我家の最寄り駅/茜堂
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茜堂の筑前大分駅物語=茜堂
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茜堂が、福岡の中心点と言われている、緑豊かで風光明美な、大分(だいぶ)にやって来たのが、平成3年初夏大安の日の事。
当時は非電化で、ローカル色豊かなキハが、ディーゼル煙を噴きながら、頑張っていました。
引越しの少し前には、お洒落な新型気動車が、篠栗線に登場します。
   

平成3年3月16日の、新ダイヤから導入された、深紅のキハ200系で、主に快速運用に使用され、赤い快速と呼ばれていました。
それ迄、篠栗線の発着駅は、一部を除きその殆どが吉塚駅で、非常に不便でしたが、
キハ200系導入に伴い、博多駅に9番ホームとして、篠栗線専用ホームが新設され、全列車が博多駅発着となりました。
   

その10年後、平成13年10月6日には、電化開業を迎え、別名「福北ゆたか線」として、新たにスタートを切ります。
それに伴い、導入された電車は、新型817系と、福北ゆたか線オリジナル塗色の813系。
更に通勤用として、直方駅〜博多駅間を、短距離特急「かいおう」として、つばめ型787系を使用し登場しました。



茜堂-篠栗線筑前大分駅の開業から電化迄

茜堂の、最寄り駅「筑前大分(ちくぜんだいぶ)駅」の開業は、鉄道史上から見ると比較的新しく、昭和43年5月25日の事となります。
開業時は、町の簡易委託の無人駅でしたが、昭和49年6月1日に、一旦完全無人化されました。

   

新線区間(篠栗〜桂川)については、明治11年制定の「改正鉄道敷設法別表第110号」に、規定されていましたが、
途中の三郡山地の、長大な距離の掘削に手が付けられず、開業が遅れる事となりました。

篠栗隧道
城戸南蔵院前駅側より望む。

   

九郎原駅前、開通記念碑。
記念碑表題の書は、
当時福岡県知事、亀井 光 氏。
篠栗隧道
九郎原駅側より望む。

篠栗線全線開通までの最大の難所、三郡山を貫く篠栗隧道完成への道。

城戸駅(現、城戸南蔵院前駅)〜九郎原駅を結ぶ、三郡山系を貫く4379メートルの路、総工費26億3千万円の、篠栗隧道(トンネル)が、
計画から46年、着工より2年6ケ月の歳月を経て、昭和41年12月7日に貫通します。
   

城戸駅寄りには、粘泥質の軟弱な地層が、1キロメートル余りも存在し、その為に発破や重機等が使えず、
手堀で一日に、僅か、数十センチしか掘り進めない事も有り、難工事の末の貫通でした。

その後、貫通整備や線路敷設を経て、昭和43年5月25日に、篠栗〜桂川間の4駅(筑前山手・城戸・九郎原・筑前大分)の、開業を迎えます。
当時は、九州一のトンネルの長さを誇っていましたが、昭和50年3月10日の、新幹線博多開業に伴い、
その座を、新関門トンネル(18.7Km九州管轄)、北九州トンネル(11.7Km)、福岡トンネル(8.5Km)に、譲り渡しています。
   


茜堂-筑前大分駅入場券(初日)

昭和43年5月25日、入場券、筑前大分(開業初日券)、20円、門司印刷場20円第一期券、国鉄。

昭和49年6月1日に、完全無人化により、以降は軟券化されています。
配列的には、10円券の最終5期券に、良く似ていますが、特徴として、料金と当日限りが同列に有り、三文字の立入る表示。
発行駅名は、表面に有り、裏面は券番のみとなっています。




筑前大分駅の駅名標と駅舎の概要=茜堂

貴重な、開業当時の木製の駅名標は、廃棄された二代目駅名標の中から、偶然出て来た物です。
トタンの駅名標の、木製のベース部分の痛みが、非常に酷かったので、ベース部分を外して処分をしようと思い、
周囲の留め釘を、丁寧に引き抜いた所、何と中から、初代の木製駅名標が、出て来たのです。
   

長い間、木面を上にして、駅舎の横に野ざらし状態で放置されていた様で、残念乍ら、状態はご覧の様に芳しく無いのですが、
その分、二代目の表面に、劣化が思ったより少ないのが、何よりの救いとなっています。
ともあれ、茜堂にとってはどちらも、貴重で大切なお宝物の一つで有る事に、間違いは有りません。
   


