線の貨物機として活躍をしました。
昭和48年5月27日に、越美北線のさよならSL貨物牽引を終え、翌月には、福井機関区にて廃車されました。
静態保存機として、愛知県東海市に保存されていましたが、その後解体されています。

   


茜堂-79605
79605
1594列車、油須原


79605号機は、東北、北海道配置を経て、晩年は九州北部の各地で活躍をしていました。
昭和49年12月24日に、行橋区最後のSLとして、同機関区にて廃車となっています。
天賞堂から、九州型標準デフの79605号機(ナンバー付属)が、1/80=16.5mmモデルとして発売されています。
   

茜堂-専用線退出
茜堂-D51255
セメント工場への、
専用引込み線で、D51が奮闘。
本線のD51キャブより望む。
D51255
D51250(キャブ)
専用線、香春


D51 250号機のキャブ越しに見える、逆牽きのD51 255号機は、日本セメント香春工場引込み線から本線へ進入中。
門司区のD51 250号機は、南延岡区に配置され、昭和49年6月12日に、当区にて廃車されました。
D51 255号機は、小倉工場で製造され、生涯、九州管内を出る事が無く、昭和48年11月30日に、熊本区にて廃車されました。

   


茜堂-C12208
C12208
126列車、長陽〜立野
第一白川橋梁


C12 208号機は、昭和14年7月29日に、日本車両にて製造され、鳥栖、西戸崎、吉塚、鹿児島と九州管内で活躍しました。
昭和50
年3月31日、熊本機関区にて廃車され、本体は静態保存機として、岐阜県養老町の養老ランドに、保存されましたが、
平成6年2月9日に、大井川鉄道に移転、C56の部品調達資材として活用後、新金谷の側線にて留置されました。

   


茜堂-C57124+C57117
C57124+C57117(御召機)
1596列車、霧島神宮


先務機のC57 124号機は、三菱重工業神戸造船所にて製造され、下関に配置されますが、暫くした後に鳥栖機関区に配置され、
その後は、九州各地を転配し、終焉の地で有る鹿児島機関区で、昭和50年3月に、廃止される迄、九州一筋の機関車でした。
C57 124号機は、旧宮之城線の宮之城駅跡に、デフ後部からのカットモデルとして、保存されています。

   


茜堂-C56124
C56124
161列車、能登鹿島


C56 124号機は、昭和13年3月5日に、三菱重工業神戸造船所にて製造され、麻里府、備後十日市、七尾と活躍し、
昭和49年4月
7日、木曽福島機関区に移動、翌年の年3月18日、木曽福島機関区にて廃車され、
本体は、静態保存機として、安曇野市龍門淵公園の明科公民館前(最寄駅、明科駅)に、保存されました。
   

茜堂-加太大築堤
茜堂-D51403
前後連で有名な、
加太の大築堤、正月明けで、
珍しく荷が少ない、貨物シーン。
D51403
261列車、加太大築堤
加太〜中在家信号所


D51 403号機は、昭和15年3月29日に、日本車輌名古屋にて製造、新津機関区に配備されます。その後、長野を経て関西へ、
昭和48年11月8日に、奈良運転所(表示看板は奈良機関区)で廃車され、翌月の3日には、早々に保存されています。
保存場所は、滋賀県栗東市手原稲荷公園で、重油タンクは健在ですが、集煙装置は撤去され、赤ナンバーが付けられています。

   


茜堂-D51365
D51365
42列車、小樽〜塩谷


D51 364号機は、昭和15年4月24日に、C62 2号機でお馴染みの、日立製作所笠戸工場にて、製造されます。
函館機関区から長万部機関区へ、一貫して道南に配備され、昭和48年の秋に、長万部機関区にて、廃車されます。
第3動輪が、旧名寄本線興部駅跡に有る、道の駅おこっぺにてモニュメント(冬は雪除けシート掛け)として、保存されています。
   

茜堂-D51511
D51511
4581列車、常紋信号場


常紋信号場は、大正3年10月5日に、常紋信号所として設置され、大正11年4月1日に、常紋信号場と改称されました。
昭和26年4月1日に、仮乗降場として旅客の取扱いを開始。昭和50年7月1日には、旅客取扱いを廃止しています。
スイッチバック式の列車交換設備を、備えていましたが、平成13年6月30日を最後に、交換設備の使用は停止されています。
   

