鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2011/8/4/THU=赤線と赤帯
昔の入場券には、中央横に赤一条が入っていました。さてこの赤一条を何と呼んでいるでしょうか。
切符愛好家の間では、赤線、若しくは赤帯と呼ばれています。呼称的には両者拮抗していますが、やや赤線の方が優位に立っています。
某オークションでは、赤線が大勢を占め、赤帯は極小となっています。筆者はと言うと、古の昔から赤線派です。
   

何故って言えば、線は「ライン」で、帯は「ベルト」です。ベルトで有るならば、前から後ろ迄、一回りしなければなりません。
つまり裏面にも、表面同様の赤一条が入っていないと、当然の事乍ら、帯(ベルト)は、成立致しません。

この様な、非常に簡単な屁理屈から、茜堂では「赤線入場券」の呼称を、随時使用し、そこはかとなく推奨しています。
   
更に突き詰めるて見れば、それは「赤線入場券」か、それとも「赤線入り入場券」か、どちらの呼称を採択するかと言えば、
前者の「赤線入場券」の呼称を選びます。何故ならば赤線入場券の表現で、赤線が入っている事は、往々にして推測出来るからです。
つまり、赤線と入場券の間に、割り込む「入り」は蛇足であって、その必要性自体を、全く感じ無いからです。
   

ここ迄、突き詰めれば、これらの呼称としては、完璧なのかも知れませんが、型に填め過ぎな感無きにしも有らずで、
茜堂では文章にする時は、結構、入りを使ったりもします。(優柔不断が自慢な茜堂の筆者です)
まあ、ハッキリ申し上げまして、呼称と言う物は、各自の自由で有って、例えば「赤横入場券」でも言い訳です。
   


茜堂-笠置駅赤線入場券五銭券(表) 茜堂-笠置駅赤線入場券五銭券(裏)

無日付時代(大正時代)券、入場券、笠置驛、五銭、笠置驛発行、鉄道省。

大正中期〜後期(詳細時期不明)の、無日付時代A型五銭入場券、この時期の入場券には、何故かダッチングが施されていません。
裏面に、三項目の注意書きが有ります。勿論、ご覧の通り、裏面には赤一条は有りません。
   

茜堂-笠置駅赤線入場券10円券(表) 茜堂-笠置駅赤線入場券10円券(裏)

昭和40年1月15日、普通入場券、笠置駅、10円、笠置駅発行、大阪印刷場10円4期券、国鉄。

昭和40年の、B型10円普通入場券(4期券)。勿論、こちらにも、裏面には赤一条は有りません。
当券は 茜堂-鉄道親爺の脱線話-2011/1/15 記載の、快速あすか号が、停車しています駅の入場券です。
また、大阪印刷場では、戦後に硬券入場券が復活したおり、従来のA型券では無く、全ての入場券をB型券としています。
   

上段の入場券は、大正の中期〜後期に渡り、ダッチングが省略されていた、無日付時代のA型入場券となっています。
無日付けの正確な開始時期は不明ですが、昭和5年4月1日から、開始された金額表示が算用数字となる迄、日付けが表示されませんでした。
   

裏面には、三項目の注意書きが定められ、信玄袋や行李など、時代を感じさせる文言も入っています。
信玄袋は、底が平らになった布製の袋で、今で言うポーチの様な物で、上口に短い紐が付いていて、手首に掛けていました。
行李は、竹や柳、籐等で作られた葛籠(つづらかご)の一種で、今ならさしづめ、大きめの旅行鞄と言った所です。
   

下段の入場券は、大阪印刷場の10円4期券です。大阪印刷場発行の10円券では、様式から、1〜5期券と分類される中、
4期券のみ、唯一、裏面に発行駅名が印刷されています。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
当ページの掲載写真は、茜堂による、収集切符のデジタル切抜き画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
記述に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   

茜堂-リンクバー
茜堂-鐵路趣味???∞-?S?π?e?????E???b