驚きのC62貨物牽引/茜堂

【何とC62 3号機が小樽発の貨物を牽引=茜堂】


信じられない事が、起ってしまいました。それは函館本線小樽駅での、朝の出来事である。

その日は、C62 3号機の牽く、137列車を撮るべく塩谷付近で構えていた。通過後は正午頃まで、下りのスジは皆無となる。
急ぎ撤収し、海岸通りまで降りて行き、茜堂お得意のヒッチハイクで、小樽駅へと滑り込む。

長万部からC62 3号機牽引の、137列車は、既に9時54分に小樽駅到着済み。
然し、小樽駅への入場目的は、旭川駅へ向かう為に、かむい4号編成の、快速札幌行の電車に乗る事でした。

因に、懐かしのヨンサントオで、登場した、
711系の、急行かむい4号編成は、小樽〜札幌間は、快速の3859M列車で、
札幌〜旭川間が、急行の807M列車となります。
茜堂-C623(137列車)

この時、塩谷で撮影をしたのが、この丸山背景の、下りのC62 3号機牽引、137列車4両編成です。
煙りが、カマにまとわり付き、影を作っています。

下の写真は、前日に撮った、塩谷付近での、上りのC62 3号機の、132列車5両編成です。
132列車運用では、機関車の直ぐ後ろに、荷物列車が1両付きますので、都合5両編成となって、小樽駅〜長万部駅迄を担当します。

写真では、マニ60 2228が付いています。
長万部で、一泊しての帰りが、上の写真の137列車で、荷物車無しの4両編成となります。



茜堂-C623(132列車)


小樽駅に入場すると、3号機は何故か動く様子が無い。事の仔細を乗務員に尋ねると、下りの臨時貨物を引くとの事。

旭川行きは取り敢えず中止し、期待しながら待つ事暫し、
C62 3号機は、機回し線を移動しながら、真ん中の待機線に止まっている、6両のセキに近付く。
これは大スクープと、興奮を隠し切れずに、シャッターを押す。

気が付けば、6×6と、35を各々モノクロで、一本ずつ収めてしまった。
当日、ホームにてカメラを、構えて撮影していたのは、茜堂筆者と国鉄の方と、もう一方の三名のみ。


後日、鉄道雑誌に、同日の投稿写真記事が、掲載されました。恐らく、お二方のどちらかの手による物でしょう。
遅ればせながら、当方も茜堂サイトにて、記させて頂きます。

この貨物牽引顛末記は、昭和48年8月26日、閑散とした朝の函館本線小樽駅から、始まります。
且つては、132列車137列車定期運用での、C62 3号機の前任の、C62 2号機も小樽駅着で、同様の貨物仕業に借り出されていた様です。
この3号機に至っては、以降も複数回の小樽駅発の、臨時貨物を牽引しています。



茜堂-栄光のC623が貨物牽引した日

小樽着の普通列車137列車から、切り離された牽引機、C62 3号機は、
そのまま、南小樽方から機回し線に回り、
保留線の塩谷方で、暫く待機します。


茜堂-C623


旗振り連絡手を左前端に携え、ホーム中央の通貨貨物線に向かい、機回し奮闘中の現役時代の、C62 3号機。
テンダー前の、飛出し過ぎたデレッキの把手が、少し気掛りです。

セキ6両の札幌向きに、ゆっくりと近付くC62 3号機、少し手前で一旦停止、連結まで後僅か。
朝の逆光が、少し眩しい。


茜堂-C623貨物


機関車に繋がる先頭の、セキ7255はセキ6000形で、製造車両の多さから、7000番台の番号となっています。

側面(四辺)に引かれた帯(黄帯)は、最高速度65Km/hを表していて、
その横には、北海道地区特有の「道外禁止」の文字が、付けられています。

セキ6000形は、セキ3000形(2730両、最高速度55Km/h)の積車時速度を、10Km/h上げる為に、
TR41Bの台車に、履き替え改造された物で、昭和45年迄に、1509両製造されています。

その後、相次ぐ炭坑の閉山で、石炭輸送はトラック輸送に切り替えられ、JRに引き継がれた、セキ6000形は、
美祢〜宇部港間の運用を最後に、平成10年迄に、全廃され形式消滅をしています。


茜堂-C623貨物


ガチョーン(リアルタイムでは有りません)。
その昔、サンダーバード3号と、5号の連結時(特急列車では有りません)に、谷啓さんが叫んでいました。
(雑談にて申し訳ございません)



茜堂-煙り棚引くC623貨物


隣の1番線には、D51の担当で到着した、森駅6時34分始発の札幌行き、荷客41列車。
停車時間、余裕の10分でカマ替えし、12時14分の発車を待つ。

小樽駅始発の札幌方面への客車は、D51が担当するが、
森駅からの客車の頭には、漆黒のD51に変わり、深紅のED76が付く。
何故か、連結解除し少し前へ、炭投し出発に向けて、火床の調整をするC62 3号機、煙りが棚引き出した。


