鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2012/10/23/TUE=鉄道会社のコマソン
な〜ん、な〜ん、南海電車、南の海を走ってく。ご存知、南海電車のコマーシャルソングです。
昔は、関西では、TVコマーシャルで露出度が、結構高かったので、よく三輪車に乗り乍ら、歌っていた事を思い出します。
本当は「走ってく」なのに、幼少の頃は「走ってる」って歌っていました。因に「く」は「くる」の音便変化です。
   

さて、世界最古のコマーシャルソングと、言われているのは、実は、鉄道会社のコマーシャルソングでして、
皆さんも、良くご存知の「フニクリ フニクラ」なのです。イタリア民謡とお思いの方も、沢山居られると思うのですが、
実は、フニコラーレ登山鉄道会社の、正真正銘のコマーシャルソングなのです。
   

1880年に、ベスビオス火山(ヴェスヴィオ)の山頂迄、フニコラーレ登山鉄道が敷かれましたが、乗客が集まらず、
宣伝の為の、楽曲を作る事を考案し、作曲家のルイージ デンツァと、作詞家のジュゼッペ トゥルコの手に依って、世に出ました。
   

実は、この曲には後日談が有りまして、あの有名なリヒャルト シュトラウスが、このコマーシャルソングを、
イタリア民謡だと勘違いをし、うかつにも、1886年に自身が作曲した、交響的幻想曲「イタリアから(Aus Italien)」に、
有ろう事か、このフニクリ フニクラの「メロディ」を、採用してしまったのです。

   
当然、作曲家のデンツァの知る所となって、著作権侵害(盗作)に当たると言う事で訴訟を起こし、結果、裁判は勝訴した事から、
以降は、シュトラウスは演奏の度に、著作権料を、デンツァに支払う事にすると言う、条件のもとで和解しています。
レコードの印税等も含めると、デンツァは、結構な財を成したのではないでしょうか。
   

今回は、デンツァが電車のコマーシャルソングを作り、著作権のおかげで儲かったと言う、お話で終わりたいと思います。
改めて、作曲著作権とはうっかりでは済まない、大切なファクトリーだと思います。
   


茜堂-特急ラピート
平成24年1月25日、撮影。

南海電車、特急ラピート、50000系第6編成、新今宮駅。

小さい頃の地理の教科書では、ベスビオス火山の記載が一般的でしたが、ベスビオスと言う山は、世界中探しても有りません。
ベスビオ山、或はヴェスヴィオ山、原音に近付けるなら、ヴェズーヴィオ山が、妥当な所かも知れません。
何故、お尻に「ス」が付いたのかは、定かではないが、私の中では今でもポンペイの町を埋め尽くしたのは、ベスビオス火山なのです。
   

ポンペイは1世紀近く迄、ナポリの近郊に有った都市で、1979年のベスビオス火山の噴火による火砕流によって、
地中に埋もれた悲劇の大都市ですが、18世紀に調査の為に発掘が開始され、現在、イタリア観光の目玉の一つともなっています。
   

因に、良く似た名前のボンベイ(丸では無く濁点)は、ご存知インド最大の都市でしたが、1995年に無くなってしまいました。
勿論、天変地異では無く、名称変更による物で、ボンベイ(Bmbay)は元々、英語での公式名称でしたが、
英国からの独立性を重視し、現地語(マラーティー語)の名称ムンバイー(ムンバイ)に変更されています。我国ではムンバイで通っています。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
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記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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