茜堂-筑前大分駅の初代駅名標

初代駅名標、木製、120.0×83.5×3.0センチ、突出部別途8.0センチ角、博多行下り2番ホーム用、(茜堂所蔵)。
   

茜堂-筑前大分駅の二代目駅名標

二代目駅名標、トタン製、120.0×83.5×3.0センチ、博多行下り2番ホーム用、(茜堂所蔵)。

以上2枚の駅名標は、関係者様から直接頂戴した物です。
筑前大分駅初代の駅名標(木製)と、二代目の駅名標(トタン製)。両枚とも、茜堂が管理所有している収集品です。
   


茜堂-筑前大分駅

筑前大分駅、ホーム南側に位置する、駅舎全景、前面両横には無料の屋根付き駐輪場を装備。平成18年5月25日撮影。
   

茜堂-筑前大分駅

筑前大分駅、ホーム南側に位置する、駅舎出入口、向かって左側に出札窓口、右側にトイレ。平成18年5月25日撮影。

昭和43年5月25日に、筑穂町の簡易委託駅として、無人駅で開業します。
昭和49年6月1日に、完全無人駅化されます。
   

その後は、不定期で切符の民間委託販売や、飯塚駅からの臨時駅員の配備が行われます。
平成11年4月1日には、JR九州グループの、株式会社九州交通企画の委託駅として、制服駅員が始発から午後9時迄、配備されます。
尚、土日祝祭日では、始発から午後7時半迄の、制服駅員の配備となっています。
   

駅の構造は、相対式2面2線の、プラットホームを持つ地上駅で、南側に駅舎が有り、改札前東側直ぐに、跨線橋を有しています。
駅の住所は、福岡県嘉穂郡筑穂町大字大分6008番地の1でしたが、
平成18年3月26日の、市町村合併に伴い、飯塚市に編入され、福岡県飯塚市大分6008番地1に、変更されています。
路線番号=177、電略コード=モシ(管理局コード)タフ(駅コード)、キロ程=桂川起点3.2Km。
   


茜堂-筑前大分駅の駅名標

博多行下り、2番ホームにて(現行品)、撮影、イラスト入りは、ホーム設置4枚の内、下り九郎原寄りの1枚のみとなっています。

所在地表記は、市町村合併に因り、名称が変更されましたが、訂正シールで対応しています。
筑前大分駅現在の駅名標(トタン製)ですので、こちらは現在、駅ホームに掲げられている、現役での画像です。



筑前大分駅のPOS端末入場券=茜堂

JR九州の、POS端末機は、他のJR各社のPOS端末機と比べ、入場券の発券方法が、少し異なっています。

他社のJRの、POS端末では、乗車券(自社)の中から、入場券を選択するのに対して、
JR九州の、POS端末では、乗車券(自社)の中には、入場券の口座が入っておらず、
別途、乗車券(他社)に切り替えて入場券の口座を、検索(商品検索)し見つけ出さなくてはならず、少し分かり辛い様です。
   

筑前大分駅では、既に駅員さんが、入場券口座を指定登録済みなので、乗車券(他社)の画面から「ワンタッチ指定」で出て来ます。
どうしてJR九州のみ、他社販売画面の、お世話にならなくても良い様に、初期設定として、自社販売画面に、
入場券の口座を、設定しなかったのでしょうか、今更ながら不思議です。
   


茜堂-筑前大分駅E-POS入場券

平成16年6月2日、普通入場券(E-POS端末発行券)、筑前大分駅、160円、筑前大分駅発行、JR九州。

上記のPOS端末出での、入場券発券操作の記載内容は、平成16年時点での内容です。
尚、
現行券に付き、黒斜線を画像処理を施しています。



駅近くに駐留するプラッサのマルタイ=茜堂

JR九州が所有する、唯一のマルチプルタイタンパーは、珠に筑前大分駅の博多寄り近くに、駐留しています。
   
この、マルチプルタイタンパーは、オーストリアの、プラッサー アンド トイラー社製で、
今迄は、人力に頼っていた保線作業を、殆どこの一台(08-16U)で、こなしてくれると言う、
優れた機能を有する、保線作業専用車両です。
   


