鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2016/11/19/SAT=コロコロ変わった特ロ券様式
昭和24年に、駐留軍の指示により、外国人観光団用に、アメリカ式リクライニング車両、スロ60(特別2等車)が新設され、
同年復帰の、特急平和にも、翌25年4月10日から編入。その後、普通急行にも、使用される様になります。
当初は、1等車として計画されたが、特許の有る1人用リクライニングや、当時珍しいエアコンや、蛍光灯等を装備。
   

その為、戦前から使用されていた、旧式2等車と、新設のスロ60(特別2等車)との、設備格差が非常に大きくなり、
当初、各1両連結の普通急行も存在した為、急行の特別2等車を、座席指定して利用する場合に限り、
通行税2割を含む100円を課す「客車指定券」が、昭和25年10月1日(9月29日、日本国有鉄道公示第231号)に、登場しました。
   

客車指定券で始まった、当初の特ロ車両編入は、東海道線急行9往復を含む、全17往復でした。
昭和26年11月1日、定額100円から、キロ帯を持つ付加運賃的性格を持つ、特別二等車料金に移行します。
   

客車指定券が、昭和26年11月1日(10月31日、日本国有鉄道公示第244号)に、廃止され、グリーン券の先駆けとなる、
特別2等車券(特ロ券)が、登場します。特別2等車券、略して、特ロ券(トクロケン)とも言われています。
因みに「ロ」は、2等車を意味する電略記号で、「イ」は1等車、「ハ」が3等車で、イロハの順で表しています。
   
尚、規定では「特別二等車券」となっていますが、実券面では「特別2等車券」と記されています。
また、特別二等車券は短い期間ですが、大きく四様式に変化しています。
   


茜堂-客車指定券(表) 茜堂-客車指定券(裏)

昭和26年4月4日、客車指定券、第37列車(急行筑紫)、東京〜門司、100円、交通公社東京丸ビル発行、国鉄、JNR青地紋。

普通急行券に編入された、特別二等車を使用の場合には、客車指定券100円を発売しますが、
特急に編入された、特別二等車を使用の場合には、客車指定券100円は必要無く、当券の発券はなされません。
客車指定席券は、特別二等車券が登場する、昭和26年11月1日迄の、リリーフ券として、その役目を終了しています。
   

茜堂-特別2等車券(表) 茜堂-特別2等車券(裏)

昭和27年8月12日、特別二等車券、第2列車(急行大雪)、小樽〜函館、200円、小樽驛発行、国鉄、JNR青地紋。

特別二等車券の新設に伴い、特別二等車の使用料金が、従来の定額100円から変更が発生します。
300キロ迄が200円、900キロ迄が300円、1200キロ迄を400円、1201キロ以上を500円と、改正されました。
前期頃の様式では、表題以外の等級表示が無く、表題に、特別2等車券と有る事から、別途の表示を、割愛したのかも知れません。
   

茜堂-特別2等車券(表) 茜堂-特別2等車券(裏)

昭和28年3月25日、特別二等車券、第4列車(急行アカシヤ)、小樽〜函館、250円、交通公社小樽発行、国鉄、JNR青地紋。

中期頃の様式では、昭和27年3月15日(3月13日、日本国有鉄道公示第82号)の改訂に因り、
券面の運賃前に等級表示が、裏面に英文字の表記が、付く様になります。
   
昭和27年4月1日、通行税の課税率を改訂し、900キロ地帯を新設し、昭和28年1月15日から、
300キロ迄が250円、600キロ迄が350円、900キロ迄が450円、1200キロ迄を500円、1201キロ以上を600円に改正。
   

茜堂-特別2等車券(表) 茜堂-特別2等車券(裏)

昭和32年11月14日ヨ、特別二等車券、第402列車(急行津軽)、山形〜上野、420円、税2割共、交通公社山形発行、国鉄、JNR青地紋。

後期頃の様式では、昭和29年4月1日から、等級表示の位置が、従来の「料金前」から「キロ数前」へと変更されます。
料金に関しては、2割の通行税を含み、300キロ迄が300円、600キロ迄が420円、900キロ迄が540円、
1200キロ迄を600円、1201キロ以上を720円に、改正しています。
   

茜堂-特別2等車券(表) 茜堂-特別2等車券(裏)

昭和33年4月7日、特別二等車券(流用券)、急行明星(第14列車)、大阪〜東京、420円、税2割共、大阪駅発行、国鉄、JNR青地紋。

料金改定が成された頃には、旧式2等車は優等列車から、ほぼ一掃され、特ロを区別する意義が、薄れて行きます。
昭和33年2月1日には、急行の列車番号による指定から、急行の列車愛称名に変更をされています。
因に、券面の列車名「明星」は、上部にゴム印で押印され、列車番号が印刷されていますので、前期様式の流用券となります。
   
急行明星の前身は、東京駅〜大阪駅間を結ぶ不定期急行で、昭和23年7月1のダイヤ改正で、2017、2018列車で登場しています。
昭和24年9月1日のダイヤ改正で、定期急行列車として、13、14列車となり、翌年11月8日に「明星」と命名されます。
その後、昭和43年10月1日のダイヤ改正により、急行「明星」は廃止され、急行「銀河」に統合されています。
   
