廃線勝田線の散策と切符/茜堂

途中下車、勝田線の廃線跡そぞろ歩きの旅=茜堂

茜堂-廃線そぞろ歩き旧勝田線の旅 茜堂の沿線、福北ゆたか線(博多〜桂川〜折尾〜黒崎)吉塚駅での、途中下車有難うございます。
ここでは、昭和60年4月1日に廃線となった、勝田線(吉塚〜筑前勝田)の入場券と乗車券を、収録してみました。
収録対象は、勝田線(吉塚〜筑前勝田)の、晩年の硬券発行の各駅となります。
   

大正7年9月19日、筑前参宮鉄道が、貨物線として宇美〜筑前勝田間(2.8Km)を開業します。
   

その後、大正8年5月20日には、吉塚〜新宇美間を延伸し全通します。同時に新宇美〜筑前勝田間の、旅客営業が始まりました
昭和17年9月19日には、筑前参宮鉄道は、九州電気軌道に合併され、宇美線となります。
更に、博多湾鉄道汽船糟屋線の志免駅を併合し、新志免駅を志免駅に改称の後、同月22日に西日本鉄道に社名変更をします。
茜堂-筑前勝田駅のキハ47

昭和19年5月1日には、戦時買収により国有化され、吉塚〜筑前勝田間を勝田線とし、上宇美を香椎線宇美駅に併合します。

貨物営業は、昭和40年10月1日に宇美〜筑前勝田間を廃止し、昭和56年7月30日には、志免〜宇美間が廃止されます。

昭和56年9月18日には、第1次特定地方交通線として、廃止承認されます。
昭和60年1月1日に、吉塚〜志免間の貨物営業が廃止され、全線で貨物営業が全廃されました。
同年3月31日を最後に旅客営業も終了し、4月1日に全線廃止、西日本鉄道バスに転換され、長い歴史に幕を閉じました。



勝田線の廃線跡探訪見て歩記=茜堂

旧勝田線の遺構探訪の散策は、吉塚駅から始まります。
吉塚駅からお隣の川迄は痕跡すら見当たりませんので、先ずは川を越えてから。柚須駅迄は殆ど線路横には道が有りません。
その為、ノコギリ状に歩いては、線路に近付かなければなりませんので、この一駅間は鉄の散策向けでは無い様です。


茜堂-マップ(吉塚〜上亀山)

路線図上の数字矢印は、以下の撮影画像の左の番号を表しています。以下同様。
   

茜堂-橋台跡 茜堂-橋台跡

平成25年6月3日撮影、コンクリートの橋台跡、背後は篠栗線の側壁。平成25年5月27日撮影、煉瓦積みの橋台跡。
   

茜堂-勝田線跡 茜堂-勝田線跡

平成25年5月27日撮影、保線用の留置線に流用されている、勝田線廃線部分。同日撮影、篠栗線の右側の空地が、勝田線の跡地。
   

茜堂-橋梁跡 茜堂-橋台跡

平成25年12月6日撮影、鉄の橋梁部分。同日撮影、煉瓦積みとコンクリートの橋台跡。

吉塚駅から、篠栗線の南側を、並行に走っていた勝田線ですが、
現在の篠栗線の柚須駅駐輪場を、トレースする様に大きくカーブを描いて、南東方面へと離れて行きます。
廃止前の駅順は、吉塚駅から御手洗駅、上亀山駅、志免駅、下宇美駅、宇美駅、筑前勝田駅の順列となっていました。
   

勝田線の跡地は、柚須駅の分離地点前から、終点の筑前勝田駅跡地迄は、その殆どが遊歩道として残されて、整備されています。
ここからの、散策は鉄人(てつびと)にとっては、非常に楽しい歩きに変貌致します。
   


茜堂-勝田線跡 茜堂-勝田線跡

平成24年1月14日撮影、遊歩道の入口部分。平成25年5月31日撮影、遊歩道、正面の建物手前が篠栗線。
   

茜堂-御手洗駅跡
茜堂-御手洗駅跡 茜堂-勝田線跡
距離=起点3.4キロ。
電報略語=ライ。
駅=1面1線の無人駅。

平成25年5月31日撮影、御手洗駅跡地。同日撮影、御手洗駅跡地構内を抜けた部分。

御手洗駅は、昭和16年4月に、筑前参宮鉄道の駅として開業します。
昭和36年12月21日に、貨物取扱いを廃止し、昭和60年4月1日に、勝田線廃止に伴って営業廃止となりました。
   