茜堂-筑前大分駅近くのプラッサマルタイ 茜堂-筑前大分駅近くのプラッサマルタイ

画像の、左奥に見えます跨線橋が、筑前大分駅で、ホームの端からは、直ぐの所に駐留しています。

検測列車(通称、マヤ検)が検測した軌道の、不良箇所等のデータを基に、
タンピング(砂利の突き固め)、レベリング(線路の高さ調整)、ライニング(線路の曲がりを修正)等をこの車両で一度に行います。
   

その作業能力は非常に高く、一時間に約0.5Kmの保線作業を、こなしてくれます。
後ろに、繋がれています従車は、レール運搬車で、敷設用のレールが載せられています。



篠栗線の懐かしの気動車=茜堂

JR九州が、当路線用一般形気動車として、新造した赤い快速200DC、キハ200系。
平成3年3月16日に、快速専用車として導入されました。
それに伴い、従来のキハ66形やキハ67形は、順次、姿を消す事となりました。
   


茜堂-筑前大分駅の雪のキハ200系(赤い快速200DC)
キハ200系は、基本2両編成で、
最高速度110Kmを有し、
車体の色から、赤い快速の列車名称が、付けられます。

車体デザインは、水戸丘鋭治が率いる、ドーンデザイン研究所が担当。
赤い車体に、客室乗降ドアのみが、ステンレスの無塗装。

正面には、200DCのサインが入り、
赤と銀と言う、洗練された車両となっています。

投入当初は、ワンマン運転には、対応されていませんでしたが、
平成12年迄には、全車両がワンマン運転対応され、
その際に、レシップ製の運賃表示器も、増設されました。


別途、 茜堂-復活8620 のページに掲載中の画像、キハ220系は、
キハ200系と同タイプの、両運転台付単行車となります。

下り1番線から発車の、博多行き赤い快速200DC、架線が無いので、画面がスッキリしています。
キハ200は、JR九州(キハ200系気動車200DC)の他に、小湊鉄道(キハ200形気動車)にも有りますが、デザインも型式も全く別の車両です。
   
右側の奥には、現在は、移転し更地となっています、旧大分小学校の、体育館や校舎が見えています。
奥に位置する、三郡山系を貫く4379メートルの、篠栗隧道を越えて、間もなく走ると山間部から離れ、且つての起点駅篠栗に到着。
更に、単調な平野部を走り続けると、九州最大の都市、博多終着駅へと滑り込みます。
   

赤い快速は、従来の過疎ローカル線イメージから、明るくてお洒落な線区へと脱却を果たす、救世主的な車両となりました。
キハ200系気動車は、平成4年度の第32回ローレル賞を、受賞しています。



篠栗線で活躍する電車達=茜堂

篠栗線(福北ゆたか線)で活躍している、電車達を紹介します。
沿線での顔は、シルバーボディの817系。
篠栗線の電化前に製造され、電化初日に篠栗線、長崎本線、佐世保線で、同時営業
運行を開始します。
   


茜堂-筑前大分駅の817系
雨に煙る三郡山。
筑前大分駅、下り2番ホームから望む。
茜堂-筑前大分駅の雪の817系
茜堂-筑前大分駅の817系から望む813系
茜堂-筑前大分駅の雪の817系
雪の筑前大分駅。
直方行き。

写真中央は、筑前大分駅にて817系車両から望む、上り813系電車。それ以外は、全て筑前大分駅での817系。

雪は、年に2〜3回は積もります。
ヘアーライン仕上げの、シンプルなアルミ合金車体に、片側には、3カ所の開き扉を設置し、
客室側の扉間には、一枚の固定式大窓が設けられ、UVカットガラスを使用し、ブラインドやカーテン等の、遮蔽物は一切有りません。
   

営業最速スピードは、120km/hを有しています。
客室座席は、木板の転換クロスシートで、座面、腰面と枕面は本皮を使用し、その座り心地は良好です。



筑前大分駅名称の由来=茜堂

筑前大分駅の、筑前は筑前国(ちくぜんのくに)から来ていて、
且つては、西海道(現在の九州)の、地方行政区分で有った国の一つで、現在の福岡県広域に渡り、7世紀末迄、存続していました。
大分(だいぶ)は、位置する地名の大分からなり、その起源は、大分八幡宮と共に有ります。
   

