東海道山陽本線・駅名川下り/茜堂

東海道山陽路の川駅名を各停で下り行く=茜堂

昭和51年5月5日(端午の節供)に、少し子供じみた暇つぶしは無いかと、茜堂筆者が、酒の席で提案した物で、満場一致で可決。
然し乍ら、最終的にこれに乗って来たのは、総勢8人居た中で、何と、後輩氏のお一方のみという現実。
早速、二人分の特急寝台券を、京都駅で事前購入。
                  

行程は、5日に京都駅より、特急出雲のハネ(B寝台)に包まり、沼津駅下車。
沼津駅から富士駅へ戻り、東海道山陽路の電車川下りは、富士駅から始まります。
何故、戻って富士駅なのかは、それは日本一の山から水が下るという、単純な理由からで、
また、特急出雲では無く、急行銀河の方が、利便性やコスト面で、秀逸なのですが、5日に拘った結果なのです。

日本一の霊峰富士の山に、水を供給する、出ずる雲(特急出雲)にて、この旅が始まります。
                  

富士駅を出発した、各駅停車の電車に揺られ、富士川駅へ。
その後、天竜川駅、木曽川駅、能登川駅、加古川駅までを旅します。茜堂の最終目的は、乗車券に下車印を集める事にありました。


茜堂-清流イメージ

山陰方面から、深紅のヘッドマークを掲げた、深紅のDD45 33号機が、24系ロハネ編成を引き連れ、小気味良いエンジン音を奏で乍ら、
深夜の京都駅1番ホームへ、滑り込んで来た。後少しで、我々の夢の旅立ち(ハネで爆睡移動)が、始まろうとしている。
高まる期待と睡魔が交互し、車中の人となる迄、暫し、凛々しい顔立ちの替え釜の撮影会。

                  

茜堂-特急出雲EF65531

深夜の京都駅、東京機関区所属、待機のEF65 531号機、東京発着の寝台特急牽引機。

山陰からの、24系ロハネ編成を待つ事暫し、1番ホーム待機の、東京所属のEF65 531号機に牽引され、日付けを越えたら、いよいよ発車。
構内を出場する頃には、心地よい揺れとジョイント音を聞きながら、すでに旅人達は、夢の世界で爆睡中。
夜明けと共に、ベッドオフ、身軽な姿で、特急寝台を後に沼津駅下車。
                  


茜堂-EF1026

富士駅でパンタを畳み停車中の、甲府機関区所属、EF10 26号機、撮影の翌年3月3日に廃車。

沼津駅から富士駅へと少し逆戻り。パンを牛乳で流し込み、企画旅出発起点の当駅で、三文字駅名の、川下り用の硬券乗車券を購入します。
富士駅構内には、身延線で活躍中の甲府機関区所属のEF10 26号機が、パンタを下ろして静かに睡眠中。
関西では、竜華に行かないと、旧機は拝めなかったので、結構感激しました。
                  


茜堂-EF1833

富士川駅、明治22年2月1日開業、鉄筋建ての駅舎、5月5日のこどもの日の掲揚。

最初の下車印調達駅は、富士川駅。明治22年2月1日に岩淵駅として、国府津〜静岡間の開通と同時に開業しました。
現在の富士川駅に、改称されたのは、比較的新しく、昭和45年6月1日の事です。
写真で見ると、可成り大きな駅舎風では有るが、右側は後少しで途切れていて、掲げられている、祝日旗の幅の、2倍程の長さとなります。
                  



天竜川駅に停車中の、浜松機関区所属、EF18 33号機、撮影の3年後の7月16日に廃車。

二つ目の下車印調達駅は、天竜川駅。明治31年7月10日に開業。
1番ホームには、浜松機関区所属のEF18 33号機が、威風堂々と、前後のパンタを上げ待機しています。
EF18は、EF58 32〜34号機の半製品状態から、設計変更で生まれた3両限定の貨物用機関車で、トップナンバーは32号機となっています。

この33号機は、標識灯が埋め込まれておらず、引っ掛け式となっていて、更に、旧態風で私好みの形態となっています。
                  


茜堂-木曽川駅

曽川駅、明治19年6月1日開業、木造建て駅舎、5月5日のこどもの日の国旗掲揚。

三つ目の下車印調達駅は、木曽川駅。明治19年6月1日に開業。
木曽川の南側に、開業予定をしていたが、蒸気機関車の発車音で、鶏が卵を産まなくなる恐れが有るからとの、反対理由で南下したそうです。
駅舎は、雰囲気のある木造建築で、どこか神社仏閣のおもむきもあり、落ち着いた感の有る駅舎です。
                  


