どうして道場駅だけ別扱い/茜堂

神戸市内なのに市外扱いの道場駅=茜堂

神戸市内表記の発着切符の、券面には「神戸市内(道場駅を除く。)」等と、表記されていますが、
何故、道場駅は神戸市内なのに、神戸市内扱いをされずに、除かれるのでしょうか。
ここでは、そんな道場駅の秘密を、各印刷場の切符にて紹介します。
   

まずは、神戸市内表記発着の乗車券を、ご覧下さい。
神戸市内ゆき乗車券の、券面には「神戸市内(道場駅を除く。)」の、表記が有ります。
神戸市内から乗車券の、券面には「神戸市内各駅(神戸市内には道場駅は含まれません。)」の、表記がそれぞれ有ります。

茜堂-神戸市内ゆき乗車券

昭和48年4月17日、長崎〜神戸市内(博多、山陽線経由)、2640円、長崎駅4番窓口発行、乗車券(門司印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。

門司印刷場印刷券の乙片には、発駅表示が無く、着駅と発行窓口番号と料金の表示が、付けられています。
道場(表)下車(裏)バージョン=下車前途無効の注意書は裏面に、(道場駅を除く。)の注意書は、表面に入れられています。
   


茜堂-福山〜神戸市内
茜堂-福山〜神戸市内(裏)

昭和48年5月31日、福山〜神戸市内(山陽本線経由)、890円、福山駅発行、乗車券(広島印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。

広島印刷場印刷券の乙片には、着駅表示が無く、発行窓口番号と発駅と料金の表示が、付けられています。
道場(裏)下車(表)バージョン=下車前途無効の注意書は表面に、(道場駅を除く。)の注意書は、裏面に入れられています。
   


茜堂-新潟〜神戸市内 茜堂-新潟〜神戸市内(裏)

昭和51年10月29日、新潟〜神戸市内(長岡、金沢経由)、3110円、新潟駅9番窓口発行、乗車券(新潟印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。

新潟印刷場印刷券の乙片には、発行窓口番号と発駅と着駅に料金表示等、全ての表示が、完璧に付けられています。
道場(表裏)下車(裏)バージョン=下車前途無効の注意書は裏面に、(道場駅を除く。)の注意書は、両面に入れられています。
   


茜堂-土岐市〜神戸市内 茜堂-土岐市〜神戸市内(裏)

昭和58年10月24日、土岐市〜神戸市内(名古屋、東海経由)、3600円、土岐市駅発行、乗車券(名古屋印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。

名古屋印刷場印刷券の乙片には、発行窓口番号と料金表示が無く、発駅と着駅の表示のみが、付けられています。
道場(裏)下車(裏)バージョン=下車前途無効の注意書は裏面に、(道場駅を除く。)の注意書は、裏面に入れられています。
各印刷場によって、神戸市内には(道場駅を除く。)の表示と、下車前途無効の注意書の表示面が、異なっているのが良く分かります。

茜堂-神戸市内から乗車券
茜堂-神戸市内〜東京都区内 茜堂-神戸市内〜東京都区内(裏)

昭和52年3月24日、神戸市内〜東京都区内(東海経由)、4700円、新神戸駅6番窓口発行、乗車券(大阪印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。

裏面=神戸市内各駅(駅名標に「□に神」と表示駅)途中下車禁止(神戸市内に道場駅は含まれません。)
東京都区内各駅(駅名標に「□に東」と表示駅)下車前途無効。
大阪印刷場印刷券の乙片には、発行窓口番号と発駅頭文字と、着駅頭文字と料金表示等、全ての表示が、付けられています。
   


茜堂-神戸市内〜東京都区内 茜堂-神戸市内〜東京都区内 茜堂-神戸市内〜東京都区内

昭和52年9月22日、神戸市内〜東京都区内(東海経由)、4700円、新神戸駅7番窓口発行、乗車券(大阪印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。
昭和52年9月27日、神戸市内〜東京都区内(東海経由)、4700円、元町駅2番窓口発行、乗車券(大阪印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。
昭和61年5月28日、神戸市内〜東京都区内(東海経由)、8100円、須磨駅2番窓口発行、乗車券(大阪印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。


