鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2017/2/19/SUN=ピンホール式のダッチング券
ご存知、南満州鉄道は、満鉄と呼ばれ、満州国に存在した、南満州鉄道株式会社が経営する鉄道で、
日露戦争中の、満州軍野戦鉄道提理部を母体に、日本政府が明治39年に、半官半民の特殊会社として設立されます。
明治39年〜昭和20年迄存在し、鉄道事業を中心とし広範囲に渡る事業を展開、日本軍による満洲経営の中核となっていました。
   

本社は関東州大連市に、後に満州国が成立すると、満州国首都の新京特別市に本部が置かれ、事実上の本社となります。
東京市麻布区麻布狸穴町にも、東京支社が置かれ、大連では、近代的都市計画や、沿線の都市建設等も行い、
最盛期には、港湾、炭鉱、製鉄所、大学等の教育機関や研究所、病院等、80余りの関連企業を持つ、複合的な企業でした。
   
満州南部に位置する、南満州鉄道(The South Manchuria Railway)に対し、満州中部、北部には、満州国交通部の満州国有鉄道が有り、
通称「国鉄」と呼ばれていましたが、設立と同時に、運営や建設の全てを、南満州鉄道に委託し、関東軍の介入を認めていました。
その為、満州国交通部は、設備保有と路線の監督、布告を名目上行う「傀儡」的な状態でした。
   


茜堂-満鉄急行列車券(表) 茜堂-満鉄急行列車券(裏)

民国22年(昭和8年)6年26日、急行列車券、三百哩迄、三等、75銭、奉天驛発行、南満州鉄道。

券面の日付の元号は、昭和では無く、満州国は大日本帝国の租借地で有る事から、民国(中華民国暦)を使用しています。
   

茜堂-満鉄乗車券(表) 茜堂-満鉄乗車券(裏)

民国22年(昭和8年)6年26日、片道乗車車券、奉天〜新義州、三等、4圓35銭、奉天驛発行、南満州鉄道。

発駅の奉天(ほうてん)は、現在の中華人民共和国遼寧省の省都、瀋陽(しんよう)の旧地名です。
着駅の新義州(しんぎしゅう)は、現在の北朝鮮の平安北道の首都で、中国と接する国境の街で、中朝交通の要衝となっています。
   
巷に出回っている、ダッチングが施されていない、数多くの南満州鉄道の硬券切符は、敗戦後に放棄された廃札券で、
使用された、南満州鉄道の硬券切符には、国産の菅沼式印字機で施された、日付が入ります。
また、特殊な偽造防止用のピンホール式の、中国(中華民国暦)のダッチングが、施されていたりもします。
   

茜堂-満鉄大連本社

南満州鉄道株式会社、大連本社(関東州大連市東公園町30)、絵葉書、発行者不明。

廃札の硬券自体や、旧株式券等は本物で、数多く出回っており、時代資料として十分に楽しめます。
また、大連に有る、お土産屋や骨董店には、数多くの満鉄グッズが有り、その殆どが、古物に満鉄マークを施した、偽物です。
中国を訪れる、善良でお金持ちの日本人には、満鉄骨董として、大層喜ばれている様です。
   
そのアイテムは、灰皿、ヤカン、茶碗、湯呑み、皿、社名看板等々、中には訳の分からぬ物に迄、満鉄マークが付いています。
その多くが、後加工のし易い、アルミ製品(マークの彫金)や、陶器類(マーク転写の焼付け)が、多い様です。
戦後、暫く経ってから、訪れる日本人観光客を、ターゲットとした、骨董風お土産品と言う、位置付けの様です。
   
勿論、本物も有りますが、戦利品(一部の満鉄貴重品は中国工業博物館蔵)を、中国の方々が、数多く大切に保管保存するでしょうか、
ヤカンや食器等は、当然、使いまわされ、日常使いされボロボロの筈です。何せ、既に70年が経っているのですから。
中には、中国で日常使わないで有ろう、ナイフやフォーク等、本物の満鉄品も、出ますが、後者は、稀の一文字に尽きます。
   

茜堂-天虎式日付印字機 茜堂-天虎式日付印字機

日付印字器は、ダッチングマシン(Dating=日付記入 Machine)と呼ばれる、
鉄道の乗車券等の硬券切符に、日付を印字する器械です。
また、ダッチングは、ディティング(Dating)の英文字を、読み違えた物と思われます。

天虎式日付印字器(DATING MACHINE)、型式TA1、製造番号31945、製造年式1979、天虎工業株式会社。

さて、切符の話に戻しますと、サンセルフタイプの、日付印字が有る満鉄の硬券を、以前、見掛けた事が有りますが、
これは、只の廃札券に偽装日付を、施した物で、まだ、セルフタイプの日付印字なら、現実味が有るのですが、
サンセルフタイプの、日付印字は、天虎式日付印字器で印字された物で、戦前の日付印字には有り得無い、状況となります。
   
何故ならば、天虎式日付印字器が、世に出て、菅沼式乗車券日付器を席巻したのが、戦後随分経った、昭和40年代の事ですから。
菅沼式乗車券日付器は、大正時代から活躍していましたが、後発の印字機の性能が良い事から、衰退して行きます。
故に、菅沼式乗車券日付器は、流通性が薄く、戦前の時代券を偽装するのに、天虎式日付印字器を使わざる得無いのです。
   
但、ダッチングが施されていますので、何某かの切符然とした、雰囲気を醸し出しているのかも知れませんが、
分かる人が見れば、一目瞭然で、時代的資料性から見ても、非常に頂けない偽装券となります。
   
菅沼式乗車券日付器の、セルフタイプは、良く言えば「古典的で優美」悪く言えば「野暮ったい」数字で、
天虎式印字器の、サンセルフタイプは、良く言えば「洗練されている」悪く言えば「味気無い」数字である。
因みに、セルフは「飾り」で、サンセリフは「飾らない」ですが、天虎式では「1」の数字み、セルフ体となっています。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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