廃止前の御手洗駅は、吉塚起点で3.4Kmの位置に有って、無人の1面1線の地上駅でした。
因に、廃止間際は簡易な待合室のみが有る無人駅で、駅名の御手洗(みたらい)に反して、御手洗(おてあらい)は、有りませんでした。
   


茜堂-境界杭 茜堂-勝田線跡

平成25年5月31日撮影、旧鉄道省時代の境界杭。同日撮影、土が剥き出しの遊歩道、ここで初めて東側に大きく曲がります。
   

茜堂-上亀川駅跡
茜堂-上亀山駅跡 茜堂-勝田線跡
距離=起点4.5キロ。
電報略語=カメ。
駅=1面1線の無人駅。

平成25年5月31日撮影、上亀山駅跡地(上亀山駅跡公園)。同日撮影、駅構内跡を出て小さな道との並行部分。

上亀山駅は、大正8年5月20日に、筑前参宮鉄道の駅として開業します。昭和36年12月21日に、貨物取扱いを廃止し、
昭和42年4月1日には、荷物取扱いを廃止。昭和60年4月1日に、勝田線廃止に伴って営業廃止となりました。
   

廃止前の上亀山駅は、吉塚起点で4.5Kmの位置に有って、無人の1面1線の地上駅でした。
因に、上亀山駅〜志免駅間には、南里停留場が有ったが、国営化と同時に廃止されています。跡地は南里駅跡公園となっています。
   


茜堂-境界杭 茜堂-橋台跡

平成25年5月31日撮影、旧鉄道省時代の境界杭。同日撮影、橋台と橋脚が活用されています。

境界杭とは、土地の所有を示す為に境界線上に、打設する杭の事を言います。画像の境界杭には「工」のマークが掘られています。
この「工」のマークは、レールのシンボライズ風ですが、実は旧鉄道省工務局建築課の、工務局の頭文字の工から来ています。
   

ここら辺りから先は、大小数々の橋梁が有りますが、明確に勝田線時代の橋台跡と、思われる物もかなり存在しています。
余りにも数が多いのと、判断が難しい物も有り、以下に紹介する画像を最後に、申し訳ございませんが、掲載を省略させて頂きます。
尚、勝田線時代の橋台を、そのまま使っている遊歩橋と、上乗せして、使っている遊歩橋も混在している様です


茜堂-マップ(志免〜下宇美)
茜堂-橋台跡 茜堂-勝田線跡

平成25年5月31日撮影、鉄錆が残されている橋台跡。同日撮影、大型商業施設で中断された、遊歩道の続きです。
   

茜堂-志免駅跡
茜堂-志免駅跡 茜堂-志免駅跡
距離=起点7.3キロ。
電報略語=シメ。
駅=1面2線の有人駅。

平成25年5月31日撮影、志免駅跡、転轍機と志免鉱業所竪坑櫓(鉄道とは直接無関係)。同日撮影、志免駅ホーム跡。
   

茜堂-志免駅跡 茜堂-志免駅跡

平成25年5月31日撮影、志免駅ホーム跡。同日撮影、志免駅構内の外れ。

明治42年8月1日に、博多鉄道(香椎線)が志免貨物駅を開業し、大正8年5月20日に、筑前参宮鉄道が新志免駅を開業します。
昭和17年9月19日に、上記二社は九州電気鉄道に大同合併をし、志免貨物駅と新志免駅は、志免駅に統合されます。
   

昭和28年3月15日から、京都〜博多間で運転を再開した、特急かもめは、固定されたクロスシートだった為、
博多〜吉塚〜志免〜酒殿〜香椎〜博多を結ぶ、デルタ線を使用して、方向転換を行っていました。
昭和35年12月15日、志免駅〜旅石駅間の香椎線貨物支線を廃止。
   

昭和60年1月1日には、貨物営業を廃止し、酒殿駅〜志免駅神尾香椎線貨物支線を、廃止します。
昭和60年4月1日に、勝田線廃止に伴って営業廃止となりました。
志免駅は、吉塚起点で7.3Kmの位置に有って、駅員配備の1面2線の地上駅でした。
跡地は志免鉄道記念公園となっています。
   