全て、道場駅と途中下車に関する注意が裏面に有る、裏面同様式の乗車券。
右の昭和60年代の券では、乙片には、発駅表示と発行窓口番号が無く、着駅と料金の表示のみとなっています。
   


茜堂-神戸市内〜三原 茜堂-神戸市内〜三原(裏)

昭和56年4月4日、神戸市内〜三原(山陽経由)、2600円、新神戸駅6番窓口発行、乗車券(大阪印刷場発行券)、国鉄、JNR青地紋。

裏面=神戸市内各駅(駅名標に「□に神」と表示駅)途中下車禁止(神戸市内に道場駅は含まれません。)。
下車前途無効の注意書と、神戸市内に道場駅は含まれていません。の注意書が、どの乗車券も裏面に入れられています。

最上項目の、長崎から神戸市内ゆきの乗車券には、表面に「道場駅を除く」の注意表記が、施されていますが、
神戸市内発の乗車券では「道場駅を除く」の注意表示は、表面では無く、すべて裏面に表示されています。
何故、分り易い表面表示では無く、裏面表示なのか、それは単純に大阪印刷場での、印刷行程による都合なのです。
   

当然の事ですが、大阪印刷場では、神戸市内発の乗車券の口座数と、使用頻度(発行枚数)が、他の印刷場と比べて各段に多くなり、
硬券切符では、活版印刷で処理されていますので、活字を手作業で、1字ずつ組んで行かなければなりません。
表面に、道場駅の注意表示を入れれば、その作業だけでも、神戸市内発の乗車券の全口座数だけ、字組が増えてきます。
   

その代わりとして、裏面にのみ注意表示をして置けば、字組作業は一回で済む事となります。
分りにくい裏面表示で不親切な様ですが、印刷作業の作業効率とコストを考慮した結果であって、致し方無い措置となっています。

茜堂-神戸市内への往復乗車券
茜堂-弘前〜神戸市内往復D券 茜堂-弘前〜神戸市内往復D券(裏)

昭和49年8月31日、弘前〜神戸市内(酒田、金沢、彦根経由)、5940円、交通公社弘前発行、往復割引乗車券、国鉄、JNR青地紋。
   

茜堂-弘前〜神戸市内往復D券 茜堂-弘前〜神戸市内往復D券(裏)

昭和51年9月10日、弘前〜神戸市内(酒田、金沢、彦根経由)、7390円、交通公社弘前発行、往復割引乗車券(エラー券)、国鉄、JNR青地紋。

下段の往券の表面には「道場駅を除く」が記されていますが、復券の表面には、その表示が欠落しています。印刷ミスに因るものです。
また、裏面には上段の券と比べ、途中下車の案内が、より分かり易く表示されています。



神戸市内に道場駅が含まれない訳=茜堂

神戸市内有効の筈なのに、道場駅は市街扱いになっています。これには路線立地に置ける、ある理由が存在しています。
神戸市内有効とは、どの様なものなのか、道場駅が外されているのは何故なのか、順に説明をさせて頂きます。
   

これらはゾーン式表示と言い、昭和13年9月1日から、外地発、東京市内(現都内)、大阪市内ゾーンへ向かう乗車券から、始まりました。
大都市内着駅で、それぞれの駅の切符を用意する事は、煩雑になりコスト的にも無駄が多いので、
代表駅(東京駅、大阪駅)までの着駅料金で、運賃を決めると言う制度で、後に発駅にも使われる様になります。
   

道場駅は、JR宝塚線(福知山線)内に有り、当線区内においては、この一駅のみが神戸市内に位置しています。
その為、当駅に向かうか出発するには一旦、神戸市外に出なければならないという事と、
JRでの特定市区内の範囲が中心駅から、JRを最短乗車で20Kmが、目安となっているという事が、キーワードとなります。