茜堂-C623貨物

再び定位置へ、
機関助士がホームへと戻ると同時に、隣の列車は、札幌に向けゆっくりと歩み出す。


茜堂-貨物C623キャブ


小樽築港機関区の区名板も誇らし気な、3号機非公式側キャブ。
北海道型の、大きなタブレットキャッチャーが、単調なキャブの側面を、プレートと共に、引き締めています。

正式名称は、苗穂工場(苗工)式タブレットキッチャーと、呼ばれています。
冬期厳寒の、北海道ならではの仕様で、受けるだけでは無く、渡す事も可能になっています。

下部後方のフックに、タブレットキャリアを、引っ掛けて置くだけで、
乗務員が、タブレット渡しの為、雪や寒風に晒される事無く、半自動的に駅のキャッチャーに、タブレットが渡せる様になっています。
その為、北海道のキャリアのみ、上部のワイヤーリングが、剥き出しとなっています。



茜堂-C623貨物

再び、乗務員が戻って来た時には、1番ホームの札幌行き
41列車は、もういない


茜堂-C623貨物


精悍な面構えの C62 3号機。
撮影は、職員に許可を得て、国鉄氏に同行し線路に降り立つ。
とても危険ですので、良い子の皆様は、決して真似をしない様に、時代が違います。



茜堂-C623貨物


テンダーの後ろに連なる、6両のセキ6000形
キャブの旋回窓の前に、設置されている氷柱ガードが、北海道の冬の厳しさを、物語っています。


茜堂-C623貨物


右側の1番ホームには、荷客の換わりに、DD51 710号機(次画像にアップ)が、
挿まれる様に、出発待機のC62 3号機。

尚、他区(糸崎機関区)に於いても、
晩年期にC62が貨物を牽引したと言う事実を、他者画像にて確認しています。

左側の3番ホームには、編成の複雑な、急行らいでん2号904D列車が、小沢駅から岩内方面へ、4943D列車に分離し、
倶知安駅から上目名駅迄は、普通列車934D列車となる。
更に、倶知安駅から、急行いぶり4814D列車に分離し、胆振線経由で、ぐるっと一回りして札幌駅に戻る。

やがて、C62 3号機は、力行するでも無く流れる様に、静かにセキを牽き下って行った。
千両役者には役不足、些か荷が軽過ぎた様だ。



茜堂-三つ目DD51710号機


五稜郭所属の三つ目ライト、耐寒仕様のDD51 710号機、
3号機が居た立ち位置にスタンバイ、長万部までの山線重連仕業待機中。

スノープロウに旋回窓と、氷柱ガードが極め付け。
昭和45年4月6日、五稜郭にて新製デビュー。昭和62年3月31日、五稜郭機関区にて廃車。
日立製作所製の北海道向け、五稜郭機関区専従のカマでした。


茜堂-入場券小樽駅30円

昭和48年8月26日、入場券、30円、小樽駅発行券、札幌印刷場30円4期券。

下のD型券とは、拡大比率が異なります。
この貨物牽引顛末記は、昭和48年8月26日、閑散とした朝の函館本線小樽駅から、始まりました。



C62最後の現役機、C62 3号機は、D52 458号機を元に、昭和23年6月18日に、日立製作所笠戸工場にて、誕生し、
同年6月26日に、糸崎機関区に配属され、昭和25年8月17日に、梅小路に転属します。

渡道前の昭和31年8月31日、鷹取工場で、北海道向けに軸重軽減し、ボーラー交換を済ませ、
同年9月26日に、小樽築港機関区に移籍します。

内地で8年、道内で20年と、生涯のほぼ3分の2を、小樽築港機関区で過ごした、C62 3号機は、
昭和51年3月19日に、小樽築港機関区にて廃車され、
同年9月1日より、手宮の北海道鉄道記念館にて、長らく静態保存されていましたが、
昭和63年3月3日、復活蒸機として、苗穂所属で車籍復活されました。

以降は、快速C62ニセコとして旧客を従え、且つて、走っていた函館本線の内、
小樽〜倶知安間(後に、ニセコ駅迄延長)の、運用に付きます。

長らく活躍していましたが、大型機に於ける経費や諸問題から、平成7年11月3日を最後に運転を休止し、
惜しまれながら、平成8年3月19日に再度除籍されます。

除籍後は、同じJR北海道苗穂工場内にて、大切に静態保存されています。
尚、同機は平成22年10月14日に、JR北海道の準鉄道記念物として、名誉有る指定を授かりました。


茜堂-C623記念乗車票

平成8年10月13日、苗穂工場公開、C62 3 記念乗車証、JR北海道、苗穂工場発行。

車籍の除籍後7ヶ月弱余り、
苗穂工場一般公開時での、静態保存機C62 3号機へのキャブへの立入りの際に、発行された記念乗車証です。
赤線入場券10円時代の、窓口発行券の様な純白の、化粧(晒)ボール紙を使用しています。

裏面には、辛うじてSLだと分る、網点の荒い印刷が処理されていて、
シルエットとデフの形状、サンドドーム後ろに何やら(重油タンク)から、C57四次形最終機C57 201号機だと、判断できます。
神居古潭駅跡の旭川市博物館に、C57 201号機は、29638、D51 6号機と共に、静態保存されています。

何故、券裏面が、C57 201号機なのだろうか、
C62 3号機にすべきなのだが、その意図たるもの、茜堂には計り知れません。




当ページの掲載写真は、茜堂による原盤ネガからの画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
上記記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
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