茜堂-勝田線跡 茜堂-勝田線跡

平成25年5月31日撮影、最高勾配地点。同日撮影、埋め戻しで、当時は切通しで有ったと思われます。
   

茜堂-DC煤跡 茜堂-粁ポスト跡

平成25年5月4日撮影、志免東中学横の道路下に残されている、ディーゼルの煙跡。同日撮影、吉塚起点の9キロポスト。
   

茜堂-勝田線跡 茜堂-勝田線跡

平成25年5月4日撮影、カラフルに処理をされている遊歩道。同日撮影、遊歩道、人と自転車のみが抜けられるゲートが。
   

茜堂-下宇美駅跡
茜堂-下宇美駅跡
距離=起点10.2キロ。
電報略語=シミ。
駅=1面1線の無人駅。

平成25年5月4日撮影、下宇美駅跡、カラー舗装の遊歩道脇に、小さなホームだけが残されています。

下宇美駅は、大正8年10月12日に、筑前参宮鉄道の下宇美停留場として開業します。
昭和11年頃に、宇美八幡停留場に改称され、昭和19年5月1日の、戦時買収で国有化と成った時に、下宇美信号場に変わりました。
昭和25年1月10日には、駅に昇格し、下宇美駅となりました。昭和60年4月1日に、勝田線廃止に伴って営業廃止となりました。
   

廃止前の下宇美駅は、吉塚起点で10.2Kmの位置に有って、無人の1面1線の地上駅でした。


茜堂ーマップ(宇美〜筑前勝田)
茜堂-宇美駅跡
茜堂-勝田線跡 茜堂-宇美駅跡
距離=起点11.0キロ。
電報略語=ウミ。
駅=1面2線の有人駅。

平成25年5月4日撮影、宇美駅構内横の踏切跡地前。平成25年5月31日撮影、宇美駅跡地。

宇美駅は、大正7年9月19日に、筑前参宮鉄道の貨物駅として開業します。
大正8年5月20日に、貨物専用駅で有った宇美駅を、新宇美駅に改称し、旅客業務を開始します。
同年12月1日に、新宇美駅から上宇美駅に改称し、昭和17年9月19日の大同合併の際に、上宇美駅と宇美駅を宇美駅に統合します。
   

昭和60年4月1日に、勝田線廃止に伴って営業廃止となりました。
廃止前の宇美駅は、吉塚起点で11.0Kmの位置に有って、駅員配備の1面1線の地上駅でした。
   


茜堂-勝田線跡 茜堂-勝田線跡

平成25年5月4日撮影、宇美駅構内跡地を出た所。同日撮影、井野川の側面を走る、勝田線廃線跡地道路。
   

茜堂-勝田線跡 茜堂-勝田線跡

平成25年5月4日撮影、県道60号踏切跡地、宇美方。同日撮影、県道60号踏切跡地、筑前勝田方。
   

茜堂-筑前勝田駅跡
茜堂-勝田線跡 茜堂-筑前勝田駅跡
距離=起点13.8キロ。
電報略語=ツタ。
駅=1面1線の有人駅。

平成25年6月3日撮影、井野川を渡り県道68号と接する所。同日撮影、筑前勝田駅構内跡地。

筑前勝田駅は、大正7年9月19日に、筑前参宮鉄道の貨物駅として開業します。
大正8年5月20日に、旅客業務を開始します。昭和60年4月1日に、勝田線廃止に伴って営業廃止となりました。

廃止前の筑前勝田駅は、吉塚起点で13.8Kmの位置に有って、駅員配備の1面1線の地上駅でした。
   


茜堂-筑前勝田駅
茜堂-筑前勝田駅
   

昭和60年2月10日撮影。

筑前勝田駅と、周辺の俯瞰画像です。
右側は、炭坑跡地で、流石に閑散としています。
現在、中央の円形部辺りには、大型商業施設が建っています。
   

左の楕円拡大画像では、当時の線路の配置が見て取れます。
残念乍ら、駅舎とホームは、家屋に隠れて見えません。

   

手前の民家の、後の木々の奥辺りが、駅前になります。
機回し用の分岐点には、スプリントポイントを設置。

現在、商業施設前の道路横には、井野川が有りますが、
当時は、井野川は別の所を流れていました。

機回し線が有るのは、昭和59年2月1日の国鉄ダイヤ改正迄は、客車列車が残っていた為、一年程そのままの形で残されていました。

以前は、駅の前を走る県道68号の、北東側直ぐ横に井野川が流れ、機回し線の分岐点と、ホーム横の踏切の間を抜け、
現在の大型施設の有る、北側を廻る様な形で、大きく迂回していました。

