鉄道親爺の脱線話/茜堂

唯我独尊、茜堂の鉄道親爺の脱線話=akanedou

兼ねてから、茜堂が気になっていた事柄を、不定期列車にて、ピックアップ致していきます。
勿論、物事には表現の自由がございますので、これが正しくあれが間違いと、一方的に断罪するものではございませんが、
当ホームページに措いては、
以下の解釈にて展開させて頂かせておりますので、
色々なご意見が有りますでしょうが、茜堂の鉄道親爺の独り言として、ご容赦下さいます様お願い申し上げます。

茜堂-コーナーマーク
2011/5/10/TUE=D51族
蒸気機関車が終焉を迎える頃、にわかSLマニア達が、各地で急増致しました。
この頃から、鉄道ファンと言う言葉が、自然淘汰され、代わりに、鉄道マニアと言う言葉が台頭して来た、情けない時代です。
ニュアンス的には、鉄道ファン=鉄チャン、鉄道マニア=鉄オタ(鉄ヲタ)かな。
   

とにかく煙を吐く物、全てをD51だと、思っている方々がカメラ片手に、無秩序に線路に群がって来た、あのおぞましい時代。
そうです、そういう方々を、当時の鉄道ファン達は、敬意と蔑視を込めて「D51族」と、言っておりました。
   

因に、D51の呼称ですが、総体的には「デゴイチ」で、中には「デコイチ」や「ディーノゴーイチ」本州北部では「デゴエツ」と訛ったり、
几帳面な方では「ディーノゴジュウイチ」、或いは「ディガタノゴジュウイチ」等と、ややこしい呼び方をされていました。
機関区等の現場では、やはり「デコイチ」が主流でした。 おデコに、一の様な給水温め器から、 デコイチの愛称が付いた様です。
   
給水温め器は、何の為に有るかご存知ですか、ボイラーの内部の水は高温になっているので、テンダーからの冷たい水を、
いきなり掘込むと、折角のボイラー圧を下げると共に、急激な温度差に因って、ボイラー本体を痛めてしまうからで、
シリンダー等で、使用した排出蒸気の余熱を使って、給水温め器で予め水を温めてから、ボイラーに送ります。
   

当時は、担当のSLが不調時には、真っ赤なDD51が珠に、ピンチヒッターで、来る事が有りましたが、
その時には「カニ」やら「デラックスデゴイチ」が、付いてる等と、がっかりしていましたが、今では、貴重な機関車です。
まあ、当時は数の多さから、D51も些か食傷気味で、中にはシャッターを押さない、フィルム節約者も居られました。

   


茜堂-D51214
広島工場中検最終出場機。

D51 214号機、鷹取工場製、量産型、
長門機関区所属、1894列車、長門三隅駅

このD51 214号機は、蒸気機関車工場であった、広島工場の最終検定検修(昭和48年9月17日終了の中間検査)車両です。
広島工場最終出場SLとしての、メモリアル的な、装飾だったので有ろう、プレート、ロッド等に彩色が施され、
ランボード側面には、ホワイトが注され、標識灯は、エンドビームに埋め込まれています。
   

昭和50年1月24日に廃車された、この214号機の動輪足回りは、メモリアルとして、広島工場の入り口横に保存されました。
広島工場は、昭和50年3月を以て役目を終え、JR貨物広島車両所となりましたが、現在も大切に設置保管されています。
   

筆者が若い頃、カメラバックと、シュラフ類を抱えて旅に出る時、いつも母が、デゴロク撮りに行くの、と言っていましたが、
デゴロクって、D51とC56のミックスみたいな、どこからその名前が出て来たのやら、
一度聞いてみたいのですが、その勇気を持ち合わせていません。
   

因に、DD51の当時の別称(愛称)では、デラックスデゴイチや、デーのデゴイチ、カニ、赤文鎮、の他に、
赤ブタ、駄目デゴイチ、出来損ないデゴイチ等、撮影時に、SLの運用では無かった時に、よく叫ばれていました。
いやはやここ迄来ると、既に、別称では無く蔑称です。




あくまで茜堂の親爺の独り言でございますので、概ね独りよがりです。相違の場合にはご容赦下さいませ。
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