道場駅の場合は、中心駅の神戸駅から、55.5Kmも離れている為、
国鉄時代もそうでしたが、JRの旅客営業規則でも、神戸市内の駅として扱われず、除外されています。

   

線路上の、神戸市圏内の飛び地とも言える、珍しい環境下に有るのが、道場駅なのです。
つまり、距離的にも特定市内均一料金では、乗客側のメリットに対して、鉄道側のデメリットが大きという事になります。
故に、神戸市内行きや、神戸市内発の長距離乗車券が使えない、唯一の神戸市内の駅が、この道場駅なのです。



現在の神戸市内制度より以前の市内切符=茜堂

昭和14年10月15日、6大都市(東京、京都、大阪、横浜、名古屋、神戸)へ向かう201Km以上の発駅からは、着市内有効に改正され、
昭和15年4月1日、同上を301Km以上(昭和17年から151Km以上)の発着に改正され、裏面に着市内の地図が入ります。
裏面地図に関しては、昭和15年2月には加刷されています。昭和19年4月1日、同上を東京市、大阪市のみと改正されます。
   

上記を便宜上それぞれ、6大都市着駅ゾーン時代券、6大都市発着駅ゾーン時代券、2大都市発着駅ゾーン時代券と、分類致します。

茜堂-6大都市着駅ゾーン
茜堂-東京〜神戸市内 茜堂-神戸市内エリア裏面地図式

昭和15年6月21日、6大都市着駅ゾーン時代、東京〜神戸市内(東海道線経由)、2等、13圓60銭(税共)、東京驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
   

茜堂-東京〜神戸市内 茜堂-神戸市内エリア裏面地図式

昭和16年10月6日、6大都市着駅ゾーン時代(6大都市着駅ゾーン時代の流用券で、6大都市発着駅ゾーン券として使用)、
東京(裏面に、東京市内乗車有効の但印有り)〜神戸市内(東海道線経由)、3等、6圓60銭(税共)、東京驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。


6大都市発着駅ゾーン時代の券ですが、6大都市着駅ゾーン時代の券を、流用しています。
その為、裏面に「東京市内の省線各驛乗車可能とし、但し同市内下車禁止」の、押印が有ります。
   
当時の神戸市内エリアは、今と比べて、非常に狭かった事が分かります。
この時代の券の、市内制度は、着駅にのみ適用され、発駅には、市内制度が適用されていない点です。
また、当時の神戸市内エリアは、東は六甲道駅迄、西は須磨駅迄、南は和田岬駅迄となっていました。
   
東京より神戸市内ゆきの、6大都市着駅ゾーン時代の乗車券ですが、流用券として裏面に注釈印で、東京市内有効に変更済みです。
東京市内より神戸市内ゆきの、6大都市発着駅ゾーン時代の乗車券として、使用されています。

茜堂-6大都市発着駅ゾーン
茜堂ー神戸市内〜東京市内

昭和16年12月4日、6大都市発着駅ゾーン時代、神戸市内〜東京市内(東海経由)、3等、6圓60銭(税共)、三ノ宮驛発行、鉄道省、GJR地紋。

裏面には、東京市内エリアが印刷されています。神戸市内と関係が有りませんので、掲載は割愛しています。
   

茜堂-東京〜神戸市内 茜堂-神戸市内エリア裏面地図式

昭和17年7月3日、6大都市発着駅ゾーン時代、東京市内〜神戸市内(東海経由)、2等、19圓80銭(税共)、東京驛発行、鉄道省、GJR青地紋。

6大都市着駅ゾーン時代の券と、比べてみると、西側のエリアが、3駅増えています。
まだ、摂津本山駅は東側のエリアには、入っていません。
初期の神戸市内制度は昭和14年10月15日から始まり、昭和19年3月31日で終了します。

   

当時の、神戸市内エリアは前回より、西側が3駅増えて舞子駅迄、拡張されています。
ここでは、神戸市内エリア外は、遠く離れた道場駅の他に、六甲道駅の隣駅の摂津本山駅が、エリア外となっています。
因に、現在の神戸市内エリアでは、西側が舞子駅迄、南側が和田岬駅迄、北側が新神戸駅、東側が甲南山手駅迄となっています。