現在は、道路横共に埋められ、遊歩道の終点公園に降りる階段が、設置されています。
埋められた井野川は、上記写真左手前側から、緩やかな流れのラインに変更され、少し離れた北側の位置に移設されています。
   

茜堂-筑前勝田駅跡 茜堂-筑前勝田駅跡

平成25年6月3日、下画像の定点撮影、踏切跡地。上画像の定点同日撮影、筑前勝田駅跡地とその周辺。
   

茜堂-筑前勝田駅

線路が有った所が、井野川に成っている様です。写真(38)に映ってる黄色い歩道は、井野川にせり出した状態で設置されています。
また、筑前勝田駅舎辺りまで、現在の県道68号に拡張され、その当時の旧道と、上り原田橋バス停は、現在も南側に残されています。
   

茜堂-筑前勝田駅終点跡
   

篠栗線柚須駅前から続く、勝田線廃線跡地の遊歩道は、
この旧筑前勝田駅の終点地、車止めの標識跡地にて、終着となります。

当時、
県道68号より、一段下に有った歩行者道路へ降りる階段は、
現在でも、公園へ降りる階段として、右奥に残されています。


平成25年5月4日、旧筑前勝田駅終点跡の定点撮影。
茜堂-筑前勝田駅終点
茜堂-筑前勝田駅終点

勝田線の終点、縮小画像で見辛いですが、線路の終端には、白と黒の放射柄の、
車止めの標識が見えています。
手前の転轍器標識には、青地に横線とSマークが付いています。車輪のフランジで開け閉め出来る、スプリングポイントの証しです。
   
全てをトレースすれば、吉塚〜柚須間は線路に沿っては歩けませんので、鉄の散策としては面白くは有りません。

皆さんも散策される場合は、是非、柚須駅から、この終点迄お歩き下さい。夏場でも、勝田線廃線跡の遊歩道は木影が程々に有り、
風も程良く通りますので、水分補給さえ十分に注意すれば、過ごし良いかと思います。
尚、上亀山〜志免間では一箇所、県道24号の大きな道路で分断されています。交差点も有りませんので、ここでの横断は不可能です。
   
散策中の疲れた場合のエスケープ方法は、直ぐ近くに並行してバス道も有り、香椎線宇美駅を使えば、楽に離脱が可能です。
私は、撮影し乍らの歩きでしたので、この
香椎線宇美駅を利用して、2回に分けて楽しみました。
それでは、安全と健康には十分注意の上、無理をせずに、勝田線廃線散策を心行く迄お楽しみ下さい。



勝田線の廃線入場券と乗車券=茜堂

勝田線の切符類を整理してみたら、多様式な切符が出て来ましたので、志免駅から掲載をしています。
御手洗駅と、上亀山駅の切符類は、残念ですが手持ちが御座いません。尚、吉塚駅の切符は 茜堂-篠栗線 のページを、ご覧下さい。
切符1枚にも、当時の情報が盛り込まれていますので、さながら歴史博物館の様でも有ります。
   
以下の硬券切符印刷は、当時の門司印刷場が担当しています。
   

茜堂-志免駅の切符
茜堂-志免駅代用入場券60円券 茜堂-志免駅入場券120円券
茜堂-志免駅入場券30円券

昭和47年8月4日、国鉄30円(大人専用券)、門司印刷場1期券。
昭和53年3月25日、金額式乗車券代用入場券、国鉄60円、JNR赤地紋。
昭和58年11月26日、国鉄120円、門司乗車券管理センター1期券。
   

大正8年5月20日、
開業。
茜堂-志免駅入場券130円券 茜堂-志免駅入場券130円券

昭和60年3月28日、国鉄130円、門司乗車券管理センター1期券。
昭和60年3月31日(
廃止最終日券)、国鉄130円、門司乗車券管理センター1期券。
   

茜堂-両矢式(志免)40円乗車券 茜堂-両矢式(志免)40円乗車券 茜堂-志免130円区間乗車券

昭和47年8月3日、矢印式乗車券(両矢)、志免駅〜吉塚駅・箱崎駅・博多駅・筑前勝田駅、40円、国鉄、JNR青地紋。
昭和48年6月27日、矢印式乗車券(両矢)、志免駅〜筑前勝田駅・箱崎駅・吉塚駅・博多駅、40円、国鉄、JNR青地紋。
昭和60年3月31日(
廃止最終日券)、金額式乗車券、志免駅〜130円、国鉄、JNR赤地紋。