大分八幡宮の創建は、奈良時代の神亀3年(726年)で、
社伝によれば、神社が有る地は、神功皇后が三韓征伐の帰途、一時逗留した地で有るとされています。
因に、大分八幡宮は宇佐八幡宮の本宮で、筥崎宮の元宮に当たり、遷座後も、九州五所別宮の第一社として、篤く信仰されています。
   

神功皇后が京への帰途、宇美八幡宮で応神天皇をご出産、宇美からの険しい峠(ショウケ越え)を越え、この地にて、兵を解散したと言われ、
以来、この地を、「大分かれ(おおわかれ)」と呼んだのが「大分」の地名の起こりであると、言われています。
また、ショウケ越えの由来は、生まれて間もない応神天皇を、竹で編んだザル(ショウケ)に入れて、峠を越えた事から来ています。
   


茜堂-雪の筑前大分八幡宮
雪の大分八幡宮。

左の画像は、大楠と三の鳥居と手水舎、
神門を過ぎると正面奥に拝殿。
右の画像は、一の鳥居、

平成16年1月25日、撮影。
茜堂-雪の筑前大分八幡宮
茜堂-筑前大分八幡宮一の鳥居 茜堂-筑前大分八幡宮東側通りの大幟
茜堂-筑前大分八幡宮放生会 茜堂-筑前大分八幡宮流鏑馬 茜堂-筑前大分八幡宮三の鳥居と御神幸
茜堂-筑前大分八幡宮獅子舞

小枠写真上左から右へ、一の鳥居から見渡す二の鳥居と三の鳥居。秋期大祭放生会の、東側通りの大幟(おおのぼり)。
小枠写真中左から右へ、放生会。流鏑馬。三の鳥居と御神幸。
写真下、県無形文化財の大分獅子舞の奉納。
   
大分八幡宮は、旧社各等は郷社となり、御祭神は、應神天皇、神功皇后、神武天皇御母君の玉依姫命の3柱を、祀っています。
祭事は、元旦祭(1月1日)、建国記念日(2月11日)、春季大祭(4月卯の日 )、夏越祭(7月29日)、
   

仲秋祭(9月30日、10月1日、放生会、県無形文化財獅子舞奉納、流鏑馬、御神幸)、新嘗祭(12月中旬)が行われ、
多くの参拝客が詣でます。因に、筆者は、大分八幡宮の栄誉有る、氏子の一員となっています。



日の丸の原点色である筑前茜染=茜堂

筑前大分駅より南下する事、約4Kmに位置する山口が、我国で最初に日の丸を染めた、茜染の地です。
薩摩藩主島津斉彬は、幕末の日本が、諸外国との交渉に際し、世界を相手にするには、
日本の印となる旗が、必要だとの見地から、筑前茜染で染め上げた、日の丸の旗を幕府に進言し、献上しています。
   

何故、薩摩で染めずに福岡で染め上げたのか、当時の、薩摩の染色技術では、意に添う様な色が出せなかったので、
縁戚関係に有る、福岡藩主黒田長溥を頼り、古くから有る山口地方の、茜染で染め上げられました。

   

その後、明治期には、化学染料の普及に伴い茜染は衰退し、やがて途絶えてしまいます。
近年には、幻の技術を求め「筑前茜染め顕彰保存会」が、結成され、艱難辛苦の末、古の筑前茜染を、見事復活させました。
現在は「筑前茜染保存会」の手によって、その技を継承し、未来に継承すべく、広く活動をしています。
   


茜堂-筑前茜染の碑 茜堂-布晒石

左の写真は、平成3年8月に、建立された筑前茜染の碑。山口に建つ顕彰碑で、
且つてはこの付近には、多くの茜染の染物屋が集まり、茜屋という地名が残る程の、盛況な賑わいを見せていました。
   

右側の写真は、布晒石(ぬのさらしいし)。
染め上げた布を、更に、鮮明な色に仕上げる為に、川の清流で晒した自然の石。
当時の物で、現存する遺物は、これが唯一の物となっています。
   

尚、布晒石が有る川迄を、最短距離で行く場合、私有地を通過しますので、通行の許可を必要と致します。



福北ゆたか線に至る歴史と篠栗線全線開通記念30周年記念入場券=茜堂

明治37年6月19日、篠栗線の始まりとなる、九州鉄道が、吉塚〜篠栗間で開業をします。
九州鉄道会社は、明治40年7月1日に、鉄道国有法(明治39年3月31日法律第17号)に因り、国有化され、
昭和43年5月25日には、篠栗隧道の完成に因って、筑豊本線と繋がりました。
   


