鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2017/3/25/SAT=建蔽率が少なく庭が広い切符
建蔽率が少なく、なんとなく券面の周りの空白が広い、ゴージャスな敷地を持つ硬券ですが、
当券は、B型券用レイアウトの組版(活版)を、そのままA型券に印刷をした、台紙流用の矢印式片道乗車券です。
その為、見た目的に活字が中央に集約され、小児断線が、上下に寸詰まりなのが、特徴的です。
   

建蔽率(けんぺいりつ)とは、建築用語で、建築面積の敷地面積に対する、割合の事を言います。
例えば、建蔽率50%の指定地域に有る、100㎡の敷地には建物の投影面積の、50㎡まで建築が可能となります。
つまり、土地に対する建蔽率が低いと、建物より庭(土地)の方が、広くなってしまいます。
   

矢印式の乗車券は、昭和3年9月1日に、東京近郊の省線電車特定運賃区間で、初めて使用開始されています。
関西地区では、遅れる事4年と半年後の、昭和8年3月1日に、城東線の電車化に伴い、A型券で登場していますが、
戦時中にB型券化され、戦後以降も変わらず、短距離区間の為、B型券のままで推移しています。

   

因に、A型券からB型券にすると、9%の節約になる事が、昭和17年2月3日の、審査課長会議にて示されています。
恐らく当券は、B型券台紙のショートが原因か、或いは、A型券の在庫調整の為に、流用台紙として印刷された物だと思われます。
ともあれ、戦後には登場しない筈の、A型券での矢印式片道乗車券ですので、珍券の一つだと言えます。
   

茜堂-矢印式(神戸〜三ノ宮)2等(表) 茜堂-矢印式(神戸〜三ノ宮)2等(裏)

昭和26年9月13日、矢印式片道乗車券、神戸〜三ノ宮、2等、10円、神戸駅発行、国鉄、JNR青地紋。

通常のB型券の字組をその侭、流用台紙で有ろう、A型券に印刷した為、小児断線が滑稽な位、異様に短く感じられます。
姿形はA型券なのに、乙片綴り穴が無いのも、何となく不自然な雰囲気が、漂っています。
   

茜堂-矢印式(神戸〜三ノ宮)3等(表) 茜堂-矢印式(神戸〜三ノ宮)3等(裏)

昭和32年4月27日、矢印式片道乗車券、神戸〜三ノ宮、3等、10円、神戸駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

通常の様式に因る、B型券の組版では、上段の組版と、循環符合と窓口番号記載を除き、ほぼ同じ様式で、推移しています。
   
戦後の大阪印刷場管内の、B型券のみ、乗車券や入場券も含め、全ての乙片集束用の綴り穴は、開けられませんでした。
この措置は、全国9箇所の印刷場でも、大阪印刷場だけの仕様で、その流れを汲んだのか、
本来B型券で有る所の、当A型流用券にも、B型券扱いとして、乙片集束用の綴り穴は、開けられていません。
   
また、裏面の特徴的なゴシック体の券番は、乗車券では昭和6年頃から始まり、昭和30年代初頭頃迄、暫定で使用されています。
因みに、同管内の入場券では、昭和12年頃から、B型券10円2期券の終了迄、ゴシック系の券番が続く事となります。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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