勝田線の志免駅は、沿線では比較的大きな駅でしたので、切符販売が活発に行われていました。
発行窓口は一箇所でしたので、切符類には発行窓口表示が、一切付けられておりません。
   
上段の金額式乗車券の代用入場券は、入場券印刷が間に合わなかった場合や、数的に追加印刷の必要が無い場合等に行われます。
押印された角印には、各駅共通の「入場券(旅客車内に立入ることはできません。)」の、表示が記されています。
また、下段の矢印式乗車券では、同区間同運賃の券ですが、上り下り駅の表示が、年を越した時点で左右入れ替わっています。


茜堂-宇美駅の切符
茜堂-宇美駅代用入場券120円券 茜堂-宇美駅代用入場券130円券 茜堂-宇美駅入場券130円券

昭和59年1月18日、金額式乗車券代用入場券、国鉄120円、宇美駅2番(勝田線)窓口発行、JNR赤地紋。
昭和60年3月24日、金額式乗車券代用入場券、国鉄130円、宇美駅2番(勝田線)窓口発行、JNR赤地紋。
昭和60年3月24日、普通入場券、国鉄130円、宇美駅1番(香椎線)窓口発行、門司乗車券管理センター1期券(参考資料)。
   

茜堂-両矢式(宇美)30円乗車券 茜堂-両矢式(宇美)80円乗車券(表) 茜堂-両矢式(宇美)80円乗車券(裏)
大正7年9月19日、
開業。

昭和48年6月28日、矢印式乗車券(両矢)、宇美駅〜志免駅・筑前勝田駅、30円、宇美駅2番(勝田線)窓口発行、国鉄、JNR青地紋。
昭和48年6月28日、矢印式乗車券(両矢)、宇美駅〜箱崎駅・吉塚駅・筑前新宮駅・和白駅・雁ノ巣駅、80円、
宇美駅1番(香椎線)窓口発行、窓口表記裏面記載、国鉄、JNR青地紋(参考資料)。
   

茜堂-補充券(宇美〜御手洗)
茜堂-車内補充券(宇美〜筑前勝田)

昭和51年5月4日、補充片道乗車券、宇美駅〜御手洗駅、
50円、宇美駅2番(勝田線)窓口発行、国鉄、JNR青地紋。


補充片道乗車券には、当券の様に発駅が印刷されている、
自駅発用の補充片道乗車券と、 他駅発にも用いられる様に、
発駅の印刷がされてない、記入式補充片道乗車券が有ります。

昭和60年3月30日、第一種車内補充券、宇美駅〜筑前勝田駅、
60円、第827列車、博多車掌区乗務員発行、国鉄、JNR赤地紋。

勝田線の宇美駅は、少し離れた所に香椎線の宇美駅が有り、相互乗換は切符を持って、そのまま歩かなければなりませんでした。
当時の国鉄では、他にも尼崎駅(東海道本線・福知山線)、浜川崎駅(南武線・鶴見線)、石巻駅(石巻線・仙石線)の、3駅がそうでした。
   
切符販売は、勝田線宇美駅側が2番窓口、香椎線宇美駅側が1番窓口で、双方別途に管理されていました。
勝田線が廃止になると、香椎線宇美駅の切符類からは、発行窓口の表記が消えています。
勝田線の宇美駅の入場券は、30円券の昭和49年には、代用券になっていました。以後、廃止まで白券での発行は有りませんでした。