昭和33年10月1日(9月24日、日本国有鉄道公示第325号)の改訂に因り、特別二等車券の様式を改正しますが、
改訂後、1年半程経った頃、普通急行列車の2等車は、全座席指定制となった為、
以降、2等車の座席指定券が必要となり、結果、特別二等車券の必要が無く、昭和35年6月30日を最後に廃止されました。




■平成30年4月30日=追加補足

昭和33年2月1日には、急行の列車番号による指定から、急行の列車愛称名に変更をされていますが、
当券は列車名記入式ですが、特ロ券での、数少ない最終様式券となります。
   


茜堂-特別2等車券(表)
茜堂-特別2等車券(裏)

昭和33年8月25日、特別二等車券、急行瀬戸(第23列車)、東京〜大阪、420円、税2割共、交通公社東京京橋発行、国鉄、JNR青地紋。

急行瀬戸は、昭和25年10月1日のダイヤ改正で、東京〜宇野間(東海、山陽、宇野線経由)を結ぶ、急行列車として登場しますが、
当時は「瀬戸」の愛称は無く、列車番号(39、501列車、502、40列車)のみの急行で、東京〜岡山間は、広島行き急行との併結運転でした。
昭和26年11月25日には、急行に格上げされた、3039、3040列車(後の、いずも)と、東京〜大阪間で併結されて、運行されています。
   
昭和26年12月2日に、列車愛称が付けられ、急行「せと」の愛称となり、東京〜大阪間を、急行「いずも」との併結運転が始まります。
昭和31年11月19日の改正で、急行「瀬戸」と改称され、急行「出雲」とは、別スジとなり、単独運転が始まります。
昭和39年10月1日のダイヤ改正で、同区間に急行「さぬき」が登場し、急行「瀬戸」と合わせ、実質的な2往復体制となります。
   
昭和43年10月1日でのダイヤ改正で、急行「さぬき」を、急行「瀬戸」に統合し、「瀬戸」での2往復体制となります。
昭和47年3月15日のダイヤ改正で、1往復化され、寝台特急「瀬戸」に格上げされ、昭和63年4月10日の改正で、瀬戸大橋の開通に因り、
宇野駅から高松駅へと、始発終着駅が変更され、平成10年7月10日の改正では、285系電車が投入され、サンライズ瀬戸に改称されました。




■平成30年5月12日=追加補足

コロコロ変わった特ロ券様式ならぬ、コロコロ追加する特ロ券様式で、申し訳御座いませんが、これにて一件落着と致します。
当券は、上記の硬券とは異なり、ペラペラの軟券で、列車内で担当する車掌が発行した、特別二等車券となります
   


茜堂-特別2等車券
発行車掌の印が、二つも押印されていますが、
実は左下側に有る印影は、天地逆に押印されています。
   
別に契約書でも、天地逆の印影は、有効とされますので、
そこ迄、神経質にならなくても、と、思いますが、
律儀に右上に、もう一度、天地を正しくして、押印されています。
   
やはり鉄道員です、印影にも、正しきを追求している様です。
当然、改札での回収後の審査部門で、運悪く、検査の際に目に留まり、
後日、区長から、注意されるやも知れませんので、安全第一。

昭和31年3月28日、特別二等車券、第23列車(急行雲仙)、下関〜三ノ宮、420円、税2割共、下関車掌区乗務員発行、国鉄、JNR青地紋。

列車表記の前が「第」となっていますので、本券は後期頃の様式となり、短期終了の最終期も「第」の侭で、流用したのかも知れません。
料金に関しては内税方式で、2割の通行税を含み、300キロ迄が300円、600キロ迄が420円、900キロ迄が540円、
1200キロ迄を600円、1201キロ以上を720円に改正しています。料金帯は破線(ミシン罫)でモギリ、最下段帯を料金確定と致します。
   
幅5.4センチ、表面地紋入り、裏面無地の軟券で、車内補充券(シホ、シャホ)と呼ばれる物で、冊子の状態を(シホサツ)と呼んでいます。
特別二等乗車券(特ロ券)を持たずに、それらを利用する乗客に、車内で車掌が同券を発券していました。
第36列車は、東京駅〜長崎駅間の、急行「雲仙」に当たります。名称表記は、昭和25年11年2日に命名されます。
   
昭和43年10月1日(ヨンサントオ)の、白紙ダイヤ改正で、急行「雲仙」の名称は一旦消失し、
代わりに同日付にて、京都駅〜長崎駅間の、客車寝台急行「玄海」を改称し、客車寝台急行「雲仙」となります。
昭和50年3月には「西海」と併結し、発着駅を新大阪駅に変更しますが、 昭和55年10月に「西海」と共に、廃止されます。
   
総括しますと、昭和23年7月1日、不定期準急。昭和24年12月1日、急行格上げ。昭和25年11年2日、命名。昭和55年10月、廃止。
再登場は、平成2年11月に、20系客車使用の、臨時寝台特急「あかつき81・82号」の格下げによって、
臨時寝台急行「雲仙」として、運転を開始しますが、平成6年12月に廃止され「雲仙」の名称は、消えてしまいました。
   
当時の下関車掌区(現、下関地域鉄道部)の、山陽本線での受持ち区間は、下関駅〜岩国駅間を担当しています。
尚、下関車掌区は、平成7年10月1日付けにて、下関地域鉄道部へ統合の上、廃止されています。




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