茜堂-篠栗線全線開通30周年記念入場券 茜堂-篠栗線全線開通30周年記念入場券
篠栗線全線開通30周年記念入場券、
平成10年5月25日発行。
茜堂-篠栗線全線開通30周年記念入場券
篠栗トンネル開通30周年でもある、記念入場券。
篠栗駅、筑前山手駅(無人)、城戸駅(現、城戸南蔵院前駅)、
九郎原駅(無人)、筑前大分駅、桂川駅。
切符表面には、JR九州の緑地紋、
裏面には各駅名発行と両側に、券番が印字されています。

明治34年12月9日#筑豊線、飯塚〜長尾(桂川)間開通。
明治37年6月19日#九州鉄道、吉塚〜篠栗間開通。
明治38年2月16日#九州鉄道、博多〜吉塚間(篠栗線専用)開通。
明治40年7月1日##九州鉄道会社は鉄道国有法により国有化、九州帝国鉄道管理局となる。九州線。
明治41年12月5日#九州帝国鉄道管理局を九州鉄道管理局と改称。
明治42年10月12日博多〜篠栗間、線名変更(篠栗線)。
明治44年5月6日##起点変更、篠栗線博多〜篠栗間を吉塚〜篠栗間に改訂。
明治44年5月17日#篠栗線博多〜吉塚間を廃止、鹿児島本線博多〜吉塚間複線運転を開始。
大正4年6月1日###吉塚〜篠栗間気動車(DC)の運転区間となる。
大正5年10月19日#吉塚〜篠栗間に通票(タブレット)を新設し、閉塞式を施行。
大正8年5月1日###九州鉄道管理局を門司鉄道管理局に改称。
大正8年8月20日##篠栗線の気動車(DC)運転を廃止し、混合列車(ミキスト)を運転。2等旅客の取扱いを始める。
大正9年5月15日##門司鉄道管理局を門司鉄道局に改称。
昭和15年12月1日#筑豊本線と大分坑専用線のジャンクション長尾停車場を、桂川に改称。
昭和24年6月1日##日本国有鉄道公共企業体として発足。
昭和25年8月1日##門司鉄道局を廃止し門司鉄道管理局を設置。
昭和43年5月25日#篠栗線篠栗、筑前山手、城戸、九郎原、筑前大分、桂川間14.8Kmが開通。桂川駅でRC扱い
     
######篠栗線吉塚〜篠栗間自動信号化。
昭和45年4月15日#篠栗〜桂川の貨物営業を開始。
昭和59年2月1日##篠栗線の貨物営業を廃止。
昭和62年3月9日##門松臨時乗降場を開設。
昭和62年4月1日##九州旅客鉄道株式会社として国鉄分割民営化される。
     
######門松臨時乗降場を門松駅に変更。
昭和62年7月5日##鞍手駅開業。
昭和63年3月13日#東水巻駅開業。
昭和63年3月31日#柚須駅、長者原駅開業。
平成1年3月11日##新入駅、浦田駅開業。
平成1年12月23日#宮田線廃止に伴い、勝野駅が無人化。
平成3年3月16日##博多駅9番ホーム新設(篠栗線専用ホーム)。
     
######篠栗線に新型気動車キハ200系(赤い快速)登場。吉塚〜博多が三線化され篠栗線全列車博多駅乗入れ開始。
     
######門松駅の待合室がリニューアル開業。
平成3年9月3日###篠栗線全線PRC(自動進路制御装置)の使用開始。
平成3年12月18日#門松駅リニューアル開業。
平成4年7月13日##第三セクターリース方式、篠栗線・筑豊本線活性化対策準備室設置。
平成5年2月3日###第三セクター、福岡筑豊都市鉄道開発株式会社発足。
平成5年9月26日##第三セクター、福岡筑豊都市鉄道開発はリース方式を見直し、JR九州を事業主体に変更。
平成8年6月1日###筑豊篠栗鉄道事業部発足。
平成9年2月4日###篠栗線、筑豊本線電化事業の調印式。
平成9年3月27日##原町駅リニューアル開業。
平成9年8月27日##篠栗線、筑豊本線電化起工式。
平成12年12月12日城戸駅(南蔵院の援助による寺院風の駅舎)リニューアル開業。
平成13年8月7日##電化に伴い、長者原駅リニューアル開業。
平成13年8月11日#電化に伴い、新飯塚駅リニューアル開業。
平成13年10月3日#電化に伴い、桂川駅リニューアル開業。
平成13年10月6日#篠栗線、筑豊本線、吉塚〜折尾間電化開業(愛称、福北ゆたか線)、817系電車が登場。
     
