鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2014/10/14/TUE=特別入場券は入場証
入場券は、本来、駅の判断で販売を停止致しますが、戦争も中頃を過ぎる昭和19年頃には、一般入場者は、不要不急抑制の為に影を潜め、
出征軍人の見送り等に当たり、関係者に交付される「応召家族無料入場券」等、限られた入場証のみの、入場者となって来ます。
戦争中期から末期に掛けての、普通入場券の姿が、余り露出しないのは、以上の理由から、発行枚数が希有な点に有ります。
   

以下の券は、出征軍人を見送る為に、市町村の在郷軍人会、国防婦人会、愛国婦人会や、それらに準ずる公の規律有る団体に対して、
無料にて一括配布された、札幌鉄道局発行に因る、札幌鉄道局管内全駅共通の特別入場券です。
これとは別に、札幌鉄道局管内の駅指定による、特別入場券も存在し、どちらも赤線横二条が、表面に刷られています。

   

当時としては、初期の段階から、出征軍人の見送り等の入場証は、軟券が一般的でしたが、
札幌鉄道局では、華やかな二色刷りの、立派なA型の硬券が使われて居ます。
戦地へ送り出す為の、並々成らぬ気構えと配慮が、この一枚の切符から見て取れます。
   

切符は、その当時の世相を表す、鏡や事典の様な物ですが、戦争が始まった当初は、戦意高揚の為に、
出征軍人を、華やかに見送っていた証しの「特別入場券」ですが、戦況が劣悪になる過程で、
徐々に入場券の仕様が、劣化衰退して行くのが分かります。硬券から軟券に、そして出征軍人見送り制度の廃止。
   


茜堂-特別入場券 茜堂-特別入場券(裏)
裏面注意書、客車内に入らぬ様にして下さい。
出場の際には必ず係員に御渡し下さい。

発行年月日不明、特別入場券、札幌鉄道局発行、裏面券番1679、戦時中。

戦前の昭和12年頃から、戦後の昭和26年後半頃迄、下記の様に券番がゴシック体に、変更されていますが、
上記券では、この時期特有のゴシック体では無く、明朝体の侭となっています。外注券なのか、明朝体券番の経緯は不明です。
   

茜堂-小樽駅特別入場券 茜堂-特別入場券(裏)

発行年月日不明、特別入場券(幅=A型券、天地=A型券以上)、小樽駅発行、裏面券番428、戦時中。

特別入場券(票)の赤横二条は、(普通)入場券の赤横一条との、差別化の証しです。
   
札幌鉄道局発行の、関係者無料の特別入場券、硬券の赤刷り丁付台紙を使用している所から、比較的、初期の券だと思われます。
無料の入場券は「入場証」と定義され、列車を利用する事無く、入場、出場、構内通行等の目的で、乗降場への出入りが認められます。

つまり、無償で特定者の駅構内への、入場を認める「証票」となります。
   
入場証が、発行される主な状況として、鉄道の式典や慶事等に、ゲストとして参加を認められた賓客。
そして業務とする構内作業者や営業者等。その他、公益的性格を持つ入場者が上げられます。
当券は後者となり、太平洋戦争中の、出征軍人の見送リの公的団体員や、その家族等の入場者に当たります。

   

戦局が次第に悪化して来る、戦争末期には「防諜」の為として、この様な盛大な見送りは、自粛すると共に禁じられた。
実態は、切羽詰まった少年兵士達の、徴兵の実態を晒したく無いのと、招集や徴用、動員が激しくなり、見送りどころでは無く、
それらの全てを覆うかの様に、防諜対策上と言う名の下に、次第に夜間に出征する様になった。
   
人目に付か無い様に、少年兵士達はひっそりと、闇夜に紛れて出征して行き、
兵士を見送る暇が有れば、残る国民は、生産性の向上に努めよと言う事で、何とも寂しい出征となっていた。
将来、この項目が戦時昂揚に反すると、強制削除される様な時代に、成らない事を願って止まない。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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