茜堂-2大都市発着駅ゾーン
茜堂-神戸〜東京都区内

昭和22年12月12日、2大都市発着駅ゾーン時代、神戸〜東京都區内(東海経由)、3等、12圓(運賃変更)、神戸驛発行、鉄道省、GJR地紋。
昭和23年4月27日、2大都市発着駅ゾーン時代、神戸〜東京都區内(東海経由)、3等、12圓(運賃変更)、神戸驛発行、鉄道省、GJR地紋。


下の乗車券と同じ区間ですが、よりゆき表示で、旧漢字が使われています。券面には、運賃変更と急の二つの丸印が、押印されています。
   

茜堂=神戸〜東京都区内
茜堂-東京都区内〜神戸

昭和29年9月23日、2大都市発着駅ゾーン時代、神戸〜東京都区内(東海経由)、3等、890円、神戸駅発行、国鉄、JNR赤地紋。
昭和34年11月4日、2大都市発着駅ゾーン時代、東京都区内〜神戸(東海経由)、3等、1020円、神田駅発行、国鉄、JNR赤地紋。


昭和44年5月10日から始まった、現在の神戸市内制が、まだ制定されていない時代の乗車券ですので、
裏面には、左右の券番のみで別途表示は有りません。右の切符の様に、関西に入ってから大阪駅を手始めとし、
尼崎駅、芦屋駅、三ノ宮駅と、こまめに途中下車をしています。
乗車券は無傷で、手許に残ります。切符収集の王道です。
   

運賃的には、神戸駅の手前4駅の六甲道駅から、神戸駅より、7駅先の魚住駅までが同金額ですが、
神戸ゆき常備券は、下車前途有効な券ですから、手前駅で出場しても券は手元に残るので、切符収集には、絶好の狙い目となっていました。
この方法は、普段より、茜堂の切符収集の常套手段として活躍しています。
   

現在の神戸市内表示は、昭和44年5月10日から始まり、201キロ以上の発着に限り「特定都区市内制」が布かれます。
この時のエリアは東京、名古屋、京都、大阪、神戸で、昭和47年9月1日には札幌、仙台、横浜、広島、北九州、福岡が加わります。
昭和48年8月1日には、エリアの表示として頭の文字を符号とし、各々の駅名標に表示されます。



市内制度の道程=茜堂

昭和14年10月15日東京、京都、大阪、横浜、名古屋、神戸へ向かう、201Km以上の駅発では、着市内有効に制定されます。
昭和15年2月頃###同上の乗車券裏面に、着市内の地図が加刷されます。
昭和15年4月1日##同上を、301Km以上の発着に改正されます。
昭和17年4月1日##同上を、151Km以上の発着に改正されます。
昭和19年4月1日##6大都市制度から、2大都市(東京=昭和18年7月1日に都に改組、大阪)に改正されます。
昭和20年4月1日##同上を、101Km以上の発着に改正されます。
     
######東京電車環状線内の発着も、51Km以上を均一制にします。
昭和32年4月1日##同上を、151Km以上の発着に改正されます。
昭和36年4月6日##同上を、201Km以上の発着に改正されます。
昭和44年5月10日#東京、名古屋、京都、大阪、神戸で、201キロ以上の発着に限り「特定都区市内制」が布かれます。
昭和47年9月1日##同上に、札幌、仙台、横浜、広島、北九州、福岡が加わります。
     
######東京電環を、東京山手線内に、名称の変更をします。
昭和48年8月1日##エリアの表示として、都市の頭の漢字を符号とし、各々の駅名標に表示されます。



市内制度以前の切符=茜堂

市内制度が始まる、昭和14年10月15日以前の乗車券。

茜堂-市内制度以前の乗車券
茜堂-東京〜神戸 茜堂-東京〜神戸

昭和7年5月5日、東京〜神戸(静岡、岐阜経由)、二等、12圓60銭、東京驛発行、鉄道省、GJR青地紋。
昭和8年2月10日、東京〜神戸(静岡、岐阜経由)、3等、6圓30銭、601.2粁、東京驛発行、鉄道省、GJR赤地紋。
昭和13年5月2日、東京〜神戸(東海道経由)、2等、12圓42銭、税90銭、東京驛発行、鉄道省、GJR青地紋。