茜堂-筑前勝田駅の切符
茜堂-筑前勝田駅A券赤線入場券

昭和35年12月11日、赤線入場券、国鉄10円、門司印刷場A型3期券。
   

茜堂-筑前勝田駅入場券30円券 茜堂-筑前勝田駅入場券30円券 茜堂-筑前勝田駅入場券30円券
大正7年9月19日、
開業。

昭和47年8月4日、国鉄30円(大人専用券)、門司印刷場1期券。
昭和51年5月4日、5月22日、国鉄30円、門司印刷場3期券(
エラー券)。

中央と右側の入場券は、エラー券です。普通入場券で有る所が「券」が「場」となっていて、普通入場場と「場」がダブっています。
   

茜堂-筑前勝田駅入場券100円券 茜堂-筑前勝田駅入場券100円券 茜堂-筑前勝田駅入場券100円券

昭和54年12月15日、昭和55年9月11日、昭和56年3月27日、国鉄100円、門司印刷場1期券。
   

茜堂-筑前勝田駅入場券110円券 茜堂-筑前勝田駅入場券130円券 茜堂-筑前勝田駅入場券130円券

昭和57年1月3日、国鉄110円、門司印刷場1期券。昭和60年3月3日、昭和60年3月9日、国鉄130円、門司印刷場1期券。
   

茜堂-筑前勝田〜志免(乗車券) 茜堂-筑前勝田190円区間乗車券 アンティークステーション茜堂の鉄路趣味=最終を飾ったSL達、最終旅客牽引 機のC57135、貨物最終牽引機のD51241、国鉄最後のSL中間検査Aの工場検修 機D51603、国鉄最後のSLの1機79602等、画像と解説で紹介しています。 アンティークステーション茜堂の鉄路趣味=最終を飾ったSL達、最終旅客牽引 機のC57135、貨物最終牽引機のD51241、国鉄最後のSL中間検査Aの工場検修 機D51603、国鉄最後のSLの1機79602等、画像と解説で紹介しています。 茜堂-筑前勝田60円区間乗車券小児

昭和48年6月27日、一般式乗車券、筑前勝田駅〜志免駅、40円、国鉄、JNR青地紋。
昭和60年2月18日、金額式乗車券、筑前勝田駅〜190円、国鉄、JNR赤地紋。
昭和60年3月24日、金額式乗車券、筑前勝田駅〜60円(小児券、赤影)、国鉄、JNR赤地紋。
   

茜堂-筑前勝田130円区間乗車券

昭和60年3月31日(廃止最終日券)、金額式乗車券、筑前勝田駅〜130円、国鉄、JNR赤地紋。

上記の筑前勝田駅入場券のエラー券は、この時期にロット印刷された他駅等、広範囲に渡り、出札窓口に配布されていますので、
別段珍券と言う程の物では有りません。 茜堂-廃線宮田線途中下車 のページにも、同時期の筑前宮田駅入場券を収録しています。

但、当時は知る人ぞ知るの、珍券では有りましたが、些か数が多過ぎて、余り気にする人も少なくなって来ています。
   

茜堂-筑前勝田駅キハ58とキハ47

筑前勝田駅ホームに停車中の、キハ58系(国鉄色)、キハ47系(朱色=たらこ色)、3両編成。

懐かしい、国鉄色のキハ58系が、朱色のキハ47系とタッグを組んでいます。ホームの土もローカル駅の風情を、醸し出しています。
この頃には、背後の小山(ゆりが丘)には、一戸建の民家が、パラパラと建ち始めている様です。
   

茜堂-チャレンジスタンプ

昭和55年9月11日、いい旅チャレンジ20,000Km、終点スタンプ、チャレンジ九州パスポートに押印。

いい旅チャレンジ20,000Kmは、昭和55年3月15日から10年間、国鉄全鉄道路線の完全乗車(完乗)を目的として始められた、
国鉄のキャンペーンで、その後に民営化されたJR各社にも引き継がれ、平成2年3月14日を以て終了しました。
   

茜堂-筑前勝田駅お知らせ 筑前勝田駅の掲示板(右側)。
さよなら臨時列車(3月16.17.21〜31日、運行)

記念乗車券、記念入場券、
乗車(最終列車)証明書の発行、記念品の販売予定。
   
改札付近では、
駅長が手書きした、記念文字入りの、
大きな石炭の、無料配布が行われていました。

筑前勝田駅の掲示板(左側)は、営業廃止のお知らせが「勝田線は、昭和60年3月31日限りを持ちまして営業廃止となります。
長い間ご利用いただき、ありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
つきましては、さよなら臨時列車を、つぎのように運転致します。」と記されています。以下の文は省略致します。
   

茜堂-さよなら関係の切符類
茜堂-さよなら記念乗車券
茜堂-さよなら記念乗車券
茜堂-さよなら記念乗車券
昭和60年4月1日、
廃線。

昭和60年3月25日、さよなら勝田線記念乗車券(共袋付き)、
裏面は駅の思い出(御手洗駅、上亀山駅、志免駅、下宇美駅、宇美駅、筑前勝田駅)
筑前勝田駅〜吉塚駅(190円×2枚)、筑前勝田駅〜吉塚駅(小影、90円×1枚)470円、筑前勝田駅発行、国鉄、JNR地紋、縮小画像。

