鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2016/8/7/SUN=船の入場券はやはり波線
硬券入場券と言えば、鉄な方々は鉄道駅の入場券を、思い浮かべますが、当然乍ら、航路駅の入場券も存在致します。
鉄道会社の航路駅の入場券は、鉄道駅の入場券と、同様式ですが、民営会社では、様々な様式が存在しています。
然も、鉄道会社と同様の、立派な硬券で、赤線横一条も堂々と、あしらわれたりもしています。
   

硬券の表面、表題の下には、ラインが施されていますが、鉄道切符等は、概ね、直線のラインとなっています。
鉄道会社では、線路から一条のレールを、連想する直線と言う訳では、無いのでしょうが、やはりベストマッチングだと思います。
そこから見て、船舶会社では、海原からうねる波を、連想する波線と言う選択肢が、生まれて来ます。
   
探したら有るんですね、後者の選択肢を選ばれた入場券が、然も、古典な「入場券」と、後年の「普通入場券」が、
東海汽船竹芝営業所発行の、竹芝埠頭の入場券で、駅名こそ表示されていませんが、パッと見には、鉄道会社の入場券風です。
当然、手荷物の持込、及び船内(車内)に入ることは出来ません。と、船バージョンの、お決まりの文句付き。
   

そして面白いのが、様式的に表題の入場券から、普通入場券へと推移してはいますが、後年の券には赤線が入っています。
雰囲気的には、新旧逆な様な感じでは有るが、他の鉄道会社券でも、同様な新旧逆の「赤線入り入場券」が、存在しています。
昔懐かしの、レトロで重厚な赤線入場券を、採択した事に対して、その管理者のセンスを、讃えたいと思います。

   


茜堂-東海汽船10円入場券(表) 茜堂-東海汽船10円入場券(裏)

昭和36年4月5日、入場券(波線アンダーライン)、10円、竹芝桟橋、東海汽船、竹芝営業所発行。
   

茜堂-東海汽船30円入場券(表) 茜堂-東海汽船30円入場券(裏)

昭和46年2月16日、赤線入普通入場券(波線アンダーライン)、30円、竹芝桟橋、東海汽船、竹芝営業所発行。

上段の切符の料金では、通貨表示が「銭」の単位まで表示され、円の表示で無く「¥」の表記に「10.00」となっています。
日本円の補助単位は「銭」ですが、この当時でも、1銭硬貨や、10銭硬貨等は、既に一切流通していません。
   
これは、戦後暫く経った、昭和28年に、物価の上昇に伴い、小額通貨の整理及び支払金の、端数計算に関する法律によって、
1円未満の通貨(1銭硬貨、10銭硬貨)の通用を、昭和28年12月31日を最後に、廃止したからです。
但し、現在でも、為替や日経平均株価の表示には「銭」が、使われている為、単位自体は、良く耳にする事が有ります。
   
何故、昭和36年発行の入場券料金表示に、通過廃止後の「銭」の単位と、外国人向けの「¥」が、記されているのか。
勝手、且つ、独断的な推察では有りますが、戦後、外国人(進駐軍等)にも対応する為、作られた入場券様式で、
昭和29年以降、7年が経過しても、何ら不都合も無く、流用券として、そのままの形で使用されていたのでは、と考えられます。
   
切符の発行会社の、東海汽船株式会社は、東京と伊豆諸島等を結ぶ航路を、運航している東証2部の海運会社です。
尚、一般的に言われる、竹芝桟橋は、平成7年に開業した、湾竹芝客船ターミナルの事を言っています。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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