茜堂-車掌車ヨ501(たから号)

能登川駅を颯爽と通過する、車掌車ヨ5011(たから号)、門鉄局、鳥栖所属。

四つ目の下車印調達駅は、能登川駅。明治22年7月1日に開業。
車掌車、ヨ5011は、コンテナ特急「たから号」専用車両で、通常の黒色では無く、ウグイス色の特別塗装を、施しています。
昭和34年、コンテナ特急用に、ヨ3500形の足周りを、最速85Km走行に耐えられる様に、改造した物です。
                  

結構中だるみをして来たので、大垣にて小休止、駅員と雑談中、そのままどうぞと言われたが、やはりルール、下車印は半印にしてもらう。
お昼ご飯は、少し足を延ばして、草津駅構内の、南洋軒の「幕の内八景弁当」をチョイスした。
弁当を開いたのは夕刻、流石に、113系の車内で頬張るには、少しばかり勇気がいる。好奇な目に晒され乍ら、美味しく頂く。
                  


茜堂-南洋軒駅弁掛紙

草津駅、南洋軒の幕の内・八景弁当、500円、調整日時5月5日13時。
近江八景(三井晩鐘、堅田落雁、粟津晴嵐、唐崎夜雨、比良暮雪、矢橋帰帆、石山秋月、瀬田夕照)が飾られています。
                  
京都を過ぎてからが非常に長い。茜堂のホームグランドに入ってからの、普通座席の旅は、些か辛い物が有ります。
神戸駅で小休止、いよいよ東海道本線から山陽本線へと入り、最終目的の加古川駅まで後少し、辺りはすっかり陽が落ちています。
加古川駅の撮影は暗かったので不調、省略します。使用の切符は駅員に事情を話して、綺麗な下車印を頂き、帰りの京都駅までの切符を購入。
いざ京都へ戻らん、勿論、快速のグリーンに滑り込む。
                  


茜堂-乗車券下車印(裏面)
茜堂-乗車券下車印(表面)

昭和51年5月5日、乗車券、富士駅〜姫路駅(東海、山陽経由)、富士駅発行、国鉄、JNR地紋。

下車印(富士川駅、天竜川駅、木曽川駅、能登川駅、加古川駅)と大垣駅では、そのままどうぞとの事でしたが、半印にして頂きました。
まさかの横パが痛恨の極み、この切符は、他の切符類と比べ拡大率が異なっています。

因みに、昭和51年は現役SLとして北海道に二両が残り、39676が追分操車場で貨物入替え作業を終了し、SL牽引が国鉄より消えた年です。

昭和51年3月2日がそれで、僚機79602は国鉄最後のSLとして、以降3月25日まで、有火予備機として、追分機関区に残っていました。
事実上、同年3月25日をもって、国鉄から現役SLが居なくなりました。そんなSL終焉の年でした。

                  

京都駅に無事に到着、もう22時を回ってしまった。
とにかく終了、とってもハードな一日が終わり、疲れ直しに打ち上げです。
西大路七条の居酒屋で、鍋を二人で突きながらの反省会、別段、反省する事も無く、生ビールが咽をうるおし、疲れを癒してくれました。
                  

出発前日は、会社にて私服に着替え、発車までの時間調整を兼ねて、近くの居酒屋で、ささやかな出発式。
今回は鉄道上では、全くのノンアルコール、こんな試練は、めったに有る物ではございません。
勿論、旅の終に、美味しいお酒を、待たせているからの為せる技で、これが有ったればこその、苦行達成だと言っても、過言では有りません。
                  



さて本題に戻りまして、三文字の川駅名川下り旅全行程の記録にて、締めさせて頂きます。
京都駅(0013発-特急出雲2002レ)〜(0512着)沼津駅(0545発-427Mレ)〜(0606着)富士駅(0647発-429Mレ)〜
(0651着)
富士川駅(0709発-431Mレ)〜
(0907着)
天竜川駅(0938発-435Mレ)〜(0944着)浜松駅(1023発-3131Mレ)〜
(1223着)
木曽川駅(1252発-543Mレ)〜(1313着)大垣駅(1436発-3135Mレ)〜(1524着)米原駅(1539発-831Mレ)〜
(1600着)
能登川駅(1634発-835Mレ)〜(1701着)草津駅(1716発-837Mレ)〜(1859着)神戸駅(1916発-965Mレ)〜
(2002着)
加古川駅(2034発-862Mレ)〜(2230着)京都駅。