市内制度が始まる、昭和14年10月15日以前の乗車券で、いたってシンプルです。
途中下車は、経由内で有効期間内で有れば、自由に途中下車が可能です。両方の乗車券共、下車印が押印されています。
二等の乗車券には、下車3回の制限表記が有ります。また3等の乗車券には、粁数の表記が付けられています。



市内制度が適用されない切符=茜堂

六大都市発着時代ですが、神戸市内が適用されない、発着200Km以内の特定都区市内制度外の、とてもシンプルな乗車券です。

茜堂-神戸市内制度適用外の乗車券
茜堂-城崎〜神戸

昭和49年2月9日、城崎(現、城崎温泉)〜神戸(播但、姫路経由)、159.5Km、630円、城崎駅発行、国鉄、JNR青地紋。

旅客営業規格86条(旅規86条)に因り、特定都区市内に所在する駅と、当該特定都区市内の中心駅から、
片道の営業キロが、200kmを超える駅との、相互間の片道普通旅客運賃は、
当該中心駅を起点、または終点とした営業キロ、または運賃計算キロによって計算する。と制定されています。



道場駅行きの近距離切符=茜堂

途中下車とは全く縁が無い、宝塚駅から道場駅行きの近距離切符、立派なA型券です。

茜堂-道場行きの乗車券
茜堂-乗車券(宝塚〜道場)表 茜堂-乗車券(宝塚〜道場)裏

昭和33年8月8日、宝塚〜道場、3等、40円、宝塚駅発行、国鉄、JNR赤地紋。

当時の福知山線、宝塚駅から道場駅迄は、生瀬駅、武田尾駅を経て3駅目で、営業キロ数は、14.1Km。
現在では、昭和61年11月1日に、生瀬駅〜武田尾駅間に、JR直営駅、みどりの窓口を有する、西宮名塩駅が、新たに開業しています。
   

当時の生瀬駅、武田尾駅、道場駅間は、現在の新線切替に伴い、武田尾駅は昭和61年8月1日に、駅の移転を行っています。
それによって、宝塚駅〜道場駅間の営業キロ数は、1.8Km短縮され、12.3Kmに成っています。
尚、旧武田尾駅跡地は、道路として整備され、武庫川沿いの旧線跡は、紆余曲折の後、ハイキングコースとなっています。



簡易委託の手切軟券の道場駅発乗車券=茜堂

道場駅発の宝塚駅簡易委託の、A型券より少しばかり左右が広い、手切り軟券での両矢印式片道乗車券。

茜堂-簡易委託の乗車券
茜堂-道場〜相野・宝塚(裏)
茜堂-道場〜相野・宝塚

昭和62年11月11日、道場〜相野、宝塚、220円、宝塚駅委託店発行、国鉄、JNR地紋。

無人化以降は、簡易委託駅として、宝塚駅からの委託で、駅を出たら直ぐ右手に有るお酒屋さんで、乗車券を販売していました。
宝塚駅が管理する無人駅で、現在では自動券売機と、集札機能の無い、簡易型の自動改札機が、設置されています。
また、平成15年11月1日からは、ICOCA(及び相互利用対象のICカード)が、利用可能となっています。
   

当昭和46年3月1日の、無人化以降、簡易委託駅を経て、自動券売化されましたが、乗降客の増加で、業務委託駅化も夢では有りません。



宝塚市と三田市に挟まれた神戸市の道場駅=茜堂

道場駅の位置関係は、下の路線図を見ていただけると、宝塚市と三田市に挟まれている事が、良く分かります。
路線図の緑色線の部分が、神戸市(北区)に当たる地域です。黒線の右部は宝塚市、黒線の左部は、三田市となります。
また、路線図で色合いが、各々薄くなっている部分は、トンネル部分に当たります。