茜堂-旅客牽引最終機
茜堂-C57135
蒸気機関車での、
225列車、室蘭〜岩見沢、
国鉄最後の、本線旅客牽引機。
C57135
227列車、苫小牧


C57 135号機は、昭和15年5月1日に、三菱重工業神戸造船所にて製造され、高崎、小樽築港、室蘭と活躍し、
最後のSL旅客牽引機を努め、昭和51
年3月31日、岩見沢第一機関区にて廃車され、東京交通博物館に、静態保存されます。
平成19年10月14日、さいたま市の鉄道博物館(最寄駅、鉄道博物館駅)開設に伴い、移設されました。

   


茜堂-D511045
D511045
1291列車、木津〜奈良


晩年を、加太越えで活躍したD51 1045号機は、集煙装置にカマボコドーム、その後ろに重油タンクを構え、
船底テンダーの台車は、貨物用のTR41を履き、重厚な構えのD51でしたが、前照灯はLP403では無く、シールドビームでした。
三菱重工三原工場製で、関西では竜華区、奈良運転所属、昭和48年9月18日に、奈良運転所にて廃車されました。

   


茜堂-D51160
D51160
1260列車、石田〜城野


D51 160号機は、昭和14年2月24日に、日車名古屋工場で製造され、岡山区に配置されます。
概ね、本州を北から南迄、活躍し、九州に配属されますが、6年程で、吉松機関区にて廃車されています。
開放キャブ、標準デフ、ランボードには白、集煙装置も無く、重油タンク類も無い、非常に均整の取れた美しいD51です。

   


茜堂-D51614
D51614
41列車、木津


D51 614号機は、昭和15年12月26日に、日車名古屋工場で製造され、米原区に配置されます。
その後、浜松区、敦賀区、長町区、一関管理所、青森区を経て奈良運転所に配属され、
関西本線を中心とした、幾多の臨時列車を牽引し、長門区に転出した後、1年程で、同機関区にて廃車されました。
   

茜堂-旧線山越え
茜堂-C5757+D5164
旧線には、山越えが有り、
重連、前後連、変則三重連等、
千歳駅で、補機が付けられます。
C5757+D5164
4071列車、千歳


先務機のC57 57号機は、昭和13年5月3日に、川崎車両にて製造され、大阪局、宮原、仙台、室蘭と活躍し、
昭和29年8月9〜10日、21日に室蘭本線と函館本線で、お召し列車の牽引機を努め、昭和51年3月31日、岩見沢機関区で廃車。
本体は、静態保存機として、東京都世田谷区の区立大蔵運動公園(最寄駅、祖師ヶ谷大蔵駅)に、保存されました。

   


茜堂-C5738
C5738
227列車、沼ノ端〜遠浅


C57 38号機は、昭和13年1月26日に、日立製作所笠戸工場にて製造され、金沢、米原、水戸、平、金沢、室蘭、苗穂を経由し、
北陸、東北地域で活躍し、渡道します。昭和50年3月1日、岩見沢機関区で廃車。
第三動輪は、兵庫県三田市の、はじかみ池公園(最寄駅、南ウッディタウン駅)に、保存されました。
   

茜堂-梅小路保存機
茜堂-9633
小樽築港区からは、
C622号機と、本機の2両が、
梅小路蒸気機関車館へと、栄転。
9633
小樽築港機関区


9633は、大正3年に川崎造船所にて製造され、東京局、松本、上諏訪、甲府、富山、倶知安、小樽築港を経て、梅小路へ移動。
梅小路蒸気機関車館への移籍保存も決まり、奇麗に化粧を施された愛機と共に、記念撮影中の機関士と機関助士。
昭和42年4月3日から放送された、塩屋駅を舞台にした、NHK連続ドラマ「旅路」に、出演していた
蒸機
   