茜堂お薦めの、富士からの三文字駅名川下り、今なら、更に安倍川駅が増えて6駅。お暇な方はトライして下さい。



川下り起点の富士駅とその界隈=茜堂

今回の旅、川下り起点の富士駅発行の、古き良き赤線入り時代の入場券と、
端午の節句、5月5日の子供じみた、茜堂旅企画の小児つながりで、戦前の鉄道省時代の富士駅発行の、小児影付き乗車券を紹介します。
昭和7年5月26日、こちらも、行き先駅名に二文字乍ら「川」の字が付いています。

茜堂-富士駅赤線入場券 茜堂-富士駅赤線入場券
茜堂-富士駅赤線入場券

昭和37年8月17日、普通入場券、富士駅、10円、富士駅発行、東京印刷場10円3期券、国鉄。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

古き良き時代の赤線入場券、3枚全てがノスタルジックな、東京印刷場10円3期券です。上段の切符とは、拡大率が異なります。
                  

茜堂-富士駅20円入場券 茜堂-富士駅30円入場券 茜堂-富士駅120円入場券
茜堂-富士駅140円入場券 茜堂-富士駅140円時間制限入場券

昭和42年4月13日、普通入場券(白券)、富士駅、20円、富士駅発行、東京印刷場20円1期券、国鉄。
以下省略、個々の詳細は、それぞれの切符画像を参照願います。

左側から、東京印刷場20円2期券で、この頃の入場券には、まだ小児料金が制定されていませんでした。
その横が、東京印刷場30円7期券です。
昭和44年11月15日から、半額の小児料金が入場券にも、設定される事になり、
乗車券等に見られていた、小児券併用の小児断線が、付けられる様になりました。

様式が大きく、80円券から大きく変わりました。右側が、
東京乗車券管理センター120円券で、東京印刷場が改組されています。
下段が、東京乗車券管理センター140円1期券と、東京乗車券管理センター140円2期券です。
変更点は、発売時刻から2時間以内の、入場時間制限が、新たに制定されています。
                  

茜堂-富士駅スタンプ
昭和8年7月1日、富士駅の駅スタンプ。
お茶の葉に、大石寺が入り、背景に富士山が配置されています。

戦前の、富士駅の駅スタンプ(切符対比80%縮小)です。
最近の駅スタンプと比べ小振りとなっています。スタンプの比率は、茜堂HP上の、他のページのスタンプ類と、全て同比率としております。
その為、当ページのスタンプが、小さく見辛くなっていますが、ご了承願います。
                  


茜堂-車内急行券(富士駅)150Km
茜堂-車内急行券(富士駅)300Km
左=車内急行券(駅用急行券)、富士〜300Km迄、
200円、2等、2月28日、富士駅発行。

右=車内急行券(駅用急行券)、富士〜150Km迄、
800円、9月9日、富士駅発行。
普通急行券の名称は、昭和40年10月1日から、
急行券へと変わりました。

車内急行券は、車急式とも呼ばれ、常備式と準常備式からなりますが、多くは当券の様な、準常備券の様式を採用しています。
二枚の急行券は、車掌発行の物では無く、表示のとおり、富士駅発行の駅用急行券となっています。
この駅用急行券は、改札用急行券と呼ばれ、駅乗換通路やホーム等の、ラッチ内で発売される、急行券を指しています。

青地紋の券は、昭和33年10月1日から始まった、赤線縦引き表示の券で、昭和41年3月4日迄、使用されました。
赤地紋の券は、距離区分が、50Km刻みとなっているので、国鉄末期時代の券です。
                  


茜堂-急行券(富士駅)100Km 茜堂-急行券(富士駅)200Km
茜堂-急行券グリーン券(富士駅)200Km

昭和49年7月18日、急行券、富士駅〜100Kmまで、昭和49年5月20日、急行券、富士駅〜200Kmまで、富士駅発行。
昭和50年4月28日、急行券、グリーン券自由席、富士駅〜200Kmまで、富士駅発行。
                  

茜堂-乗車券(富士〜鈴川)小影(表) 茜堂-乗車券(富士〜鈴川)小影(裏)

昭和7年5月26日、富士駅〜鈴川駅(現、吉原駅)、三等、小児券、4銭、富士駅発行、GJR地紋、鉄道省。

尚、鈴川駅は、昭和31年4月10日に、現在の吉原駅に改称されています。
また、この頃は、富士川駅(昭和31年4月10日改称)は、岩渕駅と呼ばれていました。
そして、昭和60年3月14日には、静岡駅〜用宗(もちむね)駅の間に、三文字の川駅名の、
安倍川駅が開設されています。



