鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2015/7/10/FRI=あれこれ情報満載な切符
切符の裏面が、何だか複雑です。赤斜線が2条引かれていて、小影が施され、地紋は鉄道省のGJRの青地紋です。
赤斜線2条は、大正11年3月21日から、昭和18年6月31日迄、実施された地帯別表示制度の物で、500哩迄の料金券に使われていました。
因に、料金券とは、特急券や急行券、指定席券等、乗車券以外の切符を、指しています。
   

鉄道省のGJRの青地紋は、当時の2等切符で、過度期GIR地紋を経て、大正後期には、正式なGJR地紋へと換わっています。
鉄道省は、運輸通信省へ、そして運輸省になり、昭和24年6月1日には、国鉄が発足しますが、国鉄JNR地紋では無く、
昭和26年6月頃迄は、まだ、鉄道省のGJR地紋を、そのまま表として使用していました。
   

小の文字の赤刷り袋文字で有る、小影は、小児料金で有る表示で、正規料金の半額で有る事を表しています。
影(赤刷り袋文字)の書体は、一般的にゴシック系が主な書体ですが、明朝系や、丸文字系等も、地域に依っては随時存在しています。
以上は、当券の片面に対する説明ですが、この面には肝心な内容表示が、付けられていませんが、何故なんでしょう。

   

実は、不要となった断裁(小断)済み料金券用台紙を、本来の裏面に、一般の乗車券を印刷すべく流用をした、流用券と言われる物です。
流用元の無地の裏面に、乗車券を印刷した為、乗車券表示面には、地紋が施されていません。
また、表には小児断線が付けられていますので、裏面の「小影」表示は、元券の表示であって、当券では関係無用となります。
   


茜堂-乗車券.森(表) 茜堂-乗車券.森(裏)

昭和19年8月8日、森〜東森、3等、10銭、連絡乗車券、森駅発行、無地紋、裏面地紋等天地逆、運輸通信省鉄道総局。

券面の丸に札の字は、札幌印刷場の印刷券の証です。また、森駅は函館本線の駅で、森の「いかめし」で有名な駅です。
森の「いかめし」は、戦時体制による食糧統制で、米不足の折り、当時豊漁だったスルメイカを用いて、米節約の商品として考案され、
昭和16年(1941年)から、発売されています。当券は、その3年後に発売された、乗車券となります。
   

東森駅は、函館本線でも、別途、海側を走る通称、砂原支線の駅で、乗車券の発売時は、まだ、民間鉄道の渡島海岸鉄道の東森駅でした。
東森駅が国有化されたのは、乗車券の発行翌年で、昭和20年(1945年)1月25日から、国有鉄道函館本線の駅となっています。
当乗車券では、通用二日を、印刷後に誤りだと分り、通用一日に、訂正再刷をしています。
   

函館本線の森駅(H62)から、通称砂原支線の東森駅(N63)は、現在の駅番号から見てもお分かりの通り、隣駅です。
区間距離は、僅か1.8Kmしかないので、この時点で、通用2日なんて、絶対に有りえません。
如何に、戦争後期の混乱期とは言え、組版時の校正を擦り抜け、上刷り再刷とは、お粗末なお話しです。
   

裏面には、地帯別の赤斜線が2条引かれ、小影、鉄道省GJRの青地紋での天地逆扱い、小児券では無い旨の、措置なのかも知れません。
表面には、地紋無しの流用券、訂正印刷の元エラー券、他社連絡乗車券、丸札、運輸通信省鉄道総局。
一枚の切符に、これ程、贅沢且つ、盛沢山の情報が満載されている、非常に珍しい切符です。
   

斯様に、一枚の切符から、当時の世相や鉄道事情、印刷事情、その時代背景や成立ち等を、色々な角度から精査する。
私は、これを考古学に擬え「切符考古学」と称して、それらの発掘調査を、大いに楽しんでいます。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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