鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2016/4/5/TUE=お馴染みの明治村乗車券
切符の画像付きで、お尋ねメールを頂戴するが、その中で一番多いのが、この明治村券です。
その都度、明治村の園内の乗り物券である旨を、懇切丁寧に、ご説明差し上げていますが、理解して頂けない方もおられます。
取り敢えず、出来るだけ分かる様に解説をし、当URLを返信メールに添付し、誘導する為の頁と致します。
   

明治期の乗車券初期に類する、明治様式券ですが、良く見れば、下等(3等)運賃が「金百五十圓(150円)」となっています。
今の感覚では、安いなと思われますが、この様式時代の運賃は、新橋駅〜大阪駅間でも、下等(3等)が「参圓伍拾銭(3円50銭)」です。
それを鑑みて、当券の東京駅〜名古屋駅の運賃150円は、新橋駅〜大阪駅の運賃3円50銭の、実に42.9倍となってしまいます。
   

新橋〜大阪間の、運賃が3円50銭なのに、それより距離の短い東京駅〜名古屋駅間の、運賃が42.9倍も高い、運賃150円は有り得ません。
また、発駅表記の「とうきやう(東京)」ですが、東京駅が開業したのが、大正3年12月20日ですので、明治様式券は存在致しません。
逓信省の勅令に因り「下等」の旅客表記は、明治30年10月31日迄となっていて、以降は「参等(3等)」表記となります。
   
勅令は絶対ですので、東京駅が開業した大正時代に、新たに「下等」は使えませんし、内閣鉄道院が、使用する事も有りません。
故に「とうきやう(東京)」と「下等」が、同時に券面に、存在する事は有り得ません。
ここ迄、突き詰めると、既に、明治時代の乗車券では無い事は、明確なのですが、更に決定的な相違が有ります。
   


茜堂-明治村SL乗車券

昭和57年7月17日、やごな(名古屋)〜うやきうと(東京)、150円、博物館明治村、園内SL鉄道、SL名古屋駅発行。

決定的な相違とは、切符の紙質からも、本物の明治時代の切符では無い事が、伺い知る事が可能です。
本物の明治券は、染付けされた薄い和紙(麻紙)による、ボール紙への両面貼り合わせとなっていて、見ても触っても直ぐ分かります。
当券は、両面コートボール紙に刷られているので、時代を遡っても昭和中期頃となり、明治期には存在しない紙質です。
   
以上から、導き出された結論は、ズバリ、明治様式を模倣した、乗車券となります。
では、何でしょうか、知る人ぞ知る、知らない人は知らない、愛知県犬山市の「博物館明治村」の、園内SL鉄道の乗車券なのです。
尚、最近の明治村券の券番は、当券のオールドチックな4桁から、現代風な5桁に変えられています。
   


茜堂-明治村9号機関車
転車後、機回し線を移動する、9号機関車。
SL名古屋駅構内にて、ホームより望む。

博物館明治村、園内SL鉄道、9号機関車、SL名古屋駅、転車台転向後、機回し線を移動中、昭和57年7月17日、撮影。

園内で活躍する、9号機関車は、アメリカのボールドウィン・ロコモティブ・ワークス社(Baldwin Locomotive Works、BLW)製のSLで、
富士身延鉄道の開業に際し、2号機(37944)として、明治45年に製造後、北海道製鉄を経て鶴見製鉄造船を最後に、9号機に改番され、
昭和40年3月18日、愛知県犬山市の博物館明治村に、静態保存機として譲渡移設され、昭和49年からは、動態保存されています。
   

また、平成20年12月19日を最後に、京都市電(N電)、9号機、12号機共に、調査に依る詳細な点検の為、運行休止されていましたが、
平成22年11月8日から、整備が完了し両鉄道共々、運行が再開されています。
   


茜堂-明治村京都市電乗車券

昭和57年7月17日、京都市電乗車券、灯台前〜電話交換局前〜聯隊前、150円、博物館明治村、園内発行。

園内で活躍する、京都市電(N電、狭軌1型)の、手売り乗車券(軟券)で、大人用(150円)、小人用(100円)の専用券が有り、
こちらの乗車券では、現在風にアレンジされ、園内SL鉄道の乗車券とは違って、当時の復刻乗車券でない所が、少し残念です。
園内京都市電(N電、狭軌1型)の画像は、「茜堂-京都市電の切符」を、ご覧下さい。
   


茜堂-明治村9号機関車
明治村園内鉄道の、SL名古屋駅駅舎は、
階段を下った右側、植栽の横に置かれています。
   

駅構内は、機回し線を含む、
2線1面のホームを有する、有人駅です。
   

駅の南方には、転車台と機関庫が、設置されています。
京都市電名古屋駅への、乗換駅となっています。

博物館明治村、園内SL鉄道、上段の切符発売駅のSL名古屋駅に到着した、9号機関車、昭和57年7月17日、撮影。

園内には、京都のN電が走る線路と、蒸気機関車(SL9号、12号)が、古典客車3両を牽引する、線路が敷かれています。
終日16〜24往復の運行で、SL東京駅〜SL名古屋駅間、1区間約800メートルを運行し、当切符はその片道乗車券となっています。
   

北側に東京駅が、南側に名古屋駅が有り、東京駅のダッチングは漢数字で、名古屋駅のダッチングは算用数字、共に右書表示となります。
因に、当券には入鋏(パンチ)のお隣に、台形の切込みが入れられている、風変わりな乗車券も存在しますが、
こちらは、小児断線と同様で、小児料金(半額では無く100円)で発売をしたと言う、駅側に残る実績の証しとなります。
   

園内で活躍するもう1機の、12号機関車は、明治4年の、シャープ・スチュアート社(Sharp, Stewart & Co., Atlas Works)製のSLで、
動輪直径は1,295mm(4ft3in)、車軸配置2-4-0(1B)、2気筒単式の飽和式タンク機関車、旧鉄道院165号です。
   

現役最終期には、名古屋鉄道12として働き、昭和32年に廃車された後、鉄道友の会による、保存の申し出を名鉄が受諾し、
昭和38年に、犬山市の名鉄ラインパーク(現、日本モンキーパーク)敷地内に、静態保存されていましたが、
昭和40年3月18日、犬山市に有る、博物館明治村の開業に伴なって、静態保存のSL展示機として、移設されました。
   

明治村への移転後数年間は、静態保存でしたが、鉄道100年を機に、動態復元されています。
昭和49年には、明治生まれの、3両の二軸客車を牽引し、村内北部の移動手段として、運行されるようになりました。
同鉄道は、鉄道事業法に基づく鉄道事業では無く、12号の製造後130年を超えてなお、稼働継続されています。
   

運転時に使用されている、昔の鎖式連結器は、淡路交通に残されていた物を、譲り受けています。
尚、製造から100年を越えたボイラーは、老朽化の為、昭和60年に、現代の新造ボイラーに、置き換えられています。
交換された、製造時からの明治のボイラーは、そのままの姿で、レンガアーチ橋の袂に展示されています。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

茜堂-リンクバー
茜堂-鐵路趣味茜堂-鉄道親爺の脱線話-目次