鈴川駅は吉原駅に少し寄道な切符の旅=茜堂

旧鈴川駅から、今の吉原駅つながりで、岳南鉄道の吉原駅の、改名事情を少し寄り道をして、紹介致します。
こちらの吉原駅は、旧鈴川駅で、本吉原駅が、旧吉原駅となり、吉原本町駅等も有り、吉原名の改名がクロスオーバーをしています。
岳南電車の当駅は、JR吉原駅構内の北側、JR駅舎の北口の西側に位置し、頭端の島式ホームの、1面2線を有する地上駅です。
                  


茜堂-岳南(吉原赤線入場券)表
茜堂-岳南(吉原赤線入場券)裏

昭和39年9月27日、吉原駅(旧、鈴川駅)、吉原駅発行、岳南鉄道。

赤線が入っている、岳南鉄道の10円普通入場券。当時の国鉄の10円の赤線入場券と、そっくりな形態となっています。
表の文字が、全体に左に寄り過ぎているのは、印刷時の不具合による物です。
                  

茜堂-岳南(吉原本町入場券) 茜堂-岳南(本吉原入場券)
茜堂-岳南(吉原入場券)

平成10年10月10日、吉原駅(旧、鈴川駅)、吉原本町駅、本吉原駅(旧、吉原)、150円入場券、岳南鉄道。
平成10年の10並び日付の、創立50周年記念入場券、全駅入場券セットより3駅を抜粋。

以下の記念切符に因ると、岳南鉄道も、国鉄と同様に鈴川駅は、昭和31年1月15日に、現在の吉原駅に、改称されています。
それに伴って、以前から有った吉原駅は、同日付けにて、本吉原駅に改称されています。
                  


茜堂-岳南(旧鈴川記念入場券)

平成18年1月15日、吉原駅(旧、鈴川駅)、入場券、140円。
昭和31年1月14日、鈴川駅(現、吉原駅)、復刻阪改称最終日赤線入場券、10円、見開きの左ページ分。
                  

茜堂-岳南(旧吉原記念入場券)

平成18年1月15日、本吉原駅(旧、吉原駅)、入場券、140円。
平成18年1月15日、本吉原駅(旧、吉原駅)〜吉原駅(旧、鈴川駅)、本吉原駅発行、普通乗車券、200円、社地紋、見開きの右ページ分。

以上は、岳南鉄道の鈴川駅改称50周年記念の硬券入場券、乗車券セットです。
                  

岳南鉄道は、昭和24年11月18日に、町外れに有る国鉄鈴川駅(現、吉原駅)と、吉原の中心部を結ぶ鉄道として、
吉原本町駅間まで開業しています。改称時期は、国鉄の改称に伴い、同時期との資料も有りますが、
岳南鉄道発行の、鈴川駅改称50周年記念の硬券入場券、乗車券セットのダッチングの方を、資料として優先させて頂きました。

岳南ネタをもう一つ、昨今流行の日付け並び券ですが、電鉄側が意図する物では無く、乗客側の意図的な物です。
                  


茜堂-岳南(乗車券.吉原〜本吉原)表 茜堂-岳南(乗車券.吉原〜本吉原)裏

平成22年2月22日、吉原駅(旧、鈴川駅)〜本吉原駅(旧、吉原駅)、吉原駅発行、普通乗車券、200円、社地紋。
裏面にも、発駅と着駅の表示がされています。

平成22年2月22日の、吉原駅(旧、鈴川駅)から、本吉原駅(旧、吉原駅)までの、2並び日付の乗車券ですが、
駅名改称当時は、誤乗車や購入間違い等で、乗客はさぞかし大変だった事でしょう。
尚、岳南鉄道株式会社は、平成25年4月1日に、新たに設立した、子会社の岳南電車株式会社に、鉄道事業を移管しています。
                  

                  

富士駅は、明治42年4月21日開業で、所属路線として、東海道本線と見延線(起点駅)、走っています。
ホーム構成は、富士山側(北側)から、見延線用の1、2番線が、頭端式ホームで、3〜6番線が、東海道本線の専用線となり、
その内訳は、内側に有る4、5番線が本線で、3、6番線が副本線となり、その他、駅構内には複数の側線や、貨物設備等を有しています。

また
、駅西側1Kmには、富士運輸区の電車留置線が有り、当駅の構内側線と結ばれています。




当記述につきましては、些か記憶違いの箇所が有るやも知れませんので、相違の場合にはご容赦下さいませ。
また、当ページの掲載写真は、茜堂による原盤ネガからの画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。


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