鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2017/12/7/THU=四條畷の戦いは勝負無し
延元元年(建武3年)5月25日、九州勢の足利兄弟と「湊川(神戸市)」の戦いで、南北方の武将、楠木正成が戦死してから、
楠木側は暫くの間、鳴りを潜めていたが、楠木正成の息子、楠木正行が、本拠地の河内国南部にて、次第に勢力を強めて来たのを機に、
正平2年(貞和3年)9月、楠木軍は藤井寺近辺に於いて、細川顕氏を破り、翌々月の11月には、住吉付近で山名時氏をも破った。
   

そんな、南朝方の楠木正行でしたが、正平3年(貞和4年)1月5日、河内国北條(大阪府四條畷市、大東市)に於いて、
足利尊氏の、家臣高師直との間の「四條畷の戦い」に於いて、戦いに破れ自決しています。
   

近年の「四條畷の戦い」では、平成15〜16年、行政と鉄道事業者との間に起った「條」に変更しろ、否、しないの戦いで有る。
九州から戻って来た、足利尊氏軍Vs.後醍醐天皇軍の戦いとして、伝統的な地名とし、四条畷市の施設では、一貫して「條」を使用。
ここで整理をすると「條」は、当用漢字「条」の旧字体で、言い換えれば、村名から戦後「旧漢字」の侭で、今に至っている事になる。
   

旧字体に拘るので有れば、全てを旧字体として「肆條畷之戰」となるのだが「條」のみに拘るのも、些か合点が行かない。
そんな市に、楯突くかの様に、鉄道や、国道の道路標識、警察署、郵便局、府立高校、保健所等は、旧字体を使わず「条」を使用。
これに対して、四條畷市は旧字体の「條」にすべく、JR西日本、バス会社、隣接する国道事務所、新聞社等、各方面に対して要請をします。

   

斯くして、要請を受けた大阪府は条例を制定し、平成16年には旧字体の「條」の表記使用を勝ち取り、警察署や保健所等は「條」に変更。
公的機関や交通機関も、旧字体の「條」に変更する中、JR西日本の駅名のみ、常用漢字の「条」の侭となっています。
四條畷市は、JR西日本側にも、旧字体の「條」の表記変更を要請していますが、変更規模が他とは違う事は、明々白々な事実です。
   

JR西日本側としては、駅名変更に関しては、地元の自治体の要請に依って行うが、基本は「自治体の全額負担」の立場をとっています。
行政側は、他社は無料で変更してくれたが、JR西日本側は有料と聞き、そんなこんなで、思惑外の攻防戦となっています。
この先、名称変更に伴う費用が、捻出されない限り「四条畷駅」で、現状推移して行く事となるのでしょう。
   


茜堂-乗車券(四條畷〜星田)表
茜堂-乗車券(四條畷〜星田)裏

昭和25年12月22日、一般式片道乗車券、四條畷〜星田、3等、5圓、四条畷驛発行、国鉄、JNR赤地紋。

実は、駅開業時は当然、旧漢字の「四條畷驛」で、所在地は「四條村(現、大東市)」でしたが、
昭和26年、内閣訓令第7号、第32号で交付された「当用漢字表」に拠り、共々、後年には当用漢字の「条」に変更しています。
   

現在の鉄道駅では、旧漢字の「條」の付く駅は無く、常用漢字の「条」が付く駅は、
東三条駅(信越本線)、三条駅(信越本線)、北三条駅(弥彦線)、東下条駅(磐越西線)、燕三条駅(上越新幹線)、中条駅(羽越本線)、
南条駅(北陸本線)、上条駅(只見線)、中之条駅(吾妻線)、東十条駅(京浜東北根岸線)、十条駅(赤羽線)、
   
上条駅(長野電鉄)、西条駅(篠ノ井線)、六条駅(越美北線)、十九条駅(樽見鉄道樽見線)、五条駅(和歌山線)、
九条駅(近鉄橿原線、阪神なんば線、大阪地下鉄中央線)、西九条駅(大阪環状線)、北条町駅(北条鉄道)、下一条駅(山陰本線)、
西条駅(山陽本線)、三条駅(琴平電気鉄道)、伊予西条駅(予讃線)、伊予北条駅(予讃線)、一条橋駅(土佐電気鉄道)、西鉄五条駅(西鉄線)、
   
