鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2012/1/5/THU=上パが定番化
鉄道切符を使用する場合、改札口で改札を行いますが、その場合、改札鋏にて、入鋏を切符等に施しましたが、
その際には、切符類等への、入鋏の位置が規定にて、しっかりと定められていました。
改札鋏は、パンチ共呼ばれる切符切り具の事で、入鋏とは、切符類等にパンチを入れる事を言います。
   

明治38年2月の、逓信省告示第69号のに依る、第2条の入鋏の規定には、まだ入鋏位置に関する規定は、有りませんでしたが、
当時の九州鉄道管理局では、既に、入鋏位置の内規が定められていて、後の正式規定の基盤を作
っています。
それが、現行の基規246、247条で、一般的に、券の下部右方と規定されています。
   

それらの規程の例外として次の、相互式片道券、回数券、準常備片道券、寝台券(入鋏無)や、往復、連続乗車券等の、
異種の券の連綴等が上げられ、切符の特性上から、入鋏の位置に関する規程は、特に定められていません。
因に、寝台券に関しては、使用時に際して、敢えて入鋏する事はございません。
   

昨今の、鉄道会社のポスター等には、切符の図柄が、アイキャッチャーや、シンボルマークとして、頻繁に登場しますが、
残念乍ら、その殆どが、規定を逸脱した、上パ(切符の上側に入鋏痕=上パ)に、なっています。
何故なんでしょうか、デザイン的にも右下の正規位置に、入鋏痕が有った方が、バランスが良く秀逸なのですが。
   

戦略的に、特定の日時にキセル乗車防止の為の、特別改札を行い、その際に特例として入鋏位置を、敢えて変える場合等が有りますが、
それは、あくまで戦略的な特例で有って、通常は切符の下部右方に、入鋏を施す様になっています。
スタンパーが主流となった昨今、入鋏の習慣が無くなり、益々、入鋏位置が間違った切符画が、横行して行く事だと思います。
   


茜堂-切符右下パ 茜堂-切符上パ

昭和48年3月22日、一般式片道乗車券、松坂〜柘植、柘植駅発行。昭和55年2月17日、自由席特急券、八鹿〜200Km、八鹿駅発行。
   

茜堂-切符左パ 茜堂-切符右パ

昭和57年1月7日、急行券、姫路〜100Km、姫路駅発行。昭和56年12月14日、一般式片道乗車券、名古屋〜京都・神足、名古屋駅発行。

上の段左から、正規の入鋏位置(右下パ)。誤った入鋏位置(上パ)、何故か鉄道会社以外でも、
この手(左上パ)の入鋏位置の図柄(M型)が横行しています。下の段、誤った入鋏位置(横パ)、左横パと右横パ。
ここで言う、右下パとは、右下パンチの略語で、上パは上パンチ、左横パは左横パンチ、右横パは右横パンチとなります。
   

切符の入鋏痕は、切符趣味的な価値から見ると。右下パが秀逸で、上パが最悪、横パともなると、論外で超最悪です。
本来ならば、駅員が手に取り入鋏するのですが、その際、気にせず入鋏、或は乗客に持たせたまま、入鋏するので斯様になってしまいます。
但し、明治期の切符ともなると、本体の基本的な価値が高い為、入鋏の位置に因って、価値が大幅に下落する事は、まず有りません。
   

現在は、改札鋏は余り使われず、1990年代を境に、改札印(スタンパー)が、主流となって来ています。
因に、チケッターとも呼ばれていますが、こちらはシャチハタの商品名ですので、茜堂では、スタンパーを採択しています。
スタンパーの利点としては、使用時の印字による情報量の多さと、切りかす等のゴミが、出ない所が上げられます。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

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