茜堂-本州通常仕業最終機
茜堂-D51774
昭和49年11月30日、
通常仕業での、
蒸気機関車、牽引最終機。
D51774
491列車、井倉〜石蟹


D51 774号機は本州通常仕業最終機、昭和17年9月7日、汽車製造にて作られ、国府津、新鶴見、福知山、新見、浜田に配置。
昭和50年1月25日に浜田区にて廃車。静態保存機として、工場第1263号にて廃車保留され、出雲大社境内に静態保存後、
平成2年4月1日廃線の旧大社線の終着駅、大社駅跡(重要文化財、近代化産業遺跡)の3番線へ、移設保存されました。

   


茜堂-D51857
D51857
1191列車、塩谷


D51 857号機は戦時設計の元、昭和18年に鷹取工場で製造され、10年程を内地で活躍しましたが、
その後は、標準化されず北海道に渡り、道央より以南を中心に活躍をし、
昭和50年3月20日に、深川区にて廃車されました。
塩谷駅は、NHK連続ドラマ「旅路」の舞台となった駅で、写真は駅待合い室からのショットです。
   

茜堂-関西本線の前後連
茜堂-D51前後連
関西本線の、定期貨物、
通常時での、D51の前後連、
所謂、プッシュプル。
D511054、前後連
261列車、加茂〜木津
晩秋の大和路
後部補機、D51934


本務機のD51 1054号機は、戦時型では有るが、ドームはカマボコ型から、普通型に改造されていました。
長らく関西本線一筋で活躍をしていましたが、昭和48年10月11日に、長門区へ転属し、翌年11月18日、当区にて廃車。
後部補機のD51 934号機は、奈良運転所で最後を迎え、昭和48年9月18日に廃車。
   

茜堂-伯備線の三重連
茜堂-D51三重連
伯備線の、定期列車、
通常時は、D51一機ですが、
企画列車として、前に二機付属。
D51三重連
921列車、井倉〜石蟹
高梁川に沿い北上する三重連
D51579+D51386+D51428


本務機のD51 428号機は、昭和15年9月10日に、日本車輌名古屋工場にて製造されました。
東北を中心に長らく活躍をし、青森、長町、新庄、秋田機関区を経て、昭和47年9月16日、新見機関区にて廃車され、
本体は、静態保存機として、集煙装置を外され、東京都東調布公園(最寄駅、御獄山駅)に、保存されました。

   

普段は重連の921レ、次位機のD51 386号機は、昭和14年11月17日に、日本車両にて製造されました。
岡山機関区を経て、昭和47年11月21日、新見機関区にて廃車され、
動輪は、滋賀県草津市の草津第二小学校(最寄駅、草津駅)に、保存されました。
   

茜堂-播但線の三重連
茜堂-C57三重連
播但線の、定期列車。
通常時は、C57一機ですが、
企画列車として、前に二機付属。
C57三重連
636列車、寺前〜新野
雨に煙る播但路
C5746+C57137+C57128


本務機のC57 128号機は、昭和15年3月15日に、三菱重工業神戸造船所にて製造され、
梅小路時代に、お召し列車の牽引を努めます。
西日本を中心に活躍し、広島、糸崎、梅小路、福知山機関区を経て、昭和48年3月1日、豊岡機関区にて廃車され、
本体は、静態保存機として、滋賀県大津市の私立科学館(最寄駅、膳所駅)に、保存されました。

   

先務機のC57 46号機は、昭和13年3月18日に、川崎車両にて製造されました。
名古屋、米原、金沢、豊岡機関区を経て、昭和47年6月26日、会津若松機関区にて廃車され、
本体は、静態保存機として、福島県福島市の児童文化センター(最寄駅、福島駅)に、保存されました。

   


このページでは今後共、テーマを設定しフィットする写真等を、徐々に追加して行く予定です。
今回のアップ作業で、懐かしい写真を引張りだしては、若かりし頃の茜堂駄写真に溜息の連発、まぁ今も大差は無いのですが。
掲載写真のキャプションは、形式機番と列車番号と場所のみを、記入させて頂きました。




当ページの掲載写真は、茜堂による、原盤ネガや原盤ポジからの画像のため、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
解説に於いて誤記や解釈の違いにより、被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、
責務を負えない事をご了承願います。

   
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