京都方面では、二条駅(嵯峨野線、地下鉄東西線)、二条城前駅(地下鉄東西線)、三条駅(京阪本線、京阪鴨東線)、西大路三条駅(京福嵐山線)、
三条京阪駅(京阪京津線、地下鉄東西線)、四条駅(地下鉄烏丸線)、祇園四条駅(京阪本線)、五条駅(地下鉄烏丸線)、清水五条駅(京阪本線)、
七条駅(京阪本線)、九条駅(地下鉄烏丸線)、十条駅(地下鉄烏丸線、近鉄京都線)等々、流石、京都ならではです。
   
北海道方面では、北12条駅、北18条駅、北24条駅、北34条駅(札幌地下鉄南北線)、北13条東駅(札幌地下鉄東豊線)、
旭川四条駅(宗谷本線)等々となっています。
   

茜堂-四条畷駅スタンプ
楠木正行(くすのき まさつら)は、楠木正成の嫡男で、
大楠公と尊称された正成に対して、小楠公(しょうなんこう)と、呼ばれました。
   
明治22年に、殉節地の地元有志に依り、楠木正行を始めとする、楠木一族を祀る、
神社創祀の願いが適い、別格官幣社として社号を与えられ、明治23年に社殿が竣功され、
正行を主祭神とする、四條畷神社が創建されました。
   
駅スタンプ画像は、切符対比80%縮小としています。

わたしの旅スタンプ、小楠公ゆかりの地の駅、JR学園都市線、四條畷駅、大阪支社印。

昭和55年からの、国鉄のスタンプを経て、小楠公ゆかりの地の駅、JR学園都市線わたしの旅、四條畷駅、大阪支社印です。
このシリーズの決め事で、本来は黒色なのですが、何故かJRでは、スタンプ台が赤色に変わっています。
図柄は、建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社となる、四條畷神社の拝殿が、鳥居越しに描かれています。
   


茜堂-5.5.5入場券(タトウ表) 茜堂-5.5.5入場券(タトウ中)

平成5年5月5日、記念入場券、タトウ(表、内)。

専用タトウは、発行各駅共通デザインとなっています。
   

茜堂-入場券(四条畷駅)表 茜堂-入場券(四条畷駅)裏

平成5年5月5日、記念入場券(駅名エラー券)、120円、タトウ付き、券番0001、四条畷駅発行、JR西日本。

そんな攻防戦の中、茶々を入れる様で、申し訳ないが、JR西日本発行の、痛恨のエラー硬券切符、記念入場券を紹介致します。
良く見て下さい、駅名が「畷(なわて)」では無く「綴(つづり)」となっています。何と「四条綴(しじょうつづり)駅」。
私情(しじょう)を、綴(つづ)ると、誤植は、不幸中の幸い「畷→綴」で良かった。若し「条→條」だったら、一悶着有った事でしょう。
   
さて、どうして間違えたのか、些か不可解です。昔の活版印刷での、活字棚から活字を拾う「文選」なら有り得るが、
PDFでのオフセット印刷で、PCでの制作時のキーボード入力において、データ自体の誤字は考え難い。
何故ならば、一般的に「なわて」と打てば「畷(なわて)」が出て来る訳で、間違っても「綴(つづり)」は、出ては来ない。
   
考えられる事は「四條畷」の漢字原稿を渡された、オペレーターが、読み方を知らず「しじょうつづり」と思い込み、
データ作成をし、出稿前の校正でもミスに気が付かず、そのまま印刷され納品し、JR側の検査を摺り抜けて、駅へ配布されたので有ろう。
さて、誰が最初に、駅名のミスに気が付いたので有ろうか、駅員で有ろうか、購入者で有ろうか、興味は尽きません。
   
因に、PCで「しじょうなわて」を打込むと、一次が「四条畷」で、二次に「四條畷」が続き、そこそこ、両者は拮抗はしているが、
初期設定で「なわて」を端折り「しじょう」で打つと「四条」のみが、変換される。やはり感は否めない所では有る。
奇特な方が寄付を、或は、行政側が「宝くじ」でも当てて、JR西日本に「これでポン」と出してやれば、丸〜く収まるのだが。
   
その時は、最後の牙城、駅名改称前後の記念硬券入場券を、是非、発行して下さいませ。
因に、上記硬券は、純白コート紙に尽き、ハレーションを押さえる為、実券よりアンダーにしております。
尚、後に四條畷市はHP上にて、市の施設に関する場合のみ「條」を、それ以外でしたら「条」でも、関与しない旨を掲載しています。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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