茜堂-赤線入場券(私鉄、国鉄)
茜堂-道場駅赤線入場券
茜堂-神戸電鉄三田駅赤線入場券 茜堂-三田駅赤線入場券

平成7年10月14日、赤線入場券、三田駅、120円、神戸電鉄。
昭和3年12月18日開業。


昭和40年11月27日、赤線入場券、三田駅、10円、国鉄、大阪印刷場4期券。

明治32年1月25日開業(明治40年8月1日、官営化)。

昭和40年11月3日、赤線入場券、道場駅、10円、国鉄、大阪印刷場4期券。

明治32年1月25日開業(明治40年8月1日、官営化)、昭和46年3月1日、無人化されます。
茜堂-道場駅周辺路線図
右下に有る武田尾駅は、ホームの半分を第一武田尾トンネル内に、
もう半分は、武庫川上に掛かっています。
武田尾駅から、宝塚方面へ向かうと、すぐに大きな
名塩トンネルへと続きます。
茜堂-道場駅周辺路線図
山間部を幾多のトンネルで縦貫しています。
道場駅の周辺には千刈水源地、
鎌倉峡(百丈岩、武庫川渓谷)、
太福寺、塩田八幡宮等が有り、
自然が豊かな所です。

   
茜堂-道場駅周辺路線図
茜堂-武田尾駅赤線入場券
駅前には富士チタンの神戸工場が有り、
工場正面入口前に酒屋が一軒有ります。
無人化以降、この店が切符販売を行い、
券売機設置迄、委託を行っていました。

昭和40年7月24日、赤線入場券、武田尾駅(旧線)、10円、国鉄、大阪印刷場4期券。
明治32年1月25日開業。昭和61年8月1日、生瀬〜道場間は、新線切替に伴い無人化されます。




山あいに静かに佇む道場駅=茜堂

道場駅は明治32年1月25日、阪鶴鉄道の駅として開業。
明治40年8月1日、官営化される。現在JR西日本JR宝塚線(福知山線)、跨線橋で繋がる相対式2面2線のホームを持つ、無人の地上駅。
宝塚駅より普通電車で15分位、山越え谷越えて、緑豊かな山あいの無人駅に到着します。

茜堂-道場駅
住所神戸市北区道場町生野70/尼崎起点30.1Km(大阪〜37.8Km)/電略記号タウ/自動券売機1台

茜堂-道場駅
駅舎の正面、向かって左側に跨線橋。
駅舎の右横には、
スローブが、設置されています。
茜堂-道場駅1番ホーム
茜堂-道場駅2番ホーム207系
1番ホーム(下り)設置の、尼崎起点30キロポスト。
茜堂-道場駅2番ホーム駅名標

2番ホーム(上り)の駅名標。

2番ホーム(上り)の207系通勤型車両、平成20年4月29日撮影。


阪鶴鉄道(はんかくてつどう)は、摂津鉄道に出資していた、小西新右衛門らにより、
明治28年に、大阪と軍港である舞鶴を結ぶ鉄道として、設立されるが、舞鶴迄の営業許可は、京都鉄道に先を越され願いは叶わず、
また、大阪〜神崎間も、官営鉄道との並行線であるという事情から、認可が下りず、
神崎(神崎駅=尼崎駅)〜福知山(福知山駅)迄の、開業となりますが、社名である大阪の阪と、舞鶴の鶴の文字は、そのまま引き継がれます。
   

また、将来の輸送量の増加を考え支線とすべく、池田〜大阪間の営業認可(鉄道敷設免許)を、受けますが、
官営化されると共に、その営業権を箕面有馬電気軌道(現、阪急電車)に譲渡し、現在の阪急宝塚線の基盤となります。




硬券分類につきましては、色々な属性がございますので、解説相違の場合にはご容赦下さいませ。
解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   
茜堂-リンクバー
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