鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2017/4/5/WED=名無しの高校前行き乗車券
行き先は、昭和48年4月16日に、越後交通栃尾線、悠久山駅〜長岡駅間が、部分廃止に因り廃駅となった、高校前駅。
さて、この高校前駅ですが、巷には、校名表示の切符も多いですが、該当切符には、校名が付記されておりません。
実は駅名の由来校は、平成23年10月28日に、学校の正門が、国の登録有形文化財(建造物)に登録された、新潟県立長岡高校です。
   

近隣には、新潟県立長岡大手高校も有る事から、敢えて、校名は付記され無かったものと、考えられます。
高校前駅は、昭和28年7月15日、栃尾鉄道によって開業、昭和31年11月20日、社名変更に因り、栃尾電鉄の駅となります。
当駅前後の廃線跡は、遊歩道「シンボルロード」が整備され、朝夕の登下校時には、多くの生徒達で賑わっています。
   

また、高校前駅の隣駅は、大学前駅でしたが、こちらにも校名は、付記されていませんでした。
但し、昭和50年4月1日全廃した、長岡駅〜上見附駅の内、長岡駅から二つ目に位置する、中越高校前駅には、
しっかり校名が付記されていますので、校名の有無には、活版の字数には、関係していないと言う事だけは、判明致します。

   

では何故、大学は一校しかない、長岡大学なのに、大学前駅には、校名が付記されていないのか、
実は、大学前駅の駅名改称前で有る、四郎丸駅の時代から、高校前駅に見る様に、一切の校名が付記されていません。
   

一方では、唯一、校名が付記されている、中越高校前駅は、改称前が家政高校前駅で、その前は、東神田駅でしたので、
全線に渡り、駅名改称前の時代には、駅名には校名を、付記しないと言う事で、統一されていたのではと思われます。
或は、家政高校前駅、そして中越高校前駅となったのは、高校前駅が、既に存在していた為の、特例的な措置だとも考えられます。
   

茜堂-越後交通乗車券(表) 茜堂-越後交通乗車券(裏)

昭和48年4月15日(最終日)、加津保〜高校前、明晶、70円、加津保駅発行、青社地紋、越後交通。

新潟県立長岡高校には、SSHとして、理数系大学を視野に入れた、化学、理科、数学に特化した「理数科」が置かれています。
因みに、半世紀前に、筆者の通っていた高校では、公立普通科の高校でしたが、商業デザインに特化した、憧れの「D科」が有りました。
授業で、日産フェアレディZS30の、新聞広告全15段を、鉛筆とフェルトペンで、仕上げた事を懐かしく思い出します。
   
筆者の終生のライフワークとなる、広告制作Gデザイナー、広告代理店AEへの通過点でも有りました。
文中の切符符合の様な英字は、詳細はさて置き業界略語で、D=デザイン、G=グラフィック、AE=アカウントエグゼクティブ。
そして、SSH=スーパーサイエンスハイスクール、こちらは強引に和訳をすると、超科学高等学校で有ろうか。
   
小さい頃からお絵書き小僧で、小学生に入ると絵を習い、将来の仕事をデザイナーと決め、趣味の基本は鉄道関連一直線。
大学は実戦に特化した、芸大デザイン学科GD専攻で、強靭な精神と徹夜の快感を培い、写真学では、鉄撮のみに大いに役立っています。
室蘭本線、白老駅〜沼ノ端駅間28.736Kmの、日本最長の鉄道直線区間の如く、ぶれる事無く、鉄と仕事を謳歌しています。
   
さて、話は分岐し大きく逸れるが、終着も近付き本線に戻ります。越後交通は、大正3年3月3日、中貫鉄道株式会社として設立し、
紆余曲折を経て、昭和50年3月31日、鉄道線の営業を廃止し、高速バスに参入する等、バス事業に専念しています。
現在は、越後交通株式会社として、主要子会社に、北越後観光バス、南越後観光バス等が連なっています。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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