路線図に各駅の写真が記され、勝田線沿線の名所旧跡が、写真と文章で紹介されています。
   

茜堂-吉塚駅さよなら記念入場券 茜堂-宇美駅さよなら記念入場券 茜堂-筑前勝田駅さよなら記念入場券

昭和60年3月25日、さよなら勝田線記念入場券、国鉄130円、吉塚駅発行、JNR緑地紋。
昭和60年3月25日、さよなら勝田線記念入場券、国鉄130円、宇美駅発行、JNR緑地紋。
昭和60年3月25日、さよなら勝田線記念入場券、国鉄130円、筑前勝田駅発行、JNR緑地紋。

有人駅4駅のみで、廃止一周間前から発行された、A型硬券単体発売の、さよなら勝田線記念入場券。
   

茜堂-宇美駅さよなら記念入場券 茜堂-筑前勝田駅さよなら記念入場券

昭和60年3月31日、さよなら勝田線記念入場券(廃止最終日券)、国鉄130円、宇美駅発行、JNR緑地紋。
昭和60年3月31日、さよなら勝田線記念入場券(
廃止最終日券)、国鉄130円、筑前勝田駅発行、JNR緑地紋。
   

茜堂-最終列車乗車記念証明書(表)
茜堂-最終列車乗車記念証明書(裏)

昭和60年3月31日、さよなら勝田線、最終列車(832Dレ)乗車記念証明書(廃止最終日券)、九州総局発行、国鉄、JNR地紋、表、裏。
   

茜堂-筑前勝田駅舎
茜堂-筑前勝田駅時刻表 筑前勝田駅、駅舎展望。
駅右方面が終点、左方面が宇美方。


筑前勝田駅の発車時刻表。
廃止前年の、昭和59年2月1日改正の物。
閑散とした状況が、良く分かります。

昭和56年9月18日には、
第1次特定地方交通線として、
既に、廃止承認が下りていました。

筑前勝田駅発、昭和60年3月31日、19時49分発の上り最終列車、832Dレを最後に、勝田線は幕を閉じてしまいました。
当日の筑前勝田駅での記念式典は、さよなら臨時列車(4両編成)の最終日、10時31分入線〜10時52分発車の間に、行われています。
筆者は、吉塚駅までの、乗車率200%以上の大混雑の中、両手を挙げ揉まれながら、車内録音を敢行しています。
   
発行された、記念乗車券は、吉塚駅と筑前勝田駅の2駅で、それぞれ発売枚数は1000組、価格は470円。
形態は、3枚綴り券面は区間相互式で、大人用2枚、小児用1枚、専用袋が付いています。
記念入場券は、A券の硬券で発行され、吉塚駅、志免駅、宇美駅、筑前勝田駅の4駅で、それぞれ発売枚数は1000組、価格は130円。
   
上記の発行期間は、昭和60年3月25〜31日迄、最終日迄に売り切れる恐れも有ったが、各駅とも最終日迄持ち堪えています。
最終列車乗車記念証明書は、筑前勝田駅発、昭和60年3月31日、19時49分発の上り最終列車、832Dレの乗客に配布されました。
配布方法は、吉塚駅にて駅員がホームにて待ち構え、各ドアから下車する乗客に、一枚ずつ丁寧に手渡しをしています。
   

この路線程、廃止が惜しまれる路線は無いと思われます。全線が博多市内への通勤圏となる、大都市近郊区間であり乍ら、
貨物輸送を中心とした、旧態然以前のダイヤ構成の侭で、利用者が遠のき、特定地方交通線として整理されました。
第三セクター化も模索されず、国鉄、行政、住民から見放され、現在の人口密度から振り返ると、とても残念な路線です。

もし残っていれば、当然、電化され、快速15分圏内の通勤路線として、その利便制から大きく発展して居たで有ろうし、
香椎線の宇美駅とは、一元化され、終着駅の筑前勝田駅からは、太宰府、二日市迄延され、外環状化されていたやも知れません。
沿線の発展は、当時の急速な周辺地域の開発から、一目瞭然で有ったが、努力の放棄が痛恨の失策として、悔やまれてなりません。




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