######博多〜直方間に787系通勤特急「かいおう」が登場。
     
######電化に伴い、小竹駅リニューアル開業。
平成15年3月15日#城戸駅を城戸南蔵院前駅に改称。
平成15年3月23日#天道駅リニューアル開業。
平成16年11月7日#博多駅〜箱崎駅連続完全高架化(3月13日)に伴い、吉塚駅リニューアル開業。
平成19年3月18日#博多駅〜直方駅間で、813系による列車がワンマン運転化。
平成19年6月10日#新幹線ホーム増設工事に伴い、篠栗線専用9番ホームの廃止(9番のりば全面、8番のりば南半分の廃止)。

茜堂-スゴカ初日限定カード
茜堂-筑前大分駅スゴカチャージ機 茜堂-筑前大分駅スゴカ簡易改札機
スゴカ初日限定カード。
茜堂-スゴカ通常販売カード
スゴカ通常販売カード。


スゴカチャージ機と、スゴカ簡易改札機、
筑前大分駅の自動改札機には、従来より、遮断バーは設置されていません。

平成21年3月1日##ICカード乗車券「SUGOKA(スゴカ)」サービス開始。

JR九州のSUGOCA(スゴカ)は、サイバネ規格のICカード方式の乗車券。
ネーミングはSmart Urban GOing CArdの略称で、凄いを意味する九州地方の方言「凄か」に掛けていて、
キャラクターは、ロドニー・グリーンブラッドのイラスト「カエルくんと時計くん」を採用。

販売価格は2,000円で、内500円のデポジット制を、導入しています。因に、カエル君の年齢は20歳と言う事です。

平成23年3月3日
##九州新幹線(博多駅〜鹿児島中央駅)全線開業(3月12日)に先立ち、新博多駅ビル(JR博多シティ)開業。
平成23年4月29日#直方駅(鉄筋2階建て、エスカレーター設置、延床面積約900平米)リニューアル開業。
平成23年10月3日#旧直方駅舎の解体が決定。直方市により解体工事が始まる。
平成23年10月31日博多駅地下2階送迎場(TX乗場、送迎乗降場、一時駐車場46台分)の、供用開始。
平成24年3月17日#直方運輸センターに、817系2000番台が投入される(1000番台は、鹿児島車両センターへ順次転属)。
平成24年10月6日#折尾駅東口駅舎が解体の為、本日を最後に閉鎖。
平成25年2月24日#鯰田駅リニューアル開業。
平成26年3月9日##直方駅前広場が完成し、完成記念イベントが開催。
平成26年10月26日直方駅前広場に大関魁皇像が建立され、除幕式が開催。
平成27年3月14日#天道駅、浦田駅、鯰田駅、筑前植木駅、東水巻駅、藤ノ木駅の6駅が無人化。
     
######九郎原駅を一部の普通列車が通過。
平成27年3月14日#春のダイヤ改正で、柚須駅に全ての快速が停車。
平成28年3月26日#従来の2両編成、及び3両編成に加え、4両編成の列車もワンマン運転化。
平成28年10月15日柚須駅に新ホーム1面が、増設され開業。
平成28年10月19日折尾駅〜若松駅間に、819系蓄電池電車「DENCHA(デンチャ)」の運用開始。
平成29年3月6日##新入駅、鞍手駅、中間駅、本城駅、二島駅、奥洞海駅、若松駅の7駅が無人化。




筑前大分は、我国の日の丸の赤を、最初に染めた茜染め発祥の地となっています。茜堂の名称はそこから命名しています。
掲載写真は、茜堂による原盤ネガやデジタル撮影画像の為、無断複写や画像への直リンクは禁じております。
解説に於いて、誤記や解釈の違いにより被られた不利益につきましては、茜堂では一切関知しないと共に、責務を負えない事をご了承願います。
   
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